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2013年8月18日 (日)

八代尚宏教授の「正社員の解雇規制改革」批判(その4)-解雇規制は中小企業労働者を犠牲にしているか?

■八代教授の解雇紛争や訴訟の運用についての誤解

八代教授は、<裁判に訴えられるのは大企業労働組合のみで、中小企業労働者は解雇を裁判所に訴えることもできない。現行の解雇規制は中小企業労働者の犠牲のもとに大企業労働者・労働組合の既得権擁護である。>かのように批判しています。

 潤沢な資金をもつ大企業の労働組合であれば裁判所の費用や訴訟中の生活費の支援は容易であるが、そうした資力を欠く中小企業の労働者を救済することはできない。こうした状況を改善し、解雇の際の金銭補償の基準を示すことで、裁判に依らなくとも弱い立場にある労働者を救済することが、労働契約法制定の目的であった。
 それにもかかわらず、現状のような明確な基準を示さない解雇原則にとどまったことは、裁判に訴えれば解雇無効や多額の補償金を勝ち取れる可能性が高い大企業の労働組合と、解雇自由の状況に近い中小企業の経営者との利害が奇妙にも一致し、中小企業の労働者の犠牲の下に、現状維持が望ましいという判断が働いていた可能性がある。

■八代教授の事実誤認

大企業労働組合が、「潤沢な資金」で解雇された労働者の裁判を支援するという認識は全くの事実誤認です。大企業労働組合が解雇裁判を行わないことは、労働紛争や解雇訴訟の実態を知る人間には常識です。

中小企業の労働者が解雇された場合、裁判(労働審判含む)を起こすことが不可能かというと、これも実態を見誤っています。

労働審判施行前には、裁判所が扱う個別労使紛争(本訴・保全)が年間2500~3000件件程度であったものが、2006年労働審判施行後、労働審判が増加し、現在は本訴・保全・労働審判合計で7500件まで増加しています。

また、労働審判を申し立てる労働者の圧倒的多数は中小企業労働者なのです。このことは次の東大社研の調査からも明らかです。

労働者側の回答では、従業員30人未満の小企業が約44%、100に人未満だと約66%を占める。1000人以上の大企業は約10%(東京大学社会科学研究所、2011年10月「労働審判制度についての意識調査基本報告書」仁田道夫・佐藤岩夫・水町勇一郎)
http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/roudou/abstract.html

中小企業労働者が裁判所に訴える(本訴、保全、労働審判含む)ことができないとの八代教授の認識は誤りです。

また、中小企業の使用者には労働法の知識がないため、「テメエ、バカヤロー」的な解雇が多く、労働契約法16条違反として解雇無効となるケースは珍しくないのです。つまり、中小企業労働者も解雇規制の恩恵を受けているのです。

ですから、「中小企業の労働者の犠牲の下、労働契約法が制定された」という八代教授の主張は何らの根拠もない謬見です。八代教授は、解雇権濫用法理や解雇訴訟の運用などにうちての「基本的知見」が欠けているように見受けられます。

■労働審判・労働訴訟提起への援助こそ必要

確かに、中小企業労働者で不当な解雇を受けた者すべてが労働審判ないし裁判を申し立てることができるわけではありません。しかし、それは労働者が労働審判にアクセスする方策が十分に整備されていないからです。

弁護士代理人の紹介制度、申立費用の援助制度(今でも法テラスもあります)を充実させることや、労働局の紛争解決委員会であっせんが成立しなかった場合に労働審判申立につなげるようなシステムをさらに整備すれば、労働審判や労働裁判はまだまだ飛躍的に増加するはずです。

私は、資力がない人の場合には、労働審判の着手金は10万5000円、報酬は解決金からもらうというシステムで受任しています(もちろん事案によりますが)。別に資金が潤沢な大企業労組の援助がなくても、法テラスの援助も得れば、労働審判を申し立てることは十分可能です。

■八代教授の本音は?

ところが、八代教授は、このような訴訟援助の方策を検討されていません。解雇の規制緩和と解雇の金銭解決制度の導入しか考えていないかのようです。

ですから、八代教授が「中小企業労働者のためとか、女性労働者や非正規労働者の利益のためだ」と力説しても、あまり信用することができません。「労・労対立」を煽って、使用者の利益を擁護しようとしていると思わざるを得ないのです。

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