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2015年10月18日 (日)

読書日記「人類進化論」 山極寿一著

京大総長になった霊長類学者の山極教授の2008年発行の本です。

■人類と霊長類学

人類の祖先は、700万年前までさかのぼる。アフリカで発見されたサヘンラントロプス・ヤデンシスの化石だ。これも直立二足歩行していた。
霊長類学の様々な霊長類(ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、ニホンザル、テナガザル、オランウータン、ヒヒ等)の個体及び社会の生態の観察から霊長類の進化だけでなく、人類の進化についても興味深い指摘をしている。

■人類の祖先とホモ・サピエンスの誕生
人類は、700万年前ころチンパンジーの祖先から別れて進化しはじめ、今から20万年前にアフリカにて私たちホモ・サピエンス(ヒト)が誕生した。現代人と20万年前のホモ・サピエンスの個体は解剖学的に変わらない。人類には他にもネアンデルタール人など幾種類もいたが、ホモ・サピエンス以外はすべて滅んだ。ホモ・サピエンスは5万年前にアフリカから出発して全世界にひろがった。

■ホモ・サピエンスの社会形態は

初期人類の社会形態はよくわかっていないが、霊長類のゴリラやチンパンジーも社会を形成しており、人類とホモ・サピエンスも霊長類型の社会形態から進化してきた。
おそらく、ホモ・サピエンス(ヒト)は、20万年前には、複数の男と複数の女が一緒の群れにいる社会形態をもっていた。しかも基本は単雄単雌関係であった。
このような複数のオスと複数のメスが群れとなっている理由は、食料(餌)をとるのに有利だからだが、それだけではなく捕食者から自己と群れを守るために男が協力しあって群れを守ることができたからであろう。アフリカの霊長類を観てもこの捕食圧力は無視できない。およそ20万年前、草原化がすすんだアフリカでは大型肉食動物がたくさんおり、ホモ・サピエンスは皆で群れをつくって、群れの複数の男が協力して捕食者から群れと個体をまもっていた。そうしなければホモ・サピエンスは生き残れなかった。

■ホモ・サピエンスの単婚

農耕が成立する今から1万年前までは、何百万年、数十万年にわたり人類は狩猟採取社会であった。当然のことながら狩猟採集社会では、農耕して農作物を備蓄することはできない。狩猟採取社会の基本は、その日くらしである。
霊長類の多くは出産後の授乳期間が長いことが特徴である。特にホモ・サピエンスは、メス(女)の妊娠期間・授乳期間・子供が成長するまでの期間が異様に長い。そこで妊娠や子育て期間中は、女(メス)は食料を採取してもってくる男(オス)を必要とした。そのため女は特定の男との固定的な関係を発達させるのが生存上、繁殖上、有利になった。
ホモ・サピエンスは、チンパンジーのように発情期にいっせいに乱交する繁殖行動はとらない(但し、一時期は乱交型繁殖があったという説あり)。おそらくホモ・サピエンスの祖先は、もともと発情期の特徴が小さく、それが男女の継続的な関係を固定化させするために有利だったから、発情期がない方向に進化していたったのであろう。

女は妊娠中や育児期間中に間違いなく、男に食料を持ってこさせるために、子どもがその男の子どもと思わせなければならない。乱交であれば、男にその動機付けができなくなる。つまり、単婚のほうが、女と子どもの生き残り戦略としては合理的
である。

■霊長類の子殺しと暴力

霊長類では、オスが子殺しをする事例が多く観察されている。特に性行動から排除されたオスがいる霊長類においては、そのオスは他のオスの子どもに授乳するメスが性行為を受け入れない(性行動を抑制するホルモンが出る)ため、子どもを殺して性行動を受け入れるようにする例が多い。
そこで、霊長類のメスは自分の子どもをまもるために、他のオスから子どもが殺されないように守るオスと一緒にいる。なお、性的に許容度が高いボノボやオランウータンでは子殺しがないそうだ。
また、メスをめぐってチンパンジーやゴリラは、オス同士が激しく争い、命まで奪いあうことが珍しくない。特にチンパンジーは、同一の群れのオスたちがチームを組んで、他の群れのチンパンジーを襲って殺す事例が頻繁に観察されている。その上、他の群れのチンパンジーのメスを自分の群れに組み入れている。なお、その際、チンパンジーは相手のオスの睾丸を傷つける行動パターンが多いという。

■ホモ・サピエンスの基本的な男女関係(単婚)

捕食者から群れと自己を守るため、ホモ・サピエンスの男は複数で協力して大型肉食動物に対抗するしかなかった。また、男と女が複数いる群れを形成しつつ、男女の一対一関係(単婚)を安定させなければならなかった。

女をめぐる男同士の争いは群れにダメージを与える。チンパンジーやゴリラのようなメスをめぐる命がけの争いは避けなければならない(避けられない場合もあるが)。男女の単婚ルールが表だって乱されると群内の協力関係秩序が壊れてしまい、群れの生存戦略上は不利となる。そこで狩猟採取民の社会(部族社会)では、男女の浮気・不倫は許されないとの強い規範が形成されている。

■ホモ・サピエンスの助け合い精神(共存)

世界中の狩猟採取民を調査した人類学の結果から、狩猟採取民の社会は極めて平等であり、群れの内のメンバーは相互に助け合い、自己を犠牲にしても他のメンバーを仲間として助ける行動規範・社会規範が強いことが確認されている。そうでなければ生き残れなかったのが、狩猟採取生産段階の現実だった。助け合いルールが生活にインプットされていた。

■ここから私見だが。

ヒトが狩猟採集段階から農業生産段階に移って1万年。産業革命による生産力を飛躍的な発展してからもせいぜい300年程度である。


もはや、ヒトは大型肉食動物に怯える必要はなくなった。生産力の発達により、先進国では生存のための食物も容易に取得できるようになった。そのような社会(先進国)では、助け合いの精神や単婚を守る規範(不貞や不倫は罪という観念)は薄れていく
のが当然なのかもしれない。

単に道徳の退廃ということではなく、生存と社会を維持するために、もはやそのような規範を守る必要性がなくなったという生産力の発展という環境の変化の結果なのであろう。高度資本主義社会では、女も一人で働けるし、社会秩序も確立しており、男に子どもを殺される危険も少ない。生産力が発展して社会が豊かになるのは良いことだが、相互の助け合いの精神が捨てられ、男女の単婚関係が壊れていくのが、ヒトの社会進化の方向性なのだろうか。

「サル化する人間社会」(2014年 集英社)という本を山極教授は出しています。ここでは、家族と共同体が壊れはじめており、個人の利益と効率性を優先するサル的序列社会になるおそれがあると指摘してます。

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