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2012年11月25日 (日)

読書日記 「平成史」小熊英二編著

読書日記 「平成史」小熊英二編著 河出書房新社
2012年10月発行
2012年11月読了


■もう「平成史」か!
平成元年は1989年。もうすぐ24年たとうとしています。
個人的には、平成元年(1989年)というと、30歳、既に一人目の子どもが2歳となっていました。
私は高度経済成長の時代に生まれ育ち、プラザ合意後の円高不況後、バブル景気前の1986年に弁護士になった世代ですから、自我の確立時期、ものの考え方、職業生活、結婚・家族生活を含めて、典型的な「昭和の時代」の男性です。

ですから、新婚当初は仕事から帰れば、妻が三つ指ついて、「お帰りなさいませ。お風呂の前に、夕食を召し上がりますか。」と迎えてくれました。これには感動したものです(私の両親は共稼ぎで、そのような言葉は聞いたことがなかったのでね)。

その後、「平成」になった以後は、独立した職業人として働き、父親として生きてきた「同時代」にほかなりません。あらためて「平成史」と銘打たれると感慨が先にたちます。


■大著「<民主>と<愛国>」を書いた小熊氏の平成史
「平成史」は、「政治」(菅原琢氏)、「地方と中央」(中澤秀雄氏)、「社会保障」(仁平典宏氏)、「教育」(貴戸理恵氏)、「情報化」(濱野智史氏)が執筆し、小熊氏が、「総説」と「国際環境とナショナリズム」を執筆しています。(なお、貴戸氏が「教育」の項で、「メンバーシップ主義」の用語を使っています。「メンバーシップ主義」かあ…。これは別に考えてみたい論点です。)現在の「立ち位置」を考えるのに良い本です。


■「昭和の時代」 日本型工業化社会 
小熊氏は、昭和の時代に日本型工業化社会が1975年頃に確立し、その後、工業化社会が衰退・変容し、ポスト工業化社会に変化しており、それに伴い社会意識が大幅に変遷しており、人々の現状認識がこの変化に追いついていないというトーンです。
1975年前後に完成した日本型工業化社会は、大企業を中心として大量生産が行われて経済成長が推進される。雇用が安定し、男性正社員の労働者が中心となり、労働組合が組織され、賃上げが達成される。高い賃金により大量生産された商品が購入されて、企業の収益と労働者の高賃金が達成された。
他方で、女性は、このような男性労働者と結婚して、専業主婦となり、子育てが一段落すれば家計補助的なパート労働者となる。性別役割分担意識が男女ともに強固に残っている。また、中小企業・零細事業では、大企業の下請として臨時工やパート労働者の雇用を吸収していた。いわゆる二重構造、第二労働市場が広く存在していた。
これらは、冷戦体制という国際環境が日本に有利に働いたこと、大企業の景気と雇用安定が良かったこと、日本が若い人口を多く抱えたこと、地方(農業)や中小企業への保護政策が行われたことによって問題点が周辺化され目立たなかった。
■「平成史」 ポスト工業化社会へ
ポスト工業化社会の流れの中で、情報技術の高度化で、現場の単純業務で製造ができるようになり、非正規労働者ですみ、製造業は発展途上国に出て行く。多品種少量生産と個別配送を実現する。低賃金不安定労働者が増加し、正規雇用が減少し、労働組合は衰退する。財政赤字で地方も衰退し、中央政府も「国土の均衡ある発展」という目標を放棄し、「地方は、人材、食料、水、エネルギーなどを大都市に提供する」という役割に位置づけられる(2008年「国土形成計画」)。
■現代日本の二つの世界
公務員および大企業の正規雇用労働者とその家族、そして、農民と自営業者といった旧来の日本型工業化社会の構成部分は、保守主義レジームに近い社会にすんでいる。(保守主義レジームとは、企業、家族、労組、地域などの共同体を基礎にした福祉制度をもうける体制です。)

一方で非正規雇用労働者など、ポスト工業化社会への変化に対応させられている部分は、自由主義レジームに近い世界に住んでいる。(自由主義レジームとは、自由市場と個人責任を重視する。要するに自己責任論)


■社会保障
社会保障の問題点として、次のように述べています。

「健康保険と年金は比較的充実しているが、雇用保険や職業訓練や子育て支援などは手薄く、現状では7割以上の社会保障費が高齢者向けに費やされている。【病人と高齢者以外は自分で職を探せばいい、女性は退職して育児をすればいい】というコンセプトであり、自助努力を重視する自由主義的指向と、家族規範を初めとした保守主義的な指向の混交体である」

「平成史」を一言で表現するなら以下のようになろう。「平成」とは、1975年前後に確立した日本型工業化社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。

■対抗軸 「社民主義」はなぜ支持されないのか
本来は、昭和の時代を貫いてきた保守的なレジームや自由主義的レジームに対抗を期待されるのは、社会民主主義だったのでしょう。しかし、日本は、社会民主主義や社会主義的改良派の勢力が育たなかった。国民から圧倒的に支持されていない。「左翼」は、今や過激派や独裁主義の代名詞のようです。この点が西欧とは大きな違いです。
小熊氏は、「社会党は、社会民主主義の党としてでなく、憲法9条を擁護する平和の党として集票していた。… 世代交代と戦争の記憶の衰微によって、憲法9条を対立軸は主要な争点にならなくなった」とします。

「昭和の時代」には、マルクス思想は思想や社会に興味のある人間には大きな影響力を持っていました。にもかかわらず、旧ソ連や中国、北朝鮮の思想と誤解されやすい「共産主義」はともかく、何故に「社会民主主義」が力を持てなかったのかは、あらためて考えてみたい論点ですね。まあ「協会が悪い」とか、「戦前の社民がファシストに協力した」とか、いろいろ出てくるのでしょうね。

この当たりは、松尾匡氏の「新しい左翼入門」が斬新な問題提起をしていました。また、後藤道夫氏や渡辺治氏も論だてしていましたね。再読してみます。

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