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2018年2月22日 (木)

日本郵便(労契法20条)事件 大阪地裁判決

■大阪地裁平成30年2月21日判決 勝訴
 東京地裁判決に続いての大阪地裁での労働者勝訴判決です。
https://www.asahi.com/articles/ASL2P5SDFL2PPTIL026.html

 東京と大阪の原告は違いますが、郵政産業労働者ユニオンの組合員らが原告で、労働組合が運動として総力をあげて取り組んでいる裁判です。


■「扶養手当」請求を認めたインパクト
 大阪地裁判決の最大の特徴は、「扶養手当」の有期社員への不支給を労契法20条違反として違法と判断したことです。東京地裁では原告に該当者がいなかったので請求していませんでした。
 しかも、配置転換などの異動の範囲が異なる正社員との間で比較しても、不合理で違法となるとしています
 この判決は、日本郵便に働く有期契約労働者だけでなく、他の民間企業で働く有期契約労働者にも当てはまるものです。多くの民間企業で、扶養手当、家族手当を支給しています。労働者の生活保障をはかる趣旨です。ですので、この判旨が確定すれば、扶養手当や家族手当については正社員だけでなく有期契約労働者にも支払うべきことになります。


■年末年始勤務手当、住居手当、扶養手当の「全額」支給
 大阪地裁判決は、年賀状配達する年末年始勤務手当も全額の支給を命じ、住居手当は新人事制度導入から不合理な格差だとして全額の支給を命じています。他方、東京地裁判決は、年末年始金手当と住居手当について、8割、6割の損害しか認めなかったのですが、全額を損害として認めています(東京地裁では扶養手当は該当者がいないので請求していなかった)。
参考:東京地裁判決について
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2017/09/post-c586.html


■「比較対象正社員」について
 大阪地裁判決の特徴的な判断理由部分は次の部分だと思います。
 有期契約労働者と比較対象すべき正社員について大阪地裁判決は次のように述べます。
「同一の使用者に雇用される無期契約労働者の中に、職務の内容等が異なる複数の職員群が存在する場合において、有期契約労働者と無期契約労働者の中のある職員群との間で労働条件んの相違が不合理ではないときであったとしても、別の無期契約労働者の中の職員群との間で期間の定めがあることによる労働条件の相違が不合理であるならば、当該労働条件の相違は同条の反することになると解される。したがって、有期契約労働者の側において、必ずしも同一の使用者に雇用される無期契約労働者全体ではなく、そのうちの特定の職員群との間で労働条件に不合理な相違があるか否かも検討することも可能である。」
 つまり、比較すべき正社員は、有期契約労働者が主張する一定の職員群との比較で検討することが可能であるとします。東京地裁判決は、同旨ですが、有期契約労働者が主張する「類似した職務を担当する正社員」と比較すると述べていました。
 大阪地裁判決は、これに続けて
「もっとも、労契法20条は、不合理性の判断における考慮要素の一つとして『職務の内容及び配置の変更の範囲』を挙げているところ、職務の内容や配置の変更の範囲があり得る労働者の労働条件については、必ずしも現在従事している職務のみに基づいて設定されるものではなく、雇用関係が長期間継続することを前提として、将来従事する可能性があるであろう様々な職務や地位の内容等を踏まえて設定されている場合が多いと考えられるから、そのような場合に単に現在従事している職務のみに基づいて比較対象者を限定することは妥当ではなく、労働者が従事し得る部署や職務等の範囲が共通する一定の職員群と比較しなければならないと解される。」
 このような観点に基づいて、転居と伴う配転がなく、主任以上への昇格がない新一般職制度が導入される前は、配置転換や昇任昇格があるとされた旧一般職(職種)と比較すべきであり、新一般職制度が導入された平成26年4月1日以降は、新一般職と比較すべきとしました。


■「正社員の長期雇用を図るインセンティブ」について
 東京地裁は、正社員を優遇することで有為な人材の長期的確保を図る趣旨や、長期雇用へのインセンティブを付与することを、その他の事情として取り上げて、それを根拠に損害賠償を6割や8割に減額しています。
 これに対して、大阪地裁判決は、次のように修正しています。
「被告が主張するような正社員の待遇を手厚くすることで有為な人材の長期的確保を図るという事情も相応の理由がある」としながら、年末年始勤務手当の支給の趣旨目的の中では飽くまで補助的なものに止まる」と排斥しています。住居手当についても、」「被告が主張する長期雇用へのインセンティブという要素や社宅に入居できる者と入居でなきない者との処遇の公平を計る要素などが存在することも否定できない」としつつも、「住居手当が支給される趣旨目的は、主として、配転に伴う住宅に係る費用負担の軽減という点にあると考えられ」「新一般職は、本件契約社員と同様に、転居を伴う配転が予定されていないにもかかわらず、住居手当が支給されていること」から、有期契約労働者への住居手当の不支給を違法としました。

 扶養手当については、「労働者及びその扶養家族の生活を保障するために、基本給を補完するものとして付与される生活保障給としての性質を有し」「職務の内容等の相違によってその支給の必要性の程度が大きく左右されるものではないこと」などから、「歴史的経緯等被告が挙げる事情を考慮しても、正社員に対してのみ扶養手当が支給され、原告ら有期契約労働者に支給されないこという相違は不合理といわざるを得ない」
 他方、大阪地裁判決も、夏期年末手当(いわゆる賞与)については、正社員へのインセンティブを持つものとして、使用者側の裁量が広いとして、格差の不合理性を否定しています。


■「格差全額」の損害認定について

 大阪地裁は、年末年始勤務手当、住居手当及び扶養手当の不支給を不合理な労働条件んの相違として、「これらが支給されてにないこと自体が不合理であり、不法行為を構成する」として、「支給額に相当する損害が生じたものと認める」として、全額を損害としました。
  民法709条は、不法行為責任を「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。労契法20条は、不合理な労働条件の相違を禁止しているのですから、有期契約労働者の労契法20条によって保護された利益を侵害されたことは明らかですから、不法行為責任を全額認めるのは当然でしょう。


■大きな「追い風」
 東京地裁判決に対しては、原告と被告双方が控訴して、現在、東京高等裁判所にて審理中です。次回の4月の期日で結審する予定であり、遅くとも夏頃には高裁判決が言い渡されると思います。労働者側にとって、大きな弾みがつきました。
 それだけでなく、有期契約労働者の格差是正にとっって大きな追い風になります。これも労働組合のとりくみがあってこそです。

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2018年2月 3日 (土)

賃金等請求権の消滅時効の在り方について

 現行民法(債権関係)は改正されて、2020年4月1日から施行されます。最も大きな改正点は消滅時効の改正です。
 厚生労働省労働政策審議会の「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」第2回(2018年2月2日)にて労使法律家のヒアリングがあり、労働者側として私も意見を述べてきました。
  http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000189823.html
 
 当日の議事録は後日、公表されますが、当日の私の意見原稿を下記に掲載しておきます。
(前提/問題の所在)
 民法の一般債権は、今までは「債権者が権利を行使することができる時から10年」で時効消滅しました(旧民法166条)。しかし、今回の改正で次のようになります。
  ■改正民法166条
  ① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
  ② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
 ①は、知ったかどうかが起算点なので「主観的時効「、②を「客観的時効」といいます。要するに、知ってから5年で時効となるという新しいルールが導入されます。
 旧民法では、給料は短期1年で時効で消滅するとされていました。
  ■現行民法174条3号 短期消滅時効
   月又はこれより短い期間によって定めた使用人の給料に係る債権
 この短期消滅時効は廃止されます。
 この旧民法時代、1年では短すぎるとして、次のとおり労働者保護のために労働基準法は給料の時効を2年(退職金は5年)としていました。
  ■労働基準法(時効)
  第115条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
 
  ところが民法改正により、労働者保護の労基法(時効2年)より、民法の時効制度(5年、10年)の方が長期化して、労基法の方が2年の短期消滅時効としており、労働者の保護にかける状態が生じる(逆転現象)。さて、労基法115条をどうするか。
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はじめに結論を申し上げます。
 労働基準法115条につては、この法律に定める請求権の時効は民法による。ただし、年次有給休暇請求権についての時効は2年とするとすべきと考えます。
 以下、理由を述べます。
第1 給料の時効期間について
      旧民法174条3号によると給料は1年の短期消滅時効になります。しかし、労基法115条は、労働者保護の観点から、2年に延長しています。これは工場法が災害扶助の請求が2年であったことにあわせたようです。
 
   民法の短期消滅時効制度の廃止が、法制審の審議を経て民法が改正されました。
   結果、賃金請求権も一般債権として、主観的時効5年、客観的時効10年となり、労働者保護法の労基法115条の方が短期という「逆転現象」が生じます。
      労基法115条をどう改正すべきか。
 
   まず、民法の短期消滅時効廃止の理由を確認しておくことが重要です。
 
    民法改正法制審部会の審議によれば
   職業別の3年、2年、1年の短期消滅時効の区分を設けることの合理性に疑問がある。実務的にも、どの区分に属するか逐一判断しなければならず煩雑である上、その判断も容易でない例も少なくなく、実務的にも統一的に扱うべきである(法制審部会資料14-1の1頁)。また、職業別の区分については身分の名残ともいうべき前近代的な遺制であるとの法制審部会討議でも指摘されていた(法制審部会討議第12回6頁)。
 
 さらに、もともと旧法の短期消滅時効は、立法論として批判が強かった制度です。
      我妻榮教授は、昭和40年発行の「新訂民法総則」の教科書で、
 
    「これらの債権者にとっては、少額の債権について現在の煩瑣な裁判手続を利用することは、極めて困難であるだけでなく、これらの債権者中には資力が乏しいため、現在のように多額の出費を要する裁判手続に訴えることの不可能な者も少なくない。現在の訴訟手続は、実際上、多くの無産階級の者から権利保護の機会を奪っていることは否定すべからざる事実であって、時効に関してだけいうべきことではない。しかし、短期消滅時効制度において、とくにその感を深くする」
 
     つまり、社会的弱者の保護にかけるという指摘です。この我妻教授が指摘される実情は、現在においても大きく異ならないというべきです。労基法115条の改正についても、この権利行使の障壁の格差、社会的弱者の保護を念頭において検討すべきなのです。
 
第2 退職金請求権について
 
   退職金請求権については、旧民法では同法174条3号に当たらないから、原則10年の消滅時効期間と民法では解釈さることになりますが、最高裁判所判決(昭和49年11月8日-九州運送事件・判例時報764号92頁)により、労基法115条の適用されると解釈されました。
 
   しかし、退職金請求権については2年では短すぎると批判が強くあり、退職金が高額で支払いに時間がかかる場合があることや労働者の請求も容易でないため、昭和62年に労基法が改正されて5年に延長されました(昭和63年4月1日施行)。
 
   期間が5年とされたのは、「中小企業退職金共済制度による退職金や、厚生年金保険法による厚生年金基金制度による給付の消滅時効が5年であること」が参考にされた(平賀俊行・改正労働基準法298頁)。平賀氏は、労働省労働基準局長をつとめた方です。退職金請求については、毎月支払われる給料よりもより時効期間を長期として保護しようというのがその趣旨であったことが重要です。民法より、短い消滅時効期間を定めることができるという趣旨と理解すべきではありません。
 
   したがって、今回の民法改正により、主観的時効5年、客観的時効10年とされたことから、退職金請求権についても、その労働者にとって老後の生活を支える重要な生活の糧であるから、この改正民法を適用するのが労基法の趣旨から見ても当然です。
第3 起算点問題について(主観的時効と客観的時効の二本立て問題)
      次に起算点について意見を述べます。主観的時効の起算点と客観的時効の起算点の二つになることの問題です。
    今回の民法改正の特徴は、主観的時効と客観的時効の二本立てにしたことです。この二本立てにすることについては、法制審部会において、その適否について相当な議論がなされています。最終的に主観的時効5年の二本立てにすることでまとまり、国会で成立したものです。この点ついては、法制審部会の議論を確認することが重要です。
 
  法制審部会では、短期消滅時効の廃止に伴い、すべての債権につき消滅時効期間を一律10年とすることは、債務者にとって長すぎて酷な結果となるため、主観的時効5年を挿入して債権者(権利者)の利益との調整を図ったものです。この議論に当たっては、主観的時効の起算点(権利の行使をすることができることを知った時)の意義と、客観的時効の起算点の二つになることの不安定さが問題として議論されています。
 
  この主観的時効の起算点の意義については、次のようにまとめられています。
 
  中間試案では、「債権発生の原因及び債務者を知った時」とされていたが、「権利を行使することができることを知った時」に変更された。その趣旨は、債権発生の原因や債務者の存在を認識することを含み、さらに違法性の認識を踏まえた権利行使ができることについての具体的な認識を含む趣旨である。
           「ここでの「知った時」とはというのは、不法行為に関する民法724条前段の「知った」と同じ意味であり、実質的な権利行使が可能である。その権利行使が可能な程度に事実を知った、ということになります」(法制審議会部会第92回会議 議事録22頁。合田関係官の発言)
 
    通常の賃金請求権(退職金請求権)は就業規則などで弁済期が定まっており、労働者も当然、これを知っている場合が圧倒的多数です。したがって、主観的時効であっても起算点も明確です。

    労基法上のその他の請求権についても、労働者が権利を行使できることを知らないにもかかわらず、消滅時効にかからせる合理性はありません。
 
 また、時間外・休日労働に対する割増賃金について、例えば管理監督職について就業規則の定めが労基法に違反しており、本来支払わなければならないのに労働者に支払っていない場合にも、労働者が当該措置が違法であると知った時から時効進行をすることも問題はありません。労基法違反をしてた使用者に消滅時効による賃金支払義務の消滅という「利益」を付与する合理性は見当たりません。
 
 債務者(使用者)の不安定な立場については、客観的時効10年ルールで画一的に救済できることになります。それが今回の民法改正の趣旨なのです。労働者保護の労基法の趣旨から、この民法改正の考え方を生かすことこそが求められて、これを修正する必要はありません。
 

 現在、政府は働き方改革として、長時間残業の規制を政策目標として掲げています。長時間残業を規制するために、消滅時効を改正民法に従って長期化することは、使用者に長時間残業を規制するという協力なインセンティブ(制裁?)を当たることになり、政府の「働き方改革」と一致します。
第4 年次有給休暇請求権について

    年次有休休暇請求権については、一般の債権とは性質が異なり、何よりも年次有給休暇の完全取得を図る必要性があり、繰り越しを5年と認めることは、有給取得を促進することにはなりません。よって、労働組合などの意見を聞いた上で、年休については、現行2年の繰り越しを維持すべきです。
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 経営側は、経営法曹会議の弁護士が3名、労働側は私と古川景一弁護士と2名です。経営側は必死に、労基法115条の時効2年(退職手当5年)は変更する必要がないと訴えていました。ただ、労働者保護の労基法が民法より短い時効期間を規定するって、法制度としては明らかな矛盾であり、まじめに法律の筋を通すなら労基法115条は民法にあわせるべきでしょう。

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