国家戦略特区=解雇規制緩和特区
■解雇ルールの緩和
産業競争力会議の国家戦略特区ワーキンググループは、当面は労働時間規制をあきらめて、有期雇用規制の特例と、解雇ルールの特例措置にしぼったようです。
解雇ルールの特例措置について、9月20日の八田座長資料の文章表現から次のように変更になりました。とはいえ、趣旨は一緒です。
現状:裁判になったときの予測可能性が低い。
特例:特区内の適用対象に限り、解雇の要件・手続を契約書面で明確化(契約内容が特区本部で定めるガイドラインに適合する場合、裁判規範として尊重されるよう制度化)。
■「解雇のルールの明確化が目的」という誤魔化し
ワーキンググループは、「解雇規制の緩和を目的とするものではなく、明確化をはかる」などと述べているようですが、法律の素人をごまかすものです。
上記「裁判規範として尊重されるよう制度化」という言葉は、法律家や行政官が真面目に書いた文章とは思えないような、「ごまかし」文章です。
「裁判規範」である以上、裁判官は拘束されます。尊重すれば良いというものではない。憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めています。この「法律」とは「裁判規範」を意味します。解雇に関する契約条項が「裁判規範」となれば、その裁判規範は労働契約法16条の特則になる。そして、「特別法は、一般法に優先する」との法律解釈の原則から、特区の解雇条項(解雇に関する契約条項)が優先され、これによってのみ解雇の有効性を、裁判官は判断しなければならなくなります。労働契約法16条は適用されないことになります。
■解雇の契約条項
ガイドラインに適合した解雇契約条項の例としては、次のような条項が考えられます。
例1:担当職務又は担当勤務場所が消滅した場合には解雇できる。
例2:契約書に定めた職務能力又は業務成果が達成できなかった場合には解雇できる。
今の労働契約法16条が適用されれば、例1も例2も、その担当職務や担当勤務場所がなくなっても、解雇回避努力として配置転換の可能性が十分に検討されなければ解雇は無効となります(整理回顧の法理)。ところが、上記契約条項が裁判規範となれば、裁判所は、担当職務又は担当勤務場所が消滅したという事実だけで、解雇を有効としなければなりません。
例2の場合も、契約書に定めた職務能力や営業成果が発揮できなければ、解雇が有効となります。現行法の下では、労働者の努力や他の労働者との比較、会社が業務支援や教育指導を十分に行ったかも勘案されて、解雇が有効か無効かが決められます。これは不要になってしまいます。
このとおり、特区の契約条項に裁判規範とすることは、労働契約法16条の適用排除にほかならないのです。これを「適用排除でない」と強弁するのは、法律解釈の論理としては間違っています。
■弁護士や会計士だから良いの?
適用対象は、弁護士や会計士等だとします。理由は、「高度の専門能力を有し、交渉力が高い」からだそうです。
しかし、実際には、法律は、このような抽象的文言にして特区所管の大臣があとは政令で対象の範囲を広げるという制度とするはずです。
弁護士で想定されるのは、企業が雇う「企業内弁護士」(最近は、「インハウス・ロイヤー」と言うそうです。要するに「サラリーマン弁護士」です。)でしょう。しかし、現在の若手弁護士は極めて就職難です。中には法律事務所に就職できず、弁護士登録できない若手が多くいるそうです(200人に達する)。しかも、「企業内弁護士」になろうとするようなビジネス志向の司法修習生は、本来はビッグ・ローファームの法律事務所への就職を狙います。だから、企業内弁護士になるのは、その手の事務所に入れなかった人達です。決して交渉力は高くない(どちらかというと低い)。そもそも普通の人は「弁護士資格をとりながら、何が悲しくて企業のサラリーマンなんかになるの?」と感じるでしょうから。ですから「現在就職状況が悪いので、企業内弁護士になるのもやむを得ない。」というのが本音ではないでしょうか。雇う企業側の本音も「給料が他の大卒・院卒と同じ程度に低くなったから雇ってもいいか。」と言うものです(企業の法務部長等をしている大学の友人たちから聞きました。)
最初は弁護士や公認会計士や大学院出の博士であっても、その後、どんどん緩和されるのが政府の労働法規制緩和策の常套手段なのです。労働者派遣法改正経過を見ればわかります。
とにかく特区で「蟻の一穴」を、岩盤にあけて、そのあとはドンドン広げるといういつもの手法です。小さく産んで大きく育てるです。マスコミや国民は、同じ手法に何度も騙されていますけどねえ。
■開業後5年以内や外国人労働者が30%以上が対象事業所だから良いの?
既存の企業も、開業後5年をクリアするのは、子会社を設立すればオーケーです。また、子会社を設立して、労働者を子会社に転籍させればオーケーとなります。
外国人労働者が30%以上って、別に外資企業に限りません。地方に行けば、製造業メーカーの中小企業が、日経ブラジル人等の外国人を有期契約でたくさん雇用している事業所はたくさんあります。群馬とか、静岡、山梨など。こういう地方では、中小企業の日本企業も、外国人労働者の30%をクリアできるでしょう。
■「予測可能性がない」という非難について
日本の労働契約法16条は、解雇の有効性の要件を、「客観的で合理的な理由があり、社会的に相当であること」としています。八田氏は、この法文では、予測可能に欠けるとします。しかし、解雇規制の法文が抽象的になるのはやむを得ません。これは日本だけではありません。欧州や韓国の解雇規制の法文(訳文)も日本と似たり寄ったりです
ドイツ 「社会的不当性」
フランス 「真実かつ重大な事由」
韓 国 「正当な理由」
この国々の解雇規制の法文の詳細は以前のブログで紹介しました。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2013/08/post-f95e.html
そもそも、業種や従業員数、企業規模(10人程度の企業から1万名を超える企業まで)が多種多様に別れ、労働者側の事情も解雇理由も千差万別です。これを具体的に特定することのほうが難しい。判例による積み重ねで判断方法や枠組みが判例を分析することで得られます。法文だけで予測可能性を高めることは困難でしょう。
解雇規制を定める法律に求められることは、「予測可能性」だけでなく、「結果の妥当性」です。解雇の場合には、法律に求められるのは、「結果の妥当性」が重要です。予測可能性があっても、結果の妥当性を欠けば意味がありませんから。
■「解雇自由化すれば、失業者が現象する」という経済学の実験場=特区
八代氏、八田氏の依拠する経済学は、解雇を自由化し賃金の下方硬直性を打破(自由化)すれば、労働市場の市場機能が回復し、創業が進んで企業の雇用率が増加して失業率も低くなるという経済学です。その実験をする場が、この国家戦略特区なのです。「解雇規制を緩和するものではなく、解雇ルールを明確化する」というのはごまかしでしかないでしょう。
この解雇緩和特区がどこになるかは、まだ決まっていません。が、橋本市長が既にチャレンジ特区として手を挙げている大阪市が有力候補でしょう。
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