■解雇裁判の結果が予想できないから正社員の採用が過度に抑制される?
八代教授は、個々の裁判官の判断基準の差もあり、解雇裁判の結論が予想できないので(つまり、解雇した使用者が敗訴するかもしれないから)、正社員の採用を抑制する危険性があるとします。「解雇規制が厳しいと、企業は労働者の採用を抑制する」という「マクロ経済学の通説」(「仮説」でしょうが)と同一の論理です。(経済学者は、次のようなことを「したり顔」で述べます。)
解雇規制が厳しいと、労働者を採用すると将来景気が悪くなっても解雇できないので、企業は労働者の採用を抑制する。
労働者を保護しようとする善意の解雇規制が逆に失業者が増大させるという皮肉な結果になる。
(・・・嫌な奴)
でも、使用者が労働者を採用するかどうかを決める際に、将来解雇できるかどうかで採用の有無や採用人数を決めるという単純なものでないことは、経営者であれば誰もが承知していることです。
特に中小企業は、事業が拡大できるのであれば、利益をあげるために労働者を多く採用します。他方、仕事の増加や収益拡大の予想がたたなければ採用しません。当たり前です。
企業は、需要予測、受注予測、生産計画、事業達成のための要員計画、利益予測などによって、労働者の採用数が決定されます。将来解雇できるかどうか考えて採用数を決定する経営者(採用担当者)はいません。
将来解雇したら裁判で負けるかもしれないからといって、その時に必要な労働者を雇い入れずに、せっかくの売上増や利益増のチャンスを見逃す馬鹿な経営者などいるわけがない。
「残業増加で対応して、労働者を採用しない」という見解もあるでしょうが、残業増加では生産量増加には限界があるし、また、もしそうであれば解雇規制緩和でなく、労働時間規制(残業禁止)をすれば良いはずでしょう。
こういう議論では、経済学者は、それはミクロの話しで、マクロの見地から見れば違うんだと言うのでしょう。
■ドイツの解雇規制緩和の実態調査-高橋賢司准教授の「解雇の研究」から
でも、この「通説」は、一見するともっともらしく聞こえますが、実際には何ら「実証」されていません。
高橋賢司准教授(立正大学)の「解雇の研究-規制漢和と解雇法理の批判的考察-」(2011年法律文化社)によると、ドイツの解雇規制の緩和の前後を比較した実証研究では、解雇規制の適用と失業率や採用率は有意な関連が見いだされていないそうです。この本の当該部分(44~52頁)を乱暴に要約すると次のようになります。
ドイツは、解雇規制(解雇制限法)につき、従来労働者5人未満の企業には解雇制限法が適用されなかったが、1996年改正で10人以上の企業にのみ解雇制限法が適用されることになった。つまり、10人未満の企業は「解雇自由」となった。
その後、社民党・みどりの党が政権奪取をして、1999年以降もとにもどり、5人以上の企業に解雇制限法が適用されるようになった。
ところが、社民党シュレーダー政権は2003年改正で、再度規制緩和をして、10人以上の企業にのみ解雇制限法を適用するようになった。
ドイツの6人~10人の労働者を雇用する小規模企業は、解雇規制がある状態と解雇規制がない状態を経験した。
もし八代教授の主張が正しければ、解雇規制が撤廃された時期は、6~10人規模の企業の労働者採用率が増加しているはずである。
ところが、ドイツの実態調査によれば、このような有意の関連性は確認できず、企業のアンケート調査によっても採用率や離職率に大きな影響を与えていないと報告されている。
結局、失業率や求人数は、解雇規制の緩和よりも、景気の好況に大きな影響を受けているということです。まあ、当たり前の結論です。
要するに、八代教授らの「通説」とやらは、「経済モデル論」を振り回しているだけの「思い込み」にすぎず、何ら実証されていないのです。かえって、ドイツの実態調査では否定されているのです。
■「正社員」の解雇規制が厳しいと「正社員」の代わりに「非正規社員」が増える
では、「正社員の解雇規制が厳しいと、非正規社員が増加する」との指摘はどうでしょうか。これは日本の現実では、そのとおりです。
非正規労働者(ほとんどが有期契約労働者)は、有期労働契約の更新を使用者から拒絶されることで雇用が打ち切られるという不安定な地位にあります。
そこで、使用者としては、労働契約法16条の解雇規を免れるために、有期契約労働者を採用しようとします。使用者としては経営合理的な選択でしょう。
現に、1990年代半ばから、非正規労働者の占める比率は急激に上昇し、現在では労働者全体のうち、非正規労働者は3割強を占めています。
では、これに対してどう対処するか。
一つの方法は、有期労働契約に対して規制を及ぼすことです。
つまり、①有期労働契約を認めず、原則として無期契約とする(有期労働契約は期間を定める合理的な理由がある場合に限定する)。あるいは、②有期労働契約であっても、雇用継続を期待することに合理的な理由がある場合には、使用者は雇止めをするには、客観的合理的理由及び社会的相当性が必要とするということです。さらに、③一定の期間を超えて有期契約を更新する場合には無期契約に転換することを法律で定めることです。
労働契約法が改正されて、上記②(雇止めの法理)と③(5年超の無期転換権)が立法化されました。
ところが、八代教授は、このような規制強化①、②、③に強く反対します。
企業が無期契約への移行を強制されることを防ぐために、働き出してから5年以内に契約更新を打ち切られる可能性がある。
非正社に対する規制強化は、むしろ失業者を増やす危険性が大きい。
無期契約を回避するためだけの雇止めは、客観的合理的理由がなく、労働契約法19条に違反して無効になり、これが改正労働契約法の趣旨です(と解釈しなければならない)
■八代教授は、「正社員の解雇規制を緩和なしい撤廃すれば、企業が正社員の採用を増やす」というのでしょうか?
さすがに、そこまでは言いません。結局、八代教授は、「正社員の雇用機会を増やすためには経済成長が必要」というだけです。
正社員の解雇規制が緩和・撤廃されても、正社員が解雇され易くなるだけで、当然のことながら、それが正社員を採用する積極的な理由になるわけではありませんりませんから。
現代の優良企業は、正社員には、専門的職業能力、語学やリーダーシップなどを求めています(ホワイトカラーでなく、プラチナカラー)。その分、非正規社員に比較して高い給与(職能給制度や成果主義賃金)が支払われます。しかも、少数精鋭主義です。
あとはブラック企業です。正社員に雇った後、厳しいノルマや長時間残業を担わせ数年働かせて、過酷な労働環境の与えて辞めさせていく人事管理をビジネスモデルとする企業です。
結局、正社員の解雇規制をしても正社員が解雇され易くなるだけで、雇用が流動化するからといって、失業者が減るということは何ら実証されていないのです。
で、解雇規制緩和は、「失業者や非正規労働者のためだ」という理屈は、極めて怪しいものなのです。
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