有期労働契約に関する労働契約法改正
■10月24日、日弁連主催の改正労働契約法のシンポジウムにパネリストとして参加してきました。
連合の総合政策局長の新谷さん、日経連の田中さん、第一東京弁護士会の木下潮音弁護士(経営法曹)とご一緒でした。
今回の労働契約法改正についての全体的評価につき、私は次のように発言しました。
労働側は、労働契約締結事由規制を行うことを求めてきました。労働契約の期間を限る「正当な理由」がある場合に限り、有期労働契約が締結ができる。これに反すれば、無期労働契約とみなすということです。
残念ながら、このような入口規制は、見送られてしまいました。また、改正法の内容としても、文言の解釈が不明確な部分が残り、課題を残すものとなっています。
しかしながら、この改正法の提案理由は、「有期契約労働者が安心して働き続けることができる社会を実現するため」のものと明記されているとおり、雇用の安定や不合理な労働条件の改善を実現することが改正法の趣旨にほかなりません。国会での政府答弁でも、この立法者意思は明確です。裁判官は、この立法趣旨に従って、改正法の解釈運用をすべきです。
①無期転換申込権を付与したこと、②雇止め法理を判例法理から制定法に制定したこと、そして、③期間を理由とする不合理な労働条件を禁止したことは、大きな前進であると考えます。改正法の各条文の解釈と運用は、この有期契約労働者の雇用の安定と不合理な労働条件の禁止という改正の趣旨を生かした形で行われなければなりません。
使用者側のお二人は、、5年の無期転換のルールは上限を規制したものではなく、労働者に無期転換申込権を認めたものであり、5年を超えたら有期を使えないと定めたものではないこと、雇止め法理は、法文の巧拙は別として、従来の判例法理を定めた趣旨のものであるという理解されており、この点の理解は一致しています。
ところが、一部に、この法律の弱点を強調して、「5年の無期転換前に雇止めを誘発、促進するものだ。」とか、「雇止めについての判例法理の後退を認めるものだ」と批判する報道や労働組合、弁護士団体の声も聞きます。しかし、それは改正法の趣旨にも反し、単なる「反対のための反対」にすぎません。かえって、自ら労働者の首を絞める結果を招く主張と言わなければなりません。つまり、これらの報道や批判は、「改正法は、5年前の雇止めを容認したものだ」とか、「不合理な労働条件の禁止は法的に意味がない」などと主張しているようなものですから。
■無期転換申込権(来年4月1日から施行 新18条)と雇止め法理(現18条、新19条)
5年を超えて反復更新した有期契約労働者に無期転換申込権を付与しました。そこで、使用者は、5年を超えて無期に転換することを阻止するために、5年に至る前に雇止めをしたり、不更新の合意を締結したり、、最初から有期は5年未満と定めたりする対応をすることが予想されます。
無期転換申込権は、法律で定められた権利であり、公の秩序です。これを回避するためにだけ雇止めした場合には、他に客観的な合理的な理由、社会通念上相当な理由がない限り、その雇止めは無効です(雇止め法理新19条)。
雇止めを無効とすれば、5年を超えた場合には、無期転換申込権が発生します。5年前の安易な雇止めに対しては雇止め法理でたたかうことになります。
■不更新条項について
では、不更新条項の場合はどうでしょうか。
使用者が契約途中で不更新の合意を提案して、これを合意しない限り更新しないと迫られて、労働者が不本意ながら署名押印してしまった場合の紛争が多くあります。
従来の判例は、その不更新の合意が意思表示の瑕疵(錯誤、強迫、詐欺)がなく、労働者の真意に基づくのであれば、有効とするのが有力でした(本田技研事件、東京地裁判決、東京高裁判決)。
しかし、例えば、明石書店事件の東京地裁決定では、「判例で確立した雇止め法理は、労働者保護のための公序であり、当事者の合意だけで、これを排除することは、判例法理の趣旨に反する」として、不更新合意の主張を排斥しました。また、アンフィニ事件東京高裁決定でも、使用者が雇止めのために期間限定をする最終有期契約を締結を求めることは信義則上許されないと判断しています。
となると、労働契約法により条文として成立した新18条と新19条です。この条文の性質は、労働者の雇用の安定をはかることを趣旨とした「強行法規」です。すなわち、公の秩序(公序)にほかなりません。
このような「強行法規」による規制を、使用者と労働者の合意により排除することはできず、そのような合意は無効と考えるべきです。例えば、残業代は払わないという合意を労働者と使用者が定めても、このような合意は、労基法に違反して無効となるのと一緒です。
ですから、改正法が成立した以上、既に有期労働契約を締結し、その更新の途中で、不更新条項を提案して締結したような場合には、不更新条項による契約終了の使用者の主張は許されないものとなると解釈すべきです。
■当初からの上限規制
しかし、有期契約締結の最初の段階から、有期契約は最長3年や最長5年と明示されて契約した場合、この上限規制にどう対応できるかは問題です。もっとも、これは改正前から大きな問題だったのであり、改正が招いた事態ではありませんが。
入口規制を定めなかったため、このような当初からの上限規制自体を、法律上、直ちに違法無効となるとすることは、残念ながら困難でしょう。この点は、改正法の限界です。
しかし、この改正法の趣旨から見れば、単に上限規制があったという一事で、雇用継続の合理的期待がないと即断するべきではなく、契約締結の経過、担当職務が恒常的業務か否かなど、契約締結後の経過を踏まえて全体的に評価すべきと言えるのはないでしょうか。
■有期を理由とする不合理な労働条件の禁止(来年4月1日施行、新20条)
新20条は有期を理由とする不合理な労働条件の禁止を定めています。この条文が不合理な労働条件を違法・無効とし、少なくとも不法行為の損害賠償を根拠づける私法的効力があることは、国会審議で明らかにされています。さらに、労働条件を直接に定めるいわゆる補充的効力もあると言うべきです。
従来は、有期と無期(正社員)との労働条件の違いは、契約の違いによるもので、契約締結自由の原則の範疇であり、違法の問題とはならないとするのが、判例の大勢でした。
しかし、この新20条の成立により、上記のような契約自由の範疇の問題と処理することはできません。裁判所は、「格差」を不合理か合理的かを判断することから逃げられません。そこで、労働者側は、これを活用して有期契約労働者の労働条件改善に労働組合は積極的に取り組むべきです。
福島第一原発で働く下請労働者から相談を受けました。下請会社の正社員は危険手当一日2万円が支払われるが、有期契約労働者には、危険手当が支払われない。契約には日当1万1000円の合意であり、危険手当を支払うとの合意はないからというものです。
今までの法律では、契約でそうなっているから仕方がないということで、どうしようもありません。しかし、この新20条が適用されれば、同一使用者と契約をしている限り、この危険手当の格差は違法となります。
■改正法への批判
これについても、一部の労働組合や弁護士団体は、「職務の内容及び配置転換の範囲という人事の仕組みを要件としているため役に立たない」と批判をしています。確かにそういう面はありますが、それでもパート法8条から比べればずいぶん前進した条項になっています。パート法8条のような「要件」でなく、「要素」と定めています。しかも、「人事運用の仕組み」は雇用の全期間にわたる必要はありません。この点を無視して、役に立たない法律だと批判するだけでは、有期契約労働者の権利向上の取り組みの足を引っ張るだけです。
■E.H.カーの「危機の二十年」(岩波文庫)から
このように理想を常に求めて、理想に達しないと否定するという思考パターンは、珍しいことではなく、古今東西、あらゆる局面に出てくるものです。最近、E.H.カーの「危機の二十年」という本を、印象深く読みました。カーは、次のようなことを記述しています。
「現にあるものについての分析とあるべき姿への願望とを区別するという謙虚さを十分身につけるまでは、どんな学問も学問という何は値しない」
「あらゆる健全な人間行動、したがってあらゆる健全な思考は、ユートピアとリアリティとの間に、そして自由意志と決定論との間にそれぞれのバランスをとらなければならない」
「健全な政治志向および健全な政治生活は、ユートピアとリアリティがともに存するところにのみその姿を現すであろう」
「あらゆるところで歴史は次のことを証明している。すなわち、左派の政党ないし政治家が政権をとって現実にかかわるようになると、「空論家的」ユートピアにズムを放棄して右派へと転じていく傾向がある」
■改正労働契約法の正しい理解と運用を
改正法の解釈は経営側とぶつかることになるでしょう。そのとき、改正労働契約法の正しい解釈は何か、裁判所を説得して労働者に有利な判断を導き出すことにこそ、実務家は最大限の努力をすべきでしょう。生まれた法律が不十分であることを、学者が理論的批判するのはともかく、今さら、実践家が強調しても詮無いことです。
労働弁護団では、早急に、改正労働契約法を積極的に活用するためのガイドブックを作成して、労働組合や弁護士に提供する準備にはいっています。いかに裁判所を説得する論理を身につけるか、学者の方とも協力して追求していきたいと思います。来春にはシンポジウムやホットライン、そして、相談のあった雇止めや不合理な労働条件に関する事件については、一斉提訴もできればと考えています。
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