日本郵便事件(労契法20条)最判とメトロコマース事件等最判との比較-原点の丸子警報器事件
2020年10月15日、日本郵便株式会社で働く有期契約労働者と正社員との労働条件の格差に関して、旧労契法20条に違反するか(不合理なものといえるか)否かを判断した最高裁第一小法廷は、扶養手当、年末年始勤務手当、休暇制度の格差を不合理で違法だとしました。
■日本郵便事件最高裁判決(福岡高裁、東京高裁、大阪高裁の各事件)
最高裁の判断を手当ごとに紹介します。その上で、同じく労契法20条の不合理と認められるか否かを判断した先の10月13日最高裁のメトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件の判決とを比較し、なぜ最高裁の結論が分かれたが、最高裁判決文に即して検討してみます。
■扶養手当について
日本郵便では、無期契約労働者である正社員に対して、扶養手当が支給されていますが、有期契約労働者(契約社員)には扶養手当は支給されません。
最高裁は、「正社員に対して扶養手当が支給されているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるもの」であり、「上記目的に照らせば、本件契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。そして、本件契約社員は、契約期間が6月以内又は1年以内とされており、第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存在するなど、相応に継続的な勤務が見込まれているといえる」から、「職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき(正社員と異なり昇任や昇格は予定されず、特定の業務のみに従事し、幅広い業務に従事することはなく、人事評価の仕組みも異なる等の)相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価する」とした。
■年末年始勤務手当、有給の病気休暇、夏期冬期休暇、年始期間の祝日給
日本郵便では、正社員に対して、年賀状配達の年末年始勤務手当を支給し、夏期冬期休暇(夏冬各3日の有給休暇)、年始期間の祝日給、私傷病による欠勤についての有給の病気休暇を付与していました。最高裁は、上記各労働条件の格差をもうけることも扶養手当と同様に不合理であると判断しました。
年末年始勤務手当については「最繁忙期であり、多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において、…その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものである」から、「これを支給する趣旨は、本件契約社員にも妥当するものである。」として、その相違は不合理なものとした。年始期間の祝日給についても同様の判断をしています。
有給の病気休暇については「賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である」とし、「有給の病気休暇が与えられる趣旨は、上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的による」と考えられるから、「上記目的に照らせば、郵便の業務を担当する時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を当たることとした趣旨は妥当するいうべきである。」そして、第1審原告らは「相応に継続的な勤務が見込まれるているといえる」から、正社員と上記時給制契約社員との間に、… 職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく、これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは、不合理である」と判断しました。
有給の夏期冬期休暇についても、その格差が不合理なものであるとして、休暇をとれずに勤務したことによる財産敵損害を受けたといえるとして、損害額について審理すべきとして原審に差し戻しました。
なお、住居手当については、日本郵便では、正社員の中に新一般職(配置転換も転居を伴わないで行う無期契約労働者)にも住居手当が支給されていることから、原審の判決段階で契約社員に支給しないのは不合理であると判断されて、これが確定しています。ただし、新一般職という地域限定のコース正社員がいる場合の判断ですから、一般化はできません。
■ハマキョウレックス事件最高裁判決の引用
事件番号としては、福岡高裁事件、東京高裁事件、大阪高裁事件の順番であり、休暇制度に関する最初の判断は福岡高裁事件となっています。
福岡高裁事件では、ハマキョウレクッス最高裁判決を引用して次のように判示しています。
「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(最高裁平成…30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁※ハマキョウレックス事件)ところ、賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件の趣旨を個別に考慮すべきである」と判断しました。
そして、正社員に有給の夏期冬期休暇が付与される趣旨は「労働から離れる機会を当たることにより、心身の回復を図るという目的によるものであると解され、夏期冬期休暇の取得の可否や取得し得る日数は上記正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。」そして、郵便業務に従事する時給制契約社員は、契約期間が6ヶ月以内とされるなど、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのあって、夏期冬期休暇を与える趣旨は、上記時給制契約社員にも妥当する」として、相応の相違があることを等を考慮しても、夏期冬期休暇を付与しない相違は不合理なものと評価できるとしました。
■メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件の最高裁判決との比較
最高裁第三小法廷は、退職金や賞与の支給の相違であっても、労契法20条にいう不合理と認められる場合はあり得るとしながら、当該使用者における退職金や賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて、不合理であるか否かを検討すべきとします。
【退職金や賞与の趣旨と正社員の位置づけ】
メトロコマース事件では、「上記退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ、その支給対象となる正社員は、第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり、また、退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められた部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成る」こと「等に照らせば、上記退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとした」
最高裁は、正社員を業務の必要により配置転換を命ぜられて職務遂行能力や責任の程度が高いことを強調して、本件退職金の性質を、職能給を基礎とした職務能力や責任の程度を踏まえた労務の対価や功労報償的な複合的な性質であると判断している点が注目されます。
大阪医科薬科大学事件でも、「賞与は、… 算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正社員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」
ここでも正職員について、業務の内容の難度や責任の程度が高いことを強調して、賞与については職能給を基礎としていることを指摘しています。
【職務内容等の三つの事情について】
最高裁は、メトロコマース事件、大阪医科薬科大学事件については、有期契約労働者と正社員の業務の内容について、その相違を強調しています。
メトロコマースでは、「売店業務に従事する正社員」と比較して、両者はおおむね共通するものの、代務業務やエリアマネージャー業務への従事や配置転換を命ぜられる現実の可能性があるなどの一定の相違があったとします。日本郵便事件と比較して、相違が大きいように認定しています。
また、販売業務を担当する正社員が組織変更によって雇用された正社員であり、他の本店等の部署に配置された正社員とは異なる職務の内容及び変更の範囲が異なる。売店業務に従事する正社員が2割満たないまで減少したが、賃金水準を変更したり、他部署に配置転換等をすることが困難な事情があったこと、正社員への登用制度があったことを、その他の事情として考慮しています。
【メトロコマース事件の契約社員の有利な事情】
最高裁は、第1審原告である「契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有している」と認めています。
そうであれば、「相応に継続的な勤務が見込まれる」として、少なくとも退職金の複合的な性質の勤続年数に応じた功労報償的な部分については妥当すると判断できるはずである。現に日本郵便事件では、最高裁はそのように判断しているし、宇賀裁判官の反対意見はこのような判断をしています。ところが、最高裁第三小法廷は、上記の事実をしんしゃくしても、退職金の不支給について、不合理であるとまで評価できないとしました。
■日本郵便事件とメトロコマース事件の最高裁はなぜ違うのか
最高裁の判決文にそくして読む限り、メトロコマースの退職金や大阪医科薬科大学の賞与については、賃金体系や人事異動の実態から職能給を基礎とし、正社員が配置転換等を命じらるなどの職務遂行能力や責任の程度が高いことを前提として、賞与や退職金が支給されるものととらえ、そのような正社員としての職務遂行能力を有する人材の確保とその定着のために支給されるとして捉えた点が結論を大きくわけたものと思われます。
他方、日本郵便事件の年末年始勤務手当、扶養手当、休暇制度、住居手当については、基本給を基礎とする賞与や退職金と異なり、正社員としての職務を遂行しえる人材の確保とその定着とは別個の目的の手当であるとして、「相応に継続的な勤務が見込まれる」以上、その格差は不合理となるとしたと考えられます。
■大阪医科薬科大学の私傷病による欠勤中の賃金について
私傷病による欠勤中の賃金の支給は、「職員の雇用を維持し確保することを目的」としている。これは日本郵便事件でも同じである(「継続的な雇用を確保するのが目的」とします。)。日本郵便事件では、私傷病の有給の休暇制度についての相違は不合理なものと最高裁は判断しました。
ところが、大阪医科薬科大学事件では不合理であるとはいえないと判断しました。私傷病による欠勤中の賃金支給については、本来は契約社員にも妥当するものと考えられるはずです。この点、最高裁は、「アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定していると言い難い」とし、「雇用を維持し確保するという制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない」と判断して、「第1審原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況」にはなかったとして、不合理であると評価できないとしている。つまり最高裁の日本郵便事件の表現でいくと、「相応に継続して勤務する見込みがない」ということです。
つまり、最高裁は、この大阪医科薬科大学の私傷病による欠勤中の賃金については、正社員としての職務を遂行しえる人材の確保とその定着とは関係はないが、継続して雇用する状況ではないことを理由として不合理ではないとされたものといえます。
■最高裁メトロコマース事件等批判
最高裁は、上記賞与や退職金の基礎となる本給(基本給)を職能給とし、それを難度の高い職務遂行能力を備えて責任の程度が高い正社員という人材確保とその定着を目的とするものして、有期契約労働者には妥当(適用)しないとします。
しかし、最高裁判決自身が指摘するとおり、賞与や退職金については複合的な性格が含まれます。例えば、退職金について、勤続年数によって支給月数が決まる場合には勤続年数に応じての功労報償的な性格もあわせもちます。そうであれば、その勤続年数に対応する部分については、4分の1か、6分の1かはともかく、部分的に支給すべきであり、全くの不支給は不合理となる余地は、最高裁の論理にたつとしても、十分にあり得るといえます。これは賞与についても同様です。
最高裁は、職務の内容等について一定の相違があったとしても、労働条件の相違との間で均衡がとれているのか否かをきちんと検討すべきです。この点について、メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件では最高裁はまったく検討していません。原審である東京高裁・大阪高裁判決の解釈が正当なものであったというべきです。
最高裁は、均衡待遇の確保の視点を忘れてしまっているのではないか。さらに言えば、「同一労働同一賃金の原則」という俗耳にはいりやすい安易な「スローガン」に引きずられて、同一労働ではない場合であっても、労働条件は均衡でなければならないという均衡処遇の原則を軽視していると言うべきでしょう。
■原点の丸子警報器長野地裁上田支部判決
今回のメトロコマース事件や日本郵便事件の最高裁判決は、均等・均衡待遇原則の実現にと向けて、まだまだ道半ばです。
非正規格差の原点であり最高峰の判決は、1996(平成8)年3月15日の長野地裁上田支部の丸子警報器事件判決です(労判690号32頁)。判旨の重要部分は次のとおです。
「同一(価値)労働同一賃金の原則は、労働関係を一般的に規律する法規範として存在すると考えることはできないけれども、賃金格差が現に存在しその違法性が争われているときは、その違法性の判断にあたり、この原則の理念が考慮されないで良いというわけでは決してない。
けだし、労働基準法三条、四条のような差別禁止規定は、直接的には社会的身分や性による差別を禁止しているものではあるが、その根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在していると解される。それは言わば、人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原則と考えるべきものである。前記のような年齢給、生活給制度との整合性や労働の価値の判断の困難性から、労働基準法における明文の規定こそ見送られたものの、その草案の段階では、右の如き理念に基づき同一(価値)労働同一賃金の原則が掲げられていたことも想起されなければならない。
したがって、同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合があると言うべきである。」
として、基本給、賞与等について、正社員との賃金格差が2割を超えると違法であるとして、損害賠償請求を認容しました。パート有期雇用法8条、9条の法解釈の指針として、丸子警報器事件判決は未だに輝きを失っていません。
日本には今でも「同一労働同一賃金」の実定法は存在しません。さらに言えば、私は「同一(価値)労働同一賃金」の法規範を、正社員も含めて賃金決定の一般的な法理とすべきではないように思います。男女賃金格差に関する法理(「職務分析」論も含めて)として解釈すべきであり、雇用形態による格差是正は均等・均衡待遇原則を理念とすべきように思います。
■今後の課題
現在も旧労契法20条やパート有期雇用法8条の裁判が全国で係属しています。日本郵便事件でも、原告154人が全国各地裁で訴訟をたたかっています。これについては、最高裁判決に従い会社は速やかに解決すべきです。
また、ホワイトカラーの基本給や賞与に関する事件(例えば、日本IBM事件)も複数、係属しています。これらの事件の多くは、日本型賃金制度である「職能給」でなく、ジョブグレード制度やバンド制度、あるいは成果給や業績給の賃金体系の下での事件でしょう。このような事案では、メトロコマースの最高裁判決の射程範囲には入らないでしょう。
今後もあらたな事件や新たな判決が続々生じるでしょう。たたかいと判例の発展に期待したいと思います。
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