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2014年2月16日 (日)

政治指導者の「決断」と「喝采」-カール・シュミット理論の再来

安倍晋三首相が、集団的自衛権についての憲法解釈の変更の可否を問われて、「(政府の)最高の責任者は私だ。政府の答弁に私が責任をもって、そのうえで選挙で審判を受ける」と答弁したことで、論争を呼んでいます。

昨今、選挙で選ばれた政治指導者の「決断」が持てはやされます。
「決めるのは俺だ」という手法は、橋下徹氏が得意であり、多数の国民は喝采をあげて受け入れているようです。
これは政治指導者の「決断主義」と言えるでしょう。

「決断主義」と言えば、カール・シュミットです。

カール・シュミットは、第2次世界大戦前のドイツ・ワイマール時代の憲法学者であり、ナチス法学の泰斗です。大学時代、カール・シュミットとハンス・ケルゼンを比較をした講義(憲法原論)を受けたときの受け売りです。昔のことなので理解が間違っているかもしれません。

カール・シュミットは「政治社会」の本質をシンプルに指摘しています。

○政治社会とは、支配者と被支配者が存在する「支配-被支配関係」である。
○支配者とは、法的には「主権者」のことである。
○政治の本質は、「友敵関係」である。
○支配者は、政治社会の「敵」を決めることができる。
○支配者(主権者)は決断者である。
○支配者(主権者)は「例外状況」(戦争や革命)において決断者として登場する。
○支配者の決断は「民衆の喝采(アクラマチオ)」によって支えられる。

ナチズムを法学的に支えたカール・シュミットですが、これは政治社会の本質を良く言い当てています。

安倍晋三氏の「選挙(つまり、民衆の喝采)によって憲法解釈を決定するのは政治指導者である」という考え方は、カール・シュミット理論と極めて近い考え方です。

カール・シュミットに対抗したドイツの法学者がハンス・ケルゼンでした。ハンス・ケルゼンは、「デモクラシーの本質と価値」の中で、マルキシズムとナチズムを強く批判します。

デモクラシーは多数決原理であるが、少数者の保護が必要不可欠であり、少数者保護を欠くデモクラシーは(ボルシェビキやナチズムのように)独裁に行き着く。

この左右の独裁主義を批判したハンス・ケルゼンの指摘は見事にあたった。今も有効だと思います。

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2014年2月 9日 (日)

「都知事選での一本化」と改憲争点総選挙での「改憲反対一本化」

都知事選は予想通りの結果。舛添氏のダブルスコアでの勝利。

舛添氏が約210万票、宇都宮氏が約97万票、細川氏が約94万票、田母神氏が約60万票です。

最大のサプライズは、田母神氏が60万票も獲得したこと。極右勢力が政治的な一定の地歩を固めた初めての選挙です。田母神氏躍進は、安倍内閣の右傾化と絡めて国際的なニュースになることでしょう。

次の最大の政治的争点として、憲法改正(改憲)が浮上します。

2年後の国政選挙時期に景気が良ければ、安倍首相は改憲を公約として、衆・参同時選挙に打って出て勝負をかけることでしょう。

さて、そのとき、衆議院選挙の小選挙区選挙で、「改憲反対派」は統一候補を擁立できるでしょうか。

改憲反対の一点で、改憲に反対する諸政党が、小選挙区制で統一候補をたてなければ、自民党や維新の党に敗北することは必至です。あらためて言うまでもないことですが、都知事選で目の当たりにしました。

具体的には、自衛隊合憲・安保条約賛成であっても、解雇規制を緩和すべきという規制改革論者であっても、また、TPP賛成派であっても、改憲には反対という人々と「改憲反対」一点で歩調を合わせることができるかどうか

共産党や社民党だけでは、改憲派の小選挙区制での議席獲得を阻止できないという現実を踏まえて、改憲反対の統一候補を考えなければいけない時期が近づきつつあるように思えます。

今回の都知事選は、予行演習であり、教訓とすべきでしょう。             

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