八代尚宏教授の「正社員の解雇規制改革」批判(その2)-日本の解雇規制は抽象的すぎるか?
■八代教授の「解雇権濫用法理」の理解って少しずれてる
八代教授の解雇規制、特に「解雇権濫用法理」の説明は、いつも何やらおかしい。次のような記述です。
現行の解雇規制の最大の問題は、それが判例法理に基づいており、労働者は裁判に訴えなければ解雇の際に十分な補償すら受け取れないことにある。労働契約法の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は禁止」という抽象的表現では、個々の解雇事例が「社会通念上相当」なものかどうかの判断を労働委員会のような行政ベースではなく、裁判官に委ねなければならない。
ここでいう「合理的な理由」の具体的な内容としては、「解雇権濫用法理」の四要件(解雇の必要性、回避努力義務、被解雇者選定の公平性、労働組合などとの協議)として判例法で確立したものが適用される。それでも、雇用をめぐる紛争の解決を裁判官の裁量に委ねることは、個々の裁判官の判断基準の差もあり、企業にとって予想しづらいため、正社員の採用を抑制させる危険性がある。
■解雇権濫用法理と整理解雇法理を相変わらず混同している
八代教授は、「解雇権濫用法理の4要件」と言うが、これは「整理解雇の4要件」のことです。解雇権濫用法理、正確には労働契約法16条については、裁判所の判例は、使用者が経営上の理由によって解雇する整理解雇の類型と、労働者の個人的な理由による個別解雇の類型に分けて、前者については「整理解雇の4要件(要素)」を満たさなければ、客観的合理性及び社会相当性がなく、解雇が無効となるのです。
■解雇規制は労働契約法に基づく規制であり、判例法ではないこと
また、解雇規制は「判例法」ではなく。労働契約法16条に基づくものです。確かに、具体的な当てはめは裁判所の判決(裁判例)によります。これは労働契約法だけでなく、民法でも刑法でも同じです。事実認定・法律の解釈適用は裁判所の専権ですから。
八代教授の主張を善解(善意に解釈)すると、抽象的な法文なので判例まで調べないとルールの内容が良く判らないと言いたいのでしょうか。ある裁判官は、解雇権濫用法理を「判例のアラベスクだ」と評していました。でも、これは諸外国でも一緒です。
■独・仏・韓との解雇規制法の比較
ドイツ解雇制限法は、解雇は「①労働者の個人的事由,行動に存する事由又は②当該事業所における労働者の継続就労を妨げる緊急の経営上の必要性に基づかない場合には,社会的に不当である」と定めています(同法1条2項)。①が個別解雇であり、②の「緊急の経営上の必要性」が整理解雇のことです。「社会的不当」性という文言も極めて抽象的です。
フランス労働法典は、「真実かつ重大な事由」が解雇には必要と定めています。経営的理由による解雇については、具体的には、「①雇用の廃止・変動又は労働契約の変更が原因となっていること,②これらが特に経済的困難又は新技術の導入及び企業競争力の保護を目的とする再編成の結果として行われたこと,③適応義務及び再配置義務を履行したこと」が必要とされています(判例)。
韓国の勤労基準法は、解雇には「正当な理由」が必要と定め(同法30条1項)、経営上の理由による解雇(整理解雇)について、次のように詳細に定めています(同法31条)。
① 使用者は、経営上の理由により勤労者を解雇しようとする場合には、緊迫した経営上の必要がなければならない。この場合、経営悪化を防止するための事業の譲渡・引受・合併は、緊迫な経営上の必要があるものとみなす。
② 第①項の場合に使用者は、解雇を避けるための努力を尽くさなければならず、合理的で公正な解雇の基準を定め、これに従ってその対象者を選定しなければならない。この場合、男女の性を理由として差別してはならない。
③ 使用者は、第②項の規定による解雇を避けるための方法及び解雇の基準等に関して当該事業又は事業場に勤労者の過半数で組織された労働組合がある場合には、その労働組合(勤労者の過半数で組織された労働組合がない場合には、勤労者の過半数を代表する者をいう。以下"勤労者代表"という。)に対して解雇をしようとする日の60日前までに通報し、誠実に協議しなければならない。
しかも、韓国では、解雇に「正当な理由」があるかどうかは、労働者は労働委員会に申し立てることができ、労働委員会(行政委員会)が解雇の有効性を判断をします。つまり韓国では「行政ベース」で判断をしているのです。(労働委員会の命令に対しては、裁判所に取消訴訟が提起できるのですが、解雇紛争のほとんどは労働委員会(地労委と中労委あり)で解決しており、裁判所での民事訴訟は圧倒的に少ないのです。このことは去年、日弁連韓国調査で韓国中労委、ソウル中央地裁労働部の裁判官から聞きました。)
諸外国の解雇規制の法律も、日本の労働契約法16条と同様に抽象的な法文になっています。これは解雇が様々な企業や労働者のケースがあり、裁判所が判断するか労働委員会(行政委員会)が判断するかにかかわらず、抽象的な文言で包括的に法律で定めるほかないからです。
■諸外国の法制を見ても、日本の労働契約法16条の法文が抽象的すぎるとの八代教授の批判は的外れでしょう。
では、解雇基準が抽象的だから、労働者の採用が減るのでしょうか。
これは次回に検討します。(続く)
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