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2010年3月14日 (日)

「英国弁護士制度の急激な変容とその背景」吉川精一弁護士の論考を読んで

財団法人日本法律家協会の「法の支配」156号に、吉川精一先生の「1980年代以降における英国弁護士制度の急激な変容とその背景」という興味深い論考が掲載されています。英国の弁護士自治は崩壊したのですが、その経過を乱暴に要約すると次のとおりです。

1980年、サッチャー政権時代に弁護士制度改革が着手された。これに対して、バリスターや裁判官は猛反対し、裁判所を代表する四名の裁判官らが「政府の発出した文書の中で史上もっとも邪悪なものの一つだ」という声明を発表したほどであった。

しかし、政府は「1990年裁判所及び法的サービス法」(CLSA) を制定した。①上位裁判所におけるバリスターの弁論独占及びソリシターの訴訟遂行権独占が廃止され、ソリシターの不動産譲渡手続の業務独占を廃止して金融機関に解放され、ソリシターや交渉人の遺言検認業務独占を廃止というものであった。そのほか、弁護士に対する苦情処理機関(リーガル・サービシーズ・オンブズマン)が設置された。

さらに、1999年には「司法アクセス法」が制定され、世界で最も充実していた法律扶助制度が合理化された。サッチャー政権の後のブレア政権も、法律扶助制度の合理化を推進した。

2007年法的サービス法は、バーカウンシル及びローソサエティの利益代表機能と規律機能を分離し、利益代表機能は法的サービス局(LSB)の規制なしに自由だが、規律機能については法的サービス(LSB)の監督に服するとされた。

この法的サービス局(LSB)の過半数は非法律家である。ここにおいて、英国における弁護士自治は終焉を迎えた。

■弁護士制度の変容の背景

上記のような弁護士自治の崩壊などの急激な変容が生じた背景を吉川先生は次のように整理しています。

(1)バリスターとソリシターの弁護士制度の不合理性
  バリスターとソリシターの二分化の不合理性

(2)弁護士に対する批判の高まり
 弁護士報酬が高すぎ、っしょうには時間がかかりすぎるという批判やバリスターは法律扶助から高額の支払いを受ける「太った猫」だという批判。ソリシターに対しては多くの苦情処理が申し立てられ、ローソサエティの苦情処理のやり方に批判が向けられた。

(3)弁護士批判勢力の登場
  英国では、ソリシターは大学で法学を学んだものは殆どおらず、先輩弁護士の徒弟として修行して資格を得るのが通常であった。1960年以降、大学で法律学を学んだソリシターが増えた。また大学の法学者が増加した。彼らと官僚が、既存の弁護士制度に対して批判勢力となった。

(4)サッチャー政権による伝統の破壊
 サッチャーは伝統的秩序を破壊する政策をとっていた。そして、不人気な弁護士を標的にするのは人気回復につながると考えられた。弁護士は格好の敵役とされ、サッチャーの弁護士攻撃にマスコミは拍手喝采した。ちなみに、ブレアとその夫人もバリスターであったが、もともと労働党は弁護士の特権に敵対的であったし、ブレアはサッチャー流の効率重視の政策をとっていたから、弁護士制度改革に躊躇することはなかった。

(5)弁護士の職業の変容
  ソリシターは1960年に19,069人、1980年に37,832人、2006年には104,543人に大幅に増加し、大企業の顧客とし、金融、企業買収や国際取引等の企業法務を扱う「シティファーム」が出現した。これに対して、不動産譲渡手続、家事、刑事、遺言、人身事故などの伝統的業務を扱うソリシターは、「ハイ・ストリート・ソリシター」と呼ばれる(いわゆる「町弁」)。シティファームは2000人を超える巨大事務所もあり、町弁とは職業意識と行動原理が大きく異なる。

(6)巨額の公費を投じた法律扶助制度の存在
 2005年度では約20億ポンド(約3000億円)が法律扶助予算である。巨額な公費が投入され、扶助事件を専門とする弁護士も多数存在し、彼らはその収入を扶助予算に全面的に依存している(1983年には、、バリスターの全収入の40%、ソリシターの場合には6%が扶助資金であった)。政府は、この法律扶助予算の削減と合理化を目指した。

弁護士の反対運動はことどとく失敗したそうです。吉川先生は次のように指摘されています。

政府は、このようなソリシター内部の分裂と、ソリシターとバリスターの利害対立を巧みに利用してほぼ計画どおり改革に成功した。

マスコミは、政府側のキャンペーンに乗り、扶助事件で過大な報酬を得た弁護士を厳しく批判した。弁護士、特に地方の町弁護士は法律扶助制度の合理化に猛烈に反対した(ストライキも敢行した)が、いつも政府に敗北した。

改革はシティファームには殆ど影響を与えない一方、伝統的な弁護士業務に携わるバリスターや小規模の町弁護士を直撃した。特に、コンベイヤンシング業務(不動産登記譲渡手続)の自由化や法律扶助のコスト削減・効率化は多くの小規模町弁護士を存亡の危機に立たせている。

■日本では・・・

以上の英国の状況を見ると、やはり日本の弁護士制度の現状を考えてしまいます。

ある人は「だから司法改革は政府の弁護士攻撃なのだ」と強調することでしょう。しかし、私は、市民(ユーザー)側の要求を無視した弁護士の運動は成功しないことの例証として読みました。

弁護士が、利益代表者的な当事者要求ではなく、ユーザー(市民)側を説得できる制度的提言をすることがいかに重要なのかということを改めて考えさせられました。また、弁護士内部の分裂対立が弁護士グループの発言力を削ぐものだとも感じました。

日本でも、ビッグ・ロー・ファームと町弁との対立、若手と古手の対立があるように思います。もっとも、前者は、現在のビッグ・ロー・ファームのリーダーには見識のある人々が多いので問題化していません。他方、後者の若手と古手の対立は深刻だと思います。若手が、「会費が高すぎる」とか「左翼系弁護士が牛耳っている」とかいうネガティブ(キャンペーン?)に乗るのを見ると心配になってきます。

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コメント

宇都宮弁護士がやり過ぎないことじゃないですか?
たとえば広告をする弁護士はみんな悪徳だといいますが、最近拡大した事務所はいわゆる大手債務整理に限らず、広告で顧客を集めて経営基盤を固めてきたところが大半です。いわゆる合同系でさえネットのサイトが充実しているところもあるくらいです。

こういう状況であまりむちゃなことをすれば、外側に働きかけて日弁連を弱体化しようという弁護士も増えてくるでしょう。

自由競争で価格が下がったのは一般論としては間違いない話で、旧報酬規定と大手債務整理事務所の報酬を比べてみればわかることです。

また、膨大な需要を考えれば、大量処理が必要なことも明らかです。

ところが宇都宮執行部が「弁護士というのは市民運動で顧客を集めるものだ」と決めつけて規制をしようとすれば、当然、若手はわけのわからない統制だということで反発し、外部に働きかけて日弁連を潰そうとするでしょう。もちろんそう簡単に潰せる組織ではないでしょうが、イギリスの例をみれば何かの拍子に、内部の反発も一因となって崩壊する可能性は否定できません。

特に、古い社会主義に反発し、新自由主義的な市場経済を信奉する弁護士がやっている大手事務所もありますので、一部で言われているようなマーケットの奪い合いということを超えた信念の対立があると思われます。すなわち物事は市民運動で解決するという左翼的な考えと、問題は市場が解決するという新自由主義的な考え。

これはどちらも自分の思想が正しいと信じているので、もし、どちらかが徹底的に相手を潰そうとすれば、日弁連のような巨大な組織でも崩壊に追い込まれるほどの戦いになるかもしれません。

私は、正直、日弁連や弁護士会の官僚主義的なところが嫌いなので、崩壊しても別にかまわないと思っています。

投稿: hayashi | 2010年3月16日 (火) 15時01分

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