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2011年10月16日 (日)

読書日記「内部被曝の真実」児玉龍彦著 幻冬舎新書

2011年9月10日第一刷発行
2011年9月24日読了

■東大の原子力研究者は信用しないけど、例外の研究者もいました

衆議院の国会厚生労働委員会での熱弁が評判になった東大先端科学技術研究センター教授(システム生物医学)です。

■ヨウ素131と甲状腺がんの20年後の疫学的証明

放射線被曝と健康被害の疫学的証明をまっていては遅すぎると、チェルノブイリの例をあげて指摘されており、説得力があります。

1991年、ウクライナの学者がチェルノブイリの子どもに甲状腺がんが多発していることを最初に発表した。このときは、日本や米国の研究者は、因果関係があるかは不明であると主張していた。理由は1986年以前のデータがない以上、統計的に有意であることの証明ができないから。

20年経ったあとにウイーンとミンスク、キエフで国際会議が行われた。国際フォーラムで4000名の甲状腺がんの発症がコンセンサスとされた


日本の福島原発の場合も、「直ちに健康に影響を及ぼさな」いことは間違いないのでしょう。しかし、15年、20年後に、多くの健康被害が生じてから、疫学的に健康に危害を及ぼすことが証明されることでしょう。これは想定内のことです。

■セシウム137の危険性

チェルノブイリでは日本の福島昭治博士が、セシウム汚染地域では膀胱炎が見られ、2009年に膀胱がん発症が増加してることを報告しているそうです。

福島の女性の母乳から検出されたセシウム137は、このチェルノブイリ137の汚染度に匹敵するという。

今から20年後に、福島原発事故の症例として、セシウム137の膀胱がんが疫学的に証明されることになるのだろう。

■児玉教授の提言

科学的証明、疫学的証明の議論は後回しにして、直ちに徹底的な放射線の調査を行うこと、除染作業を国家プロジェクトとして全力をあげること。日本には、その技術的基盤は十分にあると言います。

子どもたちの健康と命をまもることを優先すべきとしています。

■専門家としての責任

児玉教授は、津波の想定について次のとおり原子力学会を批判しています。

原子力学会では、「何メートルくらいの津波を想定したらいいか」という津波の評価を行った際に、「津波の本質論ではこうなる」という議論をするのではなく、「現実的に考えて、だいたいこれくいの波に対応しておけばいいでしょう」ということをやっていまった。 … 私たち専門家が言わなくてはならないのは、現実はこうだと考えて結果に手心を加えるということではありません。」 「だから、健康被害の問題について、こういう可能性があるということをまずきちんと言うのが、われわれ医学の専門家の責任です。「最初からこれを言ったらこっちがダメだろうから」と折り合いをつけてしまったら、専門家ではなく政治家です。

■東大の原子力研究者とテレビ

3月12日以降、メルトダウンを起こしていない、科学的には確認できていないと何度も繰り返した、東大の原子力専門家、そしてテレビ報道関係者(新聞も同様だが、新聞はメルトダウンが起きていると指摘する学者のコメントも掲載していたのでテレビと同じではない)が多かった。

彼らは、不確かな情報で断定するべきでないし、住民がパニックを起こすほうが怖いと考えたと正当化するのでしょう。しかし、その結果、不要な被爆をした多くの住民がいることも間違いない事実です。

そして、おまえたちの言説は、経産省と同様に、二度と信用しません。

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2011年10月10日 (月)

読書日記「日本の雇用と労働法」濱口桂一郎著 日経文庫

読書日記「日本の雇用と労働法」濱口桂一郎著 日経文庫

2011年9月15日発行
2011年10月9日読了

濱口桂一郎先生から、「日本の雇用と労働法」を送ってもらいました。ありがとうございました。

■労働法と雇用システム論との交錯

 実態である「日本の雇用システム」と、法規範である「日本の労働法」の乖離と交錯を真正面から取り上げた意欲的な書物です。読んでいてワクワク観がありました。

 著書によれば、日本型雇用システムは「職務の定めのない雇用契約」を特徴としており、欧米社会のジョブ型雇用契約(ジョブ・職務を特定する雇用契約)と大きく異なると言います。この点は、岩波新書の「新しい労働社会」でも鮮やかに整理されたとおりです。

 私たち労働弁護士は、労働法の教科書や論文から仕入れた契約論や法律解釈を踏まえて、事件処理を行います。ところが事件を通じて実際の企業の労務管理や運用の実態に触れると、確かに「?」と感じることがよくありました。…就業規則法制然り、職務職能賃金制度の人事考課然り、配転命令権然り、残業命令然り。

 この日本の雇用システムの実態について、ふた昔前なら「日本的後進性」とか、「封建主義的労務管理」などと批判していたものです。一昔前に「日本型企業社会」論の登場後、「ハイブリッド」な「現代的な日本型雇用システム」というようなとらえ方が主流になりました。

 濱口氏は、日本型雇用システムの実態をメンバーシップ型雇用契約を本質として、その形成プロセスについても、イデオロギッシュな色分けをせずに、戦前から戦後までの歴史的現実を踏まえて手際よく整理されます。

■メンバーシップ型への雇用システムの変容とその問題点

 本書は、岩波本から一歩進めて、日本の労働法がジョブ型契約を前提としていながら、実際の上の解釈では、メンバーシップ型雇用契約という実態に応じて修正されているという視点で労働法全体が描かれています。

 ジョブ型雇用契約を前提とした労働法が、メンバーシップ型雇用実態に応じて修正されたものであるという視点と解釈論は、なるほどと思いました。他方、このメンバーシップ型契約から除外された女性労働者、非正規労働者を「陰画」として描写されてます。

 著者の濱口氏は、日本の雇用システムの現実に根ざしたメンバーシップ型雇用システムが形成されてきた歴史の重みを重視します。しかし、今の社会状況の変化によって、もはや旧来のメンバーシップ型雇用は維持できないと考えられているようです。
 著者は、日本型雇用システムの今後の動向については断定されず、慎重に見極めるというスタンスです。ただし、見通しとしては、メンバーシップ型雇用契約を前提として、それが徐々にジョブ型の方向(同一価値同一労働や解雇の金銭解決制度など)に変容していくと予想されているのでしょう(そして、その方向に徐々に修正していくべきという労働法政策を含意している)。

 メンバーシップ型雇用契約の特質によって、労働者が企業に過度に包摂されることになり、個人としての自立が阻害され、中には過労死に至るような非人間的な働き方に繋がるものです。このメンバーシップ型契約の欠陥を乗り超えることは、今でも課題となっていると思います。

■職務の特定と雇用契約(労働契約)

 ところで、ジョブ型雇用契約が欧米では一般的でも、「職務を特定しない雇用契約」という類型は一つの雇用契約(労働契約)としてあり得るのではないでしょうか。なぜなら、雇用契約(労働契約)の特徴は、労働者が労務(労働力)を使用者に提供し、使用者が「労務指揮権」を有して一方的に労働者を指揮命令できるという点ですから。日本の民法の雇用契約も労働契約法の労働契約も、ジョブ型も、メンバーシップ型もカバーする法規範のように思えます。

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