震災 計画停電と労基法26条の休業手当
■計画停電と労基法26条の休業手当
厚労省は、計画停電についての労基法26条の休業手当の取扱いについて次のような通達を出しました。
○計画停電が実施される場合の労働基準法第26条の取扱いについて(平成23年3月15日基監発0315第1号)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/other/dl/110316a.pdf
これによれば
1)計画停電の時間帯の休業は、労基法26条の使用者の責めに帰すべき事由にあたらないとして、休業手当を支払わないで良い。
2)しかし、計画停電の時間帯以外の休業は原則として、労基法26条の使用者の責めに帰すべき事由にあたり、休業手当を支払わなければならない。
3)ただし、計画停電の時間帯以外の時間を含めて休業することが、他の手段の可能性、使用者として休業回避のための具体的努力などを総合的に勘案し、計画停電の時間帯のみを休業とすることが企業の経営上著しく不適当と認められるときには、計画停電の時間帯以外の時間を休業することは使用者の責めに帰すべき事由に該当しない。
要するに、【計画停電時間帯の休業は、休業手当を払わなくて良いが、計画停電時間帯外の休業は、原則として休業手当を支払わなければならない。ただし、計画停電時間帯以外の休業も、企業の経営上著しく不適当の認められる場合には、休業手当を払わなくても良い】ということです。
■労基法26条の解釈
労基法26条は、使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の60%以上の手当を支払わなければならないとしています。
この労基法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」は、民法536条2項の債権者の責めに帰すべき事由と異なり、広く解釈されており、地震、天災、戦争などの不可抗力の場合は別として、使用者の支配領域で生じる事由によって生じたものは広く使用者の責めに帰すべき事由ということになります。
しかし、今回の東北沖太平洋地震は未曾有の大震災で、しかも福島第一原発の原発事故も発生し、不可抗力の典型例です。
その結果、計画停電により工場が操業できなくなったような場合には、その休業は使用者の責めに帰すべき事由ではないとして、労基法26条の休業手当を払わなくて良いということにります。
ただし、計画停電は、時間帯が一部です。計画停電以外の時間帯は操業できます。使用者は、一部だけの操業は効率がわるいとして、すべて全日を休業にするかもしれません。しかし、このような休業は、使用者の責めに帰すべき事由として休業手当を支払うべきです。これは、休業手当26条を厳格に解釈する姿勢を示していると思われます。
計画停電中の休業は不可抗力ですが、それ以外の時間帯を休業する場合には、原則として、休業手当を支払う義務があることを明確化したことは意味があると思います。
■便乗休業はダメ
また、直接に被害を被っていない企業や、計画停電の影響を受けない企業が、部品が入ってこないとか、売り上げの見通しができないなどとのあやふやな理由で休業するような場合には、上記3)の趣旨からみて、原則としては使用者の責めに帰すべき事由にあたると言えます。さらには、民法364条2項の債権者の責めに帰すべき事由(債権者の故意過失または信義則上これに準じる事由)として、賃金は100%払わなければならないものといえるでしょう。
■激甚災害法による雇用保険の特例
厚労省は雇用保険の特例を発表しています。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/koyouhoken07.pdf
①事業所が災害を受けたことにより休止・廃止したために、休業を余儀なくされ、賃金を受けることができない状態にある方については、実際に離職していなくても失業給付(雇用保険の基本手当)を受給できます(休業)。 ②災害救助法の指定地域にある事業所が災害により事業が休止・廃止したために、一時的に離職を余儀なくされた方については、事業再開後の再雇用が予定されている場合であっても、失業給付を受給できます(離職)。 ※災害により直接被害を受け、事業所が休止・廃止になり、休業した場合または一時的な離職をした場合が対象と なります。 ※上記の失業給付は、雇用保険に6カ月以上加入しているなどの要件を満たす方が対象となります。
これは震災地域での直接災害を受けた労働者について退職していなくとも、休業状態でも雇用保険の基本手当が支給されるものです。直接に被災を受けた地域の労働者にとって活用できるものです。離職票などが入手できなくとも、ハローワークで相談をすれば支給されるはずです。
■今後
今後は、この大地震や原発事故、これによる大きな経済的困難による会社倒産、廃業、解雇、退職、失業が広がることでしょう。また、直接被災をうけない地域でも、企業の経済的困難によって、解雇問題、失業問題が生じるとでしょう。特に原発事故が大規模化すれば、その影響は、地震や津波よりも、大きな困難を生じることでしょう。
企業の安易な解雇は、復興にとっても障害となり、許されないものです。労働法のルールを無視することは許されません。同時に、個々の企業努力(その多くは中小零細企業)だけでは克服できない事態でもあります。政府のそれこそ復興予算で、雇用の安定をはかる予算措置や政策が強く求められています。
現在も、雇用調整助成金の活用が発表されていますが、もっと大規模なものが必要になるのではないでしょうか。
雇用調整助成金
↓
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/josei/kyufukin/a09-1.html
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コメント
詳しい解説ありがとうございます。労基法26条の解釈では、不可抗力による休業は使用者の帰責事由にあたらない。計画停電中の休業は不可抗力である。通達が計画停電の時間帯とそれ以外の時間帯を区別した点は意義がある、ということでしょうか。
私は、今回の通達(平成23年基監発0315第1号)には、別様の可能性があった様に考えます。
今回の通達は、昭和26年基発696号通達を前提にしていますが、そこでの「休電」は天災事変によるものではありません。そして、今回の通達も、計画停電が不可抗力にあたるとは明示していません。そうすると、計画停電は、電気(エネルギー)の供給を得られないことで生産の条件が整わないという点から、原料不足と同様に構成する余地はないでしょうか。労基法26条の使用者の帰責事由には、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むもので、原料不足による休業も含まれると理解しています。
一方で、今回の計画停電は、不可抗力にあたるかも検討してみます。大地震・津波により電力供給設備に大きな被害が出たことに起因するものの、天災事変による送電線の切断といった状況とは異なります。電力需要が供給を上回ることからくる不測の大規模停電を回避するための「計画」停電であり、特定の地域を対象から外すこともできています。また、昭和26年通達の当時とは異なり、現在は、経済産業大臣による「電気の使用制限等」(電気事業法27条)が規定されているところ、今回はそれとは異なります。今回の計画停電は、法的には電気供給約款に根拠を求めることになるのでしょう。計画停電は不可抗力にあたらないとする解釈はとりえないでしょうか。
また、使用者(企業)は、電気供給約款に基づき、定額電灯と基本料金の割引は受けるでしょうし、電力会社への損害賠償も可能ではないでしょうか。仮に使用者が計画停電による損害を一部補償された場合には、労働者が休業による危険を負担することは公平といえるのかという論点は生じないでしょうか。
投稿: 労働運動家 | 2011年3月22日 (火) 02時55分
そう解釈できれば良いですね。
私は東京電力福島第一原発のこれほどの深刻な大事故は東電のミスによるもので人災だと考えています。他方、計画停電は、不測の大規模停電を防ぐために緊急やむを得ない措置ではないかと思います。
そもそも、労基法26条の使用者とは当該労働者が働く事業場の使用者だと思います(大企業もあれば、中小企業、零細事業主などすべて含む)。それらの使用者には東電が計画停電するか、どうかは全くコントロールできない事情です。
その当該使用者に、東電が計画停電は避け得たとして、刑罰をもって6割の休業手当の支払いを強制するというのは、従前の労基法解釈からいって無理があると思います。
私は、運動的に要求すべきは、今回の震災の場合の行政的・立法的な特例措置を速やかに策定して実施を要求することだと思います。
また、被災地では、大企業から中小零細企業も含めて根こそぎ大打撃を受けていますから、労働者や企業に対する救済措置(貸付、生活支援)などの財政措置を構築しないと、一般の労働基準監督行政ではまかなえない事態になっていると思われます。
他方、被災地以外の企業に便乗休業をさせないために、厳しく要件を解釈することだと思います。
投稿: 水口 | 2011年3月25日 (金) 04時05分