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2013年4月14日 (日)

日本国憲法を制定する国民投票ってありましたか?

■改憲は国民投票
日本国憲法の改正は国民投票で決せられることになっています。この改憲手続を定めた憲法96条は、国会の発議と国民投票での改正するとしています。

■憲法制定は国民投票不要?
でも、そもそも、日本国憲法が制定(憲法制定) 時に国民投票が実施されたでしょうか。
たぶん事実として、日本国憲法制定の国民投票って、されていないのでしょう。
護憲派も、改憲派も、なぜか触れない。
これも日本国のタブーなのでしょうか。
「日本」という国号や、「天皇」という称号が西暦何年に成立したのか?と同じように、皆触れたがらなんだよね。
要するに出自の怪しいからなんでしょう。日本国憲法は米国製だし、天皇制は中国製だし?(泣き)。

■護憲派のタブー?
現実に、日本国憲法は大日本帝国憲法の改正して発布されています。天皇主権の大日本国憲法から、国民主権の日本国憲法への改正ですね。

これって明治憲法の改正手続の限界を超えるもので、手続的には違法と考えるしかないで
しょう。憲法の教科書でも、手続違法が通説でしょう。

真面目な知的に誠実な憲法学者であれば、日本国憲法の正当性をどう論証するかは、理論的には高いハードルなんだと思います。宮沢俊義教授の「横からの革命」論のように、法的手続では救えず、事実としての「外国の革命権力」(横からの革命=民主的な連合国の
占領権力)革命逃げるしかないのです。

ただし、憲法学者の多くは、日本国憲法の立憲主義・人権尊重主義や平和主義に賛成したいので、手続的違法性を言い立てても保守反動層を利すると考えて、憲法学者の多くは口をつぐんできたのでしょう。私もそうです。

でも、日本国憲法の正当性を民主主義で論証するのは無理があります。唯一の正当性の根拠は、政治社会における暴力としての絶対的権力が、憲法という皮をかぶって正当化の法的根拠が必要ということでしかありません。明治憲法も、江戸時代にあった「憲法」(constitution・国家組織)も、人民の承認なんて必要とされていません。

民主的憲法制定なんで、20世紀の一時期のはやりでしかなかったのです。日本は、その洗礼さえ受けていないのです。

■民主主義憲法ではないのが正体
要するに、1946年憲法(日本国憲法)は、国民投票制で国民に意識的に選択された民主的憲法ではないのです。

そもそも、これを改正するのに国民投票がいるのか?という石原慎太郎の意見は実は、本人は考えてないでしょうが、結構、本質を突いているのです。

■民主主義憲法が制定されるのを恐れて、米国が押しつけた立憲君主主義憲法「日本国憲法は、理論的にみれば、象徴天皇制を残した立憲君主主義憲法です。要するに、日本は、実は民主主義国家ではなく、あくいまで形式的な立憲君主主義国(象徴天皇制家)として把握すれば論理的な整合性はあります。まあ、それをはっきり規定すると、天皇制廃止などを言い出す輩が出るので、このあたりも曖昧にするというのも日本的です。

民主主義的な観点から見ても、米国占領軍の軍事権力を背景にして日本に押しつけられ
た憲法にほかなりません。米国は、連合国の対日理事会が発足する前に、自分に都合よい、「天皇制維持=象徴天皇制」、そして、その代替物としての「非武装9条」を押しつけた
というのが歴史的真実です。

対日理事会が、憲法を押しつけたら天皇制が廃止され、自衛隊(国防軍)が容認された憲法が作られたかもしれません。どっちの憲法でも、日本人は、敗北とともに受け入れたことでしょう(情けないけど)。

今の憲法が国民投票で制定されていないという事実を真面目に考えないのが日本人です。護憲派も改憲派も、日本国憲法の承認する国民投票制度を避けてきました。にもかかわらず、憲法96条改正手続を国民投票の3分の2か、2分の1かを論じているのを見るのは、何だか極めて滑稽であり、曖昧な日本人です。

(まあ悪いとは言いません。そこが日本人のいいところなんだし。)

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2013年4月11日 (木)

「労使双方が納得する解雇規制」はあるか?

 「労使双方が納得する解雇規制」とは何か

世界5月号に濱口圭一郎さんの「『労使双方が納得する解雇規制』とは何か」という論考が掲載されています。

前半で解雇規制を論じる場合の前提事実が論じられており、後半は、労使双方が納得する解雇規制として、解雇の金銭補償制度が提案されています。中小零細企業労働者にとっては、金銭補償はメリットがあり「福音」ではないかというのです。

日本の解雇規制は厳格ではない

この論文の前半部分は、そう異論はないのですが‥

ただ、日本の「特殊な正社員」の位置づけとして、経営側があえて自らの生産性をあげるために、そのような「正社員」を作り出してきたという面にも注目するべきだと思います。

確かに、日本の正社員は、職務は無限定であり、労働量(残業)も無定量の働かせ方をさせられています。いわば、正社員は企業に全生活、全人格を支配された「企業戦士」=「メンバーシップ型社員」です。

しかし、この職務を限定しない正社員は、経営側にとって多大なメリットがあったのです。高度経済成長の時代、特定の職種、特定の技術に限定されず、新たな技術や新たな生産方法に柔軟に対応できる「多能工」を育成してきたのは経営側でした。

例えば、特定の旋盤しか扱わないという狭い職務で限定して労働者を雇うことは、技術革新でどんどん新たなNC旋盤などの生産方法や生産組織を生み出す日本企業にとっては困るのです。新技術に対応、適応してくれる「多能工」が効率的なのです。

日本型正社員は、これはこれで高度経済成長の時代にマッチした経済合理性のある雇用のあり方であったわけです。職務を限定して雇って職務が古くなり、無くなれば解雇する。そして、新技術に対応する職務が生じたら、新たな職務に対応する労働者を雇い入れる、なんてことは実際にはできなかった。新生産組織や生産方法に対応した労働者を他から雇い入れることはできない話しで、自社の労働者を配置転換して対応せざるをえなかったはずです。

■多能工化が正社員のデフォルト・ルール

このような多能工的な「正社員」だからといって、残業を無限定に応じる義務が当然に生じるものではないと思います。ところが、これを支えたのが、残業拒否を理由に懲戒解雇を有効とした最高裁判決(平成3年11月28日判決、日立武蔵工場事件)です。この最高裁判決は、ハードワーク・スピリットが日本の製造業の強みだという思い込みと「残業を拒否して、企業や同僚に迷惑かけるとは、怪しからん!」との素朴な保守思想に貫かれた判決であり、ジョブ型雇用契約であっても、最高裁は、残業拒否したら懲戒解雇ができると判断したでしょう。

裁判までできる労働者は極めて少数なのはそのとおり

働契約法16条の解雇規制があっても、中小零細企業では、まったく法律の解雇規制は無視されているのが実態です。これは濱口さんが指摘するとおりですし、その労作によって詳細に明らかにされています。

このことは、労働弁護士にも分かっています。労働審判ができる前は、10件解雇事件の相談をうけても、本訴や仮処分を起こせるのは1件程度でした。費用よりも何よりも、裁判にかかる期間が長期なのが最大のネックです。本訴で1年から2年かかるといえば、普通の人は裁判なんかしません。

労働審判が創設されてからは、弁護士に相談にくれば10件のうち5件くらいが労働審判を含めて裁判所の場に出せるくらいに感じます。一方、行政の相談機関や弁護士にまでたとりつけずに労働者が泣き寝入りするものが圧倒的に多いでしょう。簡易裁判所の調停委員をやっていても、弁護士をつけないで調停を申し立てる労働者はけっこういます。

■解雇金銭解決制度(金銭補償制度)は中小零細企業労働者にとってお得か?

濱口圭一郎さんは次のように提案します。

スウェーデンでは、違法無効な解雇について使用者が復職を拒否したときは、金銭賠償を命じることができると定めているが、その水準は、勤続5年未満:6ヶ月分、5年以上10年未満:24ヶ月分、10年以上:32ヶ月分、である。このような金銭補償基準が法定されれば、ごく一部の該企業正社員を除き、アンフェアな解雇に晒されている圧倒的多数の中小零細企業労働者にとっては福音となるのではなかろうか。

しかし、スウェーデンの場合でも、裁判所が違法無効であると認定した上で、金銭賠償を命じるものですから、どちらにしても、中小零細企業労働者も裁判等の提訴が必要となります。裁判なしで、金銭賠償がされるわけではありません。

つまり、中小零細企業労働者は、裁判まで起こせないのが普通だから、金銭補償をうけられるほうがましだという理屈は成り立たないわけです。

■今の日本の制度のほうが労働者は保護されます

今の日本の裁判制度では、解雇が違法無効であれば、裁判所は、労働契約上の地位にあることを確認して、過去の賃金の支払いと裁判確定までの将来の賃金支払いを企業に判決で命じます。

敗訴した使用者は、労働者を復職させなくても、賃金はずっと払わなければいけません。ですから、使用者は、「復職させて働かせるか、それとも復職を拒否して毎月賃金を支払っていくか」を選択しなければなりません。

この場合、敗訴した使用者が、労働者に、どうしてもやめてもらいたいと考えるときは、1年どころか、「3年や4年以上の賃金相当分を払うから退職和解をしてくれ」といってきます。それを受け入れるかどうかは、労働者が自由に決めます。金銭和解を拒否して、あくまで復職を求めるのも労働者の自由なのです。

本訴で解雇が違法無効と判決になれば、少なくとも解雇されてから一年以上かかりますから、そのバックペイ分の支払いが命じられ、また判決確定まで毎月の賃金の支払いも命じられます。控訴審、最高裁の上級審の期間はおそらく2年くらいはかるでしょうから、労働者は裁判で勝てば少なくとも3年分の賃金は確保できます。さらに、最高裁で勝訴が確定すれば、復職あるいは将来の毎月の賃金の請求権も認められます。

ですから、裁判所で解雇が違法無効という判決を得る以上、何も金銭賠償を法定しなくても、過去無効による地位確認、賃金請求家認容判決で、労働者は十分(スウェーデン以上の)金銭を得ることが可能です。

ところが、スウェーデンの基準が法定されれば、解雇無効で勝訴しながら、勤続5年未満だと6ヶ月分という極めて少額な補償金で雇用を打ち切られてしまうことになります。2年分で3年分でも同じです。

どう見ても、中小零細企業労働者にとっても、福音とは言えません。

安倍首相や田村厚労相が言う解雇金銭解決制度は、裁判所で解雇が無効となった場合のものですから、濱口さんが紹介するスウェーデンの制度と似ています。

でも、上に見た通り、結局、中小零細企業労働者も、裁判を提訴して、違法解雇であるという判決をとらなければなりません。しかも、今の裁判制度より、どう計算しても経営側の負担は軽くなります。

労働者にとっては、せっかく裁判で解雇を違法無効としても、現状より少ないお金で雇用契約を打ち切られることになります。

中小零細企業労働者にとっては福音とは、とても言いがたいものとなります。

■セクハラ抗議をして解雇されても、お金で雇用を打ち切りが可能

しかも、セクハラに抗議をして解雇された場合でも、また企業の違法行為を内部告発して解雇された場合でも、正当な労働組合活動を理由に解雇された場合でも、それが違法無効と裁判で明らかにされても、使用者はお金を払えば労働者を企業から追い出せることになります。

これって企業のモラルハザードをもたらしますね。法律でそんなことを認めるのは「正義」に合致しますかねえ。

■実務的な使用者側弁護士の訴訟活動は

もし私が経営側の弁護士なら、解雇の金銭解決制度が導入されたら、勝ち目の薄い解雇事件では、解雇無効の請求をさっさと認諾します。そして、バックペイが少ない段階で、金銭を支払ってさっさとおわりにしますね、それが合理的な訴訟活動です。

こんな制度って変でしょう。

 

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