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2018年2月 3日 (土)

賃金等請求権の消滅時効の在り方について

 現行民法(債権関係)は改正されて、2020年4月1日から施行されます。最も大きな改正点は消滅時効の改正です。
 厚生労働省労働政策審議会の「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」第2回(2018年2月2日)にて労使法律家のヒアリングがあり、労働者側として私も意見を述べてきました。
  http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000189823.html
 
 当日の議事録は後日、公表されますが、当日の私の意見原稿を下記に掲載しておきます。
(前提/問題の所在)
 民法の一般債権は、今までは「債権者が権利を行使することができる時から10年」で時効消滅しました(旧民法166条)。しかし、今回の改正で次のようになります。
  ■改正民法166条
  ① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
  ② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
 ①は、知ったかどうかが起算点なので「主観的時効「、②を「客観的時効」といいます。要するに、知ってから5年で時効となるという新しいルールが導入されます。
 旧民法では、給料は短期1年で時効で消滅するとされていました。
  ■現行民法174条3号 短期消滅時効
   月又はこれより短い期間によって定めた使用人の給料に係る債権
 この短期消滅時効は廃止されます。
 この旧民法時代、1年では短すぎるとして、次のとおり労働者保護のために労働基準法は給料の時効を2年(退職金は5年)としていました。
  ■労働基準法(時効)
  第115条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
 
  ところが民法改正により、労働者保護の労基法(時効2年)より、民法の時効制度(5年、10年)の方が長期化して、労基法の方が2年の短期消滅時効としており、労働者の保護にかける状態が生じる(逆転現象)。さて、労基法115条をどうするか。
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はじめに結論を申し上げます。
 労働基準法115条につては、この法律に定める請求権の時効は民法による。ただし、年次有給休暇請求権についての時効は2年とするとすべきと考えます。
 以下、理由を述べます。
第1 給料の時効期間について
      旧民法174条3号によると給料は1年の短期消滅時効になります。しかし、労基法115条は、労働者保護の観点から、2年に延長しています。これは工場法が災害扶助の請求が2年であったことにあわせたようです。
 
   民法の短期消滅時効制度の廃止が、法制審の審議を経て民法が改正されました。
   結果、賃金請求権も一般債権として、主観的時効5年、客観的時効10年となり、労働者保護法の労基法115条の方が短期という「逆転現象」が生じます。
      労基法115条をどう改正すべきか。
 
   まず、民法の短期消滅時効廃止の理由を確認しておくことが重要です。
 
    民法改正法制審部会の審議によれば
   職業別の3年、2年、1年の短期消滅時効の区分を設けることの合理性に疑問がある。実務的にも、どの区分に属するか逐一判断しなければならず煩雑である上、その判断も容易でない例も少なくなく、実務的にも統一的に扱うべきである(法制審部会資料14-1の1頁)。また、職業別の区分については身分の名残ともいうべき前近代的な遺制であるとの法制審部会討議でも指摘されていた(法制審部会討議第12回6頁)。
 
 さらに、もともと旧法の短期消滅時効は、立法論として批判が強かった制度です。
      我妻榮教授は、昭和40年発行の「新訂民法総則」の教科書で、
 
    「これらの債権者にとっては、少額の債権について現在の煩瑣な裁判手続を利用することは、極めて困難であるだけでなく、これらの債権者中には資力が乏しいため、現在のように多額の出費を要する裁判手続に訴えることの不可能な者も少なくない。現在の訴訟手続は、実際上、多くの無産階級の者から権利保護の機会を奪っていることは否定すべからざる事実であって、時効に関してだけいうべきことではない。しかし、短期消滅時効制度において、とくにその感を深くする」
 
     つまり、社会的弱者の保護にかけるという指摘です。この我妻教授が指摘される実情は、現在においても大きく異ならないというべきです。労基法115条の改正についても、この権利行使の障壁の格差、社会的弱者の保護を念頭において検討すべきなのです。
 
第2 退職金請求権について
 
   退職金請求権については、旧民法では同法174条3号に当たらないから、原則10年の消滅時効期間と民法では解釈さることになりますが、最高裁判所判決(昭和49年11月8日-九州運送事件・判例時報764号92頁)により、労基法115条の適用されると解釈されました。
 
   しかし、退職金請求権については2年では短すぎると批判が強くあり、退職金が高額で支払いに時間がかかる場合があることや労働者の請求も容易でないため、昭和62年に労基法が改正されて5年に延長されました(昭和63年4月1日施行)。
 
   期間が5年とされたのは、「中小企業退職金共済制度による退職金や、厚生年金保険法による厚生年金基金制度による給付の消滅時効が5年であること」が参考にされた(平賀俊行・改正労働基準法298頁)。平賀氏は、労働省労働基準局長をつとめた方です。退職金請求については、毎月支払われる給料よりもより時効期間を長期として保護しようというのがその趣旨であったことが重要です。民法より、短い消滅時効期間を定めることができるという趣旨と理解すべきではありません。
 
   したがって、今回の民法改正により、主観的時効5年、客観的時効10年とされたことから、退職金請求権についても、その労働者にとって老後の生活を支える重要な生活の糧であるから、この改正民法を適用するのが労基法の趣旨から見ても当然です。
第3 起算点問題について(主観的時効と客観的時効の二本立て問題)
      次に起算点について意見を述べます。主観的時効の起算点と客観的時効の起算点の二つになることの問題です。
    今回の民法改正の特徴は、主観的時効と客観的時効の二本立てにしたことです。この二本立てにすることについては、法制審部会において、その適否について相当な議論がなされています。最終的に主観的時効5年の二本立てにすることでまとまり、国会で成立したものです。この点ついては、法制審部会の議論を確認することが重要です。
 
  法制審部会では、短期消滅時効の廃止に伴い、すべての債権につき消滅時効期間を一律10年とすることは、債務者にとって長すぎて酷な結果となるため、主観的時効5年を挿入して債権者(権利者)の利益との調整を図ったものです。この議論に当たっては、主観的時効の起算点(権利の行使をすることができることを知った時)の意義と、客観的時効の起算点の二つになることの不安定さが問題として議論されています。
 
  この主観的時効の起算点の意義については、次のようにまとめられています。
 
  中間試案では、「債権発生の原因及び債務者を知った時」とされていたが、「権利を行使することができることを知った時」に変更された。その趣旨は、債権発生の原因や債務者の存在を認識することを含み、さらに違法性の認識を踏まえた権利行使ができることについての具体的な認識を含む趣旨である。
           「ここでの「知った時」とはというのは、不法行為に関する民法724条前段の「知った」と同じ意味であり、実質的な権利行使が可能である。その権利行使が可能な程度に事実を知った、ということになります」(法制審議会部会第92回会議 議事録22頁。合田関係官の発言)
 
    通常の賃金請求権(退職金請求権)は就業規則などで弁済期が定まっており、労働者も当然、これを知っている場合が圧倒的多数です。したがって、主観的時効であっても起算点も明確です。

    労基法上のその他の請求権についても、労働者が権利を行使できることを知らないにもかかわらず、消滅時効にかからせる合理性はありません。
 
 また、時間外・休日労働に対する割増賃金について、例えば管理監督職について就業規則の定めが労基法に違反しており、本来支払わなければならないのに労働者に支払っていない場合にも、労働者が当該措置が違法であると知った時から時効進行をすることも問題はありません。労基法違反をしてた使用者に消滅時効による賃金支払義務の消滅という「利益」を付与する合理性は見当たりません。
 
 債務者(使用者)の不安定な立場については、客観的時効10年ルールで画一的に救済できることになります。それが今回の民法改正の趣旨なのです。労働者保護の労基法の趣旨から、この民法改正の考え方を生かすことこそが求められて、これを修正する必要はありません。
 

 現在、政府は働き方改革として、長時間残業の規制を政策目標として掲げています。長時間残業を規制するために、消滅時効を改正民法に従って長期化することは、使用者に長時間残業を規制するという協力なインセンティブ(制裁?)を当たることになり、政府の「働き方改革」と一致します。
第4 年次有給休暇請求権について

    年次有休休暇請求権については、一般の債権とは性質が異なり、何よりも年次有給休暇の完全取得を図る必要性があり、繰り越しを5年と認めることは、有給取得を促進することにはなりません。よって、労働組合などの意見を聞いた上で、年休については、現行2年の繰り越しを維持すべきです。
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 経営側は、経営法曹会議の弁護士が3名、労働側は私と古川景一弁護士と2名です。経営側は必死に、労基法115条の時効2年(退職手当5年)は変更する必要がないと訴えていました。ただ、労働者保護の労基法が民法より短い時効期間を規定するって、法制度としては明らかな矛盾であり、まじめに法律の筋を通すなら労基法115条は民法にあわせるべきでしょう。

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