民法(債権法)改正と労働法(その6) 受領拒絶と賃金請求権の問題
■受領拒絶は「危険」を移転する
基本方針は、受領遅滞・受領拒絶につてい次のように提案しています。
【3.1.1.87】(受領遅滞・受領拒絶)
<1> 債務者が債務の履行を提供したにもかかわらず、債権者がこれを受領しない場合、または債権者の受領拒絶の意思が明確な場合には、債務者は、債権者が受領のために必要な準備を整えた上でこの旨を債務者に対し通知するまでの間、自己の債務の履行を停止することができる。
(略)
<5> 双務契約にあっては、<1>の場合において、債権者は、債務者らの反対債務の履行請求を拒むことはできない。
そして、民法(債権法)改正検討委員会編の「詳解 債権法改正の基本方針Ⅱ」では、適用事例5として、「工場が労使紛争がこじれて使用者が工場を不当に封鎖した場合、労働者は使用者に対して給料を請求できる」としています(369頁)。
この適用事例は、労働法では、いわゆるロックアウトと賃金請求権の問題として扱われてきたものです。
基本方針の<5>を読む限り、使用者のロックアウト(受領・拒絶)が認められば、それだけで労働者の賃金請求権が認められるようになります。
■使用者の労務受領拒絶と賃金請求権の問題
しかし、最高裁は、丸島水門事件(昭和50年4月25日)において、ロックアウトが正当なものであれば使用者は賃金請求権を免れるとしています(労働側弁護士としては最高裁判決に賛成しがたいですが)。したがって、最高裁は、受領遅滞・受領拒絶という枠組みでは判断していないというべきでしょう。
受領拒絶と危険負担の関係については、大阪の坂口祐康先生が、月刊大阪弁護士会2009年12月号「危険負担と労働契約」という論文で指摘されていました。
ところが、他方で基本方針は、労働者の就労を拒絶した場合の賃金請求権については、民法536条2項を役務提供契約の中で存続させるとしています。
民法526条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。【3.2.8.09】(役務提供契約が不可能な場合における具体的報酬請求権)
<2> 役務受領者の義務違反によって役務を提供することが不可能になったときは、役務提供者は、約定の報酬から自己の債務を免れることによって得た利益を控除した額を請求することができる。
上記の適用事例5のケースは、民法536条2項に基づき、「使用者の責めに帰すべき事由」によって債務を履行(労務を提供)することができなくなったかどうかで判断されています。これと前記の受領拒絶の場合に賃金請求を認めることとは、整合性がとれていないのではないでしょうか。
最高裁は、ノースウエスト航空事件(昭和62年7月17日)でも、民法536条2項の問題として扱っており、受領遅滞(民法413条)の問題としては扱っていません。
■労働契約の場合、受領拒絶で危険が移転するとはいえない
とすると、基本方針が提案する受領遅滞・受領拒絶の5項を、少なくとも労働契約に適用することは、実務を大きく変更する結果となります。
法制審部会では、法務省の検討事項には、受領遅滞の場合についての危険の移転は争いがないと記載がありました。しかし、労働契約の労務拒絶の場合の危険の移転については議論がされていないようです(危険負担の関係で536条2項の問題との指摘はありますが)。私も、上記「詳解」を先週購入して、週末に読んではじめて気がつきました。本来は、法制審部会での審議に反映すべき内容だったと思います。
やはり、民法は広く適用があり改正には注意深く影響を吟味する必要がありますな。
| 固定リンク
「労働法」カテゴリの記事
- フリーランス新法と労働組合(2023.04.28)
- 「労働市場仲介ビジネスの法政策 濱口桂一郎著(2023.04.13)
- 「フリーランス保護法」案の国会上程(2023.02.26)
- 働き方開殻関連法の労組向け学習会(出版労連)(2018.10.07)
- 改正民法「消滅時効」見直しと年次有給休暇請求権の時効(2018.06.06)
コメント