読書日記

2016年4月10日 (日)

ガルブレイス -「労働組合是認論」(あるいは解雇規制)の経済学的根拠

読書日記 「ガルブレイス-アメリカ資本主義との格闘」伊東光晴著 岩波書店
2016年3月 第1刷発行
2016年3月 読了
■定点観測-面白し
 10年、20年30年、同じ学者の本を読むことを、私は「定点観測」していると思っています。この人と思ったらずっと読む(小説もそうだけど)。ずっと同じ学者の書いたものを時代を超えて、10年20年30年読むと「面白し」です。
 「面白し」とは、暗闇のなかで見えなかった顔が、だんだん見えてくるということを意味するそうです(高校の古文で習った)。学者の顔が見えてくるだけでなく、時代の顔も、自分の顔も見えてくるのかも。


■定点-伊東光晴教授


 伊東光晴教授(京都大学名誉教授)の最新著作です。伊東教授は、1927(昭和2)年生まれですから、今や89歳。
 大学生時代から雑誌「世界」に掲載された伊東先生の論文や、一般向けの経済書を、気がつけば必ず読んできました。いわば定点観測対象です。他方の極点の定点観測は野口悠紀雄教授や八代尚弘教授です。
 伊東教授は、30年前から常に「ファクト・ファインディングこそ大切」と強調されてきました。伊東先生は、昭和2年生まれの日本人です。私の死んだ親父と同い年です。昭和の「恐慌」、「農村の困窮」、「失業」、「戦争」のすべてを知って、経済学者になった人でしょう。親父と同い年ということでなんとなく想像できます。
 伊東教授は、いわゆる「近経」の経済学者ですが、マルクス主義経済学者との交流も多く佐藤金三郎の「マルクス遺稿物語」の後半を伊東教授がまとめた。伊東教授の著作を読むと、伊東先生の「人物」の大きさがわかります(八代教授や竹中教授とは「格」がちがう、と思うのは私が昭和生まれだからでしょうか)。
 旧制高等学校の伝統を持つ、良き教養主義の教師。情熱と品格、まさに「クールヘッド&ジェントルマインド」なる「人物」の典型でしょう。


■著者自身の「アメリカ資本主義ないしアメリカ経済学との格闘」
 この本は、ガルブレイスの生涯と彼の経済学の紹介ですが、それにとどまらず、著者自身の「アメリカ資本主義との格闘」といえます。
 伊東教授は、現代のアメリカ資本主義は、「市場原理主義」というイデオロギーによって営まれる市場経済であり、その「アメリカ自由主義」は、「個人の自由」・「自己責任」の絶対視と適者生存の「社会ダーヴィニズム」(イデオロギーとしての自由主義)に支配されているとして、次の言葉を引用します。
 「大企業の発達は適者生存にほかならない。」 「アメリカンビューティー種のバラがつくられて、見る人の喝采を博するのは、そのまわりにできた若芽を犠牲にしてしてはじめてできることなのだ」。スタンダート石油会社もバラと同様である。「それは自然の法則と神の法則にほかならない」と。by 石油王ロックフェラー



■アメリカ自由主義と社会ダーヴィニズムのイデオロギー
 このような社会ダーヴィニズムの考え方は、今でもアメリカでは社会に浸透しており、共和党右派のティーパーティの思想でもあり、アメリカ経済学に入り込んでいる。リバタリアンの思想と共通している。
 「経済学のテキストブックを見れば、必ず消費者が、もっとも特なように行動をした結果としての需要曲線と、同じように企業が自ら望むように行動した結果としての供給曲線が引かれ、その交点で、価格が決まるという図が書かれている。その交点での価格と需給の量が望ましいのであり、それをもたらすのは競争である。
 これを乱す政策は悪である。農産物支持価格、家賃規制、最低賃金制、そして労働組合の活動は、この最適状態を乱す「反社会的行動」であるとしている。市場原理主義者と結びついた需要・供給・価格決定理論は、こうして社会ダーヴィニズムの支持理論となり、市場競争で敗れた者や貧困者は、自ら招いた結果にほかならないのである、ということを意味している。」(100頁)
 上に付け加えれば、アメリカ的市場原理主義者は、「使用者の解雇を規制することは、労働市場の最適状態を乱す反社会的行為であり、社会全体の雇用量を減少させて、失業者を増加させるだけだ」とも主張しています(八代尚弘教授、竹中平蔵教授ら)
  このようなアメリカ人の「格差容認」「貧困は自己責任」という価値観が強いのは、ヨーロッパのような伝統的な村落共同体の中での相互扶助の歴史がなく、そこから新天地アメリカに移住し、広大な土地に点在して、自らの努力のみで土地を切り開いたという社会的土壌があるからと指摘します。(なお、これに加えて、アメリカ原住民を殺戮し、アフリカ人奴隷を使ったという「暴力」の土壌があったと私は思います)。今や、この考えは日本でも主流となっています。
 ガルブレイスは、競争モデルに対して、拮抗力(対抗力)が必要と主張した。
「個々の労働者は比較的流動性(新しい職を見出し移ること)に乏しいため、長いあいだ私的な経済的支配力にたいしてきわめて弱体であった」。それゆえに労働組合に結集し、対抗し、労働時間の短縮や、賃金の引き上げを求めてきた、と。

■労働供給曲線、労働需要曲線
 伊東教授は、ケンブリッジ大学のマーシャルの「経済学原理」の労働供給曲線のことを述べます。 

 現代の経済学教科書は、当然のことながら「労働供給曲線」は「右上がり」です。賃金率が上がれば労働供給量は増し、賃金が下がれば労働供給量は減る。で、労働需要曲線は「右下がり」です。この両者の曲線の交点が均衡賃金、均衡雇用量です。
 ところが、マーシャルは、個々の労働供給曲線は、「右下がり」になると考えた。もし賃金率がW1からW”に切り下げられたとしよう。一時間があたり賃金が下がった。生活するためには、いままで通りの収入額がほしい。そこで、もっと長時間働こうという誘因が労働者に働く。賃金率の切り下げは、労働供給量を増加させる。
 つまり、労働市場は自己調整メカニズムを持たない。もし労働供給が過剰で賃金が下がれば、労働供給量が増え、さらに労働供給が過剰になり、賃金が下がる。‥‥ それが止まるのは労働者の生活の崩壊によってである。
  こうした賃金低下が一層の賃金低下を招くという悪循環を食い止めるためには、労働者が団結して自らを守る労働組合が必要であるというのがマーシャルの考えである。労働組合是認論の経済学的根拠は、この労働曲線の形であり、労働市場は自己調整能力を持たないという考え方である。(160頁)


■現代における労働組合衰退の経済学的根拠と労働者階級への葬送曲
 上記のマーシャルの考え方はマルクスと共通しています。
 しかし、ガルブレイスは、現代の資本主義での労働組合の役割の低下を次のように述べているそうです。
 インダストリー(生産の経済が社会を引っ張る時代はもはやすぎた。大企業体制の中で、価値を創造するのは、もはや「労働者」ではなく、「テクノストラクチャア」(工学・経済学・経営学・金融工学の技術者)ですから、大企業内で、組合は労働者にとってそれほど必要なものではななくなっている。

 さらに、伊東教授は次のように述べます。
私はこれに付け加えたい。マルクスが見た資本主義企業の下で生産を支えているのは、苦しい労働を続ける労働者であった。マルクスの言う生産力は彼らが担っていた。だが、大企業体制の中で、技術を進歩させ、労働者を搾取することなくより多くの利潤を生み出す体制をつくり出す生産力の体制をつくり出す生産力の上昇は、テクノスクラクチュアたちの努力である。技術者たちの総合力が生産力の担い手になったのである。労働者はその成果の享受するものになっていく。受益者が、マルクスの考かたような変革の主体になり得るのかどうかは疑わしい。
 この点は、おそらくそうなんでしょう。もはや先進資本主義国での労働者階級に、「世界史的な使命」などは存在しない。労働組合は、単なる「正当なプレッシャグループ」にしかすぎないでしょう。だからこそ、正当なプレッシャグループとしての役割を発揮してほしいものと私は思います。

■マルクスは労働者が可哀想だから味方したのか?
 マルクスとエンゲルスは、格差で苦しめられている労働者階級が可哀想だから味方したのではけっしてない。
 マルクスとエンゲルスは、労働者階級こそ「生産力の担い手」であり、労働者たちが団結して「自由な独立した生産者」として、経済計画をたてることで、皆の「アソシエーション」による「自由の王国」を打ち立てることを夢見た。そして、その経済学的根拠は、労働者こそが「生産力」を担い、生産力を飛躍的に高めることができるからという点にあった。
 ところが、ファクトファインディンスすると、現代の資本主義では労働者が生産力発展を担うということは、もはや否定されてしまった。労働者は単純生産の機械の歯車にすぎず、生産力を高める役割を担えるような能力はない。これからは人工知能とロボットに置き換えられる存在にしかすぎない。世界史を発展させる階級としての駆動力はもはやないと言わざるを得ない。
 今や、大企業体制の中で「テクノクラート=テクノストラクチャア=技術者」たちこそ、生産力発展の担い手であり、かれらこそ「株主」らから自立した「経営者階級」として、新しいグローバル資本主義を担う勢力(新しい支配階級)になるのでしょう。ブルジョア階級と技術者階級の合体としての「ブル=テクノ階級」ですな。

■経済二分論
 現代資本主義は、経済的に見て二つの領域に分かれているというのがガルブレイスのファクト・ファインディングの結論。
 
 第一は大企業によって、支配されている部門である。。正確に言えば少数大企業からなる寡占市場と、その巨大企業に部品その他を供給する企業集団を含めたものである。第二は各地に分散している個人企業、農業、サービス業-彼の言葉で言えば市場に従属している部門-である。
 上記の二つの部門では、経済的稼働の基準がまったく異なる。前者の経済部門では、競争モデルは妥当しないし、独占(寡占)企業の消費者の欲望を支配している。労働者には専制君主として力を行使しているもの。後者の部門では、自己努力や自己責任というプレッシャーの中で、「自己搾取」が行われている。

  
この企業の行動基準が大企業とそれ以外の二つに分かれるというのは、日本でも労働裁判をしていて私も感じるところです。日本では、究極的な自己搾取は、「過労死」として現れている。
 
伊東教授曰く、
 ガルブレイスが経済学の知的遺産に加えたものは何か。
 経済学を、現実との格闘に引き戻し、少数の巨大企業、他方で、その外縁にある多数の個人企業と農業のそれぞれの”行動様式”と”市場”について「実証的解明」をしたことである。それは個人の合理的行動の上に演繹理論をつくりあげていく既存のミクロ理論の否定である。それによって、プログラマティズムに基づく有意な政策を示すことで、適者生存の社会ダーヴィニズムのイデオロギーを葬ることでもある。


■最後に
 この著作を読むとロールズの正義論や格差原理がやはり頭に浮かびます。
 アメリカ民主党のサンダース大統領候補が、このガルブレイスやロールズの流れの中で登場したのかと思えます。いまだに生きているガルブレイスということか。たまたまであろうが、時期を得た著作です。

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2015年10月18日 (日)

読書日記「人類進化論」 山極寿一著

京大総長になった霊長類学者の山極教授の2008年発行の本です。

■人類と霊長類学

人類の祖先は、700万年前までさかのぼる。アフリカで発見されたサヘンラントロプス・ヤデンシスの化石だ。これも直立二足歩行していた。
霊長類学の様々な霊長類(ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、ニホンザル、テナガザル、オランウータン、ヒヒ等)の個体及び社会の生態の観察から霊長類の進化だけでなく、人類の進化についても興味深い指摘をしている。

■人類の祖先とホモ・サピエンスの誕生
人類は、700万年前ころチンパンジーの祖先から別れて進化しはじめ、今から20万年前にアフリカにて私たちホモ・サピエンス(ヒト)が誕生した。現代人と20万年前のホモ・サピエンスの個体は解剖学的に変わらない。人類には他にもネアンデルタール人など幾種類もいたが、ホモ・サピエンス以外はすべて滅んだ。ホモ・サピエンスは5万年前にアフリカから出発して全世界にひろがった。

■ホモ・サピエンスの社会形態は

初期人類の社会形態はよくわかっていないが、霊長類のゴリラやチンパンジーも社会を形成しており、人類とホモ・サピエンスも霊長類型の社会形態から進化してきた。
おそらく、ホモ・サピエンス(ヒト)は、20万年前には、複数の男と複数の女が一緒の群れにいる社会形態をもっていた。しかも基本は単雄単雌関係であった。
このような複数のオスと複数のメスが群れとなっている理由は、食料(餌)をとるのに有利だからだが、それだけではなく捕食者から自己と群れを守るために男が協力しあって群れを守ることができたからであろう。アフリカの霊長類を観てもこの捕食圧力は無視できない。およそ20万年前、草原化がすすんだアフリカでは大型肉食動物がたくさんおり、ホモ・サピエンスは皆で群れをつくって、群れの複数の男が協力して捕食者から群れと個体をまもっていた。そうしなければホモ・サピエンスは生き残れなかった。

■ホモ・サピエンスの単婚

農耕が成立する今から1万年前までは、何百万年、数十万年にわたり人類は狩猟採取社会であった。当然のことながら狩猟採集社会では、農耕して農作物を備蓄することはできない。狩猟採取社会の基本は、その日くらしである。
霊長類の多くは出産後の授乳期間が長いことが特徴である。特にホモ・サピエンスは、メス(女)の妊娠期間・授乳期間・子供が成長するまでの期間が異様に長い。そこで妊娠や子育て期間中は、女(メス)は食料を採取してもってくる男(オス)を必要とした。そのため女は特定の男との固定的な関係を発達させるのが生存上、繁殖上、有利になった。
ホモ・サピエンスは、チンパンジーのように発情期にいっせいに乱交する繁殖行動はとらない(但し、一時期は乱交型繁殖があったという説あり)。おそらくホモ・サピエンスの祖先は、もともと発情期の特徴が小さく、それが男女の継続的な関係を固定化させするために有利だったから、発情期がない方向に進化していたったのであろう。

女は妊娠中や育児期間中に間違いなく、男に食料を持ってこさせるために、子どもがその男の子どもと思わせなければならない。乱交であれば、男にその動機付けができなくなる。つまり、単婚のほうが、女と子どもの生き残り戦略としては合理的
である。

■霊長類の子殺しと暴力

霊長類では、オスが子殺しをする事例が多く観察されている。特に性行動から排除されたオスがいる霊長類においては、そのオスは他のオスの子どもに授乳するメスが性行為を受け入れない(性行動を抑制するホルモンが出る)ため、子どもを殺して性行動を受け入れるようにする例が多い。
そこで、霊長類のメスは自分の子どもをまもるために、他のオスから子どもが殺されないように守るオスと一緒にいる。なお、性的に許容度が高いボノボやオランウータンでは子殺しがないそうだ。
また、メスをめぐってチンパンジーやゴリラは、オス同士が激しく争い、命まで奪いあうことが珍しくない。特にチンパンジーは、同一の群れのオスたちがチームを組んで、他の群れのチンパンジーを襲って殺す事例が頻繁に観察されている。その上、他の群れのチンパンジーのメスを自分の群れに組み入れている。なお、その際、チンパンジーは相手のオスの睾丸を傷つける行動パターンが多いという。

■ホモ・サピエンスの基本的な男女関係(単婚)

捕食者から群れと自己を守るため、ホモ・サピエンスの男は複数で協力して大型肉食動物に対抗するしかなかった。また、男と女が複数いる群れを形成しつつ、男女の一対一関係(単婚)を安定させなければならなかった。

女をめぐる男同士の争いは群れにダメージを与える。チンパンジーやゴリラのようなメスをめぐる命がけの争いは避けなければならない(避けられない場合もあるが)。男女の単婚ルールが表だって乱されると群内の協力関係秩序が壊れてしまい、群れの生存戦略上は不利となる。そこで狩猟採取民の社会(部族社会)では、男女の浮気・不倫は許されないとの強い規範が形成されている。

■ホモ・サピエンスの助け合い精神(共存)

世界中の狩猟採取民を調査した人類学の結果から、狩猟採取民の社会は極めて平等であり、群れの内のメンバーは相互に助け合い、自己を犠牲にしても他のメンバーを仲間として助ける行動規範・社会規範が強いことが確認されている。そうでなければ生き残れなかったのが、狩猟採取生産段階の現実だった。助け合いルールが生活にインプットされていた。

■ここから私見だが。

ヒトが狩猟採集段階から農業生産段階に移って1万年。産業革命による生産力を飛躍的な発展してからもせいぜい300年程度である。


もはや、ヒトは大型肉食動物に怯える必要はなくなった。生産力の発達により、先進国では生存のための食物も容易に取得できるようになった。そのような社会(先進国)では、助け合いの精神や単婚を守る規範(不貞や不倫は罪という観念)は薄れていく
のが当然なのかもしれない。

単に道徳の退廃ということではなく、生存と社会を維持するために、もはやそのような規範を守る必要性がなくなったという生産力の発展という環境の変化の結果なのであろう。高度資本主義社会では、女も一人で働けるし、社会秩序も確立しており、男に子どもを殺される危険も少ない。生産力が発展して社会が豊かになるのは良いことだが、相互の助け合いの精神が捨てられ、男女の単婚関係が壊れていくのが、ヒトの社会進化の方向性なのだろうか。

「サル化する人間社会」(2014年 集英社)という本を山極教授は出しています。ここでは、家族と共同体が壊れはじめており、個人の利益と効率性を優先するサル的序列社会になるおそれがあると指摘してます。

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2015年8月15日 (土)

「終戦」通説に対する異説  「終戦史」吉見直人著

 「日本のいちばん長い日」は岡本喜八監督の映画(1967年)で観ました。今、原田真人監督のリメイク版が上映されています。
 この映画もそうですが、「終戦」に至る経過についての一般的理解(通説)は次のとおりです。

 陸軍は「本土決戦」を呼号し、他方、政府・外務省はこともあろうに既にヤルタ協定で対日参戦を密約していたソ連に和平交渉の仲介を懇請し、ソ連にはぐらかされているうちに、米国の原爆投下(8月6日/9日)とソ連の対日参戦(8月9日)で追い込まれ、8月9日の「御前会議」にて天皇がポツダム宣言受諾を決定、8月10日に連合国に通知した。これに対して、陸軍の一部は宮城でクーデターを起したが、これを抑えて15日に玉音放送で国民に敗戦が知らされた。

  吉見直人 著「終戦史」(2013年・NHK出版)を昨年読みました。2012年8月放映・NHKスペシャル「終戦 なぜ早く決断できなかったのか」も観ました。これは上記通説に対して異論を提起します。終戦に至る経過を軍国主義反対というイデオロギーで裁断せず、あくまで客観的・実証的に「ファクト」ベースで事実を淡淡と検証していきます。このファクトの骨子を時系列で並べると次のとおりです。


・1945年2月初旬 ヤルタ会談で
ドイツ敗戦後3ヶ月後にソ連が日本に参戦することが協定された(ヤルタ密約)

1945年5月、6月頃、欧州駐在の各陸海軍武官(スイス、ポルトガル、スウェーデン)は、ソ連対日参戦密約情報を陸海軍中枢に報告し、日本軍中枢もこれを認識していた(英国で上記暗号電報解読文が大量に発見されている)。他方、日本外交官は「ソ連は中立を守る」という楽観的報告を外務省に報告していた。


・5月7日、ベルリン陥落。ナチス・ドイツ降伏。
・5月11日 最高戦争指導会議 対ソ工作(ソ連参戦防止、ソ連への和平斡旋依頼)のための会議招集


・6月8日の「御前会議」
にて、「今後採るべき戦争指導の基本方針」を採択。戦争完遂、本土決戦の強攻策を決定。ただし、対ソ外交施策も平行して進めることが裏では決められた。


6月11日、梅津陸軍参謀総長が昭和天皇に「上奏」し、支那派遣軍さえ戦闘能力がないこと、既に日本軍が米軍に一撃を加える戦闘能力を有していないことを報告。
昭和天皇は、「一撃和平」が実行不可能であることを認識。


6月22日、昭和天皇は、最高戦争指導会議のメンバー「6巨頭」(鈴木首相、東郷外相、阿南陸相、米内海相、梅津(陸軍)参謀総長、豊田(海軍)軍令部総長)を集めて秘密懇談会を開催する。米内海相は、ソ連を介しての和平交渉を提案する。梅津参謀総長も同意し、速やかに行うことを確認する。

 つまり、この6月11日~22日の時点で、和平交渉を行うことを昭和天皇を含めて戦争指導部は決定していたといことになる。後は、和平交渉をいかに有利にするのか(国体護持)という戦術問題だけとなった。

6月24日 広田弘毅は、上記政府の意向を受けてソ連駐日マリク大使との会談を開始した。


・6月下旬 ところが、スターリンはソ連極東軍に対日参戦準備命令を下していた。


・7月12日、東郷外相は、佐藤駐ソ大使に和平交渉の仲介の依頼は天皇の意向であり、近衛を特使としてソ連に派遣する旨をモロトフに伝えよと訓電
(米英はこの電信を解読し、昭和天皇が講和を受け入れたと重視していた)。
  しかし、この数日後、ソ連首脳部がポツダム会談に出発。

 つまり、東郷外相と佐藤大使がグズグズしているうちにポツダム会談が始まり、結局、近衛特使派遣は実現されなかった。


・7月26日 英米ソがポツダム宣言を発表。
 同日、参謀本部ロシア課長白木大佐、ソ連視察報告として、ソ連極東軍150万準備完了して8月中に進攻開始と報告


7月30日、参謀本部作戦課会議で白木大佐は「ソ連対日参戦は8月10日」と明言。


・8月6日 米軍 広島に原爆投下。
・8月9日 米軍 長崎に原爆投下。ソ連参戦。
・同日深夜   御前会議にてポツダム宣言受諾を決定。
・8月10日 ポツダム宣言受諾を通知
・8月14日 宮城クーデター騒ぎ。最後の御前会議。詔勅発布。
・8月15日 玉音放送
 
 つまり、遅くとも6月22日に、昭和天皇以下の最高戦争指導部は、日本に戦争継続能力がないこと、そして和平交渉するしかないことを共通に認識しており、陸海軍トップもこれに同意していたのです。ところが、その後もソ連対日参戦等の情報が政府・外務省と共有されず、東郷外相は「国体護持」を連合国に約束させたいと考えて即時和平を申し入れなかった。
 6巨頭は、結局誰も即時和平へのリーダーシップを採ることなく、最後の最後、昭和天皇の決断にゆだねてしまった。
 他方、昭和天皇は「一撃和平」論。つまり相手に一撃を与えてからなら「国体」を護持できる有利な和平交渉ができると期待していたようです。しかし、最後の最後に、これが無理だとわかったので、8月9日にポツダム宣言受諾を決断したのです。

陸軍の反乱が怖くて和平交渉できないというのが本当か

 「陸軍のクーデターを恐れて、和平交渉ができなかった」「昭和天皇でさえ命が危なかった」と戦後よく言われていました。その根拠として映画「日本のいちばん長い日」で描かれた狂信的陸軍将校のクーデターが強調されました。
 しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。もし、これが本当ならば、戦死した兵士たちや原爆で殺された市民たちは、戦争指導部が自分の生命を惜しんだために死んでいったことになってしまいます。

 陸海軍の中枢部は、既に戦争継続能力がないことは熟知していたのですから、彼らに勇気と国民に対する責任感さえあればクーデターなどは恐れる必要はなかったはずです。現に井上成美海軍大将は、「(徹底抗戦を叫んでの)内乱がおこっても恐れるに足りない」と戦後語っていたそうです。

8月9日の聖断ができて、何故、6月ないし7月に聖断ができなかったのか。


 原爆投下、ソ連対日参戦がなければ「聖断」できなかったというのが通説です。
 6月以降の終戦までの戦死者は30万人を超えると言います。早期和平交渉、停戦ができれば、広島、長崎をはじめ多数の人命が救われたはずです。


 近衛や米内海相らは「原爆投下とソ連参戦について天佑であった」とさえ述べています。つまり、自らのリーダーシップで戦争終結をするという「責任」を回避し、外圧で敗戦が決められることを「天佑」と言って喜んだのです。
 これは「天皇制」という統治構造が生み出した精神構造・人間類型なのかもしれません。6月、7月に終戦できなかったいちばん大きい理由は、この戦争指導部が「国民に対する責任感」がなかったということにつきるのではないでしょうか。
 昭和天皇をはじめとして最高戦争指導部に勇気と「国民に対する責任感」があれば終戦の決断は、6月、7月にも可能だったと思えます。結局、国体護持を至上命題にし、「成り行きにまかせる」「空気には逆らえない」という日本人の「悪弊」が最高戦争指導部まで蔓延していたということでしょう。

 丸山真男が戦前の軍国主義天皇体制を「無責任の体系」と批判したのはまさに正鵠を射ていると思います。
 「終戦」に至る経過について、英米の外交軍事機密文書が公表されはじめたことで、研究が大幅に進んでいるそうです。しかし、未だ旧ソ連の外交軍事機密文書は公表されておらず、何か公表できない大きな事実があるようにも思えます。

 なお、「反戦平和」「非戦」の理念も重要ですが、「事実」に依拠しない「理念」は脆弱です。ファインディング・ファクトの精神に基づく歴史的事実を知らなければなりません。そうでなければ、天皇が「私の身がどおなろうとも」と発言したという「神話」(これが架空であるというのが近時の研究結果だという。)が生まれてしまうのではないでしょうか。

「甘い感傷よりも勇敢な反省」


 和平派であった高木惣吉海軍少将の次の文章で結ばれています。

  「人も、事実も皆これをロマンチシズムの甘い糖衣に包まなければうけいれられないようでは、いつ迄たっても同じ過誤を繰り返す危険があると思う。

  … … 

太平洋戦争の経過を熟視して感ぜられることは、戦争指導の最高責任の衝に当たった人々の無為、無策であり意思の薄弱であり、感覚の愚鈍さの驚くべきものであったことです」

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2014年12月14日 (日)

読書日記「先進国・韓国の憂鬱」大西裕著 中公新書

2014年4月発行、2014年12月14日読了
■先進国としての韓国
 先進国とは、大辞泉によると「政治・経済・文化などが国際水準から見て進んでいる国」と定義されています。経済的に見れば2013年統計で韓国が次のとおり先進国であるのは明らかです。なお、韓国の人口は約5000万人で、日本のほぼ半分です。

名目GDP比較(10億USドル)
1位  米国  16,768
2位   中国    9,469
3位   日本     4,898
14位  韓国    1,304

一人当たりの名目GDP(USドル)
9位   米国  53,000
24位 日本   38,467
30位 韓国  25,975
83位 中国   6,958

 また、韓国は、政治的にみても、1987年の民主化により立憲民主主義体制が確立しています。文化的にも、例えば韓国映画の水準が高いことから見て、国際的にも進んだ国です。

■金大中政権以降の韓国現代政治

 本書は金大中大統領時代から現在まで、政治的対立状況や福祉政策の変遷を概観した韓国比較政治史です。韓国と日本の異質性よりも、韓国が抱える社会問題と、日本が直面する社会問題に共通性があると感じました。

■格差社会-韓国
 本書によると、OECD加盟国(31国、米・豪・露・墨を除く)で、不平等度合い(ジニ係数)で見ると韓国は20位、日本が6位で日本のほうが不平等社会です。相対貧困率で言うと韓国は6位で、日本が4位です。この格差社会を生み出し原因については、通説は次のとおり説明します。

 韓国の経済格差の深刻化したのはアジア通貨危機の際に韓国に緊急融資を提供したIMFが韓国に新自由主義改革を強要し、市場への政府の介入を最小限にとどめて、市場原理を貫徹した新自由主義改革による。韓国経済は競争が激しくなり、生産性が向上したため韓国経済を浮上させて、先進国へとはばたかせた。
 しかしながら、競争は優勝劣敗を引き起こさざるを得ず、経済格差を生み出した。金大中政権は、本来は進歩的であったが、IMFの強要でやむを得ず改革を行い、進歩的な政策を封印した。続く盧武鉉政権も同様であった。

 著者は、この通説を誤りとするわけではありませんが、「進歩派」とされた金大中政権も、盧武鉉政権も、必ずしも福祉と経済の自由化を矛盾するものととらえていなかったしとします。著者は、韓国の政治対立状況には、激しいイデオロギー対立があるとします。

■韓国の「進歩派と保守派」
 韓国での進歩派(左派)と保守派(右派)の対立は、日本と同様です。

 進歩派は、自由競争の結果、勝者と敗者が生まれ、国民間に不平等が広がることを懸念し、所得の再配分など政治の介入でより平等な世界を作ろうとする。他方、保守派は、政府の市場への介入が経済力を削ぐことを懸念し、企業の経済活動の自由をできるだけ広く認める。
 ほとんどの先進国で進歩派と保守派の対立は現在でも存在する。…ところが、韓国では、この対立が今なお先鋭化した状態にある。韓国におけるイデオロギー対立は、経済活動以上に、主権と民族に関する考え方の違いとして表れている。

 この主権と民族の考え方とは、 「進歩派」はアメリカとの同盟は韓国の主権侵害であり、民族分断を固定化させることにつながったと考え、他方、「保守派」は、独裁的な北朝鮮から韓国を守ってくれたのがアメリカと考える。つまり、反米・親北朝鮮が「進歩派」、親米・反北朝鮮が「保守派」なのだそうです。

 米ソ冷戦の終結から、上記のようなイデオロギー対立は、日本ではだいぶ影をひそめています。1980年前半以前は、日本でも「革新=進歩派」である社会党・共産党と「保守」の自民党の対立で、すくなくとも前者が3分の1の勢力を保ち、両者が拮抗する状態でした。今とは大違いです。しかし、 今や「革新派」は消滅寸前で、かわって「保守派」が大きくなって別れて(自民、民主、維新)、今や自民党が保守一強になっています。

■韓国の進歩派・「三八六世代」の特徴

 韓国の政治状況のもう一つの特徴は、地域主義が強く政党支持率や投票率も地域主義に影響を受けていた点だそうです。

 ところが、1987年の民主化以降、この状態が変わったと言います。それを牽引したのが、「三八六世代」とは、一九六〇年代生まれ、八〇年代に大学生、二〇〇〇年代に三〇歳代の世代を指すそうです。彼らが一九八七年の民主化の最前線を担い、二〇〇〇年以降の韓国の政治・経済をひっぱる主力の世代でした。この世代は、ナショナル・アイデンティティにこだわりがあったそうです。

 本書によれば、「北朝鮮は、反植民地・反日闘争を繰り広げて一応自力で独立をかちとっが、韓国は米国の強い関与で建国し、独立後も米国の半植民地状態におかれた傀儡国家で、自主独立の北朝鮮のほうが民族としての正統性に根ざしているのではないか」というナショナル・アイデンティティに関わる疑念が若い世代をとらえていたそうです。
(韓国の建国には「神話」のようなものがないということでしょうか。「李氏朝鮮」との連続性もないからでしょうか。これは初耳でした。)


 そこで、「進歩派」は親北朝鮮・反米的になり、他方、保守派は、反北朝鮮・親米的ということになったのだそうです。

■金大中政権や盧武鉉政権の政策

 進歩派が主力の金大中政権や盧武鉉政権は、政労使合意で福祉政策をすすめようとしたが、労使の対立が激しくなり、中途半端な政策にしか進まなかった。
 この結果、両政権とも、労働者側からは不十分・裏切りとして批判され、使用者側からは過度な政府介入だと批判されるというものになったといいます。結局、盧武鉉政権の導入した福祉政策は、社会民主主義的な福祉政策だが、その給付水準は低いものにとどまったといいます。
 他方、盧武鉉政権は、進歩派が担う政権だったにもかかわらず、米韓FTAを批准して親自由主義的な貿易自由化をすすめようとしました。盧武鉉大統領自身は、FTAによる市場開放によって、企業も人も生産性をあげることで福祉も生産性も向上させることを目指したという。いわばドイツ社民党やイギリス労働党の「第三の道」だったようです。しかし、これは進歩派支持者の目には「裏切り」と映り、社会的合意を得られないまま失敗に帰したようです。

■個人的な韓国体験
 韓国には、2010年前後に2回ほど調査旅行に行ったことがあります(初めて韓国に行ったのは2002年日韓ワールドカップですが、10年経て大分かわっていた)。弁護士会の関連調査です。韓国の弁護士会や、日本の厚生労働省である雇用労働部、中労委、裁判所の方々にお会いしてお話しをお聞きする機会がありました。今から思えば応対していただいた多くの方は「三八六世代」のようです。

 韓国でも司法改革が行われて国民参与裁判やロースクールが導入されており、その調査のために訪韓したのです。弁護士会の役員の方とは、夜一緒に食事をしたり呑んだりもしました。夜楽しく呑んで親しくなると、日本に留学された韓国弁護士が「日本の裁判員裁判はアメリカの陪審制を修正して時間をかけて導入されたが、韓国の場合には、アメリカの言うがままだ」と愚痴ってました。
 私は「イヤイヤそんなことはありません。日本でも同じような批判がありますよ。でも旧来の職業裁判官の刑事裁判よりかは良いんじゃないでしょうか?」って、日本でいるのと同じような議論をしたのを覚えています。

 また、非正規労働者保護法などの実体法は、韓国は日本より先に行っています。その労働法について、韓国でも菅野和夫「労働法」を労働弁護士は読みこなしているとも聞きました。調査で訪れた憲法裁判所では、京大への留学経験がある若手の裁判所調査官から、韓国の労働法や社会システムについて色々なレクチャーを受けることができました。韓国では、労働者の平均勤続年数は6~7年と短いこと、賃金は年功序列制だが、実際には40歳くらいになると労働者は辞めて自営業者になること、韓国では自営業者の比率が高いことなど、日本とは異なる雇用実態があるようです。

 でも、ソウルの地下鉄で移動し、コンビニで弁当やお茶を買うときには、すべて交通系の磁気カードで済ませることができるのです。日本にいるのとまったく同じ感覚で生活できます。

■日本と韓国の比較の重要性

 日本と韓国とも、格差社会や少子化などの課題に直面しています。両国の社会実態は異なりますが、それぞれ様々な政策や法律が施行されて、その結果、どのような効果や影響を生むのか。政治状況を含めて韓国をよく知ることは、日本にとって大いに参考になるように思います。

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2014年11月24日 (月)

読書日記「ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼」松尾匡著

PHP新書

2014年11月発行
2014年11月25日読了
■マルクス解釈が面白い松尾匡教授の本です。

松尾教授によれば、アベノミクスについては、消費税値上げまではアベノミクスの第一と第二の矢は基本的にはうなくいっていた(左派でありながら、これを主張しているので形見が狭かったとか)。しかし、安倍政権は、金融緩和だけでインフレターゲットを目指しており、財政出動を抑えており十分な効果をあげていない。と指摘します。

松尾教授は、労働側が「量的金融緩和」と「財政支出」自体に反対するのではなく、金融緩和マネーで社会政策的な財政支出をするようにと要求すべきだと言います。

他方、アベノミクスの第三の矢と呼ばれる「成長戦略』は、新自由主義政策で、「公的事業の民営化」や「小さな政府」、「労働の規制緩和」を目指すものだとして反対すべきだとしています。

この時事ネタよりも、この本の特徴は次の点です。
不倶戴天の敵同士と思われるハイエクとケインズを総合しよう?というのです。

■「リスク、決定、責任」の一致が重要
1980年代にかけて経済的な変化によてて構造的な転換がおこり、それは「リスク、決定、責任」が重要になった。民間部門でも公共部門でも、事業の決定は「リスクと責任」を負う現場が行うことが最も適切な判断を下せる。「大きな政府」か、「小さな政府」かという問題ではない。

ハイエクが指摘したとおり、中央政府がすべての情報を把握して、これをコントロールをするということは原理的に不可能だ(だからソ連型社会主義は崩壊した)。

ハイエクは、自由市場を成り立たせるためには、中央政府の仕事として、市場が公正に機能する法的枠組みのルールの策定のほか、教育の支援、労働時間の規制、労働環境の維持・向上、公害や環境破壊防止の規制などが必要だとしている。

ハイエクの視点とケインズの施策は矛盾しないのだそうです。
ケインズ的な政策は、インフレターゲットを掲げたり(金融緩和)、財政出動をしたり(財政支出)して、いわば大局的な将来の方向性を示す(「大きな方針を示す政府」)。それを踏まえて、各人が各部署においてリスクを追って決定し、その決定の責任を負うのであれば(ハイエク的発想)、社会と経済はうまく回る、というお話しです。

■ゲーム理論と日本的雇用について
日本的雇用システムについて、日本的民族特性とは関係がないとして、次のように説明しているのも面白かった。


○日本企業=企業特殊的技能形成
日本企業においては、企業特殊的技能が重宝されてきた。だから長期雇用慣行や年工賃儀制度が合理的であった。

○欧米企業=汎用的技能形成
欧米企業では、汎用的技能が尊重されており、職務賃金や労働力の流動化が進む。

それぞれ合理的な制度である(ゲーム理路でいうナッシュ均衡)。

しかし、世界の経済変化やグローバル化によって、企業特殊的技能はもはや強みがなくなった。したがって、この外生条件が変化した以上、日本的雇用システムは変化せざるを得なくなっている。 と明快です。

■松尾教授が望むもの
最終的に松尾教授の望むものは、景気対策としてケインズ政策を行い、また社会政策を担う社会サービスは公的資金に支えられたNPOなどの協同組合的事業にゆだねるというものです。

労働基準や環境基準が高く、ベーシックインカムも高く、雇用のためにインフレターゲットを高め。なるべく多くの分野で利用者や従業者に主権がある事業体が発展し、特に福祉サービスの分野では、公財政が手厚くそれを支えることを望んでいます。

   

過去に書いた松尾教授の本の私の感想

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2013/02/post-07e.html

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2008/10/post-b1c8.html

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2014年8月16日 (土)

読書日記「ノモンハン1939」スチュアート・D・ゴールドマン著・山岡由美訳

みすず書房 2013年12月発行 2014年8月読了

■著者

ゴールドマンはアメリカ人研究者。米国議会図書館の専門調査委員。現在はジョージタウン大学の教授。

ノモンハン事件は1939年5月に日本とソ連の国境紛争が大規模戦闘に発展した武力衝突。ロシアが、旧ソ連時代の公開した外交軍事資料をもとにして著者がヨーロッパと極東との関係から光をあてたものです。

「世界史は横に見ろ」と高校時代の世界史の教師が言っていたことを思い出しました。

■ノモンハン事件

日本では、ノモンハン事件は、関東軍が陸軍大本営の意向を無視して戦闘を拡大し、これに対して、ソ連の名将ジューコフが率いる戦車主体の機甲化師団に粉砕・蹂躙されて1万人を超える死者を出した戦闘として記憶されてきました。戦闘期間は1939年5月から同
年8月末まで。

関東軍を指揮した辻正信陸軍参謀は、この敗戦に何ら学ばず、その後も日露戦争当時の「大和魂」の白兵戦法に固執して、結局、ガダルカナルなど太平洋諸島での日本軍の悲惨な敗北につながっていった。関東軍のノモンハン現地指揮官の多くは、辻参謀らから責任
をとらされて自決させられている。

しかし、世界的に見れば、極東辺境地帯での、日本とソ連の単なる国境紛争にすぎない、と思われていた。

■ノモンハンは世界情勢に影響を与えた

著者は、公開された新資料に基づいて、次のように言います。

ノモンハン事件があったことが一つの要因として、スターリンは、1939年8月23日、ドイツとの「不可侵条約」を締結した。少なくとも、不可侵条約を締結するのに重要な影響を与えた。

ソ連(スターリン)は、ドイツと日本の2国を敵に回して攻められることは絶対に回避しなければならなかった。

1939年当時、ソ連は、英仏と軍事協力関係をつくって、ドイツに備えることも検討をしていた。しかし、社会主義・ソ連の「宿敵」資本主義の総本山・英国は、ドイツをソ連にけしかけるつもりではないかとの疑心暗鬼であった。

スターリンには、ぎりぎりまで英仏との反ファシズム同盟を結ぶか、ドイツとの同盟を結ぶかを決めかねていた。

ソ連が英仏と反ファシズム同盟を結べば、当然、ソ連はドイツと戦争となる。ドイツと防共協定を結んでいた日本が極東でソ連を攻めることになれば、ソ連は二正面戦線で戦わなければならなくなり不利となる。そして、現実にノモンハン事件で現実に日本が大規模な戦闘に出てきた。

ということで、スターリンが1939年8月に独ソ不可侵条約を締結した一つの要因、考慮要素として、ノモンハン事件があった。

■英仏とソ連の同盟の可能性について

この著者は、独ソ不可侵条約ではなく、英仏とソ連の反ファシズム同盟の可能性はあったとしているようです。これはビックリ。スターリンは、同じ独裁者ヒトラーと相性がよかったと思っていましたから。

著者は、公開された新資料に基づいて、ソ連は本気で英仏との同盟の可能性も探っていたと言います。要するに英仏とソ連の集団的自衛権ですが。

ソ連は、ナチスの台頭を見て、1935年7月に「反ファシズム人民戦線路線」に切り替えて、反帝国主義スローガンをトーンダウンさせた(対英仏宥和)。また、フランスもナチス台頭に不安を感じ、1935年5月に仏ソ相互援助条約を締結した。

1936年5月にフランスに人民戦線ブルム内閣が成立した。スペインでも人民戦線内閣が成立していた。

ところが、1936年7月、右派のフランコがスペイン共和政府に対して反乱を起こし、スペイン市民戦争が勃発した。

ソ連は、スペイン共和政府に本格的な軍事援助をしたが、英国やフランスは中立政策をとった。

英国は、反社会主義の立場から、スペイン共和政府を援助しないのは当然。ところが、フランスは反ファシズムを理念とする人民戦線内閣であったが、中立政策をとった。

スペイン共和政府は、1938年末には軍事的に壊滅。

それでも、ソ連は、1939年になっても、英国との外交交渉をすすめていた。並行して、ドイツとも交渉をしていた。同年2月の悪名高い「ミュンヘン会談」、そして、ノモンハン事件を挟んで、最後の最後、ソ連はドイツを選択した。

■歴史の「イフ」

フランスやイギリスが、スペイン共和政府に積極的に軍事援助をして、ナチス・イタリアのファシズム同盟に対抗していたらどうなったでしょう。

英仏ソを援助した共和派が勝利したら、ナチス・ドイツとファシスト・イタリアの勢いはそがれた。

もし共和政府が負けても、スペインで英仏と協力したソ連は、もはやドイツと不可侵条約を締結できない状況になるのではないでしょうか。

それとも、これをきっかけに、英仏ソと独伊との全面戦争に発展したかもしれません。そうなれば、日本陸軍(関東軍)は、千載一遇の機会だとして、ソ連に攻め込むでしょう。

そうなると、いかに「大和魂」日本でも、ソ連とたたかいながら、アメリカに参戦することはできないから、1941年12月の真珠湾攻撃はなかったかもしれない。

ちなみに、イギリス労働党やフランスの左翼党派は、反戦主義(平和的反ファシズム)から、スペイン共和政府への軍事援助に反対した。ヨーロッパ左翼が、「平和主義」を「敗北主義」と同義とするのは、このような歴史経過があるから。

■ノモンハン事件の戦闘自体の評価

新しく公開された資料に基づいて、日本軍は惨敗したが、ソ連軍も大きな損害と犠牲者を出したことが明らかにされています。

ソ連軍の名将ジューコフは、ノモンハンで初めて本格的な戦闘で指揮をとり、機甲師団と機械化歩兵を一体として運用する戦術を編み出した。

そのジューコフは、ソ連軍の英雄となり、その成果を評価されて、独ソ戦開始後、ヨーロッパ戦線に投入されて、ナチス・ドイツ軍を打ち破った。それに比べて、日本軍の現場戦闘指揮官は敗戦の責めを負わされて自決させられた者が多数。

そのジューコフが「最も厳しかった戦闘は何か」と聞かれて、「ノモンハン」(ソ連ではハルハ河戦争)と答えた。それほど日本との戦闘は激戦だったようだ。

別の本で読んだが、ジューコフがアメリカ人にドイツ軍と日本軍の評価を尋ねられたところ、次のように答えたそうだ。

日本軍 兵士・下級士官は優秀。司令官・参謀は無能。

ドイツ軍 兵士・下級士官は優秀。司令官・参謀も優秀。

忘れられた「ノモンハン事件」だが、結構、大きな意味をもっていたようです。

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2014年3月16日 (日)

読書日記 「絶望の裁判所」瀬木比呂志著

読書日記「絶望の裁判所」瀬木比呂志著

2014年2月20日発行
2014年3月14日読了

■元裁判官の引導渡し

裁判所を最高裁事務総局が支配する「檻」とし、裁判官をその「収容所群島」の囚人とまで激烈に批判しています。同じ様な批判は、「司法権力の内幕」を著した森炎氏(元裁判官)が、裁判官を「司法囚人」、フーコーの「パノプティコン」の状態だと指摘されていたことと共通です。

著者の瀬木氏は、1954(昭和29)年生まれで1979(昭和54)年に裁判官になり、最高裁調査官の経験もあり、東京地裁の総括判事(部長)もなったエリート裁判官です。裁判所内部で様々に冷遇されてきた青法協や懇話会系のいわゆる「左派系」の裁判官ではない点が異色です。著者自身、自由主義者で個人主義者であり、いかなる政治的立場にくみしないと言っています。


■裁判官としての経歴は次のとおり。

昭和54年4月~58年7月 東京地裁判事補(31期)
昭和58年8月~61年 静岡地・家裁判事補
昭和61年4月~63年3月 最高裁民事局付き
昭和63年4月~平成1年3月 東京地裁判事補
平成1年4月~4年3月 大阪地裁判事
平成4年3月~6年3月 那覇地・家裁沖縄支部総括判事
平成6年4月~平成7年3月 最高裁調査官
平成7年4月~11年3月 東京地裁判事
平成11年4月~15年3月 千葉地家裁判事
平成15年4月~22年3月 東京地裁判事
平成22年4月~24年3月 さいたま地家裁判事

■中途半端な「内部告発」

著者が最高裁にいる際に、最高裁判事が、ブルーパージ(青法協への弾圧)をしたことを吹聴し自慢していたというエピソードが語られています(本書32頁)。

また、東京地裁保全部にいたときに、国が債権者として仮の地位を定める仮処分命令事件があり、このときに法務省(国)と裁判所が事前に秘密裏に事前談合をしていたことが曝露されている。この事件は、「国のある機関がある特定の団体についてそこに出入りする人物をカメラを用いてチェックしていた」事件である(本書22頁)。

この事件は、公安調査庁が共産党本部の前のビルに隠しカメラを置いて出入りの人物を隠し撮りしていた事件のことでしょう。これは1988(昭和63)年ですから、著者が東京地裁判事補にいた頃ですから、保全部(民事9部)にいた時期に合致します。

もう一つ。ずっと後のこととして、「東京地裁の多数の部で審理が行われていた行われたことがある。裁判長の定例会議におけるある女性裁判長の提案により、裁判長たちが継続的な会合をもち、却下ないし棄却を暗黙の前提として審理の進め方等について相談を行ったのである」として不正を指摘している(本書23頁)

これは東京都が都立学校で卒業式等で君が代の起立斉唱を教職員に命令した「日の丸・君が代」事件のことに間違いないでしょう。

労働部(11部、19部、36部)など多数の訴訟が係属していました。そして東京地裁民事第11部(当時、三代川三千代裁判長(女性))もその一つでした。


ですから、上記事件は、東京都の君が代訴訟のことを意味していることは確実です。 もっとも、この中で、東京地裁36部(難波孝一裁判長)は違憲判決を出しいてます。三代川裁判長はその後、異動でして、佐村という裁判中居眠りすることが有名な裁判長のもとで合憲判決が下されました。

どうせ瀬木氏が内部告発するなら、上記事件の内容や発言した裁判官の実名を明らかにして、その結果も明確にすべきでしょう。特に、君が代関連事件では、そのような部を超えた裁判長の定例会議がありながら、違憲判決が出されたことを付言すべきでしょう。あたかも全て請求棄却となったような書きぶりは疑問が残ります。中途半端です。


■裁判所はどうなっているのか

瀬木氏の批判は、司法改革の中で、いっそう最高裁の官僚統制が強まってきた、と強調されいます。しかし、私はこの点は疑問に思います。

私の実感では、司法改革前のほうが、もっと非道かったと思います。瀬木氏が裁判長時代のことです。瀬木氏自身がその司法官僚の末端だったはずです。

それに比べれば「司法改革」の結果、「まだ少しましになったかなあ」というのが偽らざる感想です。 著書が、司法改革後に、より一層悪くなったというのは。??と思います。自分が裁判長の頃のほうがましだったと言いたいのでしょうか。


また裁判員裁判について、刑事裁判官の権力を維持するためのものだという見立ても、疑問を持ちます。司法改革の中で、裁判所は、裁判員裁判や労働審判に対して、絶対反対の立場でした。

最終的には、裁判所の抵抗はソンになると考えて、原則をまげてやむなく受け入れたということだと思います。 著書の裁判員裁判が刑事裁判官の復権のための「陰謀」であるかのような位置づけは、??と思います。著者はどのような立場だったのでしょうか?


■違和感が残る

この瀬木氏の「民事訴訟の本質と諸相」(日本評論社)も読みました。この論文集(と言うかエッセイ集)もこの新書と同様なことが書かれていました。この本には映画論や文化論も語られ、それなりに面白いと思いましたが、上から目線の物言いが嫌でした。

私は、司法修習生のときから青年法律家協会に入っているし、自由法曹団にも加入しています。ですから、瀬木氏の司法官僚制度に対する批判は、そのとおりだと思います。

しかし、この著書は、何か、違和感が残ります。何か気持ち悪い。

瀬木氏は、司法修習31期です。しかも、最高裁調査官や東京地裁民事部の総括判事にも就任している。

裁判所の中には、裁判官懇話会やそれぞれ裁判所や裁判官制度を良くしようと努力してきた裁判官もいました。瀬木氏は、その中でどのような立場にたち、裁判所内部でどのような努力をされてきたのでしょうか。


言っていることは正しいかもしれませんが、その自身の立場を謙虚に語ることなく、裁判官及び裁判所が絶望的だと決めつけるこの本は、私にとってさえ共感するのが困難です。

裁判官たちは、いっそう鼻白むでしょう。

瀬木氏自身が、その司法官僚制度なかでエリートコースを歩んできたにもかかわらず、自身を、被害者と位置づけているようです。自らの裁判官時代は、司法官僚制度にどっぷりつかっていたことでしょう。東京地裁時代に反動裁判官として批判されたこともあったはずです(31期の同期の弁護士がそのことを指摘しています)。

そのことへの謙虚な反省もなく、また裁判所内で地道な努力をしたわけでもないにもかかわらず、退職してから古巣を「絶望の裁判所」と罵倒する人物がよく分かりません。


私のような市井のマチベン(もっと裁判所的には評価が低い「労弁」、世間的には「ロー弁」ですが)にとっても、けっして、この本は読後感は良くありません。

何か、著者には裁判所に対するルサンチマンがあるのではないかと感じてしまいます。


■じゃあどうすれば裁判所は良くなるのか

著書は法曹一元制度を定言します。

私も、今は、考えても無駄なことは、時間の無駄だから考えないという年齢になりました。


裁判所が良くなる前提として、政治が良くなり、法律が良くなり、社会が良くなるしかありません。

裁判所は所詮、日本の社会と政治、そして日本人の法意識の反映でしかありません。

非効率で保守的な裁判制度は、結局、日本国民が容認していることなのです。 戦後70年たっても、その改良は見通しがありません。今のような状態が続くだけです。

このことはアメリカの学者も指摘しています(「日本の最高裁を解剖する-アメリカの研究者からみた日本の司法」デイヴィット・S・ロー著、西川伸一訳・現代人文社)。 所詮、司法は日本の社会と政治の反映にしかすぎないと。

したがって、今のような裁判所制度は、今後、ずっと続くでしょう。

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2014年1月26日 (日)

「脱原発」の現実性

読書日記「原子力発電の政治経済学」伊東光晴著
(岩波書店)2013年10月第1刷、2014年1月25日読了

経済学者の伊東光晴京大名誉教授の脱原発論。伊東教授は、原子力発電所の継続は不可能であり、「脱原発」は経済的に見て可能だとされています。他の脱原発本より、伊東教授の見解は、事実に基づく立論で説得力があると思います。

■原子力発電は継続不可能

○核廃棄物処理の目処がたたない。
過去に1兆円をつぎ込んだ高速増殖炉「もんじゅ」は、1995年12月のナトリウム冷却漏れ事故、2010年10月炉内中継装置脱落事故、2012年11月と2013年2月の点検漏れ事件などが多発して運転再開の目処はたっていない。

もはや、日本も核燃料再処理事業から撤退するしかない。日本とロシア以外の米英仏伊独は全て撤退を決めている。高速増殖炉がなければ、日本の核燃料再処理事業、それを前提とした核廃棄物処理事業はすべて成り立たない。

○老朽化原発は廃炉しかない。
強い放射線に晒されて原子炉が脆弱化しており、緊急停止時に圧力容器が破壊される可能性がある(井上博満東大名誉教授の指摘。同教授によれば、最も危険なワースト7は、玄海1号、美浜1号、同2号、大飯2号、高浜1号)。

また、原発メーカーのウエスティングハウス社(WH社)は耐用期間30年で設計しており、同じくGE社は40年で設計しているという。日本では30年を超えて運転されている原発は20基、3基が40年をこえて10年の稼働を認められている。設計上の耐用期間を経過した原発の再稼動は認められまい。

■原子力発電がなくても電力はまかなえる

○短期的には節電をすれば乗り越えられる。
このことは既に2011年、2012年、2013年の夏場を乗り切って証明されている。

○問題は中長期的に経済的に可能かどうか。また、CO2を増加させないことは可能か。

伊東教授によれば、

同一発電量に対する電源別のCO2発生の比率をみると、石炭火力100に対し、石油が約75、天然ガスが約55である。他方、電力各社の発電量は、年度によって電源別比率が変わっているが、おおよそ石炭火力25%、天然ガス30%弱、原子力30%弱、石油等7~8%であり、その他水力8%となっている。(2011年11月「世界」掲載時点)

2012年度の電源別比率は、石炭27.6%、石油18.3%、天然ガス42.5%、原子力1.7%、その他水力10%

天然ガスはLNG発電新技術が導入されて発電効率が高くなっている。石炭火力の比率を落として、最新鋭の天然ガスのLNG発電に切り替えることで、CO2が大きく削減される

JR東海は、電力を大量消費するリニアモーターカーを作るよりも、その資金でLNGによる自家発電所を作るようにすべき。

○日本は天然ガスを割高に購入している問題点

日本の天然ガスの市価は15ドルと高い。アメリカは5ドル、ヨーロッパ各国は約10ドル強。これは価格が石油価格にリンクされた長期契約であるため。資源エネルギー庁による規制方法を改善すれば、これほどの大きな価格差は改善される。

○米国発の「シェールガス革命」による大変化

シェールガス革命は、世界エネルギー事情を大きく変える。世界一の埋蔵量は中国、次に米国、アルゼンチンが続く。世界的に見れば膨大なシェールガスが埋蔵されており、天然ガスの価格は下がる。このLNGガスが活用されれば、原子力に依存することなく電力供給は経済的に十分に成り立ち、CO2 抑制にも繋がる。

○有望な地熱発電

さらに将来的には、日本では地熱発電を活用することができる。この地熱発電所を作るメーカーは三菱重工、東芝、富士電機の三社で世界シェアの70%を占めている。国立公園法を改正する必要があるし、今から地熱発電所を建設してもあと10年はかかるから将来課題。

○夢のような新技術

もっと夢のような技術は、宇宙太陽光発電である。宇宙空間に太陽電池をつくり、マイクロ波で地上に送電する。JAXAは2030年代の宇宙太陽光発電を計画しているという。
日本での風力発電や地表での太陽光発電は効率が悪く、電力供給も不安定であり、これに期待する政策を遂行することは経済的に見て愚策。

■脱原発は夢物語ではない

伊東教授の指摘するように、脱原発は、経済的にも実行可能のようです。

政治、官僚、産業、科学者が利益共同体を形作り、利権構造が地域経済を含めて原子力発電システムを維持・活用してきました。しかし、「3.11」により、問題点が明らかになりました。

今度、原発事故が起これば、日本は大ダメージを被ります。日本のような地震大国では、しかも老朽原発が再稼動されれば事故の可能性が高いでしょう。

原発研究者や電力会社は安全だと強調するでしょう。しかし、あの「3.11」の際に醜態をさらし、いまだ事故原因も明らかにできず、事故処理の目処もたてられない原発研究者や電力会社が安全性を強調しても、それを信用する人っているでしょうか?

最終的な核廃棄物処理も目処がたちません。きっと核汚染された福島のどこかに核廃棄物最終貯蔵所をつくることを、官僚や電力会社、政治家は既に決めていることでしょう。あとは、ほとぼりが醒めるのを待って、数年後、タイミングを見て発表すると思います。ちょうど、沖縄の米軍基地問題のように。また、古くは足尾銅山の被害地の谷中村のように。
地域の切り捨てという「棄民」です。

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2013年12月12日 (木)

ロールズとマルクス 読書日記「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」

ロールズとマルクス

読書日記「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」
(岩波書店2011年9月発行。読了2013年12月)

■ロールズの「無知のヴェール」

講義録ですので、大変に読みやすい。1980年代の講義をまとめたもののようです。

ロールズといえば「無知のヴェール」と「正義の二原理」(自由原理と機会均等・格差原理)で有名です。

私の言葉で要約すると、

無知のヴェール:ある社会で、その市民らが、社会の詳細な経済財政等制度や社会が不平等なものであることなどの一般情報は十分に知った上で、しかし、自分の性別も、人種も、能力、財産については何も知らないという無知のヴェールをかぶっている。

このような「原初状態」を想定して、各人がその社会の公正なルールを合意する。

で、無知のベールをとったら、そこでは人種差別された少数者かもしれないし、抑圧された貧乏人かもしれないし、あるいは権力をもった大金持ちかもしれない。そういう条件で、社会のルールを合意しようとする。「さあ、貴方なら、どうする?」というわけです。

■正義の二原理

ロールズは、原初状態で無知のヴェールをかぶって議論をすれば、各人は次のような「正義の二原理」で合意するはずだ、と言うのです。

1 各人は、他人に被害を及ぼさない限り、自由が保障される。
2 社会的・経済的不平等は、①最も不遇な人々の利益を最大にし、②公正な機会均等が図られている場合にのみ、許される。

2の①が格差原理というものですが、これが分かりにくい。私の理解では、要するに、

世の中には社会的・経済的不平等は必ずある。しかし、その場合でも、公正な機会均等を付与するだけでなく、最も不遇な人々の生活条件等を改善する方策をとらなければならない。

法律家から見ると、ロールズの立論は、社会契約論的で民主主義的な立憲主義を、判りやすく説明されており、非常に魅力的です(「立憲民主主義の憲法原理の政治哲学的基礎」)。

■ロールズへの印象

しかし、一方、「ロールズの言うことは非現実的だ。社会における政治的・経済的支配構造を変えないで、道徳的な説教や理想をいくら語っても、何も変わらないのではないか。」という懐疑的な気持ちもぬぐえません。まさにマルクスなら、こう批判するでしょう。

■ロールズが解説するマルクス

この岩波書店の「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」に、「マルクス」が論じられています。これを読みましたが、ロールズの立論は極めて判りやすく、すばらしい内容でした。久しぶりに本を読んで感銘をうけました。

■マルクスは「正義」をどう考えていたか

マルクスは「正義」なんていうものを重視していなかったというのが共通理解です。

マルクスは、「正義」という観念は、奴隷社会や封建社会、資本主義社会に応じて成立する相対的なものにしかすぎない。土台である経済構造(生産諸関係)の反映としての「正義」イデオロギーでしかなく、それは虚偽意識にほかならず、常に階級支配を正当化するものでしかない、と批判してきた。超歴史的な「正義」などは戯言だという立場を明言していた。

しかし、ロールズによれば、それでも、マルクスは、「資本主義を不正義である」との前提にたっていると言います。

マルクスが上のように批判する「正義」とは、狭い法律的な正義(歴史的諸条件で変化する相対的なもの)でしかなく、一方、ロールズの言うところの「正義の政治的構想」をマルクスは持っていたというのです。そうでなければ「搾取は盗みだ」とか、「労働者は賃金奴隷だ」とか、「労働力が等価交換されるが、剰余価値は搾取されており、それは『隠された盗み』だ」などとマルクスは言わないはずだというのです。

ロールズは、さらに続けます。

マルクスが正義や理想を語ることを忌避したのは、ユートピア的社会主義との違いを強調するためであり、敢えて正義を語らなかった。マルクスは、あくまで資本主義の運動法則を解明することで、その延長線上に必然的に社会主義や共産主義が到来することを(科学的に)記述したかった。

労働価値説や史的弁証法に対するロールズ的な解釈も大変に面白いのですが、マルクスと正義についての結論部分を紹介します。

■マルクスの「正義」

キイワードは、「自由に連合した生産者たちの社会」(「ゴーダ綱領批判」や「資本論」に良く出てくる言葉)です。

ロールズによれば、マルクスは次のような確信と理想を持っていたはずだと言います。

社会の全成員-自由に連合した生産者全員-は、社会の生産手段および天然資源にアクセスしそれらを使用する請求資格を平等にもつ

自由に連合した生産者たちが公共的で民主的な計画により経済活動をコントロールすることで搾取も疎外もない社会(共産主義社会)が実現する。

自由に連合した生産者の社会はあらゆる歴史的条件のもとで実現可能なわけではなくて、資本主義が生産手段とそれにともなうテクノロジーのノウハウを増大させるのを待たなければならない。

■マルクス思想の失墜

マルクスの共産主義は、20世紀において、ソ連・東欧など、共産党一党独裁による市民への抑圧、中央集権的計画経済の破綻によって、多大な犠牲者を出し、無残な失敗に終わりました。今、残っている社会主義の国、中国、朝鮮人民民主主義共和国、ベトナム、キューバなどは、旧共産主義のゾンビといってよいでしょう。

これほど見事に全て失敗した以上、マルクスの思想には根本的欠陥があると考えるのが経験的には正しいはずです。にもかかわらず、ロールズは、マルクスを救おうとするかのようです。

もちろん、ロールズは、古典的な共産主義思想である「中央指令的社会主義」を全く評価しません。しかし、「リベラルな社会主義」(日本でいえば「社会民主主義」のこと)があり、これは「啓発的な価値ある見解」と評価しています。

リベラルな社会主義の特徴(要件)

a)  立憲デモクラシーの政治体制。
b)  自由な競争のある市場システム。
c)  企業が労働者によって所有され、あるいは部分的にせよ、株所有を通じて一般の人々に所有され、さらに選挙もしくはその企業の選択によって選ばれた経営者によって経営される仕組み。
d)   生産手段および天然資源が、広い範囲で多少なりとも平等に分配されることを確保する所有システム。

■マルクス主義が誤った原因

確かに、「科学的法則」(笑)なるものを振り回す独善者の「革命」よりも、ロールズのいうような「正義」や「理想」を語り、ひとつひとつの合意をはかる方策のほうが正しい道ですね。

マルクスは「正義」も「立憲主義」も語りませんでした。逆に、あろうことか「プロレタリアート独裁」なんてことを書いてしまった。このあたりも失敗の原因なのでしょう。

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2013年11月 4日 (月)

読書日記「日本で働くのは本当にそんなのか-日本型キャリア VS 欧米型キャリア」海老原嗣生著 PHPビジネス新書

2013年11月1日 第1刷発行
2013年11月4日 読了

■名著です!

日本人が常識と思っている日本型キャリアと欧米型キャリアの根本的相違を、簡潔に判りやすく解説した名著ですね。濱口桂一郎さんが、メンバーシップ型とジョブ型と分けた説明したものを、日本の雇用の現場に即して、とても分かりやすく解説しています。

労働法規制緩和、解雇規制緩和など新自由主義の経営者や労働経済学者が、空理空論を振り回して議論を混乱させています。

しかし、この書物は、現代日本の雇用・働き方をどの方向に進めるのが良いか、腰を落ち着けて、社会の実態を見据えて、検討しているものです。非常に読みやすい本なので、是非、一読されることをお勧めします。

■日本型雇用の根本公理

1)給与は「仕事」(職務)ではなく、「人」で決まる。

2)正社員は誰もが幹部候補生として扱われて、原則出世していく。

曰く、欧米は、給与は、「職務」で決まる。自動車の組立工であれば、企業内でも同じ仕事をしていれば給与は一緒。勤続年数が増えても同じ仕事をしている以上、給与が上がらないが当然。出世もしない。別会社で自動車組立工もみんな同じ給与。これは無期雇用労働者であろうと、有期雇用の労働者であろうと変わりは無い(つまり、「同一労働同一賃金の原則」ということ)。

他方、日本では、自動車組立工であっても、若い頃に一括採用された正社員であれば、勤続年数に従って同じ仕事をしても、給与は少しずつだが上がる。高卒でも班長や係長くらい、運が良ければ課長にも出世できるかもしれない。同じ仕事をしていても勤続年数が長ければ給与が高いのは当たり前。真面目に仕事をしているのに給与が上がらないのはおかしい。企業によって給料が異なるのは当たり前。

■例えば、同一(価値)労働同一賃金の原則

<「同一労働同一賃金の原則」が欧米のように確立していない日本は遅れている>と声高に非難する人たちがいます。私もそう思います。が、欧米の法理論をそのまま持ち込むことは無理があるのです。今までの男女賃金差別訴訟も、ここが最大の問題であり、未だ乗りこえることができていない。日本型の上記の根本定理とぶつかるからです。

実態を無視した法解釈や立法構想をしてみても、日本型雇用を一挙に変更することはできない。ここが悩みです。

■欧米の「エリート労働者」と「ノン・エリート労働者」

著者が的確にまとめるとおり、欧米型は、ノン・エリートの労働者は、一生ひらで給料も上がらない代わりに、残業も配転もなく、ワークライフバランスを確保されて同一労働同一賃金の下で暮らしていく。このようなノン・エリート労働者が圧倒的多数。だからこそ、女性も子どもを育てながら働き続けられるし、男も出世など考えていないから憂いなく育児休業をとれる。他方、手に職を持たない未熟練な若者はなかなか就職できない(フランスなんか若者の失業率は20%を超える)。

欧米型キャリアのエリート労働者は、大学でMBA等をとった専門家であり、彼らは日本の大企業のエリート正社員と同様に長時間労働と競争をしている。そのかわりにノン・エリートに比べれば、日本以上に(数倍の)高い給与をもらえる。高給取りだから、ベビー・シッター(外国人移民の女性、これをテーマにした映画は多いですよ。)を雇って子どもも育ててもらえるから、女性でも男性と同様にばりばり働ける。

これが欧米型です。日本型と全く異なることは言うまでもありません。

■日本型と欧米型のベストバランス

この著者は、「日本型も欧米型も一長一短がある」との濱口桂一郎さんの発言を至言と紹介します。

日本はだめ、アメリカ型が正しい、などと一刀両断的に切り捨てることなど決してできません。それぞれに、一長一短がある。どこかの国の仕組みを礼賛して、それを直輸入すべき、と論じるよりも、自国の「長」を見極め、また「短」もよく知り、「長」を殺さず、いかに「短」を補うかを考えるべきでしょう

これも至言ですね。この言葉は、経営側にも労働側にあてはまりますよね。同感です。

著者は、ノン・エリート労働者(ジョブ型労働者)には欧米型のルールを適用(同一労働同一賃金・ワークライフバランス)し、日本のエリート労働者には「属人的に能力が高い人間」を選抜して「日本型雇用」(メンバーシップ型)をミックスさせようということなのでしょう。


とはいえ、実際の政治過程や労使関係は、これほど理性的ではない。なにしろ、とにかく自分がもうかるにはどうするかしか考えない連中と、政治的な得点をあげるにはどうしたら良いかしか考えない連中がいるわけです。

■熊沢誠さんの立論

この著者の提言を読んで、熊沢誠教授の提言を思いだしました。熊沢誠さんは、ノンエリート社員の労働組合運動を昔から提唱されています。その前提としての企業分析を次のように展開されました(「労働組合運動とは何か」岩波書店2013年)。

Aa  特定企業に定着して管理者に昇進する層 多くはホワイトカラー正社員
Ab 特定企業に定借しているが職種・職場は変わらず出世しないノン・エリート正社員
これに対応する労組形態 企業別労働組合

B 熟練職・専門職 医師、看護師、教師、デザイナー、技術者、万能熟練工
これに対応する労組形態 職種別労働組合

C 産業や企業に定着できない不熟練労働者
これに対応する労組形態 一般労働組合、地域ユニオン等

ジョブ型社員やメンバーシップ社員は、熊沢教授のAaタイプと、Abタイプの仕分けなんでしょう。ただ、ここまで冷徹な分析は、労働組合が受け入れるでしょうか。

■日本的平等主義と日本的能力主義の曖昧な結合

エリート社員とノン・エリート社員を区別すること自体は、日本人にとってタブーかもしれません。これは政治的合意をはかるには大きな障害になるでしょうね。

本音では分かっているけれど、はっきり言わないという「あいまい」を良しとする、「日本的心性」に反してしまいます。

日本では戦前には、「職員」と「工員」との間には厳然とした「区別」(差別)があり、食堂も会社の入口も異なった。


それが戦後の混乱、占領軍「民主化」政策と労働運動により、職員と工員の差別は相当程度是正された。


「職員」に適用された雇用安定と年功的賃金処遇が、「工員」にも適用され、それなりに出世も可能となった。この日本的労使関係は、戦後の激しい労働争議の上で経営側と労組側の階級的妥協の産物でもあります。


「会社に協力して働けば、それなりに賃金も上昇し出世もできる。だから激しい階級的労働運動は労働者にとってソンです。わかっているから悪いようにしないから。」という暗黙の了解ですね。これが日本的心性にぴったりなんだ。

■蛇足

福島第1原発事故被災地では、もう30年たっても戻れない場所があることは当初から明白だけど、被災者の感情・気持ちを忖度して誰も言わないし言えない。しかも、それを前提とした政策も立案しない・できない。

こういう「日本的心性」を克服することは難しいですね。

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