長澤運輸事件東京高裁判決
東京地裁民事第11部(佐々木宗啓裁判長)は、平成28年5月13日、長澤運輸という一般貨物自動車の正社員運転手が定年後継続雇用として有期雇用で再雇用(嘱託社員)されたが、賃金が減額されたことが、労働契約法20条違反であるとして、正社員当時と同じ賃金を支払えとの判決を言い渡した。
その控訴審東京高裁第12民事部(杉原則彦裁判長)は、平成28年11月2日、東京地裁の判決を取消して労働者側を逆転敗訴の判決を言い渡した。
■事案の概要
会社(長澤運輸)は一般貨物自動車運送事業者で、セメント、液化ガス、食品の輸送事業を営んでおり、従業員は66名いる。定年は60歳であり、嘱託社員就業規則では、定年後1年期の有期雇用契約をして継続雇用し、賞与・退職金を支給しない旨を定めていた。
原告らは3名。うち原告X1は、平成26年3月31日に定年退職し、同年4月1日以降も乗務員として勤務している。正社員(無期契約労働者)と嘱託社員(有期契約労働者)の労働条件(賃金)は次のように差があった。
正社員当時⇒嘱託社員
基本給 11万2700円~12万1500円⇒ 12万5000円
職務給 8万552円~8万2952円 ⇒なし
歩合給 3.1%~3.7% ⇒10~12%
役付手当 組長1500円⇒なし
精勤手当 5000円 ⇒ なし
住宅手当 1万円 ⇒ なし
家族手当 5000円 ⇒ なし
賞 与 5ヶ月分 ⇒なし
労働契約法20条は、有期による労働条件の相違(正社員との労働条件の相違)について、①職務の内容、②職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して不合理であってはならないと定めている。
そこで、原告ら3名は、定年後の労働条件の相違(格差)が労契法20条に違反するとして会社に差額賃金(予備的に損害賠償)を請求して裁判を提起した。
■東京裁判決の内容
争点Ⅰ<定年後の有期再雇用に労契法20条の適用があるか>
被告会社は、賃金を下げたのは有期が理由ではなく、定年後再雇用であるから賃金を切り下げたのだから、労契法20条は適用されないと主張した。しかし、東京地裁判決は、「労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものである」ことで足りるとして、労契法20条の適用があるとした。
争点Ⅱ<本件賃金の相違は不合理となるか>
(1)「上記①(職務の内容)と②(職務の内容及び配置の変更の範囲)を明示していることに照らせば、同条がこれらを特に重要な要素と位置づけていること」は明らかであるとして、(上記①及び②が同一である本件の場合には)「労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について、有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れない」とする。
(2) 他方で、「賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げることそれ自体は合理性が認められる」としつつ、「しかしながら、(①及び②)が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか、そのような慣行が社会通念上も相当なものとして広く受け入れられているといった事実は認められない」とした。
(3) そして、「原告らに対する賃金の切り下げは、超勤手当を考慮しなくとも、年間64万6000円を大幅に上回る規模である」と認定し、「これらの事情に鑑みれば、…定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから、被告における定年後再雇用制度は、賃金コスト圧縮の手段としてのい側面を有していると評価できる」。
しかし、「被告において上記のような賃金コスト圧縮を行わなければならないような財務状況ないし経営状況に置かれていたことを認めるべき証拠はなく」、「被告の再雇用制度が年金と雇用の接続という点において合理性を有していたいものであったとしても、そのことから直ちに、嘱託社員を正社員と同じ業務に従事させながらその賃金水準だけを引き下げることに合理性があるということにはならない。」
■東京高裁判決
争点Ⅰについては、東京地裁とまったく同じ解釈をして、定年後の有期再雇用の場合でも労契法20条が適用があるとした。
争点Ⅱについては、①及び②の要件を地裁のように重視せず、「その他の事情」を含めて「幅広く総合的に考慮して判断する」とした。
(1)「定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない」とする。その理由は、高年齢者雇用安定法により「全事業者」について「定年到達者の雇用を義務付けられてきたことによる賃金コストの無制限の増大を回避して、定年到達者の雇用のみならず、若年層を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要がある」ことをあげる。
(2) 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の平成26年調査結果によれば、定年到達時と同じ仕事をしている割合(運輸業)は87.5%であり、継続雇用者の年間給与の水準の平均値が68.3%、中央値が70%で、従業員数50~100人未満は平均値70.4%であるとしている。
(3) 一審原告らの賃金減額は、超勤手当を考慮しなくとも年間64万6000円であるが、年間X1が24%、X2が22%。X3が20%であり、上記JILPTの調査による平均の減額率をかなり下回っている。このことと「本業の運輸業については、収支が大幅な赤字となっていると推認できること」から、「年収ベースで2割前後賃金が減額になっていることが直ちに不合理であるとは認められない」とした。
(4) その他、正社員の能率給に対応するものとして、歩合給を設けて支給割合を高めたこと、無事故手当を増額したこと、老齢厚生年金が支給されない期間について調整給支払ったこと、組合との間で一定程度の協議が行われ、一定の労働条件の改善を実施したことを考慮して、労契法20条違反ではないとした。
■コメント
東京地裁判決も、東京高裁判決と同様、定年後再雇用の場合に、賃金を切り下げること自体を不合理とはいっていない。しかし、東京地裁判決は、同じ職務内容かつ職務内容及び配置の変更の範囲も同一の場合に2割強の減額が合理的というためには、特段の事情が必要であるとした。①と②の要件を重視する東京地裁判決のほうが自然な解釈であろう。
他方、東京高裁判決は、JILPTの調査結果から、3割くらいの減額は社会的に許容されているとして、長澤運輸では2割強にとどまっているから合理性があるとしたものである。
ただ、実際の減額は超勤手当も考慮しての賃金差額(原告3名の平均)は、定年前1年間の年収が527万円だったものが、定年後再雇用1年間の年収が374万円と29%の減収となっている。高裁が2割強と認定したが、これは超勤手当をのぞいた月額給与の差額と思われる。
しかし、JILPTの調査結果が実態だとしても、労働契約法20条の施行前の実態を基準にすることは、有期雇用の労働条件を改善しようという労契法改正の趣旨に反するのではないだろうか。
なお、東京高裁判決も「2割強の減額は直ちに不合理とはいえない」としたまでで、3割を超える減額まで合理的だとは言っていない。私が担当している定年後再雇用の賃金減額事件は、正社員当時の基本給から39%も減額された事案であり、その他の手当も含めれば月額で45%も減額された事案である。このような場合にまで合理性があるとするわけではないだろう。
また、東京地裁も東京高裁も、個々の労働条件ごとに合理性を判断していないことが両判決ともオール・オアナッシング、「白か黒か」の硬直的な結論につながったように思う。
貨物自動車のトン数や種類ごとに支給される職務給を、同じ仕事(同じ貨物自動車の運転・荷下ろし)をしているのに、有期社員に支給しないことが果たして合理的であろうか。この職務給が、貨物自動車に乗務する運転士の労働負荷に対応して支払われる労務対価であれば、同じ仕事に従事する有期社員に一切支給しないことは不合理であろう。
賞与についても、正社員に支給される5ヶ月分賞与が給料の後払い的な性格が強いものであれば、正社員と全く同一水準であるかどうかはともかく、一切支給しないということが果たして合理的なのか否かを検討すべきではないだろうか。
長澤運輸事件は最高裁に上告された。大阪高裁のハマキョウレックス事件判決(定年後再雇用ではない有期社員の運転士と正社員運転士との労働条件の相違が問題となった事件)も、最高裁に係属している。
おそらくあと一年くらいで、両事件についての最高裁判決が出されるだろう。
おそらくあと一年くらいで、両事件についての最高裁判決が出されるだろう。
| 固定リンク
「労働法」カテゴリの記事
- フリーランス新法と労働組合(2023.04.28)
- 「労働市場仲介ビジネスの法政策 濱口桂一郎著(2023.04.13)
- 「フリーランス保護法」案の国会上程(2023.02.26)
- 働き方開殻関連法の労組向け学習会(出版労連)(2018.10.07)
- 改正民法「消滅時効」見直しと年次有給休暇請求権の時効(2018.06.06)
コメント