木下武男著「労働組合とは何か」(岩波新書)
2021年3月発行
2021年4月9日読了
労働社会学者の木下武男教授の著書です。木下教授は、長く「賃金論」をふまえた労働組合のあり方を議論されてきました。1999年「日本の賃金」(平凡新書)では日本型年功型賃金の変容と、グローバル化による職務給・職階制賃金、成果主義賃金について実態(実例)を踏まえた分析と提言(年功賃金から生活できる仕事給)をされており大変に参考になりました。
木下教授は、この「労働組合とは何か」で、欧米の労働運動・労働組合の歴史と実態を概観した上で、日本の企業別労組の問題点を批判して、新しいユニオニズムを提言されています。
この本の骨子は次で要約しますが、私は基本的に木下教授の意見に賛成です。
欧米の労働組合は、ヨーロッパ中世のギルドからの伝統を踏まえたものである。手工業時代からの伝統を踏まえた熟練労働者のクラフツ・ユニオンが力をもって職業別労働組合になり、産業革命後に機械制工場に雇われる不熟練労働者が一般労働組合を組織して戦って、それが産業別労働組合と発展し、経営者団体と交渉して産業別賃金協約を獲得するようになった。典型的には英国の労働運動であり、第二次世界大戦後には福祉国家を成立させた。
これに対して日本の労働組合運動は、戦後になり企業別労働組合が全国各地に結成され、1946年には多数派の「産別会議」(組合員数163万人)が結成された。その傘下の電産労組がいわゆる「電産型賃金」(生活できる年功賃金)を確立した。
1946年には、米国の労働諮問団は、年功賃金からジョブ型賃金に転換するように勧告した。また、1947年の世界労連の視察団は、日本の企業別年功賃金に対して「雇用主の意志のままに悪用され、差別待遇されやすい」として「平等な基準」の「仕事の性質」に基づく賃金を提言していた。
しかし、日本では、その後、経営側は、一時、職務給を導入しようとしたが労働側の反対を受けて、定期昇給制度に人事考課制度を結合させた日本型職能等級賃金制度を確立させていった。
本来、日本の労働組合は、企業別組合が本流となってしても、産業別統一闘争を発展させ、産業別組合に向けて改革する努力が必要があった。産別会議は、占領軍のゼネスト中止、共産党の介入とそれに対する反発で分裂縮小して崩壊(1956年解散)した。その後の総評型労働運動も「年功賃金・企業別組合」システムを前提とした労働運動となった。春闘などの総評型労働運動の頂点は1975年だったが、それからは凋落していく。1975年は、春闘とスト権ストが敗北した年。
1980年以降、日本では、企業主義的統合が進み、「労使協調」路線にどっぷりつかっていくことになる。1980年代後半以降、ストライキによる労働日損失がなんと限りなくゼロに近くなることが如実に示している。年功賃金と終身雇用制という日本型雇用システムに労働者の企業意識や忠誠心という労働者の同意を獲得していった。労働者に「安定」を提供したが、「競争」と「差別」(左派労組員への差別と女性差別)が色濃い。
そして、バブル崩壊、経済のグローバル化、経済のソフト化・IT化のもと、現状の貧困と格差が広がる現在の雇用社会、労働者の状態が生じている。
現在の企業別労働組合を中心とした労働組合運動、数的には多数派である正社員の年功的賃金制度のままでは、社会を変えられない。旧来の日本型賃金(属人的な年功的賃金)では非正規労働者の同一労働同一賃金は実現できないし、正社員の賃金も低下していく。
そこで、木下教授は、企業別労働組合も、産業別労働組合に内部改革することを期待しつつ、より必要なのは、企業別組合の外部に組織されたユニオンが未組織労働者を組織し、さらに業種別職種別ユニオンに発展していくことを提言している。その萌芽は確かに広がりつつあるとする。
私も、欧州のような産別労働組合と職務給の雇用社会、社会民主主義の政治体制が日本にあれば良いと夢想しますが、いまさら日本に産別労働組合がないことを嘆いても、死児の齢を数えるようなものでしょう。
また、これは世界的に見れば、欧米の方が特殊例外な社会(自生的に資本主義を生み出した社会だから)なのでしょう。少なくとも、アジアを見れば、多くは日本のような企業別組合が中心のようです(これはなぜでしょうかね?)。例えば、韓国も左派も右派も企業別労組だし、それでも韓国では中央産別組合の交渉力は強いようです。もっとも、韓国の労働組合組織率は10%で日本の16%よりも低い(。
木下教授が言われるように、年功型正社員の企業別労組が産業別闘争に大きく踏み出すことに期待しつつ、「貧困と格差」にあえでいる大企業以外の普通の未組織労働者を、業種別ユニオン(一般労組)が広く組織化し、企業を超えた産業別・業種別な労働組合が発展していくことが必要だと思います。
日本の組織率は民営企業で16.2%ですが、1000人以上の大企業が全体の66%を占めており、99人以下の企業では推定組織率は0.9%しかありません。日本では99人以下の企業に雇用されている労働者数は、全体の雇用労働者のうち半分です。広大な未組織分野があるわけです。
企業別労組と労組員、そしてナショナルセンターは、これら企業外に組織されたユニオンを応援し、オルグを増やすための財政援助をしたらユニオンは発展するのではないでしょうか(オルグを増やす余裕がない)。ただ、この方向を指向しているとは見えません。どちからというと、企業内労組を基本としており、中小企業にも企業別労組を組織する方向や、非正規労働者を企業別労組に加盟させる方向を指向しているように思います。この点は、連合も全労連も同じと感じます。
アメリカのAFL-CIOは20世紀末頃、若いオルグを抱えるために大幅な財政援助(要するにオルグの賃金)をして、労働運動を活性化させたと言います。日本の企業別労組にも是非、期待したいものです。
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