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2017年6月22日 (木)

賃金債権の時効と民法(債権法)改正

民法の債権法改正が2017年5月26日に成立(同年6月2日公布)し、公布日から3年以内に施行されます。施行日は未定ですが、おそらく2020年1月1日か同年4月1日あたりが施行日になるのでしょう。

■改正債権法の消滅時効

改正によって旧民法の短期消滅時効が廃止されて、「給料の時効が1年」という定めが廃止されました。同時に、民法の消滅時効も、旧法では「権利を行使できるときから10年」だった消滅時効期間が、改正民法166条では、①「権利を行使することができることを知った時から5年」(主観的時効)又は②「権利を行使することができる時から10年間」(客観的時効)と改正されました。

■労働基準法115条の消滅時効は賃金2年

ところで、労基法115条は消滅時効については、「賃金2年」、「退職手当5年」と定めています。

労基法で賃金の消滅時効が2年と定められたのは、それまでは賃金(給料)については旧民法では1年の短期消滅時効があったため、労働者にとって短すぎるということで、労働者保護の観点から、賃金については旧民法1年の短期消滅時効を労基法で2年に延長したのです。

昭和62年以前の労基法は、賃金について時効を2年とのみ規定して、退職手当を5年とは定められていませんでした。昭和48年に大分地方裁判所が退職手当は賃金にあたらず労基法115条の適用はないと判断しました。しかし、この事件で最高裁判所が「退職金も賃金にあたり労基法115条が適用され、消滅時効は2年だ」との判決を出しました(昭和49年11月8日判例時報764号92頁)。

この最高裁判決の後、昭和62年に、退職金が2年で消滅時効するのは労働者にとって酷であること、中小企業退職金共済制度や厚生年金制度による給付金の消滅時効が5年であることなどから、労基法115条が改正されて、退職手当については5年と改正されて、現行労基法115条となったのです。

■労基法と改正民法の逆転現象という矛盾

改正民法の消滅時効では、債権の消滅時効が5年(主観的時効)又は10年(客観的時効)となるのに、労働者保護の目的とする労基法115条が賃金について2年と短くなり、労基法が労働者の権利を民法の水準から引き下げることになっります(逆転現象)。これは労基法115条の目的から見て矛盾(背理)です。

■法制審での審議では

この賃金債権の逆転現象については、法制審においても議論されています。
法制審では、委員である中井康之弁護士が「果たして労基法という基本的に労働者保護のための法体系において、特別法で短くすることができるのか。それは基本的にはできないという理解で検討を進めなければいけない」と指摘されています。

幹事である山川隆司教授(労働法)は、「基本的には労働政策審議会等で決めるべきことであろうと思います」と述べた上で、「時効期間の側面」と「起算点の側面」があり、時効期間の問題は中井委員が指摘されるとおりだが、「起算点については、賃金債権以外も含めて考え方をどうするか」が問題となると指摘しています。賃金債権以外というのは、労基法115条は年次有給休暇請求権などを意味します。

また、山川教授は、「一つ考慮するとしたら、労働関係では大量処理の必要と言いますか、賃金その他を含めて多数の債権・債務の管理が必要になる。その辺りは検討する必要」があると指摘されています。

■国会での審議

2017年4月25日の参議院法務委員会で、民進党の小川敏夫議員がこの労基法115条の問題について質問をしています。堀内詔子厚生労働大臣政務官は、「労働政策審議会において、専門家を含めた場において多面的に検証した上で更に議論を深める」旨を答弁しています。

同年5月9日の参議院法務委員会でも、共産党の仁比聡平議員が同様の質問をしており、土屋喜久厚生労働大臣官房審議官は、「今後、検討を行うに当たりましては、この国会における民法の改正案の御議論を踏まえつつ、その動向を踏まえつつ、あるいは施行期日等を踏まえながら、しっかりと検討してまいりたいというふうに考えております。」としています。

要するに、労働政策審議会において、改正民法施行前に労基法115条も改正する予定という趣旨でしょう。

■今後の労働政策審議会での議論でどうなるか

一番、簡単なのは、改正民法と同じく、賃金債権についても、主観的時効5年、客観的時効5年と労基法115条を改正することです。

ただし、検討すべき論点としては、賃金・退職金の未払いは労基法24条違反となり罰則(労基法120条1号)が適用される点をどう考えるかです。

消滅時効が完成するか否かは、刑罰の有無に直接に関係してきます。主観的時効の起算点が「権利を行使できることを知った時から」という主観的で不安定な時点ですから、使用者に罰則が課されるかどうかが「知った時」という主観的な事情によって左右されることになります。これは「刑罰規定の明確性」(罪刑法定主義・憲法31条)との関係で問題になります。そうすると、客観的起算点一本が適切ではないかとの考えも生じます。


客観的時効1本で10年だと長すぎるという問題も生じます。でも、客観的時効5年では民法との逆転現象は解消されない。

主観的時効を維持した場合では、例えば、管理監督職や裁量労働みなし時間制が争点となり、これを争う訴訟を3年~5年かけて最高裁判決で勝訴確定し、残業代未払いが違法とされる事件がよくあります。この場合には、その訴訟の原告以外の従業員は、判決が出てから初めて「権利行使ができるこを知った」ことになり、そこから裁判を提訴することができることになります。

早期の権利関係確定をさせる要請と改正民法と労基法が矛盾せず権利者を保護するバランスをとる労基法改正は結構、難しい論点がありそうです。

ただ賃金の消滅時効2年は改正されて、長期化することは不可避でしょう。賃金の消滅時効が5年に延長されても影響は絶大です。

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