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2018年4月29日 (日)

憲法記念日前の「憲法世論調査」の分析-自衛隊憲法明記に3分2が賛成

■憲法改正の世論調査

 共同通信が4月25日に実施した憲法に関する世論調査が、同月26日に発表され、東京新聞は「自民改憲案に否定多数」と一面トップの見出しで報道しています。
 その根拠は、【問22】「安倍首相の下での憲法改正に賛成ですか?」という質問に、賛成が38%、反対が61%であることを根拠にしています。
 しかし、自民改憲案の「肝」は、憲法9条改正の内容ですので、これを中心に世論調査を仔細に見ると、印象が異なります。


■無意味な「一般的な憲法改正質問」

 「あなたは憲法改正する必要があると思いますか?」という【問2】があります(「必要」が58%、「不要」が39%。どちらかと言えば派も含む)。しかし、憲法の何(どの条文)を変えるのかを特定しないでする質問は、まったく無意味です。

 これは、死刑廃止に賛成ですか?という質問は意味があるが、刑法改正に賛成ですか?という質問が無意味であることと同じです(「憲法と世論」境家史郎著)。
 少し意味のある具体的な質問として、【問6】「憲法9条を改正する必要がありますか?」があります。その回答は次のとおりで、要否が拮抗しています。

 9条改憲必要  44%
 9条改憲不要  46%



■9条改憲派内部の二つの立場

 この世論調査では、上の9条改正を必要とした44%の人々(9条改憲派)に対して、「9条を改正する必要があると思う理由は何か?」と選択肢を示して質問しています。選択された選択肢を多い順に三つ並べると次のとおりです。


9条改正が必要な理由

北朝鮮中国の軍拡による安全保障環境の変化61%
自衛隊違憲論があるから                      22%
自衛隊の活動範囲を専守防衛に制約するため10%


 意外なことに、3番目の「自衛隊に専守防衛の制約を憲法に規定する」という人々が9条改憲派のうち1割(全体の4.4%)を占めています。この人たちは、いわゆる「護憲的9条改憲派」(正しくは「立憲的9条改憲派」)といえます。

 また、9条改憲派に「9条改正する場合には何を重視すべきか?」と質問に対する回答も多い順に並べると次のようになっています。


9条改正する場合に重視すべきこと

現在の自衛隊の存在を明記する   47%
自衛隊の海外活動に歯止めを設ける 24%
自衛隊を軍として明記する」     14%
自衛隊の国際貢献の規定を設ける 12%

 上の二つ目の選択肢の全文は「自衛隊の海外での活動が際限なく拡大しないよう歯止めを設ける」というものです。これを選択する9条改憲派が24%(全体の10.6%)も占めており、けっこう有力意見です。これも9条改憲派でありながらの立憲(護憲)的9条改憲派といえるでしょう。
 つまり、立憲(護憲)的9条改憲派は、この世論調査でいうと4%~10%程度存在しているようです。


■自民9条改憲案の賛否結果

 具体的に自民党の9条改憲案の賛否を問う質問と回答は次のとおりです。


 【問9】「憲法9条は第2項で陸海空軍その他の戦力の不保持と交戦権の否認を定めています。安倍首相はこの規定を維持しつつ、9条に自衛隊の存在を書き加えることを提案しています。あなたはどう思いますか」


9条2項維持自衛隊明記 40%
9条2項削除自衛隊の目的性格を明確28%
自衛隊の明記必要なし   29%

 9条2項維持・自衛隊明記派が40%を占めています。また、9条2項削除派も次善の策としては、9条2項を維持しても自衛隊明記に賛成するでしょうから、自衛隊明記容認は68%と3分の2を超えていると言えます。
 こうなると東京新聞の見出しとは異なり、共同通信の世論調査の結果は、「自衛隊憲法明記への賛成は3分の2を超える」となるべきでしょう。


■9条改憲不要が46%なのに、なぜ自衛隊明記賛成が68%になるのか


 しかし、ここで私が解せない点は、【問6】の憲法9条改正の要否を問う質問では、改正不要派が46%も存在することです。
 【問6】で9条改憲を不要と回答した46%のうち17%が、【問9】では、自衛隊明記容認(おそらく9条2項維持・自衛隊明記派)に意見を変えています。
 その理由は、問6の質問が、「あなたは『戦争放棄』や『戦力の不保持』を定めた憲法9条を改正する必要がありますか」という質問だからです。
 つまり、【問6】では戦争放棄や戦力不保持がなくなるのは反対だということで、9条改正不要と回答した。しかし、【問9】では、9条1項と2項を維持(つまり「戦争放棄」と「戦力の不保持」という条文は変えない)する前提で、自衛隊のみを明記することには賛成という結果になります。


■安倍首相の下での改憲反対61%は、なぜなのか

 もう一つ解せないのは【問22】で安倍首相の下での憲法改正に反対が61%もいるにも関わらず、自衛隊明記容認に68%も賛成している点です。

 これは憲法9条の改正を論理的に考えた結果ではなく、安倍首相が信用できないという気分・感情の反映のようです。

 しかし、人間の気分・感情はうつろいやすいものです。特に国民投票にあたっては、国民全体の気分・感情が大きく影響するといわれています。最近では、イギリスのEU離脱国民投票を見ればわかります。
 その意味では安倍首相にとっては、この国民の気分・感情の雰囲気は重大な関心事でしょう。9条改憲を実現するためには、この雰囲気を変えるための起死回生の策が無い限り、国会発議もできないのではないでしょうか。

 国会で9条改憲を発議しても、国民投票で否決されたら安倍首相退陣どころか、今後9条改憲は、よほどのこと(戦争とか)が無い限り、二度と政治課題として提起することは不可能になるからです。しかし、気分・感情はうつろいやすいものですから、今後、何かがあって劇的に変わることもありえます。
 例えば、安倍首相が北朝鮮拉致問題を解決すれば、がらっと雰囲気は変わることでしょう。(米朝韓中が「非核化」で和解し、日本が北朝鮮に数兆円の多額戦争賠償=経済協力を提供することになれば、北朝鮮が拉致問題を解決しようとするかもしれません)。そうなったときが9条改憲ゴーサインでしょう。


■改憲派、護憲派内部の潮流の違いが見える

 世論調査結果を見ると9条改憲派(A)の中にも二つの潮流があるようです。
 一つは安倍首相と同様の意見で、北朝鮮や中国との軍事的脅威に対抗して、自衛隊と日米軍事同盟の強化の道であり、これが9条改憲派の多数派(A1)です。他方、自衛隊の存在を憲法上明記するが、その活動に歯止めをかけるという立憲(護憲)的改憲派(A2)が存在してます(このA2は、9条改憲派の中では10~20%程度で、全体ではおよそ5~10%程度か)。

 9条護憲派(B)の中でも二つの潮流があります。自衛隊は存在自体が違憲であり、非武装であるべきであるとの伝統的護憲派(B1)です(これは少数派)。他方、自衛隊は専守防衛のかぎり合憲であるとする自衛隊容認護憲派(B2)で、こちらが護憲派の多数です。

 現状の国会では、自民党や維新などが3分の2を超えていますから、立憲的改憲派(A2)が求める自衛隊の活動を制約するという9条改憲案が発議される可能性はないでしょう。現状の自民9条改憲案が発議されるでしょう。

 しかし、自民9条改憲案(9条2項維持・自衛隊明記)であっても、「戦力不保持」という憲法上の制約を削除する結果になります(以前、これを私も解釈してみました)。


 そこで、自衛隊の活動について「憲法上の制約」を維持するには、A2(立憲的9条改憲派)とB(護憲派、B1とB2)が連携する道しか残されていないと思います。この場合、伝統的護憲派(B1)が、大人の対応ができるか、建前と原理原則を振り回すだけの子供ような振る舞いをするか、その度量が問われることになるでしょう。

 安倍政権はもう長く続かないでしょうが、その後継が誰になろうと自民党政権が続くことは不可避なのですから(いや、野党が政権をとっても)、この憲法9条改正問題と論争はまだまだ続くことになるのでしょう。

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