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2023年3月19日 (日)

読書日記「迫り来る核リスク<核抑止力>を解体する」

「迫り来る核リスク<核抑止力>を解体する」吉田文彦著(岩波新書)

●理想主義と現実主義

「長崎を最後の被爆地に」の希求から始まる本書は凡百の憲法九条派のお花畑「核兵器反対」の理想主義のプロパガンダ本かと思って読み始めた。しかし、著者の原点は理想主義なのだが、現実的なアプローチを模索するもので面白かった。
 以下、私なりの乱暴な要約で紹介したい。

●核兵器廃絶は百年単位の時間が必要

著者は、核兵器廃絶は「百年単位の時間を要する」と正直に書いている。しかも、核抑止力依存派をタカ派、核即時廃絶派をハト派とし、その中間にフクロウ派を提唱する。フクロウ派は、核兵器のリスクを減らす政策を重視し、何よりも核リスクの低減に重きをおくアプローチと「正しい抑止力」が当面は必要であるとする。フクロウ派の代表はジョセフ・ナイ教授である。

●高まる「核リスク」-誤解と誤報による核兵器使用

核抑止力依存派は、「核兵器は「悪魔の兵器」であり、使用すれば人類の滅亡につながる。だからこそ大国間の相互に抑止力が働き、国際秩序を維持することができる。現に旧ソ連と米国とが全面戦争を回避できたのは、核抑止力という「恐怖の均衡」の結果だ」と言う。

著者は、冷戦時代に相手が核ミサイルを発射すれば、到達前に核兵器で応戦するという警報下発射態勢の下で、ソ連と米国は誤警報や誤解によって全面核戦争の瀬戸際となったことが複数回ある。米ソの政府指導者は地獄の底を見たということを明らかにしている。米ソとも、軍のルールを無視して誤報や誤解だと直感で判断して、ぎりぎりで核ミサイルの発射ボタンを押さなかった指揮官らがいた。このあたりは読んでいてぞっとする。

これは米ソ冷戦の過去の話ではなく、ロシアのウクライナ侵略が行われ、プーチンが核兵器使用の恫喝を口にしたことで、核兵器のリスクは高まっているとする。

●中国の核リスクの高まり

また、中国も警報下発射態勢をとっているが、ロシアと米国の間には冷戦時代の緊急連絡システムや軍人同士のプロフェッショナルの信頼感が中国と米国との間では欠如しており、台湾有事や人為的なミスによって核リスクが高まっているとする。

●東アジア有事と核兵器使用は現実にあり得る

著者は、2025年~2030年の近未来に「現にあり得る」東アジア有事と核使用想定の25のケースがあるとする。3つを紹介すると。

① 経済的に弱体化した北朝鮮は、米韓軍から攻撃を受けると判断して、通常兵器では勝てないので核兵器の使用に踏み切る。これに対して米国は北朝鮮の指導部と核基地を破壊するために核兵器を使用する。米軍に蹂躙される前に日本の米軍基地に向けて核ミサイル攻撃をするというシナリオ。

② 北朝鮮の南進あるいは核兵器を使用すると米国と右派政権の韓国が判断して、核兵器を先制使用するケース。

③ 台湾の場合には、中国が香港市民を大弾圧し、その結果、台湾で独立派の政権が誕生して、中国と台湾で軍事衝突が発生する。台湾軍は米国・韓国・日本から援助を受けて軍事的に優勢となる。中国は、通常兵器での戦闘では不利とみて、日韓の米軍基地や米艦船を核攻撃する。米中はお互いに本土への核攻撃を避けて、核報復は北朝鮮や韓国、日本の間で核ミサイルの応酬になるケース。


●核リスク低減の方策

これらのケースで核兵器を使用させないルールが必要となる。即時に核兵器を廃絶できない以上、まずは核兵器先制不使用宣言を核兵器保有国が行うこと。オバマ、バイデンは積極的だったが、反対派が強く宣言ができなかった。中国は核先制不使用宣言をしている。

●今の日本政府の敵基地攻撃能力保有は危険な道

核先制不使用宣言への反対の理由は、核兵器が使用されないと相手が確信すれば、通常兵器での戦争を招き寄せることになるというのが理由である。それを証明したが、ロシアのウクライナ侵略ということになる。日本政府も米国の核先制不使用宣言に強く反対している。

現在、日本が米国の軍事戦略に強くコミットメントをし、北朝鮮や中国の基地を攻撃するミサイルを保有しようとしている。政府によれば、抑止力を高めるためであって実際には中国や北朝鮮から攻撃がない限り日本から敵基地への攻撃はしない。抑止力を高めることで相手の攻撃を止めさせるためだと説明する。

●日本への核攻撃の現実的危険性

しかし、核兵器の警戒下発射態勢のもとでは、誤解や誤報による核兵器使用のリスクは高い。しかも、有事想定ケースでは、日本がコントロールが及ばない地域(朝鮮半島、台湾海峡、中東など)での軍事衝突が日本にも波及し、日本が攻撃されるリスクも高まっている。

朝鮮半島で軍事衝突が起こり、北朝鮮が米韓の軍事基地に核兵器を使用した場合、米国は北朝鮮に核兵器反撃することは必至である(核を使用しないと米国の抑止力論は崩壊してしまう)。そうなると北朝鮮は、米軍の発射基地だとして日本の米軍基地を標的にして核ミサイルを発射することは必至である。

●冷徹な軍事論理-東アジア有事での日本への核攻撃

つまり、国民を守るために、日本の反撃能力を高めるとか、米軍の核抑止力に依存するとか、核共有などの威勢の良い主張は、かえって日本を核攻撃の標的にすることになる。それが冷徹な軍事的な事実である。

いったん核兵器が使用されれば日本は複数の核兵器での攻撃を受けることになり、戦争が始まればこれを回避することはできないことを覚悟すべきだ。

●フクロウ派として核リスクの低減を

「核のない世界」は遙か遠い道のりだが、当面は、フクロウ派として核兵器リスクを低減する方策を努力する。その場合には抑止力論に対しても「正しい抑止力」として対応すれば核抑止依存派にも一定の支持を得られる。その結果、核兵器先制不使用宣言をルールとする道が開ける。「二千発の核弾頭は多すぎる」として核軍縮の道に踏み出す。また、核兵器が「悪魔の兵器である」という「悪の烙印」を押し続ける努力を続ける。

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