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2015年12月 7日 (月)

無差別空爆・原爆投下と「二重結果の原理」

■加藤典洋著「戦後入門」

加藤典洋著の「戦後入門」(ちくま新書)を読みました。
新書版で635頁の大著です。

帯には「私たちよ、これでいいのか?-日本だけが、いまも戦後を追わせられない」と銘打たれています。
本書を単純化すると、「護憲的改憲論」「左折の改憲論」の提言です。でも、そんな単純化でない複雑な論理の進め方(プロセス)に共感するとことろが多い。

■アンスコムのトルーマンの原爆投下決定批判

ところで、本書で初めて、エリザベス・アンスコムという哲学者が、オックスフォード大学が米国大統領のトルーマン氏に名誉学位を授与することを反対したことを知りました。反対理由は、原爆投下という悪行を決定したからというのです。

そして、アンスコムの「原爆投下が悪行であり、道徳的に悪」という理由付けは絶対平和主義の立場からではありません。同書308頁に記載がありますが、これを要約すると。

  日本が既に講和を求める動きをしている状況下で、しかもそれを知りながら、何ら最後通牒や警告なく、2発の原子爆弾を投下した。果たして、この行為は正当化できるか。
 同じ人を殺す行為にも、殺害(Killing)と謀殺(Murder)が区別される。殺害は「単に人を殺す」ことだが、謀殺は「自分の目的を達する手段として罪のない人々を殺すこと」に区別される。
 謀殺は、最悪の悪行であり、単なる殺人よりも道徳的に罪深い。
 軍事施設を目標にした爆撃に民間人が巻き添えになるケースはどうか。たとえ統計的に確実だとしても、それは謀殺ではない。民間人への爆撃という結果自体は意図したものとはいえず、倫理学にいう「二重結果の原理(principle of double effects)」にあたる。
 罪のない人とは、「戦闘しておらず、戦闘しているものにその手段を供給うしていない人」のことである。明確である。
 トルーマン氏は、日本が講和を求めていることを知り、天皇の地位について条件を明示すればポツダム宣言を受諾することが予測できる地位にあった。一方、米国は、自らの国がそれなしには危機に瀕するというような「極限の状況」にはなかった。それなのに、なお軍事施設ではない都市を選び、原爆投下を命じた。それは謀殺にあたる。トルーマン氏は悪をなした。

■二重結果の原理と空爆

二重結果の原理、あるいは二重効果の原理は、倫理学上、都市への地域爆撃が許されるかどうかなどを考える原理だそうです。

上記のアンスコムの論述とジョン・ロールズが原爆投下と大都市無差別空爆の倫理的に非難したことについては、寺田俊郎教授の2010年の論文があり、これはWEB上ですぐに読めます。

「あるアメリカ人哲学者の原子爆弾投下批判」
http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/bitstream/10723/1006/1/prime31_109-118.pdf

■イラクへの米仏英露の空爆

テロ軍事施設等を狙っての空爆なのか、報復による無差別空爆なのか。
殺人なのか、謀殺なのか。

第二次世界大戦以来の延々と議論されてきたテーマなんですね。

「病気」(テロ)の原因を解明し、原因を解明して治療薬や治療法を開発する。
原因は解明されている(過激思想の背後にある貧困とか差別とか)が、それを解消する方法を実現する見通しはいまだない。

その場合でも、「病気」が進行している以上、効き目がありそうな対処療法(捜査や軍事力行使)を試みるしかない。しかし、副作用が激しいものは対処療法としても適切ではない。

理性的にバランスが維持されるのか、恐怖や怒りでバランスが壊れるのか。

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