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2011年6月 6日 (月)

2011年6月6日 国歌起立斉唱命令最高裁判決 少数意見付き 

■6月6日に最高裁第一小法廷判決

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110606165018.pdf

5月30日の最高裁第二小法廷判決(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110530164923.pdf)に続いて、私たちが担当していた13名の嘱託採用拒否事件の最高裁判決第一小法廷で6月6日に言い渡されました。

多数意見(法廷意見)は、両者とも基本的には一緒です。細かな用語や言い回しまで一緒ですので、両小法廷で意見のすりあわせがあったことは間違いないでしょう。担当の最高裁調査官が同一人物なのです。

滝井元最高裁判事の本(「最高裁は変わったか」)によれば、最高裁の評議事件では担当調査官が合議に出席して最高裁判事たちの議論を聞いて、調査官が起案するのだそうです。

第三小法廷が、6月14日に八王子の中学校の起立斉唱命令に関する判決を言い渡します。これも弁論を開かないので、高裁敗訴が確定です。続いて第三小法廷は6月21日に広島の高校の懲戒処分事件の判決を言い渡します。

第一、第二、第三の各小法廷でつぎつぎと判決が言い渡されていますが、これは最高裁が全体として、この問題を決着させると意図的に、この時期に一斉に判決を言い渡していると思われます。最高裁の強い意志を感じます。大阪の君が代条例も影響しているのでしょうか。

■法廷意見

5月30日と6月6日判決の大筋は次のとおりです。

卒業式等における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであるかり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。したがって、…起立斉唱行為は、その性質から見て、上告人らの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、上告人らに対して上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする本件各職務命令は、上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。

また、上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、その外部からの認識という点から見ても、特定の思想又はこれに反対する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり、職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には、上記のように評価することは一層困難である。

そうすると、本件各職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものとは認めることはできない

以上は、ピアノ伴奏命令拒否事件最高裁判決のとおりです。次からは違います。

もっとも、上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見ても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。そうすると、自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することは応じ難いと考える者が、これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは、その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為うそのものではないとはいえ、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなる限りにおいて、その者の思想及び良心の自由にういて間接的な制約となる面は否定しがたい。

このような間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に衡量して、当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

本件職務命令は、高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものということができる。

以上の諸事情を踏まえると、本件各職務命令については、上告人らの思想及び良心の自由について間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に衡量すれば、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められる

■宮川光治最高裁判事の反対意見

救いは、宮川最高裁判事の反対意見です。格調が高いものです。

国旗に対する敬礼や国歌を斉唱する行為は、私のその一員であるところの多くの人々にとっては心情から自然に、自発的に行う行為であり、式典における起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。しかし、そうではない人々が我が国には相当数存在している。それらの人々は、「日の丸」や「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし、平和主義や国民主権とは相容れないと考えている。そうした思いはそれらの人々の心に深く在り、人格的アイデンティティをも形成し、思想及び良心として昇華されている。少数であっても、そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的な問いを社会に投げかけているとみることができる。

(国旗国歌法は)強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。しかしながら、本件通達は、校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとして、都立高等学校の教職員に対し、式典において指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを求めており、その意図するところは、前記の歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き、その歴史観等に対する否定的評価を背景に、不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制しようとすることになるとみることができる。本件各職務命令は、こうした本件通達に基づいている。

そして、上告人らの行動が式典において前記歴史観等を積極的に表明する意図をもってなされたものでない限りは、その審査はいわゆる厳格な基準によって本件事案に即して具体的になされるべきであると思われる。本件は、原判決を破棄して差し戻すことを相当とする。

宮川反対意見は、厳格な基準により判断すべきだとして次のように言います。

具体的に、目的・手段・目的と手段の関係をそれぞれ審査することになる。目的は真にやむを得ない利益であるか、手段は必要最小限度の制限せあるか、関係は必要不可欠であるかということをみていくことになる。 … より制限的でない他の選び得る手段が存在するか(受付を担当させる等、会場外における役割を与え、不起立不斉唱行為を回避させることができないか)を検討することになろう。

■上告理由の第二点の憲法26条、23条に基づく教育の自由違反は無視

これについては、法廷意見は、単なる法令違反の主張であるとして適法な上告理由でないとしました。しかし、宮川最高裁判事は、この点については、通達の趣旨目的を的確に把握しており、われわれの主張を受け止めてくれています。

■生徒の思想良心の自由をまもる

法廷意見は、間接的であっても、思想良心の自由の制約を認めたことから、生徒に対して起立斉唱を命じて強制することは許されないことになります。

特に金築誠志最高裁判事の補足意見は

私が、念のために強調しておきたいのは、上告人らは、教職員であって、法令やそれに基づく職務命令に従って学校行事を含む教育活動に従事する義務を負っているという点である。この点で、児童・生徒に対し、不利益処分の制裁をもって起立斉唱行為を強制する場合とは、憲法上の評価において、基本的に異なると考えられる

つまり、児童・生徒に対して起立斉唱行為を強制することは19条違反になることを指摘しています。

■最後に

私としては、間接的であっても思想良心の自由の制約を認めた以上、猿払事件最高裁大法廷判決の審査基準(合理的でやむを得ない制限、目的の正当性、目的と手段の合理的関連性、利益の均衡)が適用されることになる。そうなれば、合理性と必要性という緩やかな基準ではないです。少なく猿払事件基準を適用すれば論理的には、宮川最高裁判事と同様の結論になるはずだと思います。しかし、最高裁多数意見はそうとりませんでした。

その実質的な判断が何によるのか。

第二小法廷の須藤最高裁判事は、あけすけに言っています。「教師が率先垂範すべきだ」と。しかし、それは生徒に事実上、起立斉唱を強制するものではないでしょうかね。

本件上告人らが訴えたかったことは、反「日の丸」でも反「君が代」でも、反「天皇」ではありません。学校において、生徒に対して一律に国歌斉唱時に起立斉唱行為を強制することはおかしいという点なのです。それは個人の歴史観ないし世界観に基づくだけでなく、教師として生徒の思想良心の自由を尊重すべきという信念にほかなりません。

「強制された愛国心や忠誠心は偽物である」と述べたアメリカ合衆国の連邦裁判所判決が、このことを一言で表していると思います。

まだまだ、この点にはこだわっていきたいと思います。

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