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2022年9月24日 (土)

フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性の問題点と課題(その2)

フリーランスの法制度の方向性について、フリーランスに仕事を出す事業者の遵守事項として検討されているのは、次のとおりです。

 

(ア)業務委託の開始・終了に関する義務
 ①業務委託の際の書面の交付等
   業務委託の内容、報酬額 等
   業務委託に係る契約期間、契約の終了事由、契約の中途解除の際の費用等
 ②契約の中途解約・不更新の際の事前予告
   30日前の予告、契約終了理由の開示
(イ)業務委託の募集に関する義務
 ①募集の際の的確表示
 ②募集に応じた者への条件明示、募集内容と契約内容が異なる場合の説明義務
(ウ)報酬の支払い義務 60日以内
(エ)事業者の禁止行為
 ①フリーランスの責めに帰すべき理由なく受領を拒否すること
 ②フリーランスの責めに帰すべき理由なく報酬を減額すること
 ③フリーランスの責めに帰すべき理由なく返品を行うこと
 ④通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること
 ⑤正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること
 ⑥自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を供与させること
 ⑦フリーランスの責めに帰すべき理由なく給付内容を変更させ、又はやり直させること
(オ)就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項
 ①ハラスメント対策
  事業者は、その使用する者等によるハラスメント行為について
   必要な体制の整備その他の必要な措置を講じる。
 ②出産・育児・介護との両立への配慮
   就業条件に関する交渉・就業条件の内容等について必要な配慮をする
 

「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和3年3月26日 内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚労省)の中で独禁法や下請法で問題となる行為とされたものが、ほぼ事業者の禁止行為とされています。

 これに、業務委託の際の書面交付等の義務付け、募集の際の義務、ハラスメント対策と出産・育児・介護との両立の配慮を加えており、方向性としては評価できると想います。

 しかし、遵守事項の内容、その具体化には課題があります。

①書面の交付等の義務付けの内容ですが、報酬額のみならず報酬額の算定基準等の明示、そして、中途解約する場合の事業者側の事由(中途解約事由)を記載させることも必要です。

②また、フリーランス側からの中途解約事由も記載することも必要です(募集の際の条件等を契約内容が異なるときや出産・育児・介護等の場合の解除など)。

③ハラスメント対策では、事業者が使用する者等の中に、顧客や関係者が含まれることを明記すべきです。

④ハラスメントの体制整備や措置義務の内容は、相談体制の整備等が想定されていると思いますが、より実効性の高い措置義務を検討すべきです。

⑤出産・育児・介護の配慮義務ですが、一つはこのような事情が生じた場合にはフリーランスの側に解除権を付与して、それを制限することを禁止すべきです。さらに、出産・育児の援助については、非労働者を含めたこども保険制度の創設などの抜本的改革をしないと絵に描いた餅になります。

 

 

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2022年9月18日 (日)

フリーランスのための法制度の方向性の実務的課題

 政府(内閣官房新しい資本主義実現本部)は、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」(方向性)を発表し、これへの意見募集をしています(2022年9月27日まで)。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060830508&Mode=0

 

岸田内閣は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月)において、フリーランス形態で働く人が462万人となり、トラブルが発生しており、下請代金支払遅延等防止法といった現行の取引法制では対象とならない方が多く、取引適正化のための法制度について検討し、「早期に国会に提出する」旨を閣議決定しています。来年通常国会にも提出なのではないでしょうか。

 

 政府は、この「方向性」で「個人がフリーランスとして安定的に働くことができる環境を整備する」ため、「他人を使用する事業者(以下「事業者」という)が、フリーランス(業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者)に業務を委託する際の遵守事項等を定める」と表明しています。

 

 私も弁護士として、フリーランスで働く方から多くの相談に接しています。労働者性が明らかな方については労働法を適用することをアドバイス(労基署等への相談)をします。しかし、労基法上の労働者性については労働行政や司法のハードルが実際上は高いため、グレーゾーンの方にはハードルが高すぎて実効性のある方法をアドバイスするのに苦慮します。

 

※ それでも、労組法上の労働者性は認められるケースが多く、労働組合の団体交渉申し入れという方法もあります。が、どこの労働組合が受け入れてくれるのか不明であり、解決への即効性があるかという「壁」もあります。

 

※ 厚労省が第二東京弁護士会に委託する「フリーランス110番の相談と和解あっせん手続」は、現状では数少ない有効な手段の一つです。 https://freelance110.jp/

 

 今回の方向性の内容については、入口と出口に、二つの大きな課題があります。なお、今回のブログでは規制内容の遵守事項についてはふれません。また、「そもそも現行法の労働者性の範囲を拡大して、労働者として保護すべきである」との理想論もここでは触れません。

 

一つは、「フリーランスと労働者性」との関係です。

 

 「方向性」の「フリーランス」の定義ですが、「業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者」に業務を委託する際の遵守事項等を定めるとしています。

 

 ここでフリーランス定義で「事業者」であると記載があります。しかし、フリーランスの相談では、①明らかに労働者性が肯定できる方(しかし事業者が個人事業者と強弁する)、②グレーゾーンの方、③事業者性が高い方が混在しています。

 

 相談入口で、①の労働者性が明白な場合には、労働基準監督署等に労基法違反で申告するように助言すれば良いのですが、②のグレーゾーンの場合に、労働者性の有無を振り分けることに時間をかけることは救済や改善の役にはたちません。

 

 ですので、間口は広くして、労働者性のグレーゾーンも含めて、フリーランスとして救済対象を広く受け入れることが求められます。

 

 しかし、その結果、労働者性を肯定する範囲を狭めることがあってはなりません。そこで、この法制度におけるフリーランスの範囲は、労働者性の範囲を狭めるよう解釈してはならない旨を明記すべきです。例えば、解釈規定として「本法のフリーランスの定義は、労働基準法、労働組合法上の労働者性の範囲を限定する趣旨ではない」旨を定めるとかです。

 

二つは、法制度の実効性の確保です。

 

 方向性では、❶「遵守事項に違反した場合、行政上の措置として助言、指導、勧告、公表、命令を行うなど、必要な範囲で履行確保措置を設ける。」、❷「遵守事項違反した事業者を、フリーランスは国の行政機関に申告することができる」、❸「国は、この法律に違反する行為に関する相談への対応などフリーランスに係る取引環境の整備のために必要な措置を講じる」としています。

 

 独禁法や下請法の規制については公正取引委員会の担当です。しかし、公取委は東京に一つあるだけ(そのほか支所、支部が8つしかない)。組織としてもマンパワーとしても、殺到するであろうフリーランスの相談に対応できる体制も知識はないと言って良いでしょう。

 

 しかも、フリーランスの相談には労働者性が認められる方も多く含まれることからすれば、対応する行政機関としては、各地の労働基準監督署と労働局が対応する道しかないでしょう。

 

 相談体制としては、東京で全国対象に行われているフリーランス110番を全国体制として構築し、和解あっせん手続をよりいっそう各地に拡充する方法があります。現在、二弁では弁護士が仲裁人となり和解あっせん手続を行っています。これを、個別労働紛争解決促進あっせん手続のように、全国の労働局に設けることが考えられると思います。

 

 このテーマは、今後も注視していきたいと思います。

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2022年9月10日 (土)

ゴルバチョフの死に想う(2)

Eh

ゴルバチョフが亡くなったとのニュースに接したとき、ちょうどE.H.カーの「歴史とは何か」(1961年の講演)の新版を読み終えたところだった。この本も、岩波新書で学生時代に読んだが、新版をあらためて読んで興味深かった。

 

カーは共産主義を批判していたが、同時にロシア革命を、より大きな歴史的文脈に据えて、革命は不可避(「歴史的必然」、「見えざる手」、「歴史の狡知」などどう表現しようと良い)であったとして、ロシアと世界に与えた衝撃を、その成果とともに最後まで評価していた。

 

そのカー(1982年没)が生きてソ連崩壊を見ていたら、どう論評しただろうか。

 

カーは、歴史について「人物史観」(「歴史は偉人たちの伝記である」)を子供だましと批判する。曰く「第2次世界大戦をヒトラーの個人的な邪悪さの結果とのみ語るのは歴史ではない」(ウクライナ侵攻はプーチンの邪悪さの結果と今も言っている。)。

 

カーじゃ、歴史とは歴史的事実の因果関係を解明することであり、因果関係は「政治」の視点からではなく、「社会的・経済的な事象」から原因を抽出して、諸々の原因を相互に順序づけることであり、この因果の解明こそが「歴史解釈」である。そして、因果の解明(歴史解釈)の視点は、当該歴史家の未来への展望から過去を問い直すことと切り離せないとする。そして、「その視点は人類の進歩の信念からはじめて得られる」とい言い切っています。

 

カーは、モンテスキューの次の言葉を引用する。

 

「一つの戦いの偶然的な勝敗で一国を滅ぼしたという場合、一つの戦いの結果が国家の崩壊を招き寄せるほどの全般的な原因がその前にあったのである」と。

 

なるほど。(日本の敗戦をミッドウェー海戦の偶然的な敗北に帰する日本人に聞かせたいね)

 

他方、本書では「偶然」が歴史に与える影響について論じている。指導者の個人的な性格・性質も偶然であると言う。悩ましい論点だとする。

 

例えば、レーニンが天才でニコライ二世が愚か者だったからロシア革命がおこったわけではないし、スターリンの恐怖政治はスターリンが邪悪だったからだけではない。

 

それぞれには、それぞれの社会的・経済的な原因がある。レーニンが53歳で死亡せず生き残ったとしても、レーニンは急速な工業化を強権的に進めるというソ連の歴史コースは変わらなかった。それは当時の経済的・社会的要請であったという。彼の大著「ボリシェヴィキ革命」に詳細に書かれている。しかし、スターリンのような残虐の方法よりも緩和されたであろうとカーは言っている。

 


カーが生きてソ連崩壊とゴルバチョフを見ていたら、きっと次のようにコメントするのではないか。

 

ソ連末期にゴルバチョフがいなくとも、ソ連の共産党独裁の社会主義体制は、1980年代には現実に不適合を起こしており、経済的・社会的要因で崩壊することが不可避であった。しかし、ゴルバチョフが指導者でなければ、多大な流血、場合によればソ連軍の東欧侵攻によってヨーロッパで大きな戦争がおこったであろう。そうなってもソ連の崩壊は不可避だが、短期的に見れば戦争と流血の惨事を防ぐには、指導者のゴルバチョフという個人の資質(偶然)が大きく決定的な影響を与えた、と。

 

そして、社会的、経済的要因としては、重化学工業化や産業化には、共産党の中央集権的な計画経済は有効だったが、経済の情報化や多様な消費生産が求められる段階になると、中央集権的な計画経済は桎梏になり自壊せざるをえなかった。それをゴルバチョフ改革派は修正しようとしたが、もはやその力は残されていなかった。その後の中国の改革開放路線の資本主義化と比較し分析する だろう。

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ゴルバチョフの死に想う(その1)

Photo_20220910025501 先日、ゴルバチョフが亡くなったニュースに接して思い出した。1987年に出版された「ペレストロイカ」という彼の著書を当時読んだ。この本を読んで、当時、私はソ連の社会主義がリベラルで人間らしい社会主義になるのではないか、と個人的には期待した(←バカ)。

 

ゴルバチョフは「我々はソビエト国民の権利と自由の保障を強化することに特別な感心を持つ。ソ連最高幹部会議は、批判に対する抑圧行為を不法なものとして処罰する法令を発布する」「長期的で大局的な見地から国際政治を見るなら、どんな国もよその国を服従させることはできない」「新しい政治理念の大原則は単純である-核戦争は政治、経済、イデオロギー、その他いかなる目標を達成する手段としても用いてはならない」「大量殺戮兵器が出現し、国際社会における階級間の対立が深まれば地球破壊への引き金にもなりかねない。」と書いていた。

 

 

当時、日本の共産党は、ゴルバチョフの新思考外交を「レーニン以降最大の誤り」と言って、スターリン以上の誤りだとしてゴルバチョフを非難をしていた。

 

しかし、ソ連の指導者である彼が、米ソの軍事的対立を解消し、自国の軍事費を抑えて、国内の自由化と民主化を漸進的に進め、外国から資本と技術を導入して、効率的な市場化をすすめるというのは、当たり前の合理的な政策だと思った。当時、中国の鄧小平の改革開放路線が進行していた。

 

ところが、ソ連共産党の守旧派がクーデターをおこしてゴルバチョフは失脚し、エリツィンらの権力闘争にも敗れた(ちょうど大政奉還した徳川慶喜が薩長のクーデターに負けたのと一緒!)。ソ連の社会主義的再生を阻んだのは共産党守旧派とエリツィン派だった。そして、その後、ナポレオン的軍事独裁のプーチンが出現した。

 

ゴルバチョフは、ソ連の最良のコミュニストとして、ソ連共産党内部の権力闘争を勝ち抜き、一時期にはソ連のトップになって、米ソ冷戦を終結させてソ連国民の権利と自由を拡大しようと、ソ連の改革に着手した。しかし、共産党守旧派に妨害され、ロシア人民にも支持されず消えていった。これで共産主義的な進歩史観にとどめを刺した。

 

 

ソ連の崩壊と、その後の中国の発展を見ると、エマニュエル・トッドの家族史観による宿命論が最も説得的に思える。

 

曰く、ロシアや中国のような「共同体家族社会」(家父長が絶対的権威を持ちっており、息子たちは結婚後も父親と一緒に住んで父に従属する。兄弟間は平等(競争)的な関係にある)では、左右のイデオロギーに関係なく、一党独裁的な体制に親和的であり、欧米的なリベラルな民主主義は根付かないという。(もっとも、トッドは家族関係も歴史的変化があり、さまざまな地域での様々な条件で長期的には変化するとは言う。)

 

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