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2015年1月29日 (木)

ISIS、中東、と日本の「平和主義」

 ISISの日本人殺害・誘拐事件に関して、IISISをどう見るのか、日本はどう対処すべきなのか、左派やリベラル派内での意見が別れているようだ。中東情勢は複雑怪奇、しかもイスラムという日本人には馴染みのない宗教で、ますますわからなくなります。長文ですが、典型的であろうと思われる二つの考えを以下、検討してみます。

(1)   ベトナム戦争との対比

   最初に、左派やリベラル派の「心情」を理解するために昔話を。
 昔ベトナム戦争の時代、ベトコン=南ベトナム解放戦線は、今のイスラム過激派のように、米国や主流派マスコミから、野蛮な過激派として扱われていた。「米軍がベトナムの村の病気の子供たちにワクチンを投与したらベトコンがやってきて、子供たちの腕を全部切り落とした」とまことしやかに報じられていました(コッポラ「地獄の黙示録」)。それでも当時、多くの日本人は、それらをデマと考えて、民族独立を目指すベトコン=南ベトナム解放戦線や北ベトナムを応援していました。

(2)   絶対平和主義・憲法9条派

  日本のリベラル派や左派の一部には、ISISやイスラム過激派をベトコンのように、米国の軍事支配へのレジスタンスと見る気分があるのではないでしょうか。
 イスラム過激派の無差別テロには反対だとしつつも、イスラム過激派の欧米への復讐心や心情に無意識的に同情しているのではないでしょうか。すなわち、「テロや混乱の最大の責任は、石油利権を維持したい欧米諸国とその走狗であるイスラエル、米国に従属する日本政府が負うべきだ」と考えるのです。

  しかも、イスラム過激派が戦うのはシリアのアサド政権をはじめとすると独裁政権と欧米軍です。ISISだけを攻撃すれば、独裁政権や石油利権の維持を図る欧米を助けることになる。これはおかしい。ISISなどイスラム過激派のみを非難し、これと戦う欧米諸国やアラブ諸国を経済的に支援することは間違っている。したがって、「欧米のISISへの空爆の軍事介入には反対すべき」ことになる。

  そして、憲法9条を持つ日本は、《喧嘩両成敗》的に、ISISなどのイスラム過激派に対しても、欧米も周辺アラブ諸国に対しても中立的立場にあるべきだ、ということになります。これで、日本はISISらのイスラム過激派のテロ対象でなくなり、安心・安全だというわけです。

  これはこれで一つの考え方です。「絶対的平和主義」からの論理的帰結でもあります。 しかし、この現状認識で良いのでしょうか。

(3) ISISがどこまで脅威なのか

   確かに、中東の紛争は、歴史をリアルに見れば、常に石油利権をめぐる紛争です。産油地をどの国が、どの勢力が支配するかをめぐる武力闘争です。「誰が正義か」などと問うこと自体が無意味なのかもしれません。

   また、外国の軍事作戦ではイスラム過激派を押さえ込めないことは、ソ連のアフガニスタン侵攻、米国のタリバンとの戦争やイラク戦争の結果から明らかです。まさに泥沼です。欧米の軍事介入は解決どころか、火に油を注ぐような結果をもたらしてきました。

  しかし、だからといって、ISISなどのイスラム過激派の軍事的膨張に対して、国際社会が対抗措置をとらないとでよいのでしょうか? 国連を通じての資金や人道援助だけでISISを阻止できるでしょうか?危険な芽を放置して、より大きな危機を招くのではないでしょうか?

 ISISやイスラム過激派を、世界と人類にとって大きな危険と見るかどうかで、意見が別れそうです。それほどの脅威ではないとなれば、イスラム教徒同士で解決すれば良いことです(石油がなければ、欧米も介入などしないのでしょうが)。でも、今や石油利権を別としても、イスラム過激派は大きな脅威であり、地域住民を迫害しているということは国際的に共通認識になっていると思います。これは彼らの理不尽な無差別テロが証明しました。

(4)  国際重視派

   ISISやイスラム過激派が、報道されているように住民や外国人を苛酷な暴力と恐怖によって支配している以上、アラブ諸国が軍隊でこの武装勢力を攻撃し掃討することは正当でしょう。ISISは野蛮な暴力支配を実施しており、あたかもカンボジアのポル・ポト派のような勢力ではないでしょうか。

 そして、中東の地域国家が弱体で、ISISが強く支配地を拡大するなら、当該地域国家の承認と国連関与の下、米軍などの軍事行動もやむを得ないのではないでしょうか。

  これらが正当なら、憲法9条を持つ日本が国際社会の協力に参加して「軍事援助はしないが、ISISと戦うアラブ諸国へ人道援助をする」こと自体は一つの選択肢でしょう。ただし、日本のこのスタンスの表明はイスラム過激派からの攻撃対象となるリスクがあります(このリスクが現実化したのが今の事態です)。日本政府はイスラム過激派に付け入られたり、口実を与えたりしないような慎重な配慮をする必要がありますが、これは「戦術」問題。

(5)   国際的観点からどちらの政策(「戦略」)を選択すべきでしょうか?

   私は、ISISの非道さ、そしてイスラムの穏健派の人々がISISを強く非難している現状から見ると、国際重視派の立場が妥当だろうと思います。これは、ポル・ポト派の蛮行を排除するためカンボジアに軍事介入したベトナムが正しかったのと同様だと考えます。

(6) 国際情勢の分析と国内の安倍政権評価

 しかし、この国際的観点に、国内の安倍政権への評価や支持・不支持が絡んでくるので、さらに議論が紛糾します。ここでも左派やリベラル派内で意見が割れます。

   典型左派曰わく『安倍首相の危険な狙いを阻止するには徹底的に平和主義で行くべきだ』『国内の政治実践の観点から国際情勢を見るべきだ』『国際重視派の見解は、安倍首相の狙いは戦争に参加できる日本づくりだから、これに利用される利敵行為だ』というものです。

 でも、それでは国際情勢の分析が国内情勢の観点から縛られてしまう。典型的な「一国平和主義」です。国際情勢は、国内政治の都合とは関係なく動いていきますから、国内政治重視だけでは、今後生じるであろう国際情勢の急激な変化についていけないと思うのです(なお、私は将来、中国が経済の高度成長が終わり不景気で国内が混乱した場合には、中国民衆の不満のはけ口として、日本との領土をめぐる軍事衝突にでる危険が高いと思っていますので、国際関係はリアルに見るべきだと思っています)。

   国際重視の視点に立ちつつISISを非難し、他方、国内政治の観点からは安倍政権の暴走を批判するというスタンスをとらないと、中長期的に見て多数の国民の理解を得られないように思うのです。

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2015年1月27日 (火)

人質事件で安倍首相を「言語道断」という国会議員に思う

ISIS(イスラム国)の日本人拉致人質殺害事件について、安倍首相の対応について批判した民主党や共産党の国会議員らが批判にさらされている。

産経新聞

http://www.sankei.com/politics/news/150127/plt1501270006-n1.html

民主党幹部も議員に「不規則発言をしないように」と注意しています。共産党の議員のツイッターに対しては、共産党の委員長でさえ不適切だと指摘しました。不適切との指摘に同意します。もっとも、共産党委員長の場合には、少し過剰反応かと思います。「議員本人がツイッタ~上でお詫びして削除しているのだから、結果的に適切に対応されている」とコメントすればよかったのにと思いますけどね。

確かに、今、このタイミングで、国会議員がISISのテロ=犯罪行為を利用して、安倍内閣を批判するのは、まさに「 為にする批判」という印象が強いと私も思います。単なる条件反射的反発です。

そもそも、問題の根っこは、小泉首相がイラク戦争の際に「米国の側につく」と高らかに宣言し、大規模な資金援助をし、さらにはイラクやインド洋に自衛隊派遣してきたことから、イスラム過激派から「米英」らと同列におかれて「敵」とされたことにあるわけです。安倍首相だけの問題でない。批判するなら、そこから批判しないといけないし、今は批判を理解してもらうタイミングではない。

今回、安倍首相がイスラエルなど中東を訪問するタイミングをねらって、ISISは人質による要求を出してきたわけですが、それは安倍首相のせいと言うよりも、テロ集団であるISISが自ら最大の効果を狙った結果です。

確かに、安倍首相が、この時期にアラブ諸国だけでなく世界から非難されているイスラエルに訪問して、ISISのテロと対決すると表明したことは、きちんと外交的に分析した上で問題を指摘すべきだと思います。

が、だからといって、この中東訪問が今回のISISの日本人人質事件の直接の原因になったとは言えないでしょう。実際、この訪問前に日本人は拉致されているのですから。ISISは、人質を利用する有効なタイミングを狙っていたわけで、遅かれ早かれ、安倍首相であろうとなかろうと、人質を利用した要求を出したでしょう。

また、政府は、現在、ヨルダンやトルコを通じて日本人解放の対策をとっていると思われます。事柄の性格上、水面下の交渉で内容もわかりませんが、経過が見えないからといって、「政府は何もやっていない」「口先だけだ」と断定する根拠はないと思います。

実際、ISISは、当初の2億ドルの非現実的な身代金要求から、ヨルダンが拘束する自爆テロ犯(死刑囚)との交換要求に変更しました。何らかの説得や交渉が反映していると見るのが素直な見方でしょう。まったく楽観はできないとはいえ、なんらかの交渉が進められて人質解放の望みはまだあるように見えますし、ぜひ、そう期待したいと思います。

米国は、この「身柄の交換自体もテロ犯に対する譲歩だ。禁じられるべき。」と言っています。しかし、米国自身は米軍捕虜と交換にタリバンの幹部を釈放しています。身勝手でしょう。日本政府としては、この米国の指示に屈せずに自国民保護の使命を果たすべきです。

ということで、この段階で、いかに安倍首相を政治的に嫌っていたとしても(私個人は安倍首相の政治スタンスには絶対反対ですが)、国会議員が上記の感情的な一方的なコメントをツイッターにながすことは、所属している政党としては迷惑な話でしょう。

単なる個人のツイッターや批判的ジャーナリストや識者であれば、批判はもちろん自由ですが、政党所属(しかも比例区選出)の国会議員という「組織人」である以上、慎重に検討してから意見をいうべきでしょう。「若さゆえの勢い」から批判したくなる気持ちはわかりますが。

もちろん、私も今回の事態に対して、日本政府のこれまでの外交方針を踏まえて批判すべき点が多々あると思いますが、それは今回の人質事件の推移を見てから批判しても遅くはないし、そのほうが適切だと思います。

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2015年1月16日 (金)

シャルリー・エブド過激派テロ事件と「風刺画」に思う

このテロ事件とそれに対する世界の反応を見ると、つくづく複雑な問題だと思う。ヨーロッパ的価値観とイスラムの価値観がまったく異なるから。

 イスラム過激派によるテロに反対することを大前提としても、「表現の自由も限界があり、宗教的権威(特にイスラム教)を配慮して冒涜的な表現は自己規制すべきだ」との立場が日本などでは有力のようだ。イスラム教が偶像崇拝を禁止していることを考慮すれば、尚更だろう。

  この考え方は、私も良く理解できる。

 が、そうなれば、風刺画で「キリスト」への批判や揶揄も許されないことになるのでしょうか。

また、日本では「天皇批判」も許されないことになるのだろうか。昔、「爾臣民麦を食え。余はたらふく食ってるぞ」というプラカードが不敬罪に問われた事件がありました。天皇に対して宗教的敬意をもっている人もいます。これは、彼・彼女らの信仰を冒涜するということになり許されないのでしょうか?勲章を授与された歌手が、これを茶化すパフォーマンスも冒涜にあたり許されないのでしょうか。

 もしそうであれば、北朝鮮の指導者である金氏を冒涜・揶揄する映画も許されないのでしょうか。かの国では国家の尊厳をあらわす指導者とされています(われわれがどう思うかどうかはともかく)。これを暗殺するテーマの映画は、風刺を超えて、テロを推奨するものではないのでしょうか。

  金氏と、キリストやムハマンドのような宗教的権威と一緒にするのは非常識ですか。

 金氏と天皇ならどうでしょうか。天皇とキリストでは?

その区別の基準はどこにあるのでしょうか?

フランスでは、カソリック批判を通じて、個人の自由を確立してきた革命以来の伝統と歴史もあります。ここで自粛をすれば、テロ犯の意図が実現することにもなりかねない、という意見も頭をよぎります。

極めて難しい問題です。結論はなかなか出ません。価値観が異なる共同体間で、合意できるルールはあるのでしょうか。

 大学のころに聞いた「表現の自由の神髄を表す」という格言(?)

「私は君の意見には反対だが、君の意見を言う権利は命をかけて守る」

 表現の内容には賛成しないが、これを権力が禁止したり、過激派が暴力で圧殺したりすることには反対する。自らが転載するかどうかは各自の判断にゆだねられる、という常識線に落ち着く。

 なお、私のこのブログでは、シャルリー・エブドの風刺画は引用する必要がないし適切でもないと考えて引用しません。

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2015年1月 1日 (木)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。2014年を振り返りつつ、2015年の政治を展望します。(笑…にわか政治評論家)

■自分のブログの閲覧数トップ10

2014年のブログでの閲覧回数が多かったトップ10の記事は次のとおりでした。

 読書日記「絶望の裁判所」瀬木比呂志著

② 2013年司法試験と予備試験

③ 日本の労働時間-未だに長時間労働社会

④ 有期契約を理由とする不合理な労働条件の禁止(労働契約法20)

⑤ 読書日記「法服の王国」黒木亮著

⑥ 有期社員の差別是正を求める裁判提訴(労契法20条訴訟)

⑦ 改正労働契約法20条の活用と菅野説批判

⑧ 国家戦略特区-福岡市は「解雇規制緩和」特区を提案していた

⑨ 「悪いのは僕だけじゃない」-終戦の日に思ったこと

⑩ 「左翼小児病」

 

時事ネタでなく、①「絶望の裁判所」や⑤「法服の王国」の読書日記が上位なのが意外でした。

 

■2014年の五大ニュース

 私が考える2014年の重大ニュースは次の5つです。このインパクトが2015年に大きな影響をもたらすように思います。

  ウクライナ危機-ロシアのクリミア併合

 →ロシアの欧米との対立・ロシアの孤立

 イスラム国の勢力拡大

 →中東の不安定化・イランの存在感

 中国の南沙諸島への勢力拡大・東シナ海(尖閣諸島上空)の防空識別圏設定

 →中国の大国化=東アジア中国勢力圏化

 安倍内閣の集団的自衛権の解釈変更

 →「戦争ができる国」の体制整備

 安倍内閣の201412月総選挙勝利

 →政権安定基盤の獲得


中国は、南シナ海と東シナ海の勢力圏造りを強めています。

ロシアと欧米の対立が深まり、ロシアが反発を強めることは必至。

イスラム国勢力拡大で中東はより不安定化していくことでしょう。

結果的に、米国の世界への影響力が後退することになります。そこで、米国は日本との経済・軍事同盟(TPPと日米安保)をより強めたい。

安倍首相は、これを好機として、再び戦前のように国際舞台のメイン・プレイヤーとして登場したい。ところが、米国は安倍首相に期待したいけど彼の歴史修正主義に不安に思っている。

■2015年以後

今年は第2次世界大戦終結70周年。安倍首相は欧米から「歴史修正主義者」として警戒されています。安倍首相は、各国の第2次世界大戦終結記念行事に参加し、欧米の不安感を払拭することに躍起になるでしょう。それが成功するかどうか。

国内では、「アベノミクス」が効果をあげると見られるかどうかです。経済政策は「結果責任」であり、言い訳は通用しません。今年は「論争」ではなく、経済統計による「検証」が問われるでしょう。この数値結果が悪いと安倍首相は窮地におちいります。

安倍首相にとって、2015年は正念場でしょうねえ。

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