経済・政治・国際

2023年4月11日 (火)

読書日記「サピエンス減少-縮減する未来の課題を探る」原俊彦著(岩波新書・2023年)

読書日記「サピエンス減少-縮減する未来の課題を探る」原俊彦著(岩波新書・2023年)

高齢化、少子化、人口縮減、地方消滅。日本の「国難」と言われる。「日本政府のが悪いせいだ」「日本の女性差別が原因だ」「いやフェミニズムやジェンダーフリー思想が犯人だ」「いやいや格差社会と資本主義的搾取が問題だ」等など様々の議論がある。

しかし、日本から世界に目を向け、そして百年、千年の時間単位でこの問題を眺めると、単純な話ではなく、日本だけの問題でもなく、ホモサピエンス全体の宿命なのだ、という。

国連の最新世界人口推計では、2022年が80億人だが、2086年の104億人をピークに減少しはじめる。2100年の日本の人口の国連予測は7400万人(日本の国立社会保障・人口研究所の予測は5971万人)。日本の少子化・人口減少は世界のトップランナーだが、2100年頃にはアフリカを含めて世界全体で少子化・人口減少に見舞われる。

「人口減少」は、人類が生産力を発展させて、平均寿命が延びて、また男女ともに教育水準が高まり、個人の結婚・出産と生き方に選択の自由が拡大してきた結果にある。この傾向は止められず、また止めるべきでない以上、人口減少を前提として、その対策を充実させるしかないというのがこの本の結論である。

今から1万2千年前の世界人口は5百万人~1千万人、紀元元年頃は2億人~4億人、1950年に25億人、1975年に40億人、2022年には80億人と「人口爆発」である。

マルサスは人口の指数関数的増加を指摘して人口爆発を予測していた。しかし、人口減少も指数関数的に減少する。これを「人口爆縮」と言う。

各時代の平均人口増加率を計算すると
 狩猟採取社会 0.04%
 農耕社会   0.29%
 産業革命時代 0.51~0.98%
 1965~79年  2.05%

人口置換水準の合計出生率は2.1である。
置換水準とは人口の増減ゼロ。
2022年の各国の合計出生率と人口増加率は次のとおり。

 国名 合計出生率 人口増加率 
中  国  1.18 -0.011
韓  国  0.87    -0.05
日  本  1.31    -0.53(トップ)
フランス  1.79     0.21
スウェーデン  1.67     0.60
米  国  1.66     0.47

家族と子供への手厚い保護をするフランスも1.79、男女平等とワークライフバランスの先進国のスウェーデンも1.67にすぎず、何らの対策もとらない米国と同水準である。子供への手厚い保護とジェンダー平等の先進国デンマークも少子化が進行している(1.67)。

アジアも欧米も出生率が「2.1」を大きく上回るまで回復しない限り、少子化・人口減少になる。しかし、アジアも欧米とも「2.1」を上回る大幅回復は見込めない。既に妊娠可能な若い女性人口が少なくなり回復不能である。そうである以上、十数年程度の時間差で全体的も今世紀後半には人口減少は不可避。アフリカも、21世紀後葉までは人口増加が続くが、世紀末には人口減少に転換する。

人口減少社会では、高齢化がいっそう進み、経済的な格差が拡大し、社会保障システムや地域システムが動揺し、行政、経済及び社会システムが全面的に崩壊する危険がある。

それを回避するためには、富裕層に課税して配分の平等を図ることが必須となる。しかし、一国でそうすると富裕層は海外に逃亡するので国際的な課税ルールが必要不可欠となる。また、少子高齢化で労働力人口が爆縮するので、少子化にギャップがあることから、人口余裕国から人口移動(移民)を受入れるしかないが、これが差別などの社会的軋轢を起こさないための施策が必要となる。

これらの対策は、一国では完結しないので、国際的な協力が必要不可欠となる。今後は、地球温暖化等の環境問題だけでなく、人口減少社会への対応として、グローバルなルール作りを実現しないと、ホモサピエンスは大きな打撃を受けることになると警告をする。

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2023年3月19日 (日)

読書日記「迫り来る核リスク<核抑止力>を解体する」

「迫り来る核リスク<核抑止力>を解体する」吉田文彦著(岩波新書)

●理想主義と現実主義

「長崎を最後の被爆地に」の希求から始まる本書は凡百の憲法九条派のお花畑「核兵器反対」の理想主義のプロパガンダ本かと思って読み始めた。しかし、著者の原点は理想主義なのだが、現実的なアプローチを模索するもので面白かった。
 以下、私なりの乱暴な要約で紹介したい。

●核兵器廃絶は百年単位の時間が必要

著者は、核兵器廃絶は「百年単位の時間を要する」と正直に書いている。しかも、核抑止力依存派をタカ派、核即時廃絶派をハト派とし、その中間にフクロウ派を提唱する。フクロウ派は、核兵器のリスクを減らす政策を重視し、何よりも核リスクの低減に重きをおくアプローチと「正しい抑止力」が当面は必要であるとする。フクロウ派の代表はジョセフ・ナイ教授である。

●高まる「核リスク」-誤解と誤報による核兵器使用

核抑止力依存派は、「核兵器は「悪魔の兵器」であり、使用すれば人類の滅亡につながる。だからこそ大国間の相互に抑止力が働き、国際秩序を維持することができる。現に旧ソ連と米国とが全面戦争を回避できたのは、核抑止力という「恐怖の均衡」の結果だ」と言う。

著者は、冷戦時代に相手が核ミサイルを発射すれば、到達前に核兵器で応戦するという警報下発射態勢の下で、ソ連と米国は誤警報や誤解によって全面核戦争の瀬戸際となったことが複数回ある。米ソの政府指導者は地獄の底を見たということを明らかにしている。米ソとも、軍のルールを無視して誤報や誤解だと直感で判断して、ぎりぎりで核ミサイルの発射ボタンを押さなかった指揮官らがいた。このあたりは読んでいてぞっとする。

これは米ソ冷戦の過去の話ではなく、ロシアのウクライナ侵略が行われ、プーチンが核兵器使用の恫喝を口にしたことで、核兵器のリスクは高まっているとする。

●中国の核リスクの高まり

また、中国も警報下発射態勢をとっているが、ロシアと米国の間には冷戦時代の緊急連絡システムや軍人同士のプロフェッショナルの信頼感が中国と米国との間では欠如しており、台湾有事や人為的なミスによって核リスクが高まっているとする。

●東アジア有事と核兵器使用は現実にあり得る

著者は、2025年~2030年の近未来に「現にあり得る」東アジア有事と核使用想定の25のケースがあるとする。3つを紹介すると。

① 経済的に弱体化した北朝鮮は、米韓軍から攻撃を受けると判断して、通常兵器では勝てないので核兵器の使用に踏み切る。これに対して米国は北朝鮮の指導部と核基地を破壊するために核兵器を使用する。米軍に蹂躙される前に日本の米軍基地に向けて核ミサイル攻撃をするというシナリオ。

② 北朝鮮の南進あるいは核兵器を使用すると米国と右派政権の韓国が判断して、核兵器を先制使用するケース。

③ 台湾の場合には、中国が香港市民を大弾圧し、その結果、台湾で独立派の政権が誕生して、中国と台湾で軍事衝突が発生する。台湾軍は米国・韓国・日本から援助を受けて軍事的に優勢となる。中国は、通常兵器での戦闘では不利とみて、日韓の米軍基地や米艦船を核攻撃する。米中はお互いに本土への核攻撃を避けて、核報復は北朝鮮や韓国、日本の間で核ミサイルの応酬になるケース。


●核リスク低減の方策

これらのケースで核兵器を使用させないルールが必要となる。即時に核兵器を廃絶できない以上、まずは核兵器先制不使用宣言を核兵器保有国が行うこと。オバマ、バイデンは積極的だったが、反対派が強く宣言ができなかった。中国は核先制不使用宣言をしている。

●今の日本政府の敵基地攻撃能力保有は危険な道

核先制不使用宣言への反対の理由は、核兵器が使用されないと相手が確信すれば、通常兵器での戦争を招き寄せることになるというのが理由である。それを証明したが、ロシアのウクライナ侵略ということになる。日本政府も米国の核先制不使用宣言に強く反対している。

現在、日本が米国の軍事戦略に強くコミットメントをし、北朝鮮や中国の基地を攻撃するミサイルを保有しようとしている。政府によれば、抑止力を高めるためであって実際には中国や北朝鮮から攻撃がない限り日本から敵基地への攻撃はしない。抑止力を高めることで相手の攻撃を止めさせるためだと説明する。

●日本への核攻撃の現実的危険性

しかし、核兵器の警戒下発射態勢のもとでは、誤解や誤報による核兵器使用のリスクは高い。しかも、有事想定ケースでは、日本がコントロールが及ばない地域(朝鮮半島、台湾海峡、中東など)での軍事衝突が日本にも波及し、日本が攻撃されるリスクも高まっている。

朝鮮半島で軍事衝突が起こり、北朝鮮が米韓の軍事基地に核兵器を使用した場合、米国は北朝鮮に核兵器反撃することは必至である(核を使用しないと米国の抑止力論は崩壊してしまう)。そうなると北朝鮮は、米軍の発射基地だとして日本の米軍基地を標的にして核ミサイルを発射することは必至である。

●冷徹な軍事論理-東アジア有事での日本への核攻撃

つまり、国民を守るために、日本の反撃能力を高めるとか、米軍の核抑止力に依存するとか、核共有などの威勢の良い主張は、かえって日本を核攻撃の標的にすることになる。それが冷徹な軍事的な事実である。

いったん核兵器が使用されれば日本は複数の核兵器での攻撃を受けることになり、戦争が始まればこれを回避することはできないことを覚悟すべきだ。

●フクロウ派として核リスクの低減を

「核のない世界」は遙か遠い道のりだが、当面は、フクロウ派として核兵器リスクを低減する方策を努力する。その場合には抑止力論に対しても「正しい抑止力」として対応すれば核抑止依存派にも一定の支持を得られる。その結果、核兵器先制不使用宣言をルールとする道が開ける。「二千発の核弾頭は多すぎる」として核軍縮の道に踏み出す。また、核兵器が「悪魔の兵器である」という「悪の烙印」を押し続ける努力を続ける。

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2018年11月11日 (日)

韓国大法院判決(2018年10月30日新日鐵住金徴用工事件)を読む

■メガトン級破壊力の韓国大法院判決


2018年10月30日の韓国大法院は、「強制動員生還者」の韓国人(遺族)を含めて、1億ウオン(約1000万円)の慰謝料請求権を認めて、新日鐵住金に賠償金の支払いを命じる判決が言い渡しました。

私は、日本がアジア諸国を侵略し、朝鮮に対して不法で過酷な植民地支配をしたものと確信しています。その私から見ても、今回の韓国の大法廷判決はビックリです。

今後の日韓関係に長期間にわたり深刻な悪影響を与えると感じます。また、日本にとっては、韓国との関係にとどまらない大変な影響をもたらすものです。

今まで新聞記事の要約でしか、この判決文がわかりませんでしたが、全文が翻訳(仮訳)されたので、読んでみました。また、当該事件については、大法院は、2012年5月24日に判決を言い渡しており、その差し戻し審の再上告事件として今回判決が言い渡されたものです。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo

また、日本の最高裁は、中国人の強制徴用に関して、2007年4月27日「日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民(法人含む)に対する請求権は、日中共同声明5項によって、裁判上訴求する権能を失った」と判決しています。これと読み比べてみます。


■2018年10月30日大法院判決のポイント

核心的争点は、「植民地時代に日本企業に強制動員(徴用)された韓国の徴用工が日本企業に対して、1965年の「日韓請求権協定」にもかかわらず、慰謝料損害賠償請求権を裁判上請求できるか」という点です。

今回の大法院判決は次のように判断します(上告理由第3点)。

(1)本件は、不法な植民支配・侵略戦争に直結した日本企業に対する反人道的な不法行為の慰謝料請求権であり、未払い賃金や補償金を請求しているものではない。

(2)請求権協定は、不法な植民支配に対する賠償ではなく、サンフランシスコ条約第4条(a)に基づく債権債務関係の処理だけであり、植民地支配の不法性に直結する請求権まで含むものではない。

(3)請求権協定第1条により日本が韓国に支払った3億ドルの無償提供及び2億ドル借款は、同協定2条の請求権放棄と法的対価関係にはない。

(4)請求権協定の際に、日本政府は、植民地支配の不法性を認めないまま強制動員被害の法的賠償を否認した。

(5)請求権協定の交渉の際に、韓国が日本に対して8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうち3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定していた事実を認めることができるが、実際の請求権協定は極めて低額な無償3億ドルで妥結し受け取ったものであり、強制動員慰謝料も請求権協定の適用対象者に含まれていたとは言いがたい。


■請求権協定の文言

大法院判決は請求権協定を引用します。請求権協定第1条に3億ドルの無償供与と2億ドルの借款が定められ、第2条1項に次のように定められています。(しかし、大法院判決は両条は対価関係には立たないとします。)。

1. 両締約国は、…両国間及びその国民間の請求権に関する問題がサンフランシスコ平和条約第4条(a)に規定されたことを含め、完全かつ最終的に解決されたことを確認する。

2. (略)

3. …一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益として、本協定の署名日に他方の締約国の管轄下にあることに対する措置と、一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権として同日付以前に発生した事由に起因することに関しては、如何なる主張もできないこととする。
 

さらに請求権協定に関する「合意議事録(Ⅰ)」には次のとおり定めています。
(a) 財産、権利及び利益とは法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利をいう

(e) 同条3.によって取られる措置は、同条1.でいう両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題を解決するために取られる各国の国内措置をいう。

(g)同条1.でいう完全かつ最終的に解決されたことになる両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題には、韓日会談で韓国側から提出された『韓国の対日請求要綱』(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって同対日請求要綱に関しては如何なる主張もできなくなることを確認した。


■2005年の韓国政府公式見解と追加措置


大法院判決は、次のような2005年の韓国政府の公式意見と追加措置を認定しています。(故盧武鉉大統領時代です。)

韓国政府が設置した請求権協定を検討する民官共同委員会を設置し、2005年8月に「請求権協定は、サンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権債務関係を解決するためのものであり、日本軍慰安婦問題等、日本政府と軍隊の日本国家権力が関与した反人道的不法行為については請求権協定で解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任は残っており、サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれなかった」と公式意見を表明しています。

しかし、同時に、この公式意見では次の内容も含まれていたと認定しました。


○「韓日交渉当時、韓国政府は日本政府が強制動員の法的賠償、補償を認めなかったことにより、苦痛を受けた歴史的被害事実に基づき政治的補償を求め、このような要求が両国間無償資金算定に反映されたと見なければならない」


○「請求権協定を通して日本から受領した無償3億ドルは、個人財産権(保険、預金等)、朝鮮総督府の対日債権等、韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されたものと見なければならない」


この公式意見に基づき、韓国政府は、2007年犠牲者支援法により、強制動員犠牲者には2000万ウオン、強制動員生還者には80万ウオンを支給したことも認定しています。


■大法院判決への私の疑問

私は弁護士ですが、国際法の専門家ではありません。ただ、その普通の弁護士がこの判決を読んだとき、次の疑問が生じました。

● 韓国政府の対日要求8項目には、強制動員被害者の精神的肉体苦痛に対する要求も含まれていたことは大法院判決も認めている。にもかかわらず、請求権協定の対象に含まれないといするのは不合理。金額が少ないからという理由は根拠として不十分ではないか。前記「合意議事録(Ⅰ)」の(g)にも反するのではないか。

● 請求権協定は、サンフランシスコ条約4条(a)が債権債務関係の処理であることは間違いないが、請求権協定の文言は、「サンフランシスコ…平和条約第4条(a)に規定されたことを【含め】、完全かつ最終的に解決された」としており、【含め】と明記されている以上、同条約第4条(a)以外の規定されたものも含まれていることは明白です。それは他の問題、すなわち「韓国の歴史的被害事実」に基づく関係も含まれると解釈するのが自然な解釈でしょう。もし違うというなら、第4条(a)以外の関係とは何なのでしょうか。この点、大法院判決も「そう解釈される余地がないではない」と歯切れが悪いです。

● 大法院判決は、不法行為の慰謝料請求権であることを強調し、この慰謝料請求権は請求権協定の対象外としています。では、賃金請求権等は請求権協定の対象となっており、徴用工は請求できないと判断しているのでしょうか。この点、大法院判決は明確ではないように思います。しかし、サンフランシスコ条約4条の規定に賃金請求権は含まれるでしょうから、請求権協定の対象となるでしょう。大法院は、この賃金請求権については判決で認容するのでしょうか。しかし、この場合には、請求権協定の対象になるといっているように読めます。

● 日韓政府の条約であっても、国民個人の請求権を奪うことはできないという判断は、一般論としてはそのとおりでしょう。しかし、その個人の請求権を国内措置として裁判所が判決として支払いを命じることは、上記「合意議事録(Ⅰ)」の(e)の国内措置(当然、国内の裁判制度や判決も含まれる)をとらないとの確認に反しているでしょう。


■日本の2007年4月27日最高裁判決


http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34580

この日本の最高裁判決の事案は、中国から強制連行された中国人が日本企業に対して安全配慮義務違反等があったとして損害賠償請求を求めたものです。韓国の徴用工と同じ事案と言って良いでしょう。

問題は、サンフランシスコ条約や日中共同声明での請求権放棄によって、上記中国人の請求が認められるかどうかです。

サンフランシスコ平和条約14条(b)は、「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。」と定めています。
日本の最高裁は、上記サンフランシスコ平和条約について「将来に向けて揺るぎない友好関係を築くという平和条約の目的を達成するために定められたものであり、この枠組みが定められたのは、平和条約を締結しておきながら戦争の遂行中に生じた種々の請求権に関する問題を、事後的個別的な民事裁判上の権利行使をもって解決するという処理にゆだねたならば、将来、どちらの国家又は国民に対しても、平和条約締結時には予測困難な過大な負担を負わせ、混乱を生じさせることになるおそれがあり、平和条約の目的達成の妨げになるとの考えによる」と判断しました。


日中共同声明5項は、「中華人民共和国政府は、中日両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する
」としています。

この趣旨は、サンフランシスコ平和条約の枠組みと同じであり、ここでいう請求権の放棄とは、請求権を実体的に消滅させることがまでを意味するのではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせするにとどまるもの」とし、「債務者側(日本企業)が任意で自発的な対応することは妨げられない」としました。

上告人(日本企業)を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」と判示しました。その結果、当事者間の話し合い、努力により、裁判外の和解により日本企業が中国人被害者に和解金を支払って、一定範囲の中国人徴用工に和解金を支払う基金を設立して解決しました。


この日本の最高裁の判決は国内でも賛否両論ありますが、一つの知恵であることは間違いないと思います。

両国間で請求権放棄で協定(条約)を締結した以上、個人的権利はあるが、裁判所に請求しても、裁判所が判決を下す措置はしないという約束になっている、ということです。このような権利を、民法では「自然債務(自然債権)」と呼んでいます。

この韓国の新日鐵住金の原告らは日本で訴訟を提起しましたが、日本の最高裁判所で上記判例に則って2008年10月9日に敗訴しています。


■どちらにしても両国の最上級裁判所が判決を下しました

韓国の大法院や日本の最高裁の判決に疑問を述べても詮無いことです。それぞれ最上級裁判所ですから、韓国政府も日本政府もそれぞれ自国の裁判所確定判決に従うしかないのです。


■大法院判決の巨額かつ幅広い衝撃

大法院判決が原告一名につき1億ウオン(約1000万円)の損害賠償を認めたわけですから、韓国国内で新日鐵住金の資産を強制執行することができます。また、第三国でも強制執行できます。第三国の裁判所が強制執行を認めたら、ですが。第三国としては、中国やアメリカ、ロシアでの強制執行が予測されますね。

強制動員被害者(徴用工)は、韓国政府から補償を受けているわけですが、韓国政府が認定した強制動員被害者は22万人もいるそうですから、これだけで2兆円となります。消費税の1%分の巨額な金額です。
さらに、中国も中国の裁判所で韓国大法院と同様の判決を下す可能性が十分あります。韓国と同様の数が存在するのではないでしょうか。
そして、何よりも大きな問題は北朝鮮です。


北朝鮮と将来国交正常化した場合
には、韓国に無償供与3億ドル及び借款2億ドルと同等の戦後補償を支払うことが想定されます(現在価値だといくらになるのか不明ですが、5兆円ともいわれています)。そして、さらに大法院の判決でいきますと、北朝鮮の個人被害者に一人1億ウオン(約1000万円)を支払わなければなりません。おそらく少なくとも韓国の22万人規模の被害者とその遺族が存在するでしょう。これを2兆円ですから、北朝鮮との戦後処理には7兆円が必要となるわけです。


日本が韓国大法院の判決を受け入れるなら、日本企業は少なくとも韓国へ2兆円、北朝鮮へ2兆円の4兆円を負担
しなければならなくなります。さらに、中国にも負担しなければならないリスクを負うことになります。韓国の人々にとっては日本の自業自得で冷笑していれば良いのでしょう。しかし、日本にとっては大変な問題になります。

大法院判決に基づき日本側の対応を求める一部の野党もあります。しかし、このような2兆円を大きく超える負担を日本企業及び日本政府に負わせることを提案しているのでしょうか。そして、このような巨額な負担と支払いをすること及びそのような政党に、日本人の
多数が賛成すると思っているのでしょうか。不可解。
確かに理想的な解決は、日本の最高裁が推奨したように、日本企業が中国徴用工と和解したように、日本企業が基金をつくって自発的な補償をするということでしょう。

しかし、上記のような天文学的な巨額負担は、現実的な和解水準をはるかに超えているでしょう。他方、韓国としては、大法院が1億ウオンと判決した以上、これを下回る水準の解決はありえないでしょうし。


韓国政府が妥協しようとしても、慰安婦合意のように韓国国民が受け入れないことは目に見えています。つまり、この大法廷判決には現実的な解決策が見えないのです。

この大法院判決の影響は、日韓の関係だけでなく、北朝鮮との戦後処理問題や中国との戦後処理問題にも飛び火することになり、そうしたら、日本はにっちもさっちもいかなくなります

韓国政府も相当に困っているのではないでしょうか。慰安婦問題についても打開策が見えません。他方、日本と決定的に対決することにも踏み切れないでしょう。


韓国としては、今後も、北朝鮮との国交正常化(日本の戦後補償の支払いを想定している)、そして、中国、アメリカの間で微妙な舵取りをしなければならず、そういう中で日本との関係も断ち切るのは韓国にとって損なはずです。でも、韓国国内からの突き上げは激しい。どうするんだろうと人ごとながら心配になります。

(盧武鉉大統領の妥協線が一番良かったのでは、、、)



■請求権協定第3条の仲裁委員会による解決

日韓請求権協定第3条には、この協定に関する両国の紛争は外交上の経路を通じて解決するとしつつ、外交上解決できない場合には、仲裁することが定められています。

一方の国が正式に仲裁要請する文書を出せば、30日以内に両国がそれぞれ1名の仲裁委員を任命し、両仲裁委員は30日以内に第3の仲裁委員を指名して、3人の仲裁委員会に付託する。両国政府は、この仲裁委員会の決定に服するものとすると定めています。

最後は、これによる解決しかないでしょう。

なお、韓国の憲法裁判所は、この仲裁委員会の規定をあげて、慰安婦問題について政府の外交努力が不十分で憲法違反と判断しています(2011年8月30日判決)。

その第三国の仲裁委員って、日韓両国が同意するのは、アメリカなんでしょうか。あるいは中立国のスウェーデンとか。(もっとも、欧米だと、どこも植民地をもった元帝国主義国家だねえ)

この仲裁委員会をつくって、日本の韓国・朝鮮半島被害者に対する補償を目的とする現実的な水準の金額を定める基金制度をつくっていくしか、解決の方向性がないのではないでしょうか。大法院や最高裁の判決を超える手段って、このような国際的枠組みしかないように思います。

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2018年6月12日 (火)

米朝合意 世界史的事件と日本 2018年6月12日

結果は、予想通り!
 
米朝合意は、包括的合意=抽象的合意であり、今後の紆余曲折が予想され、段階的なディール(条件交渉)がつづくでしょう。私の個人的予測では、北朝鮮が核兵器を放棄することはない。
 
それを承知のうえで、トランプ大統領、金委員長は相互に政治的な利益を配分した。華やかな政治ショウであり、世界史的な大事件です。
 
また、トランプ式の多角的(多国間相手の) ディールです。
朝日新聞ほかで、トランプ大統領の発言について次のように報道されています。
https://www.asahi.com/articles/ASL6D4J2VL6DUHBI02J.html?iref=comtop_8_02

トランプ米大統領は12日、シンガポールで行われた米朝首脳会談後の記者会見で、北朝鮮の非核化で必要となる費用について、「韓国と日本が大いに助けてくれる」と述べた。

 北朝鮮は制裁を受けており、費用を払えるのかと記者が質問。トランプ氏は「韓国と日本が大いに助けてくれると私は思う。彼らには用意があると思う」と答えた。さらに、「米国はあらゆる場所で大きな金額を支払い続けている。韓国と日本は(北朝鮮の)お隣だ」と強調した。

 
要するに、「シンゾー。拉致言ったから、非核化の金出せよ!」 なんて普通は恥ずかしくていえないんだけど、トランプ大統領だからこそいえるんですね。
 
この言い方は下品だけど、さすがトランプ大統領!
安倍晋三総理としては、けっして「ノー」とはいえないでしょう。私が、その立場としてもいえない。
 
ただ、昭和生まれの私としては、「アメリカの粗野な不動産屋に言われるまえに、日本政府にできることはなかったのかい。」と心底、残念に感じる。「まあ敗戦国で対米従属国家だから、アメリカ大統領に馬鹿にされても仕方がないか」と思う私が、情けない。
 
本来、日本のナショナリストこそ、怒らなきゃいけない。
 
が、ネトウヨや日本会議の人々は、米国には文句も言えないし。
他方、日本のリベラル派と左派は、第二次朝鮮戦争が遠のいたことを好機だと考え、北朝鮮の人権問題改善要求を前面に出す機会が到来したと思います。
朝鮮半島での軍事的緊張が緩和した今こそ、日本のリベラル派や左派は、核兵器完全廃止、朝鮮半島の非核化を北朝鮮に要求するだけでは足らない。
日本のリベラル派や左派としては、拉致問題を含めて北朝鮮の人権侵害状況が改善されない限り(人権状況の改善を約束しない限り)、日朝国交正常化や戦後補償としての経済協力は反対というスタンスを宣言するべきです。 現在の政府は、アメリカに言われたら、拉致問題や人権問題を、たなあげして日朝国交正常化、数兆円単位もの経済協力(円借款など)をしかねないと思います。
ついては、日本政府には、核兵器廃止(非核化)と拉致を含めて人権侵害状況を改善しないかぎり、平壌宣言を破棄すると、北朝鮮に通告することを求めるべきです。
 
日本は、トランプ大統領にならって、対北朝鮮外交をすべてゼロベースにもどして、トランプ大統領の「非核化の金を日本出せ」との恫喝に抗するためにも、ちゃぶ台返しをしてほしい。
まあ、日本政府と日本人には無理なのかもしれません。
 

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2018年5月 4日 (金)

北朝鮮  安倍首相はどうするのか?

▪️激動の北朝鮮情勢

北朝鮮の金正恩委員長が今年になり、韓国冬季オリンピックでの平和攻勢、習中国主席とのトップ会談、トランプ米大統領との米朝首脳直接対話の約束、ムン韓国大統領との「非核化」や「朝鮮戦争終結」を盛り込んだ板門店宣言の発表という劇的な変化が目の前で繰り広げられている。

ところが、日本のマスコミ、政治家や専門家は、「金正恩の改心や変心はあり得ない」とか、「詐欺や騙しにすぎない」という意見が多く見られる。

▪️外交問題は指導者の「人間性」問題ではない

しかし、北朝鮮問題の焦点は、各当事者国の国益をめぐっての対立と交渉ごとである。何も金正恩が改心したか否かや善人なのかどうかが問題ではない。これはトランプ大統領やムン大統領が、「良い人か」とか「信頼できるか」という問題でもない。あくまで、それぞれの国家の利害確保のための交渉ごとである。その国益とは、各指導者が国内的に自己の地位を維持する上での損得勘定も含まれる。

マスコミで論じられるような金正恩が改心したかどうかや信用できるかなどと考えることは意味がない(というか、そもそも改心したわけがない)。逆に、金正恩が平和を熱望しており、非核化を本気で考えているなどと北朝鮮のプロパガンダを真に受けるのも愚かな考えである。要は、現状において、北朝鮮がその国益維持のためにどういう方向性と交渉を行うかどうかという利害分析こそ重要である。当事国の利害が一致すれば、その合意は意味があるのである。

金正恩にとっては、北朝鮮国内での神格化や威信を維持できるかどうかも含めて自国の利益をどう獲得するかが重要であり、それはトランプが米国内での中間選挙での勝利や自己の支持率をあげるために役立つかどうかを検討することと同じである。


▪️したたかな北朝鮮の外交戦略


北朝鮮は、大陸間弾道核ミサイル技術が確立したという現局面で、アメリカと交渉する絶好のタイミングであると利害分析をして決断をしている。シリアやイラクでの紛争泥沼化、ロシアと米国の対立、中国と米国との貿易摩擦、韓国でのムン左派政権の成立、トランプ大統領の予測不可能性(北朝鮮への先制軍事攻撃可能性)と自己に利益があれば飛びつくという「ディール好き」を見定めて、一連の外交攻勢を行ったのであろう。

これだけ矢継ぎ早の手をうつのは思いつきでできるものではない。北朝鮮としては、数年単位で外交戦略を検討した上での行動であろう。金正恩の決断力と実行力には驚かされるが、単に金正恩個人が策定したものではなく、優秀な外交戦略立案グループが存在するのであろう。



▪️「非核化」の条件とは何か

リビアは核計画を放棄した結果、カダフィは殺害された。イランは核開発計画を放棄するという米独仏の国際合意をしたが、トランプが一方的にこの合意を破棄しようとしている。


インドやパキスンタンは核兵器を保有しているが、米国は黙認してこれらの国と協力関係に結んでいる。他方、核兵器を放棄したリビアは崩壊した。これらを考えれば、北朝鮮が核兵器をすべて放棄することは考え難い。


では、北朝鮮が将来(少なくとも金政権が継続する2、30年)にわたって現体制維持が確実に保証されると考える条件とは何か。


それは、米朝の合意だけでなく、中国もいれての米朝中韓の朝鮮戦争終結と軍事侵攻しないという合意が絶対必要であろう。そうすれば国連軍(在韓国連具Nと在日国連軍)は無くなる。米国の朝鮮半島での軍事指揮権が消滅することになろう。


これらの条件が整えられれば、少なくとも米国に届く大陸間弾道核ミサイルは放棄するだろう。ただし、核兵器を完全放棄することはまずありえない。おそらく「非核化」を将来的な究極の目標としつつ、経済制裁解除や経済協力を引き出すために核廃絶プロセスを先送りして活用するだろう。これは、日本から見れば先送りで騙しのテクニックにほかならないが、北朝鮮から見れば自国の利益を守るための合理的な行動となる。


▪️米朝会談を「失敗」とは言えない利害一致がある

北朝鮮と韓国にとって、朝鮮戦争を完全に終結することができれば、相互に利益が大きい。何よりも北朝鮮にとって経済制裁を終了させることができる。中国、EU諸国、韓国、米国からの投資を受けいれて経済を発展させることが可能となる。韓国にとっても、戦争の脅威から解放されて、中国との経済関係も著しく発展させることができる。


中国にとっても、朝鮮半島の軍事衝突を回避して緩衝国家の北朝鮮の安定を確保することは国益に合致するであろう。


トランプ大統領にとっては、米国本土に届く核兵器を放棄させ、朝鮮戦争を終結させて、在韓米軍も縮小でき、国内の支持率は一挙にあがるという大きなメリットが生まれる(ノーベル平和賞も)。


となると、北朝鮮と米国との交渉や非核化は、紆余曲折はあるだとうが、大局的にみれば失敗することはないだろう(失敗したら、どの国も特をしない。いや日本以外は。)。


国際平和や信頼などという言葉は、上記のような利害が一致したあとに、修飾語としてまぶされるものにすぎない。


▪️安倍政権はどうするのか

安倍首相の立場としては、非常に困った状態になっている。

安倍首相があれほど「対話には意味がない」と言っていたにもかかわらず、米国大統領が率先して対話路線に踏み出した。また、日本政府がムン大統領の北朝鮮への対話路線を批判していたにもかかわらず、ムン大統領と金正恩委員長とのトップ交渉で、金正恩が日朝の話し合いに応じる用意があると発言したことをムン大統領から伝えられ、仲介の労をとっても良いとまで言われる始末である。

他方で、日本と北朝鮮との間の直接交渉を行う高いレベルでの交渉ルートは見当たらない。

北朝鮮は、日朝の国交相正常化をするにあたって、いわゆる戦後補償を受けることを当然の前提としており、これは日朝平壌宣言で無償資金提供や経済協力することを日本も盛り込んでいる。したがって、国交正常化には、過去の植民地支配に対する補償としての大規模な経済協力(1兆円から2兆円)を行うことが必要不可欠であり、日本政府はこれを否認することはできない。北朝鮮は、この戦後補償を強く欲しているであろう。


他方、日本は、拉致問題の解決が絶対的な条件であり、拉致問題解決抜きの日朝国交正常化や戦後補償を行うことは考えれれない。


拉致問題の解決とは、何よりも拉致被害者の生存者の帰国である。安倍首相は、拉致被害者の全員の帰国こそ絶対条件であると再三表明してきた。


しかし、2002年に北朝鮮の故金正日委員長が、小泉首相に拉致問題を謝罪しつつ、日本に帰国した蓮池さんら以外には、もはや生存者はいないと回答した。果たして、それから16年経過した現在、北朝鮮が「実は拉致被害者は生きていました」と回答するであろうか。そうであれば良いが。現在、北朝鮮は、トランプ大統領との交渉をひかえて、抑留されているアメリカ人3名を解放する準備をしており、同様なことが日本の拉致被害者でも起こるのであろうか。


今や、安倍首相も金正恩委員長との面談(対話)を行うことを示唆している。しかし、もし安倍首相が金正恩委員長に仮に会ったとしても、2002年のように拉致被害者の生存者はもういないと言われてしまったらどうするのだろうか。


そう言われないことを確認しない限り、日朝首脳会談を実現することはできないだろう。今後も、安倍首相は、拉致被害者を解放するために圧力をかけると言うしかない。つまり、北朝鮮が日本の戦後補償欲しさに拉致被害者の全員解放を決断するまで待つ、という選択肢しかないのではないだろうか。


ただし、今の状況では、結果的に日本だけが取り残されることになろう。

安倍首相や外務省は、トランプ大統領やムン大統領に拉致被害者問題を解決して欲しいと懇願する以外に、何か良い知恵と良い手を持っているのであろうか。


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2018年3月29日 (木)

北朝鮮の決断力と実行力に瞠目する

金正恩は、非道な独裁者だが、あるいは独裁者であるが故の「決断力」と「実行力」には、瞠目せざるを得ない。

この数ヶ月の間に、中朝首脳会談を実現し、韓朝首脳会談、そして米朝首脳会談の実現をやつき早に獲得した。

このことを予測した人は誰もいないのではないでしょうか。(トランプ大統領でさえ予測していなかったでしょう)。


北朝鮮の外交力は、危なっかしい瀬戸際外交だが、タフ・ネゴシエーターであることは認めざるを得ない。


今年初めには、今年の米国中間選挙前に米国の北朝鮮先制攻撃が行われる可能性が現実的な危機として語られていたが、幸いなことに、ひとまず戦争の危機は遠のいた。


しかし、日本は、朝鮮半島の外交舞台から外れて、プレイヤーとしてではなく、外野席から「圧力強化」や「拉致問題解決を」と叫ぶしかないかもしれない。いわゆる蚊帳の外である。


今後、日本の存在感は一段と薄くなるだろうが、日本が拉致問題の解決を前提にする以上は、拉致問題を抜きに非核化を優先させるわけにいかず、どうにも動きようがない。

北朝鮮は、タフ・ネゴシエーターだから、核兵器を放棄しないだろうが、米国向けのICBMを放棄するくらいの妥協をして、徐々に制裁緩和と中国、韓国や欧州からの経済援助を獲得することだろう。


北朝鮮は、米国、中国、韓国との間で事を進めれば、米国追従の日本は焦って最後は折れてくるだろうと考えているにちがいない。

あるいは、もっとずる賢くて、モリカケで苦境にある安倍首相の弱みにつけ込んで、「日朝首脳会談」のカードを切ってくるのかもしれない。安倍首相や日本政府は、今なら焦って飛びつきかねないと狙って。


そうなると日本のような貧弱な外交力の国は、北朝鮮の術中にはまり振り回されるだけになるのではないでしょうか。


日本は、しばらくは、どちらにしても「蚊帳の外」に出されるのであるから、焦って日朝首脳会談にとびつくべきではないでしょう。今は、「外交弱小国」を自覚して、「外野」から静観するのが上策のように思う。

朝日新聞  解説記事

https://www.asahi.com/articles/ASL3X6G54L3XUHBI044.html

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2018年1月 8日 (月)

北朝鮮への米国の先制攻撃はあるか?

▪️過去にあった北朝鮮への先制攻撃

1994年頃、クリントン政権が北朝鮮の核施設を限定攻撃を行おうとしたが、韓国大統領が反対し、また日本も北朝鮮からの反撃に対応する準備ができていなかったことから、米国は北朝鮮核施設攻撃を断念した。このことは後に明らかになった。1994年当時、私を含めて日本人の多くは、そこまで開戦の危機が切迫化していたとを知らなかった。

▪️現状では北朝鮮からの先制核攻撃はない

北朝鮮は現時点では武力での朝鮮半島統一方針を放棄しています。北朝鮮の核ミサイル開発は金正恩体制(北朝鮮の国体)護持のためであり、北朝鮮からの先制核攻撃はありえません。なぜなら、北朝鮮が先制攻撃すれば米国の反撃により、北朝鮮は壊滅するしかないからです。

このことは、米国、韓国、日本の軍事筋も認めているところです。

北朝鮮の攻撃(核兵器使用を含めて)があるとしたら、米国が北朝鮮を先制攻撃した場合(あるいは米国の先制攻撃が必至だと北朝鮮が認識した場合)しかないでしょう。

▪️米国の先制攻撃の可能性

では、いまの北朝鮮危機は具体的にはなんでしょうか。

それは、米国が北朝鮮への先制攻撃を行うか否かの一点です。

米国の目的は、北朝鮮の大陸間弾道核ミサイル施設の破壊です。北朝鮮の体制転覆のためではありません(米国はこのことを公言している)。米国本土に到達する核ミサイルの実戦配備を阻止するという一点です。

パキスタンやインド、そしてイスラエルは核ミサイルを保有していますが、米国を標的にしていないから、米国は黙認しています。

しかし、北朝鮮のような国が米国本土に対する大陸間弾頭核ミサイル攻撃能力を保有することを米国が許すことは決してないでしょう(ただし、逆に言えば米国に届かないのであれば核兵器を黙認する可能性があるということです)。

▪️米国先制攻撃不可避説

北朝鮮が米国本土を攻撃する大陸間弾道弾(核ミサイル)を完成させる前に、米国は北朝鮮のミサイル施設を叩くはず。軍事的な合理性のみを考えたとき、米国がこれを躊躇する理由が見当たりません。

ちなみに、米国は、自国への軍事危機を守るためには軍事行動を躊躇するような国ではありません。米国本土の米国人をまもるために、朝鮮人、韓国人、日本人が数十万人、数百万人くらい死んでも「悲しいがやむを得ない犠牲」と言うはずです。特に、今の米国政権はトンランプ大統領ですからなおさらです。

米国が北朝鮮に先制攻撃を行うタイミングは、核ミサイルが実戦配備される前、つまり2018年中だと予測されています。

韓国での冬季オリンピック開催期間は戦争は回避されるでしょうが、北朝鮮は核ミサイル開発を進めるでしょう。

2017年秋頃から、米国の国務長官は、「北朝鮮の体制転覆を企図しない」とか「核ミサイル開発を凍結すれば北朝鮮と直接対話を行う」と表明しています。が、北朝鮮はこれに応じる気配はありません。

今や、北朝鮮が自発的に核開発を放棄することはありえません。それは、インドやパキスタン、イスラエルが自発的に核兵器を放棄することはありえないことと同じです。

米国本土への危険がない状態で軍事攻撃できるのは、2018年が最後のチャンスだと米国は考えているでしょう。

軍略としては、イラク戦争のように、巡行ミサイルや航空兵力で北朝鮮に奇襲軍事攻撃を行う。38度線付近の長距離砲陣地を一挙に巡行ミサイルと航空兵力で叩いてソウルへの砲撃を阻止し、同時に核ミサイル施設を破壊する。そして、北朝鮮軍が38度線を南下しようとすれば米韓合同軍がこれを阻止するという作戦でしょう。

この先制攻撃作戦を実行するとしたら、北朝鮮が韓国や日本に対して報復として核兵器による攻撃の可能性は低いという判断が前提になります。いかに金正恩とはいえ、核兵器を使用して報復すれば、米国の核攻撃にさらされることは承知しているので、核兵器は使用しないと想定しているのです(この点では、彼の合理的判断能力を前提している)。

テポドンなどのミサイルが数発、韓国や日本に打ち込まれても迎撃ができるし、たいした損害は発生しないと軍事的合理性の観点から割り切るでしょう。

米国が先制攻撃を行うかどうかは、北朝鮮が反撃として核攻撃に踏み切るか可能性をどの程度に見積もるかが重要な分かれ道になります。

▪️米国先制攻撃回避(不可能)説

いかに米軍とはいえ、北朝鮮の核兵器による韓国や日本への反撃を100%阻止できる保障はない。北朝鮮が自暴自棄となり、自国の崩壊覚悟で核兵器を使用することもあり得る。

この場合には、米国は北朝鮮との戦争には勝利するだろうが、数十万人、数百万人という多大な犠牲を払う韓国では、反米運動が盛り上がり、朝鮮半島は北だけでなく南も中国に勢力圏内になりかねない。

また、日本の在日米軍への核ミサイル攻撃が行われて、これを阻止できなかった場合には、数十万人、百万人規模の日本人の犠牲者が出る。そうなれば日本でも反米運動が盛り上がり、日米軍事同盟が崩壊しかねない。日本という在日米軍基地を失えば、米国の国益を著しく損なう結果となる。米国の対中軍事戦略は崩壊していまう。

米国が失うものがあまりに大きいため、このような危険な賭けである北朝鮮への先制攻撃をすることはまずないと考えるのが合理的な判断でしょう。

また、北朝鮮を攻撃する場合には、中国との戦争を回避する措置を事前に中国と合意しておく必要があります。この合意を中国とまとめようとした場合に、米国は外交交渉上、中国に対して弱い立場になる。中国は『北朝鮮への先制攻撃をすることを容認するかわりに、南シナ海を中国の勢力圏であることを認めろ』と要求することは必至です。こういうディールは中国の得意技でしょう。

以上を考えると、米国の対中軍事戦略という米国の国益の観点から考えて、危険な先制攻撃は不可能だという考え方も十分な理由があります。

▪️北朝鮮の思惑

北朝鮮とすれば、日米韓の弱い輪を叩く戦術をとるはず。韓国には、同一民族としてのアイデンティティーの強調、冬季オリンピックへの参加することで融和策を引き出そうとしています。日本に対しては、米国の北朝鮮先制攻撃に協力した場合には核攻撃の報復を行うと威嚇しています。

その上で、北朝鮮としては、米国との二国間交渉を実現して、北朝鮮の体制保障を確約させ、核兵器保有を事実上黙認(あるいは大陸間弾道弾開発の凍結)させる米朝平和条約を締結するというところが最低の獲得目標でしょう。

▪️米国の本気度

北朝鮮の核ミサイル開発を中止させるには軍事的攻撃するしかない。しかし、この場合には北朝鮮による韓国や日本への核兵器による報復という大きなリスクがある。

さすがに北朝鮮は自殺行為である核兵器使用はしないと考えるかどうかは、金正恩の合理的判断に期待するしかない。

しかし、第二次世界大戦では、大日本帝国は合理的に考えればどう考えても勝ち目のない日米戦争に踏み切りました。そう考えると、あの神がかった独裁国家(大日本帝国にそっくり!)の北朝鮮指導者が合理的判断をすると信頼することはできないでしょう。

米国としても、金正恩の正気にかけることはしないでしょう。そうなると、北朝鮮の核ミサイル凍結と引き換えに米朝交渉のテーブルにつくことになると考えるのが合理的な帰結です。

この場合、建前上は北朝鮮の非核化を掲げるが、事実上、核兵器保有を黙認するという枠組みになるのではないでしょうか。

そうなれば、次はイランの核武装、サウジの核武装など核武装のドミノ化を招くことになりかねません。したがって、危険を冒しても米国は軍事行動をとるべきだという論者もいます。ただし、この論者は「北朝鮮は核攻撃してこない」と盲信しているか、あるいは使用されても犠牲者は日本人や韓国人であり米国人ではないと割り切っているかのどちらかでしょう。

でも、朝鮮半島や日本で核兵器が使用されてもやむを得ないという立場には(少なくとも公には)たつことはできないでしょう。

したがって、米国の北朝鮮先制攻撃の可能性は米国が合理的な判断をする限り、極めて低いはずです

▪️それでも北朝鮮への米国先制攻撃の危機は去らない

最大のリスクは、トランプ大統領です。アメリカ・ファーストを標榜する彼は、韓国や日本の犠牲など意に介さず、北朝鮮の先制攻撃を確信的に実施する危険があるように思われます。



日本人に問われるのは、①核攻撃というリスクを負いながら、米国の北朝鮮核ミサイル施設の先制攻撃に協力して北朝鮮の核兵器廃棄を軍事手段により達成すべきと考えるか、それとも、②米朝二国間交渉にて北朝鮮の核保有を事実上黙認してでも、先制攻撃を回避するか、どちらかです。

後者②は「不正義の平和』です。しかし、①は「正義の戦争」であっても、核兵器による報復を受けるリスクを負うことになり、①を選択することは、日本の国益に反する愚かな選択だと私は思います。

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2017年10月27日 (金)

私的「2017年選挙結果分析-誰が選挙結果を左右するのか」

朝日新聞の20171026日朝刊の小熊英二さん「論壇時評」の総選挙分析が鋭かった。興味のある方は必読ですね。

 

http://digital.asahi.com/articles/DA3S13198367.html?_requesturl=articles%2FDA3S13198367.html&rm=150

 

 

曰く、<安部首相周辺は、「日本人は右3割、左2割、中道5割だ」と言っている>とのこと。この左には、共産党や社民党だけでなく、民主党(民進党)も含まれる。

そして、自民党、公明党(以上、右)、民進党、社民党、共産党(以上、広義の左)も基本はコアな支持層を持っているが、右と左が、中道5割の国民(多くは棄権する人たち)の支持をいかに集めるのかによって、政権は決まるということです。

 

でもって、仕事がたまっているにもかかわらず、2009年から2017年の衆議院比例区の選挙結果(投票率、各党別の得票数、得票率、議席)を整理してみました。

 

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
 


 
(投票率)

 
 

20098

 

衆院比例
  (69.27%)

 
 

201212

 

衆院比例
  (59.32%)

 
 

201412

 

衆院比例
  (52.66%)

 
 

201710

 

衆院比例
  (53.68%)

 
 

主要政党

 
 

得票率(%)

 
 

得票数

 
 

議席

 
 

得票率(%)

 
 

得票数

 
 

議席

 
 

得票率(%)

 
 

得票数

 
 

議席

 
 

得票率(%)

 
 

得票数

 
 

議席

 
 

自民党

 
 

26.7

 
 

1,888

 
 

55

 
 

27.6

 
 

1,662

 
 

57

 
 

33.1

 
 

1,765

 
 

68

 
 

33.3

 
 

1,855

 
 

66

 
 

公明党

 
 

11.5

 
 

805

 
 

21

 
 

11.8

 
 

711

 
 

22

 
 

13.7

 
 

731

 
 

26

 
 

12.5

 
 

697

 
 

21

 
 

みんなの党

 
 

4.3

 
 

300

 
 

3

 
 

8.7

 
 

524

 
 

14

 
 

-

 
 

 
 

 
 

-

 
 

 
 

 
 

維新系

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

20.4

 
 

1,226

 
 

40

 
 

15.7

 
 

832

 
 

30

 
 

6.1

 
 

338

 
 

8

 
 

希望の党

 
 

-

 
 

 
 

 
 

-

 
 

 
 

 
 

-

 
 

 
 

 
 

17.4

 
 

967

 
 

32

 
 

民主党

 
 

42.4

 
 

2,984

 
 

87

 
 

16.0

 
 

962

 
 

30

 
 

18.3

 
 

977

 
 

35

 
 

-

 
 

 
 

 
 

立憲民主党

 
 

-

 
 

 
 

 
 

-

 
 

 
 

 
 

-

 
 

 
 

 
 

19.9

 
 

1,108

 
 

37

 
 

社民党

 
 

4.3

 
 

300

 
 

4

 
 

2.4

 
 

142

 
 

1

 
 

2.5

 
 

131

 
 

1

 
 

1.7

 
 

94

 
 

1

 
 

共産党

 
 

7.0

 
 

494

 
 

9

 
 

6.1

 
 

368

 
 

8

 
 

11.4

 
 

606

 
 

20

 
 

7.9

 
 

440

 
 

11

 

 

 

この表を見ると、自民党は1888万人から1662万人で常に1800万人前後の固定支持層がいます。公明党は800万人から697万人で固定支持層は700万人共産党の固定支持層は400万人前後社民党は現状では100万人くらいでしょうか。民進党(旧民主党)は、固定支持層は900万人くらい(民主党の2009年の獲得票数は例外で後述します)。

 

これらに比較して、みんなの党、維新系は固定支持層が見えず、そのときの風次第のようです。希望の党もこちらのグループでしょう

 

今回、立憲民主党が1109万人を獲得して、民主党の前回997万人から上積みしました。希望の党も967万人を獲得していますから、民進党(旧民進党)は分裂したけど大幅に得票数を伸ばしているように思われます。

 

しかし、表をよく見ると、立憲民主党の1100万の票は、民進党(旧民主党)のコアな支持票に、共産党や社民党から流れた票を上積みしたもののようです。また、選挙全体の投票率が高くないので、立憲民主党への「支持政党無し」(中道5割)からの支持はあまりないと言うべきでしょう。ですから、立憲民主党は「躍進だ」と言って喜んでいられる状況ではないことがわかります。

 

他方、希望の党は、967万の票を獲得していますが、投票率が低く支持政党無しの多くは棄権しているのだと考えると、希望の党も、維新系からの票を多く獲得しただけではないのでしょうか。維新の激減が、これを裏付けているように思います。


みんなの党や維新系や希望の党に投票する人々は、時の「風」によって投票先を変える傾向(支持政党なし層だから)があるのでしょう。

 

つまり、政権の命運を決めるのは、いつもは選挙にいかず、支持政党を持っていない「中道」の多数派の国民であることが如実にわかります。

 

例えば、2009年に民主党が勝利したのは、投票率が69%と高いことから見ると、支持政党無しの「中道」の2000万人が民主党に投票したのです。驚くべきことに、自民党も、公明党も、共産党も獲得票(固定支持票)自体は変わっていませんから。

 

その意味で、自民党も安泰ではないことは十分に認識していることでしょう。何か情勢(「風」を生み出す客観条件)が変わって、いつもは選挙にいかない支持政党なしの多くの国民が動き出すか、どう投票するかで、すべてが決まるのですから。

 

さて、安部首相の悲願である憲法9条改正の国民投票では、この層がどう動くか予測できないところがあります。そうであるからこそ、改憲派にとっては、北朝鮮情勢が緊迫している今こそ、「千載一遇」のチャンスなのでしょう。

 

 

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2017年10月 9日 (月)

「リベラル」と「保守」、そして「左派」の違い

民進党が分裂して、立憲民主党が結成されました。立憲民主党はリベラル政党を自称し、共産党や社民党は、これと選挙協力をすすめています。「リベラル」と「左派」って何か。私の考えを整理します。

 

「保守」と「革新」

 

私は1959年生まれで、私の若い頃の理解では日本政治の対立構図は「保守」対「革新」でした。1955年~1980年代後半までは、この構図で政治的対立が描かれていました。

 

日本の「保守」はもちろん自由民主党(自民党)です。自民党という政党は、自由主義と民主主義を党名に掲げながら、政治的・市民的な自由や民主主義を真面目に尊重しません。
その証に、自民党は、基本的人権の尊重と民主主義をわが国で初めて宣言した日本国憲法を敵視し、自主憲法制定を党是とする大日本帝国憲法に親近感をもつ復古主義的・民族主義的な色彩の強い「保守」です。少なくとも、自民党は、自己の見解と異なる意見を持つ人々の政治的・市民的な自由を尊重する姿勢に乏しい存在です。ですから、日本における「保守」は、欧米とは異なり、政治的・市民的な自由主義を軽視する姿勢が強く、右派(右翼)の色彩が強いのが特徴です(
注1)。

 

これに対して、日本社会党が社会主義(ないし社会民主主義注2)を標榜して「保守」に対峙しました。もっとも、日本社会党も、真面目に社会主義を尊重したわけでなく、実際には「護憲」(基本的人権、国民主権、平和主義)を標榜する政党でした。支持した多くの国民も社会主義(ないし社会民主主義)を支持したわけではなく、あくまで「護憲」(基本的人権尊重、国民主権、平和主義)を支持したわけです。
この日本社会党と日本共産党を加えた勢力が「革新」でした。これはまぎれもなく左派(左翼)です(
注3)。

 

「リベラル」と「保守」

 

1991年ソ連崩壊、ソ連・東欧社会主義体制が終焉したことにより、日本では左派(左翼)は衰退し、日本社会党は社会民主党へ、さらに民主党へと変貌し、もはや社会主義や左翼を連想させる「革新」という言葉を使用しなくなりました。日本共産党のみが「革新」という言葉を使用します。

 

この頃、「革新」や「左翼」との関係を絶つために、もっぱら民主党や社会民主党が、「リベラル」という用語を使用するようになったように思います。

 

リベラルを教科書的に言えば、自由主義(リベラリズム)と同一であり、経済的には個人的所有を基本とした資本主義を意味し、政治的には政治的市民的自由が保障された議会制民主主義を意味します。ですから、自由主義を党名とする自民党も本来は、リベラルのはずです。

 

ところが、前記のとおり、自民党は経済的な自由主義(資本主義)ですが、政治的・市民的な自由主義に対して冷淡です。政治的・市民的な自由の尊重とは、多様な政治的言論の自由、思想や宗教の自由を尊重するものです。何よりも少数派の政治的・市民的自由の尊重こそがリベラルの要諦です。多数派の政治的・市民的自由のみを尊重しても、それは自由主義的(リベラル)とはけっして言いません。
その点で、自民党は、何かと言えば、「非国民」「反日」「在日」という言葉を投げつける方々と同じ心理的傾向をもっており、自らをけっしてリベラル政党とは規定しないでしょう。

 

以上、日本では、「保守」と「リベラル」は、資本主義を是とする立場は共通ですが、政治的・市民的な自由を尊重するか否か、つまり、日本国憲法の価値を擁護するか否かで大きな対立があるわけです(ただし、リベラルの中でも平和・安保については非武装中立から、専守防衛や集団的自衛権容認までの幅があります)。

 

「リベラル」と「左派」

 

上記のとおり、リベラルとは、経済的には個人所有権に基づく資本主義の立場にたち、政治的・市民的自由を尊重し、多様な価値観に寛容で、議会制民主主義を信奉する人々です。

 

左派は、資本主義の欠陥を指摘し、社会主義経済を指向しますから、資本主義経済を擁護するリベラルとは対立します。

 

しかし、両方からの相互接近があります。

 

左派からリベラルへの接近

 

現代の左派(日本だけでなく、ヨーロッパも)は、ソ連のスターリニズムや中国の共産党独裁の反省から、政治的・市民的な自由と権力分立などの立憲主義を尊重するようになりました(昔は「ブルジョア民主主義」と非難していた)。
また、暴力革命によって社会主義革命を遂行するという革命論から、議会制民主主義を通じての革命という社会民主主義的路線をとるようになりました。
さらに、社会主義計画経済の失敗により、市場経済の活用が必要との認識が左派でも共通となりました。今は、左派がリベラル化しました(ただし、左派の中も平和主義については非武装中立から専守防衛・自衛中立まで幅があります)。

 

リベラルから左派への接近

 

現代米国のリベラルは、①個人所有に基づく経済的な自由(資本主義)、②政治的・市民的自由の尊重を原則としつつ、三つ目③として、①と②の諸自由を社会全員が活用できるように、その物質的手段(生活保障、教育や医療等の福祉手段)の保障を求めるようになりました。この代表的な論者は、ジョン・ロールズです。
この③の要素は、古典的な自由主義(リベラリズム)とは異なるもので、ヨーロッパや日本で言えば、社会民主主義的な要素です。ですから、リベラル左派などとも呼ばれます。これが日本のリベラルに近いものです。

 

なお、米国では、リバタリアン(自由至上主義)という立場があり、③の政府の社会福祉施策を社会主義的だとして強く反対しています(例えば、「オバマ・ケア」廃止論)。

 

■リベラルと左派の違い

 

現代日本の「リベラル」と「左派」の理念的な違いは、経済的な自由主義(資本主義)に対する姿勢、つまり社会主義的要素を肯定するか否かの違いです。
ただ、現在の具体的な政策としては、企業活動に対してどの程度の公的規制を図るのかという程度問題に帰着します。例えば、長時間労働規制とか、非正規労働者の格差是正とか、法人税等の課税強化などです。実際には、それほど大きな違いはありません。

 

日本や米国のリベラルと「ヨーロッパのリベラル」との違い

 

ヨーロッパから見ると、社会福祉や社会的公正を取り込んだ現代米国のリベラル(リベラル左派)や日本のリベラルは、社会民主主義と見えることでしょう。
ヨーロッパの「リベラル」とは、より経済的な自由を強調する党派を意味しています(フランスのマクロン大統領などがこれにあたります)

 

以上のとおり、日本の「リベラル」と「左派」には理念的な共通性が基盤にあり、両者が協力することは不思議ではありません。

 

注1:自民党にも、旧自由党(吉田茂)系のリベラル派がいました。いわゆる宏池会です。このようなグループを保守リベラルと言います。

 

注2:社会主義と社会民主主義の理念的な違いはややこしい。ざっくり言えば、「最初は一緒のもので、途中で別れたが、今や実際上の違いはなくなった」のでしょう。

 

注3:左翼と右翼の違いは

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2012/11/post-54da.html

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2017年10月 8日 (日)

前原誠司さんを批判する「信なくば立たず」

■前原さんのツイッター


前原誠司さんは、民進党の「希望の党」への事実上の合流について、ツイッターで説明しています。
http://blogos.com/article/250906/

前原さんは、<憲法改正に積極的に取り組み、北朝鮮問題を踏まえた現実的な外交・安全保障政策を打ち出す。共産党や社民党との協力という「左傾化」に反発し、希望の党に合流し、日米同盟基軸の保守政党として安倍自民党政権を打倒する>と述べられています。 


私は、この前原さんの「政治思想と方針」を是としたとしても、この間の前原さんの政治行動と決断は、「一国のリーダー」となる資質を欠くことを自ら証明してしまったと思います。


■全て想定内

10月3日、前原さんは、民進党議員の一部が小池百合子代表から排除され、結果的に民進党が希望の党と立憲民主党に分裂したことについて、「全てが想定内だ」と明言しています
(時事通信
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017100301055&g=pol)」。

 

つまり、前原さんは、当初から民進党の全員が希望の党へ合流することは不可能であり、一部の者が排除されることを承知していたことを自ら認めました。(※注1)

 

ところがそれ以前、前原さんは、9月28日の民進党両院議員総会では次のように発言していたのです。

■誰かを排除しない

「もう一度二大政党制にするためだ。誰かを排除することじゃない。もう一度政権交代を実現する、安倍政権を終わらせる、理想の社会を実現するためだ。」
(毎日新聞
https://mainichi.jp/senkyo/articles/20170928/mog/00m/010/001000c

 

そう、前原さんは「誰かを排除するためではない」と明言していたのです。民進党議員全員の希望の党への合流をさせるとも述べていました。民進党議員は、不安な気持ちながら、代表の前原さんが「そこまで言うのであれば」と前原さんの代表としての提案を了承したというわけです。

 

ところが、実際の経緯は、ご承知のとおり、民進党は事実上解体し、「立憲民進党」と「希望の党」に分裂してしまいました。

 

前原さんは、安倍政権を打倒するためには、これしかないと強調されます。それはそうかもしれません。しかし、それでは何故、両院議員総会にて、自ら思ってもいない、「誰かを排除することではない」「全員を合流させる」などと発言したのでしょうか。

 

前原さんは、堂々と、民進党両院議員総会にて、ツイッターで語った自らの「信念」と「決断」を述べ、合流を提案をすれば良かったのです。そして、反対派がいるなら分党すれば良かったのです。

■政治は非情-ニヒリストたち 

こんなことを言うと、「青臭い書生論だ」、「政治は権力闘争であり、選挙直前ではああでもしなければ希望の党への合流などは決められない」、「騙されるほうが無能」、「反対派を切り捨てるため、だまし討ちもやむを得ない。それが政治の世界だ」と政治玄人(ニヒリスト)から嘲られるでしょう。

前原さんは、あの戦国武将・真田昌幸ばりの「表裏卑怯の者」(表裏比興の者)であり、老獪な策士
なのであると。(※注2)

しかし、果たしてそうでしょうか。

■一国のリーダーたる資質

古今東西の歴史を見れば、中国の三国志や日本の戦国時代、生き残りをかけた権力闘争では、権謀術策、裏切りとだまし討ちにあふれています。所詮、「勝てば官軍」です。これは企業間の経済競争も同じでしょう。

 

確かに、企業や軍隊(部隊)が生き残るために、異論を言う者や足手まといになる者を、非情に切り捨てる方が合理的かつ効率的です。政党も、それが合理的なのかもしれません(短期的には)。

 

内田樹さんが「企業が無能な者を切り捨てるのは競争に勝ち抜くために効率的で合理的だが、その手法で国を運営して良いのか。」と指摘されていました(「株式会社化する日本」)。一国のリーダーである政治家は、企業のCEOや軍隊のコマンダーのように非情で効率優先であってはならない。なぜなら、国民は国が気にくわなかったからといって別の国に移るわけにはいきません。国と国民は一蓮托生の「共同体」なのです。

 

したがって、一国のリーダーたる者は、「登山隊のリーダー」のような資質が求められます。登山隊のリーダーは、メンバー全員の安全を確保し遭難を回避することが使命です。一国のリーダーにとって、メンバーとは全国民です。企業のCEOや軍隊のコマンダーのように、国の維持発展のために足手まといな国民を切り捨てるという人物では、一国のリーダーとしては成り立たないわけです。国民にそう思われたらおしまいです。 

まさに「民信なくば立たず」 

前原さんは、自らを優秀な企業のCEOや軍隊のコマンダーであることを証明されました。しかし、チームのメンバーの無事を使命とする登山隊のリーダーの資質がないことも国民の前に明らかにされたのです。これが前原さんが政治家として失格だと私が思う理由です。

今後、誰が前原さんの言葉を信用するのでしょうか?


※注1:前原さんは、単に小池百合子さんに騙されただけで、希望の党との合流にあたって、政策面や合流の条件などを詰めて文書化することを怠っただけの、ただのバカという説もあります。ただのバカより、稀代の悪人(「表裏卑怯の者」)のほうが格好良いので前原さんは開き直っただけとの説もあります。京都人から見ると、前原さんは典型的な「ええかっこしい」らしいです。


※注2:今回の
衆議院選挙は、所詮、野党の分裂、希望の党の失速により、結局は、自民・公明の勝利となる可能性が高そうです。そして、「自民+公明+維新+希望の党の一部」による連立政権となりそうで、安倍総理は続きそうです。

 

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