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2011年4月14日 (木)

労組法上の労働者性に関する最高裁判決

 新国立劇場事件とINAX事件の最高裁判決が4月12日同日に最高裁(三小)にて言い渡されました。内容は、CBC管弦楽団最高裁判決(一小・昭和51年5月6日)と同じ枠組みの事例判決です。

■CBC管弦楽団最高裁判決

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121423798333.pdf
(1)本件の自由出演契約の趣旨は、楽団員をあらかじめ会社の事業組織のなかに組み入れておくことによって、事業の遂行上不可欠な演奏労働力を恒常的に確保しようとするものであること
(2)原則としては発注に応じて出演すべき義務のあること
(3)楽団員の演奏労働力の処分につき会社が指揮命令の権能を有しないものということはできない。
(4)楽団には、演出についてなんら裁量を与えられていないのであるから出演報酬は労務の提供それ自体の対価である

■新国立劇場最高裁判決

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdf
(1)出演基本契約は、年間シーズンの全ての公演に出演することが可能である契約メンバーとして確保することにより、公演を円滑かつ確実に遂行することを目的として締結されていたものであるといえるから、契約メンバーは公演の実施に不可欠な歌唱労働力として財団の組織に組み込まれていた。
(2)また、当事者の認識や契約の実際の運用においては、契約メンバーは、基本的に財団からの個別公演出演の申し込みに応ずべき関係にあった
(3)しかも、出演基本契約の内容は財団により一方的に決定されていた
(4)そして、契約メンバーは、財団により決定された公演日程等に従い、角個別公演及びその稽古につき、財団の指定する日時、場所において、その指定する演目に応じて歌唱の労務を提供していたのであり、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容については財団の選定する合唱指揮者等の指揮を受け、稽古への参加状況については財団の監督を受けていたのであるから、財団の指揮監督の下において労務を提供していた
(5)なお、契約メンバーは時間的にも場所的にも一定の拘束を受けていた
(6)さらに、予定された時間を超えて稽古に参加した場合には超過稽古手当も支払われており、報酬の金額の合計は年間約300間年であったというのであるから、その報酬は歌唱の労務の提供それ自体の対価である

■INAX最高裁判決

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110413094337.pdf
(1)カスタマーエンジニア(CE)は、被上告人の事業の遂行に不可欠な労働力として、その恒常的な確保のために被上告人の組織に組み入れられていた
(2)また、被上告人がCEとの間の契約内容を一方的に決定していたもの
(3)さらに、CEの報酬は、顧客に対する請求金額に被上告人が決定した級ごとに定められた一定の乗率を乗じ、これに時間外手当等に相当する金額を加算する方法で支払われていたのであるから労務の提供の対価としての性質を有する
(4)加えて、各当事者の認識や契約の実際の運用においては、CEは、基本的に被上告人による個別の修理補修等の依頼に応ずべき関係にあった
(5)しかも、CEは、被上告人の指定する業務遂行方法に従い、その指揮監督の下に労務の提供を行っており、かつ、その業務について場所的にも時間的にも一定の拘束を受けていた

■CBC最高裁判決との比較
CBC最高裁判決と異なった点は次の3点でしょう。

<1>CBC最高裁判決は楽団員に「出演すべき義務」があるとしたが、新国立劇場もINAXも、「基本的に出演(依頼)に応ずべき関係」にあればよいとした点。

<2>契約内容を一方的に決定されるか否かという事情を明示したこと

<3>CBC最高裁判決は、時間的・場所的拘束が薄くても、「労働力の処分につき指揮命令の権能がないものということはできない」としたが、新国立劇場もINAX事件でも「指揮監督下の労働」を強調している。

上記<1>について、CBC最高裁判決の昭和51年度最高裁調査官解説(佐藤繁調査官)が、「出演発注を事実上拒否できない関係であるとしていた原判決の判示を改めて、法律上の義務を負う関係であることを明らかにした」としていた。この調査官解説が一人歩きして、一連の労働者性を否定する判決につながった。最高裁は、これを是正したものと言えます。

上記<3>の点は、新国立劇場もINAXも指揮監督下の労働を強調しすぎている点が問題です。これでは使用従属関係が必要と誤解されるおそれがあります。しかし、両判決とも、「しかも」という接続詞のあとに書かれたものですから、これは補強要素の事情(必要条件でない)と読むべきなのでしょう。指揮監督下の労働でなければいけないとした趣旨ではないはずです(本件事案では指揮監督下の労働と言えるから指摘した程度)

■中労委ソクハイ事件
 ちなみに、現中労委(菅野和夫会長)は、労組法上の労働者性の判断について次のとおりの新たな枠組みを明示しました。

(A)①発注者の事業活動に不可欠な労働力として恒常的に労務供給を行うなど、いわば発注主の事業祖機に組み込まれているか([1]契約上の諾否の自由の有無、[2]労務供給の日時・場所・態様について拘束ないし指示を行っていること、[3]専属性の有無)
②契約内容が対等な立場で合意されるのではなく、発注主により一方的・定型的・集団的に決定されているか
③報酬が労務供給に対する対価とみることができるか
(B)事業者性が顕著でないこと

■最高裁判決の評価
基本的には、従来の枠組みは変わっていないものですし、ソクハイ事件の中労委の判断枠組みと共通したものと言えるでしょう。

最高裁の判断枠組みは、「使用従属関係」の用語は使用していませんが、実質的には使用従属関係の枠組みと理解されます。ただ、労基法上の労働者性ほどの厳格な使用従属関係は必要ではない。実質的に緩和された使用従属関係(事業に組み入れられているか)で良いというものなのでしょう。まあ、教科書的には、常識的な構成ですね。

しかし、本来は、労務供給契約を締結して契約内容が一方的に決定されるような者であれば、独立した事業者である場合を除き、すべて労組法上の労働者と言うべきなのだと思います。

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