読書日記「日本型雇用の真実」石水喜夫著 を読んで。日本型雇用システムの光と影
2013年6月10日1刷
2013年7月28日読了
■新古典派経済学による労働経済学の回答
石水教授は、新古典派経済学の労働市場改革をマーシャリアンクロス(需要供給曲線)という分析装置を用いて労働市場を分析して、この経済学が失業問題に対して出した回答とは次のことだと要約します。
賃金決定における労働組合の影響力を削ぐ、労働法を規制緩和する、労働行政を改革する
この新古典派経済学の雇用改革は、冷戦終結後、1994年にOECD「雇用戦略」として確立され、世界中に大きな影響力を持つようになったとして、次のように解説しています。
第二次世界大戦後の西側陣営では、福祉国家として完全雇用を目標に経済運営を行うことを基本に、総需要管理政策によって適切に経済成長を誘導しながら雇用機会を創造し、失業を吸収していくのが、雇用政策の通念であった。
これに対して新古典派経済学の労働市場論に依ってたつOEDCのエコノミストらの提言は全く異なる。
「規制緩和」や「企業家精神の発揚」によって労働力需要を喚起しつつ、一方で、労働力の供給側には柔軟性を持たせ、労働力の需給調整に市場メカニズムを積極的に活用することで、失業問題の解消を図ろうとし、OECDの雇用戦略は、この新古典派経済学による政策にほかならない。
■1994年 OECD雇用戦略
OECD「雇用戦略」は、具体的には次のように改革を提言したそうです。
雇用保障の法的規制を緩和し、企業が容易に解雇を行えるようにすれば、企業の採用態度も積極的になるという認識が示され、規制漢和は雇用機会を増やすものとされました。また、労働移動を活発化させることが市場メカニズムの活用であるという認識が示され、その労働移動も、公共職業安定所などの公的職業紹介によって担われるものではなく、民間の人材ビジネスを広げることが、労働市場の活性化に資するものとされたのです。
■OECDの対日審査(1996年)
OECDは、日本経済に対する審査を行い、日本の雇用慣行と雇用政策に対する提言が行われているとのことです。その内容は次のとおりです。
審査では、長期雇用や年功賃金制度などの日本の雇用慣行は、市場の資源配分機能を生かしていないとして厳しい批判の対象としされました。
こうした認識と分析にもとづいて、労働市場の柔軟性を促進するために、日本では労働市場政策の変更が必要である、と結論づけられました。
具体的には、民間職業紹介と労働派遣事業を拡大することで、労働市場の機能を活かすために人材ビジネスの拡張が不可欠だとされています。また、正社員の解雇に関する基準を緩和することも労働市場の柔軟性を確保する上で必要だとされています。
特に、この解雇規制の緩和に関しては、「日本の労働者は非常に安定した雇用の恩恵を受けている。法律は所定の解雇手続を踏むことによって従業員を解雇することを認めているが、裁判所はこの権利を行使する企業に制限を課している」と日本の
判例法理まで言及する念の入れようです。
政策論として、行政府や立法府に対しメッセージを発するのは理解できますが、裁判所と歴史的に形成されてきた判例法理にまで批判を加えるのは異様に思えます。
確かに、1996年は、まだ労働基準法に「解雇権濫用法理」の規定(旧労基法18条の2)は法制化されていませんでした。今は、労働契約法16条で法律によって解雇は規制されています。
■労働組合の反対
これに対して、ヨーロッパ諸国の労働組合は反発し、労働組合諮問委員会(TUAC)は、グローバリゼーションのキャッチワードの下で、雇用の流動化など、「負の柔軟性」が強調されているとして、反対の声明を出しいるそうです。しかし、「1994年のOECDの雇用戦略の日本における影響力はきわめて大きいなものであり、いまだにその影響を引きずっている」(高木剛連合元会長)。
そのとおりで、今回、規制改革会議の雇用ワーキンググループの提言は、これらのOECD「雇用戦略」にそった内容になっています。
■日本型雇用の評価
石水教授は、次のように日本型雇用を高く評価されていています。
日本の労使関係に見られる長期雇用慣行には、雇用を安定させ、長期的な視点から人材を育てて評価する機能が備わっています。(OECDの)審査報告書は、このような日本の雇用慣行を理解していません。
欧米の雇用文化は日本の雇用や賃金と異なるため、彼らには理解できない。賃金について「仕事基準」と「人間基準」という用語で説明しています。
彼ら(欧米)の賃金は、「仕事基準」の賃金であり、彼らの社会は、仕事の内容に応じて賃金が決まる社会です。仕事基準の賃金は、同じ仕事をしていれば、会社が違っても賃金は同じですから、転職は容易であり、労働移動を媒介として労働市場によって賃金が決まるところが、日本の賃金は、「人間基準」であり、正社員について見れば、その所属する企業・組織の中で賃金が決まり、一人ひとりに賃金が張り付いています。その賃金決定に用いられる仕組みが「職能賃金制度」です。企業の中で職務経験を積むことで能力が向上するという理解のもとに、能力評価制度がつくりあげられています。
賃金については、日本型賃金は「属人基準」であり、欧米型賃金は「職務基準」であるという理解は常識ですが、これを「人間基準」と「仕事基準」という言葉で整理されています。
石水教授は、このような社会や文化の違いを考慮しないで、市場経済学の雇用戦略を日本にあてはめては、完全雇用や福祉国家は破壊されると言います。同時に、故大平首相らの日本の保守政治家の雇用・経済政策を高く評価します。
石水教授の次の指摘も、現在の雇用規制改革の流れを言い当てています。
新古典派経済学によって成立した経済学のパラダイムは、パラダイムの拡張と研究者ポストの確保ために、労働問題への進出を強化しています。労使関係の局外から構造改革を推し進めようとする社会勢力が、着々と拡張しているのです。
■職業は、個人とともにあるか、会社とともにあるか。
新古典派経済学では、職業は個人とともにあり、個人的な自己啓発と努力によって高い職業能力を身につけて、これを高く売って高収入をえる「自立した職業人」となるべきというおことになります。
しかし、石水教授は、これは欺瞞であるとされます。そして、日本型雇用を次のように擁護します。
日本では、職業は、会社とともにあり、長期雇用慣行のもとで職業技能は会社の中で培われている。技術進歩や技術革新を担う労働者の職業技能は、会社で働きながら身につき、その蓄積された力は会社の中で評価される。高度技術社会は、学卒者の内部要請を基本とした長期安定雇用にならざるをえない。
■感想-日本型雇用の光と影
日本型雇用システムの「光」の側面を、浮かび上がらせた著作です。
現在の規制改革会議の雇用改革(いわば企業側の「雇用改革」)に対する強い批判になっています。しかし、著者が高く評価する「日本型雇用システム」には「光と影」があります。少し「影」の側面を軽視しているように思います。
日本型雇用の「影」の部分は、「男性中心の正社員中心」、「長時間労働」、「社畜化」、「過労死」、「女性労働者の差別」、「専業主婦という家事奴隷化」、「モノを言う労働組合の圧殺」だと思います。
今、この日本型雇用の「影」の部分(弱点)につけ込むかたちで、ジョブ型正社員等の規制改革が打ち出されています。
日本型雇用システム(長期雇用慣行や雇用保護的政策等)を維持するとしたら、労働時間の厳しい規制(残業規制)、ワーク・シェアリング、非正規社員の安定雇用への転換、賃金
格差の是正が不可欠だろうと思います。
これらは普通のノン・エリートの女性労働者の差別是正のための必要条件でもあります。
日本型雇用は守られるべき面と修正されるべき面があると言うべきでしょう。
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