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2013年12月12日 (木)

ロールズとマルクス 読書日記「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」

ロールズとマルクス

読書日記「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」
(岩波書店2011年9月発行。読了2013年12月)

■ロールズの「無知のヴェール」

講義録ですので、大変に読みやすい。1980年代の講義をまとめたもののようです。

ロールズといえば「無知のヴェール」と「正義の二原理」(自由原理と機会均等・格差原理)で有名です。

私の言葉で要約すると、

無知のヴェール:ある社会で、その市民らが、社会の詳細な経済財政等制度や社会が不平等なものであることなどの一般情報は十分に知った上で、しかし、自分の性別も、人種も、能力、財産については何も知らないという無知のヴェールをかぶっている。

このような「原初状態」を想定して、各人がその社会の公正なルールを合意する。

で、無知のベールをとったら、そこでは人種差別された少数者かもしれないし、抑圧された貧乏人かもしれないし、あるいは権力をもった大金持ちかもしれない。そういう条件で、社会のルールを合意しようとする。「さあ、貴方なら、どうする?」というわけです。

■正義の二原理

ロールズは、原初状態で無知のヴェールをかぶって議論をすれば、各人は次のような「正義の二原理」で合意するはずだ、と言うのです。

1 各人は、他人に被害を及ぼさない限り、自由が保障される。
2 社会的・経済的不平等は、①最も不遇な人々の利益を最大にし、②公正な機会均等が図られている場合にのみ、許される。

2の①が格差原理というものですが、これが分かりにくい。私の理解では、要するに、

世の中には社会的・経済的不平等は必ずある。しかし、その場合でも、公正な機会均等を付与するだけでなく、最も不遇な人々の生活条件等を改善する方策をとらなければならない。

法律家から見ると、ロールズの立論は、社会契約論的で民主主義的な立憲主義を、判りやすく説明されており、非常に魅力的です(「立憲民主主義の憲法原理の政治哲学的基礎」)。

■ロールズへの印象

しかし、一方、「ロールズの言うことは非現実的だ。社会における政治的・経済的支配構造を変えないで、道徳的な説教や理想をいくら語っても、何も変わらないのではないか。」という懐疑的な気持ちもぬぐえません。まさにマルクスなら、こう批判するでしょう。

■ロールズが解説するマルクス

この岩波書店の「ロールズ政治哲学史講義Ⅱ」に、「マルクス」が論じられています。これを読みましたが、ロールズの立論は極めて判りやすく、すばらしい内容でした。久しぶりに本を読んで感銘をうけました。

■マルクスは「正義」をどう考えていたか

マルクスは「正義」なんていうものを重視していなかったというのが共通理解です。

マルクスは、「正義」という観念は、奴隷社会や封建社会、資本主義社会に応じて成立する相対的なものにしかすぎない。土台である経済構造(生産諸関係)の反映としての「正義」イデオロギーでしかなく、それは虚偽意識にほかならず、常に階級支配を正当化するものでしかない、と批判してきた。超歴史的な「正義」などは戯言だという立場を明言していた。

しかし、ロールズによれば、それでも、マルクスは、「資本主義を不正義である」との前提にたっていると言います。

マルクスが上のように批判する「正義」とは、狭い法律的な正義(歴史的諸条件で変化する相対的なもの)でしかなく、一方、ロールズの言うところの「正義の政治的構想」をマルクスは持っていたというのです。そうでなければ「搾取は盗みだ」とか、「労働者は賃金奴隷だ」とか、「労働力が等価交換されるが、剰余価値は搾取されており、それは『隠された盗み』だ」などとマルクスは言わないはずだというのです。

ロールズは、さらに続けます。

マルクスが正義や理想を語ることを忌避したのは、ユートピア的社会主義との違いを強調するためであり、敢えて正義を語らなかった。マルクスは、あくまで資本主義の運動法則を解明することで、その延長線上に必然的に社会主義や共産主義が到来することを(科学的に)記述したかった。

労働価値説や史的弁証法に対するロールズ的な解釈も大変に面白いのですが、マルクスと正義についての結論部分を紹介します。

■マルクスの「正義」

キイワードは、「自由に連合した生産者たちの社会」(「ゴーダ綱領批判」や「資本論」に良く出てくる言葉)です。

ロールズによれば、マルクスは次のような確信と理想を持っていたはずだと言います。

社会の全成員-自由に連合した生産者全員-は、社会の生産手段および天然資源にアクセスしそれらを使用する請求資格を平等にもつ

自由に連合した生産者たちが公共的で民主的な計画により経済活動をコントロールすることで搾取も疎外もない社会(共産主義社会)が実現する。

自由に連合した生産者の社会はあらゆる歴史的条件のもとで実現可能なわけではなくて、資本主義が生産手段とそれにともなうテクノロジーのノウハウを増大させるのを待たなければならない。

■マルクス思想の失墜

マルクスの共産主義は、20世紀において、ソ連・東欧など、共産党一党独裁による市民への抑圧、中央集権的計画経済の破綻によって、多大な犠牲者を出し、無残な失敗に終わりました。今、残っている社会主義の国、中国、朝鮮人民民主主義共和国、ベトナム、キューバなどは、旧共産主義のゾンビといってよいでしょう。

これほど見事に全て失敗した以上、マルクスの思想には根本的欠陥があると考えるのが経験的には正しいはずです。にもかかわらず、ロールズは、マルクスを救おうとするかのようです。

もちろん、ロールズは、古典的な共産主義思想である「中央指令的社会主義」を全く評価しません。しかし、「リベラルな社会主義」(日本でいえば「社会民主主義」のこと)があり、これは「啓発的な価値ある見解」と評価しています。

リベラルな社会主義の特徴(要件)

a)  立憲デモクラシーの政治体制。
b)  自由な競争のある市場システム。
c)  企業が労働者によって所有され、あるいは部分的にせよ、株所有を通じて一般の人々に所有され、さらに選挙もしくはその企業の選択によって選ばれた経営者によって経営される仕組み。
d)   生産手段および天然資源が、広い範囲で多少なりとも平等に分配されることを確保する所有システム。

■マルクス主義が誤った原因

確かに、「科学的法則」(笑)なるものを振り回す独善者の「革命」よりも、ロールズのいうような「正義」や「理想」を語り、ひとつひとつの合意をはかる方策のほうが正しい道ですね。

マルクスは「正義」も「立憲主義」も語りませんでした。逆に、あろうことか「プロレタリアート独裁」なんてことを書いてしまった。このあたりも失敗の原因なのでしょう。

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