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2018年11月11日 (日)

韓国大法院判決(2018年10月30日新日鐵住金徴用工事件)を読む

■メガトン級破壊力の韓国大法院判決


2018年10月30日の韓国大法院は、「強制動員生還者」の韓国人(遺族)を含めて、1億ウオン(約1000万円)の慰謝料請求権を認めて、新日鐵住金に賠償金の支払いを命じる判決が言い渡しました。

私は、日本がアジア諸国を侵略し、朝鮮に対して不法で過酷な植民地支配をしたものと確信しています。その私から見ても、今回の韓国の大法廷判決はビックリです。

今後の日韓関係に長期間にわたり深刻な悪影響を与えると感じます。また、日本にとっては、韓国との関係にとどまらない大変な影響をもたらすものです。

今まで新聞記事の要約でしか、この判決文がわかりませんでしたが、全文が翻訳(仮訳)されたので、読んでみました。また、当該事件については、大法院は、2012年5月24日に判決を言い渡しており、その差し戻し審の再上告事件として今回判決が言い渡されたものです。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo

また、日本の最高裁は、中国人の強制徴用に関して、2007年4月27日「日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民(法人含む)に対する請求権は、日中共同声明5項によって、裁判上訴求する権能を失った」と判決しています。これと読み比べてみます。


■2018年10月30日大法院判決のポイント

核心的争点は、「植民地時代に日本企業に強制動員(徴用)された韓国の徴用工が日本企業に対して、1965年の「日韓請求権協定」にもかかわらず、慰謝料損害賠償請求権を裁判上請求できるか」という点です。

今回の大法院判決は次のように判断します(上告理由第3点)。

(1)本件は、不法な植民支配・侵略戦争に直結した日本企業に対する反人道的な不法行為の慰謝料請求権であり、未払い賃金や補償金を請求しているものではない。

(2)請求権協定は、不法な植民支配に対する賠償ではなく、サンフランシスコ条約第4条(a)に基づく債権債務関係の処理だけであり、植民地支配の不法性に直結する請求権まで含むものではない。

(3)請求権協定第1条により日本が韓国に支払った3億ドルの無償提供及び2億ドル借款は、同協定2条の請求権放棄と法的対価関係にはない。

(4)請求権協定の際に、日本政府は、植民地支配の不法性を認めないまま強制動員被害の法的賠償を否認した。

(5)請求権協定の交渉の際に、韓国が日本に対して8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうち3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定していた事実を認めることができるが、実際の請求権協定は極めて低額な無償3億ドルで妥結し受け取ったものであり、強制動員慰謝料も請求権協定の適用対象者に含まれていたとは言いがたい。


■請求権協定の文言

大法院判決は請求権協定を引用します。請求権協定第1条に3億ドルの無償供与と2億ドルの借款が定められ、第2条1項に次のように定められています。(しかし、大法院判決は両条は対価関係には立たないとします。)。

1. 両締約国は、…両国間及びその国民間の請求権に関する問題がサンフランシスコ平和条約第4条(a)に規定されたことを含め、完全かつ最終的に解決されたことを確認する。

2. (略)

3. …一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益として、本協定の署名日に他方の締約国の管轄下にあることに対する措置と、一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権として同日付以前に発生した事由に起因することに関しては、如何なる主張もできないこととする。
 

さらに請求権協定に関する「合意議事録(Ⅰ)」には次のとおり定めています。
(a) 財産、権利及び利益とは法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利をいう

(e) 同条3.によって取られる措置は、同条1.でいう両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題を解決するために取られる各国の国内措置をいう。

(g)同条1.でいう完全かつ最終的に解決されたことになる両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題には、韓日会談で韓国側から提出された『韓国の対日請求要綱』(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって同対日請求要綱に関しては如何なる主張もできなくなることを確認した。


■2005年の韓国政府公式見解と追加措置


大法院判決は、次のような2005年の韓国政府の公式意見と追加措置を認定しています。(故盧武鉉大統領時代です。)

韓国政府が設置した請求権協定を検討する民官共同委員会を設置し、2005年8月に「請求権協定は、サンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権債務関係を解決するためのものであり、日本軍慰安婦問題等、日本政府と軍隊の日本国家権力が関与した反人道的不法行為については請求権協定で解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任は残っており、サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれなかった」と公式意見を表明しています。

しかし、同時に、この公式意見では次の内容も含まれていたと認定しました。


○「韓日交渉当時、韓国政府は日本政府が強制動員の法的賠償、補償を認めなかったことにより、苦痛を受けた歴史的被害事実に基づき政治的補償を求め、このような要求が両国間無償資金算定に反映されたと見なければならない」


○「請求権協定を通して日本から受領した無償3億ドルは、個人財産権(保険、預金等)、朝鮮総督府の対日債権等、韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されたものと見なければならない」


この公式意見に基づき、韓国政府は、2007年犠牲者支援法により、強制動員犠牲者には2000万ウオン、強制動員生還者には80万ウオンを支給したことも認定しています。


■大法院判決への私の疑問

私は弁護士ですが、国際法の専門家ではありません。ただ、その普通の弁護士がこの判決を読んだとき、次の疑問が生じました。

● 韓国政府の対日要求8項目には、強制動員被害者の精神的肉体苦痛に対する要求も含まれていたことは大法院判決も認めている。にもかかわらず、請求権協定の対象に含まれないといするのは不合理。金額が少ないからという理由は根拠として不十分ではないか。前記「合意議事録(Ⅰ)」の(g)にも反するのではないか。

● 請求権協定は、サンフランシスコ条約4条(a)が債権債務関係の処理であることは間違いないが、請求権協定の文言は、「サンフランシスコ…平和条約第4条(a)に規定されたことを【含め】、完全かつ最終的に解決された」としており、【含め】と明記されている以上、同条約第4条(a)以外の規定されたものも含まれていることは明白です。それは他の問題、すなわち「韓国の歴史的被害事実」に基づく関係も含まれると解釈するのが自然な解釈でしょう。もし違うというなら、第4条(a)以外の関係とは何なのでしょうか。この点、大法院判決も「そう解釈される余地がないではない」と歯切れが悪いです。

● 大法院判決は、不法行為の慰謝料請求権であることを強調し、この慰謝料請求権は請求権協定の対象外としています。では、賃金請求権等は請求権協定の対象となっており、徴用工は請求できないと判断しているのでしょうか。この点、大法院判決は明確ではないように思います。しかし、サンフランシスコ条約4条の規定に賃金請求権は含まれるでしょうから、請求権協定の対象となるでしょう。大法院は、この賃金請求権については判決で認容するのでしょうか。しかし、この場合には、請求権協定の対象になるといっているように読めます。

● 日韓政府の条約であっても、国民個人の請求権を奪うことはできないという判断は、一般論としてはそのとおりでしょう。しかし、その個人の請求権を国内措置として裁判所が判決として支払いを命じることは、上記「合意議事録(Ⅰ)」の(e)の国内措置(当然、国内の裁判制度や判決も含まれる)をとらないとの確認に反しているでしょう。


■日本の2007年4月27日最高裁判決


http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34580

この日本の最高裁判決の事案は、中国から強制連行された中国人が日本企業に対して安全配慮義務違反等があったとして損害賠償請求を求めたものです。韓国の徴用工と同じ事案と言って良いでしょう。

問題は、サンフランシスコ条約や日中共同声明での請求権放棄によって、上記中国人の請求が認められるかどうかです。

サンフランシスコ平和条約14条(b)は、「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。」と定めています。
日本の最高裁は、上記サンフランシスコ平和条約について「将来に向けて揺るぎない友好関係を築くという平和条約の目的を達成するために定められたものであり、この枠組みが定められたのは、平和条約を締結しておきながら戦争の遂行中に生じた種々の請求権に関する問題を、事後的個別的な民事裁判上の権利行使をもって解決するという処理にゆだねたならば、将来、どちらの国家又は国民に対しても、平和条約締結時には予測困難な過大な負担を負わせ、混乱を生じさせることになるおそれがあり、平和条約の目的達成の妨げになるとの考えによる」と判断しました。


日中共同声明5項は、「中華人民共和国政府は、中日両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する
」としています。

この趣旨は、サンフランシスコ平和条約の枠組みと同じであり、ここでいう請求権の放棄とは、請求権を実体的に消滅させることがまでを意味するのではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせするにとどまるもの」とし、「債務者側(日本企業)が任意で自発的な対応することは妨げられない」としました。

上告人(日本企業)を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」と判示しました。その結果、当事者間の話し合い、努力により、裁判外の和解により日本企業が中国人被害者に和解金を支払って、一定範囲の中国人徴用工に和解金を支払う基金を設立して解決しました。


この日本の最高裁の判決は国内でも賛否両論ありますが、一つの知恵であることは間違いないと思います。

両国間で請求権放棄で協定(条約)を締結した以上、個人的権利はあるが、裁判所に請求しても、裁判所が判決を下す措置はしないという約束になっている、ということです。このような権利を、民法では「自然債務(自然債権)」と呼んでいます。

この韓国の新日鐵住金の原告らは日本で訴訟を提起しましたが、日本の最高裁判所で上記判例に則って2008年10月9日に敗訴しています。


■どちらにしても両国の最上級裁判所が判決を下しました

韓国の大法院や日本の最高裁の判決に疑問を述べても詮無いことです。それぞれ最上級裁判所ですから、韓国政府も日本政府もそれぞれ自国の裁判所確定判決に従うしかないのです。


■大法院判決の巨額かつ幅広い衝撃

大法院判決が原告一名につき1億ウオン(約1000万円)の損害賠償を認めたわけですから、韓国国内で新日鐵住金の資産を強制執行することができます。また、第三国でも強制執行できます。第三国の裁判所が強制執行を認めたら、ですが。第三国としては、中国やアメリカ、ロシアでの強制執行が予測されますね。

強制動員被害者(徴用工)は、韓国政府から補償を受けているわけですが、韓国政府が認定した強制動員被害者は22万人もいるそうですから、これだけで2兆円となります。消費税の1%分の巨額な金額です。
さらに、中国も中国の裁判所で韓国大法院と同様の判決を下す可能性が十分あります。韓国と同様の数が存在するのではないでしょうか。
そして、何よりも大きな問題は北朝鮮です。


北朝鮮と将来国交正常化した場合
には、韓国に無償供与3億ドル及び借款2億ドルと同等の戦後補償を支払うことが想定されます(現在価値だといくらになるのか不明ですが、5兆円ともいわれています)。そして、さらに大法院の判決でいきますと、北朝鮮の個人被害者に一人1億ウオン(約1000万円)を支払わなければなりません。おそらく少なくとも韓国の22万人規模の被害者とその遺族が存在するでしょう。これを2兆円ですから、北朝鮮との戦後処理には7兆円が必要となるわけです。


日本が韓国大法院の判決を受け入れるなら、日本企業は少なくとも韓国へ2兆円、北朝鮮へ2兆円の4兆円を負担
しなければならなくなります。さらに、中国にも負担しなければならないリスクを負うことになります。韓国の人々にとっては日本の自業自得で冷笑していれば良いのでしょう。しかし、日本にとっては大変な問題になります。

大法院判決に基づき日本側の対応を求める一部の野党もあります。しかし、このような2兆円を大きく超える負担を日本企業及び日本政府に負わせることを提案しているのでしょうか。そして、このような巨額な負担と支払いをすること及びそのような政党に、日本人の
多数が賛成すると思っているのでしょうか。不可解。
確かに理想的な解決は、日本の最高裁が推奨したように、日本企業が中国徴用工と和解したように、日本企業が基金をつくって自発的な補償をするということでしょう。

しかし、上記のような天文学的な巨額負担は、現実的な和解水準をはるかに超えているでしょう。他方、韓国としては、大法院が1億ウオンと判決した以上、これを下回る水準の解決はありえないでしょうし。


韓国政府が妥協しようとしても、慰安婦合意のように韓国国民が受け入れないことは目に見えています。つまり、この大法廷判決には現実的な解決策が見えないのです。

この大法院判決の影響は、日韓の関係だけでなく、北朝鮮との戦後処理問題や中国との戦後処理問題にも飛び火することになり、そうしたら、日本はにっちもさっちもいかなくなります

韓国政府も相当に困っているのではないでしょうか。慰安婦問題についても打開策が見えません。他方、日本と決定的に対決することにも踏み切れないでしょう。


韓国としては、今後も、北朝鮮との国交正常化(日本の戦後補償の支払いを想定している)、そして、中国、アメリカの間で微妙な舵取りをしなければならず、そういう中で日本との関係も断ち切るのは韓国にとって損なはずです。でも、韓国国内からの突き上げは激しい。どうするんだろうと人ごとながら心配になります。

(盧武鉉大統領の妥協線が一番良かったのでは、、、)



■請求権協定第3条の仲裁委員会による解決

日韓請求権協定第3条には、この協定に関する両国の紛争は外交上の経路を通じて解決するとしつつ、外交上解決できない場合には、仲裁することが定められています。

一方の国が正式に仲裁要請する文書を出せば、30日以内に両国がそれぞれ1名の仲裁委員を任命し、両仲裁委員は30日以内に第3の仲裁委員を指名して、3人の仲裁委員会に付託する。両国政府は、この仲裁委員会の決定に服するものとすると定めています。

最後は、これによる解決しかないでしょう。

なお、韓国の憲法裁判所は、この仲裁委員会の規定をあげて、慰安婦問題について政府の外交努力が不十分で憲法違反と判断しています(2011年8月30日判決)。

その第三国の仲裁委員って、日韓両国が同意するのは、アメリカなんでしょうか。あるいは中立国のスウェーデンとか。(もっとも、欧米だと、どこも植民地をもった元帝国主義国家だねえ)

この仲裁委員会をつくって、日本の韓国・朝鮮半島被害者に対する補償を目的とする現実的な水準の金額を定める基金制度をつくっていくしか、解決の方向性がないのではないでしょうか。大法院や最高裁の判決を超える手段って、このような国際的枠組みしかないように思います。

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