「同一労働同一賃金原則」の法制化?
■安倍首相の答弁
安倍首相が、2月5日、衆議院予算委員会にて「非正規労働者の『同一労働同一賃金の原則』を実現する法制化を検討する」旨を述べたそうです。
安倍首相 「仕事の内容や経験が同じなら同一待遇を保障する「均等待遇」を検討する。」
http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/05/integrated-wage_n_9172176.html
首相は5日の予算委で、同一労働同一賃金について「必要であれば法律を作る」と述べ、法制化の検討に初めて言及。さらに「春に『同一労働同一賃金』実現の方向性を示したい。仕事内容や経験などが同じであれば、同じ賃金を保障する『均等待遇』に踏み込んで検討する」とも語った。
ところで、賃金や労働条件は、使用者(会社)と労働者の「合意」(労働契約)で決定されます。しかし、労働者は使用者に比して弱い立場なので、正社員よりも低い賃金で働かざるを得ないのが現実です。非正規労働者の低い賃金も、いったん合意した以上、法的には有効とされます。両当事者の合意で決まった以上、労働局も裁判所も、法律上の根拠がなければこれを修正することはできません。
■ 今までの法規制
漸進的ながら、労働契約法等が「同一労働同一賃金」的な規定を設けてきました。ちなみに、労働基準法4条に「男女同一賃金の原則」の定めがありますが、男女を超えた「同一労働同一賃金の原則」とは解釈されてきませんでした。また、ILO第100号条約(同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約)も同様なものとして解釈されてきました。そこで、同一労働同一賃金の実定法規は日本には存在しないとするのが、過去の裁判所の解釈でした。
ところが、平成24年に改正された労働契約法20条は、「有期労働契約であることによる不合理な労働条件を禁止」しました。
また、平成26年改正のパート労働法も、同法8条で「パート労働者の不合理な労働条件を禁止」し、同9条で「正社員と同視できるパート労働者の差別的取扱いを禁止」しました。
平成27年には、いわゆる「同一労働同一賃金推進法」(正しくは、「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」)が「労働者が、その雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けることができるようにすること」を理念として掲げました。これは派遣労働者を対象とする法律です。ただし、基本理念を定めただけで具体的な手段は何ら定められていません。
今回の安倍首相の答弁は、「労働者の職務に応じた待遇の確保」を念頭において、雇用形態(雇用契約)が違っても、「仕事の内容や経験が同じ」なら、「同一労働同一賃金の原則」が妥当することを法律として検討すると、かなり踏み込んだ内容となっています。これは、例えば、派遣労働者が派遣先企業に雇用されて働く正社員と「仕事内容や経験が同じ」ならば、「賃金を同一」にする法律を検討することを意味しています。
■「同一労働同一賃金の原則」と「日本型雇用」という「壁」
もっとも、日本の場合には、賃金は「職務」に応じてのみ決まるものではありません。
労働者の「潜在的職務遂行能力」とやらの「属人的要素」で決められることになっています。そもそも就職する際は、ほとんどの場合に「職務」が特定されず、会社の指示で「職務」や「配置」を一方的に指定され、その後も「職務内容」や「配置」が一方的に変更されることになっています。
会社も正社員であれば、そのときその仕事を担当していたとしても固定されることはなく、将来、状況の変化に対応して「職務」や「配属」が変更されるものと考えています。職務内容のみで賃金が決まるのではなく、そのときの職務や配属が何であろうと、正社員は「同じように一生懸命働けば、職務や部署が変わろうと賃金は下がることなく昇給できる」と考えてきました。だから、塩崎厚労大臣は、「職務給を導入」することが前提であるとの趣旨を答弁したのでしょう。
ですから、日本では「短期的に2、3年程度しか働かない非正規労働者と、定年まで様々な部署で残業を厭わず働く正社員の賃金とは、たまたま仕事が同一であったとしても、賃金が同じというわけにいかない。」と考えられたのです。濱口桂一郎さんは、このことを「『ジョブ型』と『メンバーシップ型』」としてわかりやすく説明されています。
この「メンバーシップ型」の考え方が、労働契約法やパート法の条文の中にも入っています。労働契約法20条でいえば、労働条件の相違(格差)の不合理性を判断する際の考慮要素として「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」を入れています。これは、仕事内容や配属部署の変更の範囲が異なることが「格差」を合理化する要素になるという意味です。
非正規労働者の多くは、有期契約で、職務内容が特定され、将来も変更がないと想定されています(ジョブ型)。
他方、正規労働者(正社員)の場合は、無期契約で長期雇用が前提とされて、職務内容も配属部署も変更されることが予定されています(メンバーシップ型)。だから、賃金が異なるのは当然という考え方があります。
しかし、「ジョブ型」も「メンバーシップ型」も理念的な類型にすぎないでしょう。
マクロ的に観れば、その説明は筋が通っています。しかし、ミクロ的に観れば、必ずしも正社員の働き方の実態というわけではありません。
確かに、正社員のうち一部の大企業では、プラチナカラーのエリート幹部(候補)正社員は、職務内容や配属部署の変更の範囲は広いでしょう。
これに対して、ノン・エリートの普通の正社員とジョブ型の非正社員の職務内容や配置の変更が、それほど違うわけではないのです。例えば、中小の信用金庫や地銀の預金業務や窓口業務担当する派遣社員と、預金業務や窓口業務を担当する一般正社員の職務内容は同一ですし、その普通の一般正社員の多数は職務内容や配属が広範囲に変更されるということもない(実態はほとんど配転がなく、支店統合の際に配転するのが大多数という職場も多い)。ただ、建前的に管理職などへの昇進の可能性がつく程度です。
今や非正規労働者も、正社員と同様の恒常的な職務について、5年を超えて働く契約社員や派遣社員は珍しくありません。 ですから、このようなノン・エリートの普通の正社員と非正規労働者の労働実態を比較すれば「同一労働」と評価でき、建前的な「メンバーシップ型」を過度に強調して格差を合理化することは適切ではないと思います。
メンバーシップ型の企業を考えるとき、多くは上場企業などの大企業を念頭において議論してしまう傾向があると思いますが、彼ら・彼女らエリート正社員は極少数派です。
安倍首相の言うように「雇用形態が異なっていても、仕事内容と経験が同じであれば同一賃金」であるべきでしょう。また、完全に同一労働でなくても、実質的に同一であれば、それに応じた賃金(待遇)であるべきでしょう。
■「実質的な同一労働」と「同一価値労働」
何をもって「実質的に」同一労働とするかは、欧米と異なり、日本のように社会的な職務分掌や評価手法が定まっていない社会では困難がともないます。得てして「同一労働同一賃金の原則」を労働者が主張した場合、裁判所は「完全な同一」労働の立証を求めがちです。これを厳格に求められると、細かな違いであっても「同一でない」とされかねません。
また、「同一価値労働」は、「職種」が同一ではない場合でもあっても「価値」が同じであれば良いという考え方ですが、職種の「価値」が「同一」と評価する基準を策定するのも、日本では困難があります。米国的な職務分析論の有用性が主張されますが、ジョブ型社会である米国の職務分析手法が「メンバーシップ型」の日本に妥当するか論争があります。日本では職種による賃金の違いよりも、同じ職種であっても企業規模による賃金の違いのほうが目立ちます。日本の雇用社会にも妥当する手法を確立する課題が残ります。
厳格な「同一労働同一賃金の原則」手法よりも、「不合理な労働条件の格差の禁止」手法の方が「柔軟」で使い勝手が良い側面もあります。「完全に同一労働ではないが、賃金格差を合理化できるほどの違いではない。」とか、「同一労働ではないが、正社員の賃金の8割以下は不合理である。」とする余地があるからです。
もっとも、これには「不合理性の判断基準が不明確」であるという欠点があります。また、労働契約法20条に定められている「職務内容及び配置の変更の範囲」という要素(メンバーシップ型の要素)が強調されると、「不合理」性を限定することになってしまいかねません。 その意味では、「労働者の職務に応じての待遇の確保」の法理念に「同一労働同一賃金の原則」を入れ込む改正にも意味があります。
さらに、これを具体化する立法政策(派遣法改正含む)も必要不可欠です。そこまでやる気があるのか要注目です。アベノミクスの評判をあげるための、ただのリップサービスではないだろうとは思いますが・・・。
また、労働法学の「同一(価値)労働同一賃金の原則」だけでなく、日本経団連的な職務遂行能力を前提とした「同一価値労働同一賃金」や成果主義賃金と結びついた「同一労働同一賃金」(これは濱口桂一郎氏の「働く女子の運命」135頁に詳しい)が登場しており、今後の議論は錯綜しそうです。
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