解雇金銭解決導入に向けての産業競争力会議・法務省・厚労省、裁判所の気になる動き
解雇金銭解決制度の導入に向けて、裁判所の労働審判記録や訴訟記録を、産業競争力会議の意を受けて、裁判所の協力のもとで、厚労省ないしその受託機関が閲覧調査をする作業が進められています。
■「日本再興戦略改訂2014年」雇用制度改革
2014年6月24日付けで「日本再興戦略 改訂2014年-未来への挑戦-」が閣議決定されました。この中で、解雇金銭解決制度の導入が打ち出されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/honbun2JP.pdf
この中で、「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」を図ることが決定されています。「中小企業労働者の保護」、外国の「対日直接投資を促進する」ためとしています。
その内容は次のとおりです。
①「あっせん」「労働審判」「和解」事例の分析
労働紛争解決手段として活用されている「あっせん」「労働審判」「和解」事例の分析・整理については、本年度中に、労働者の雇用上の属性、賃金水準、企業規模などの各要素と解決金額との関係を可能な限り明らかにする。分析結果を踏まえ、活用可能なツールを1年以内に整備する。②透明で客観的な労働紛争解決システムの構築
主要先進国において判決による金銭救済ができる仕組みが各国の雇用システムの実態に応じて整備されていることを踏まえ、今年度中に「あっせん」等事例の分析とともに諸外国の関係制度・運用に関する調査研究を行い、その結果を踏まえ、透明かつ公正・客観的でグローバルにも通用する紛争解決システム等の在り方について、具体化に向けた議論の場を速やかに立ち上げ、2015年中に幅広く検討を進める。
解雇金銭解決制度の導入については、慎重な書きぶりですが、2015年中にも制度の具体化を目指していることは明らかでしょう。
そして、その前提として、「あっせん」「労働審判」「和解」の事例を分析して、1年以内に「活用可能なツール」を整備するとしています。 要するに、解雇事件について、労働局の紛争あっせんだけでなく、裁判所の労働審判事件や訴訟事件を分析して、実用的な金銭解決の水準を作るということです。
■産業競争力会議の動き
第9回産業競争力会議雇用・人材分科会(平成26年4月9日)では、解雇金銭解決制度についての、次のようなやり取りがあります。この分科会の主査である長谷川閑史(武田薬品会長)は、解雇金銭解決制度の必要性をかねてから強調していきた人物です。これが上記改訂2014年版に反映されたのです。
●中野厚労省労働基準局長
紛争解決について。現在都道府県労働局による個別労働関係紛争のあっせん事例の分析については、既に調査に着手している。・・・・
また、労働審判、和解の事例については、法務省を通じて裁判所にお願いし、今、具体的な調査の仕方、方法についてご相談している。調整次第、調査に着手する予定がある。
その際、長谷川主査からご指摘のあったように、企業の労働者のそれぞれの属性をうまく拾い出して、労働者の雇用上の属性や、賃金水準、企業規模、解決金額といった、事案の具体的な内容を拾い出して精査しないと、なかなかよい分析にならないので、そういう観点からの分析をすすめたい。●長谷川主査
・・・中野局長からも良く勉強すると言っていただいた・・・変えていくという姿勢で考えていただくことが極めて重要。ぜひそういう方向でご検討いただきたい。●西村内閣府副大臣
・・・法務省を通じて裁判所と調整中ということは、前向きに進んでいるという理解で良いのか・・・・●萩本法務省民事局官房審議官
裁判所からは、今回の調査のために、可能な範囲で協力するという回答を得ている。概要としては、厚労省あるいはその受託者が裁判所を訪れて記録を閲覧し、必要なデータをそこから収集することは構わないというこである。現在、先程の厚労省の資料にあったとおり、具体的に、いつ、誰が、そこの裁判所を訪れ、どのような方法でデータを収集するかについて、調整をしている状況である。
要するに、裁判所の労働審判や民事訴訟の事件記録を、厚労省ないし受託機関が閲覧して、解雇事件の金銭解決水準を、属性等を含めて調査をするということが決まり、裁判所がそれに協力することを決めたということです。上記萩本法務省民事局官房審議官は裁判所から法務省に出向している裁判官ですから、裁判所とはツーカーなはずです。
■調査の問題点
●誤ったデータの分析になる可能性が高い
解雇の金銭解決水準については、解雇が有効か否かという判断が最も重要な要素です。解雇が無効と判断される場合には、金銭解決の水準は当然にあがります。解雇が有効の場合には、当然水準は低くなります。調停や和解の際に、解雇が有効か無効かという裁判所の心証をもとに双方が妥協して、金銭解決の水準が決まるのです。
訴訟記録をいくら厚労省が見ても、この重要な要素は判断がつきません。
したがって、この要素が抜け落ちたデータ整理は、極めてミスリーディングなデータになります。分かりやすく言えば、勝ちスジ事件も負けスジ事件も一緒にして解決金額の平均値を出すことになりかねません。当然、金銭水準は低くなりますよ。
●中立公平な立場ではない者の調査
また、解雇金銭解決制度について中立公平な立場での学術的研究ならいざ知らず、解雇金銭解決制度の導入を推進する立場に立つ、産業競争力会議の意を受けた厚労省ないしその受託機関の調査は、信用性にかけるというものです。世界一、企業が活動しやすい日本を目指す以上、その金銭解決水準は低い水準が狙われる可能性が高いわけです。
●労働審判は非公開手続
訴訟記録は閲覧が可能です(民事訴訟法91条)。しかし、労働審判は非公開です(労働審判法16条)。したがって、産業競争力会議や法務省、厚労省とはいえ、労働審判記録は閲覧できないはずなのです。裁判所としては、産業競争力会議、法務省、厚労省であれば許可するのでしょうか。その場合の法的根拠は難でしょうか?
■慎重な対応を
以上のとおり、解雇金銭解決制度導入ありきのこの調査は、極めて問題が大きいです。この調査が最も労働事件が多く専門の労働部がある、東京地方裁判所労働部を対象に行われることは明白でしょう。
「最高裁の協力のもと東京地裁労働部で集めたデータ」となれば、一般国民には、「間違いない」ものとして受けとめられる可能性が高い。しかし、解雇が有効か無効の観点を落としたデータであり、重大な欠陥があります。
このような調査を安易に行うべきではありません。
(ご参考)
過去に解雇の金銭解決制度について論じたブログは次のとおりです。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2013/08/post-c2b9.html
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2013/04/post-d3cf.html
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2013/03/post-11e7.html
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コメント
がっかりです。日本の司法、良くなったかと思うと、直ぐに反対に大きくぶれる。こんな調子ではいつまで経っても尊敬される国にはなりません。
投稿: P-tak | 2014年7月 4日 (金) 09時53分