厚労省「有期労働契約研究会」の「中間とりまとめ」を読んで
■中間とりまとめの位置づけ
2010年3月17日、有期労働契約研究会(座長・鎌田耕一教授)の「中間とりまとめ」が発表されました。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000004psb.html
厚労省労働基準局長の委嘱をうけて検討を行ってきたもので、【有期労働契約に係る施策の方向性】についての「論点を中間的に整理した」ものだそうです。「今後、労使関係者等の意見を聞いて、さらに検討を深める」としています。聞くところによると、予定では8月ころに最終報告をまとめると言われています。
対象となる有期雇用契約者は、フルタイム有期契約労働者(いわゆる契約社員。研究会は4タイプに実態が分かれていると分析しています)であり、有期パートタイム労働者ではないようです。
■労働契約の無期原則について
我が国の現行法制について、研究会は次のように整理します。
労働契約についての期間の定めのない契約(以下、「無期労働契約」という。)を原則とする旨を定めている規定はなく、有期労働契約の締結事由や更新回数・利用可能期間の上限を限定をしている規定もない。また、労働契約の終了の局面では、無期労働契約における解雇については、解雇権濫用法理が判例上、定着し、一定の保護がなされている一方で、有期労働契約における雇い止め一般は、契約期間の満了の当然の帰結であるとして、解雇と同等の規制には服してない。
他方で、有期労働契約のうち無期労働契約と実質的に異ならない状態に至っていると認められれる等一定のものの雇い止めについては、解雇権濫用法理が類推適用されるという判例が形成されている。
このような法制だからこそ、我が国では、「雇用の不安定さ、待遇の低さ等に不安、不満を有し、これらの点について正社員との格差が顕著な有期契約労働者の課題に対して政策的に対応することが今、求められている」としています。
なお、正社員の解雇からの保護を緩和して、解雇しやすくすべきとの一部の主張を意識して、研究会は、次のようにこの主張を否定しています。
解雇権濫用法理をはじめとする正社員について形成されてきたルールを立法により見直すことは、有期契約労働者について生じている問題の解決に直結しないものと考えられる。
当たり前のことです。正社員を解雇しやすくしても、経営者としては、もっと切り捨てやすい(つまり、雇い止めしやすい)有期契約労働者を正社員にするなんて考えないと思います。そう考える人は大変にお人好しです。
■入口規制と出口規制
入口規制とは、有期労働契約締結の事由を制限すること。つまり、有期労働契約の締結を、一時的な事業活動の増加や季節的・一時的な業務等の場合に限定するということです。
研究会は、我が国の前記の法制を根拠にして、入口規制をするには、法制の根底にある原則的な考え方の転換の是非について議論する必要があるとしてます。
しかし、法制面は確かに研究会が指摘するとおりですが、国民の意識やコンセンサスとすれば、無期原則が根付いているのではないでしょうか。厚生労働省の実態調査でも、約7割が雇い止めを行ったことはないとし、勤続年数が10年超える有期契約労働者を雇う企業も少なくないのですから。
また、研究会は、「入口規制をすれば、現下の雇用・失業情勢において、新規の雇用が抑制される、企業の海外移転が加速する等の影響が生じないか」などの問題点を強調しています。しかし、現行法の下でも、整理解雇は認められており、一定の場合では無期契約労働者でも整理解雇されてしまうのですから。この点をいたずらに強調する必要はないと思います。
これに対して、日本の裁判所は労働者の味方、解雇を厳格に規制しているという声が聞こえます。ただ、これは神話ですね。
整理解雇訴訟の実際を見れば、本当に経営が厳しい事案では、裁判所は人員整理の必要性については、経営側の判断を尊重して必要性を肯定してしまいます。ただ、売り上げ低下した程度で「人員整理の必要性がある」などという、安易な「名ばかり整理解雇」が横行しているので、このような事案では、裁判所は必要性を認めていないということです。しかし、実際に経営が厳しい場合には、労働者側は手続きの相当性を争うしか手がないのが実情です。
ですから、入口規制も整理解雇を認める我が国の法制上も、十分に選択できると思います。
ただ、入口規制は、現在の厳しい経済情勢では、なかなかすぐに実現しそうにありません。であれば、少なくとも当面は、出口規制(雇い止めに対する解雇権濫用法理の適用)を法制度化すべきだと思います。
有期契約労働者にとって、今、一番必要なのは雇用の安定ですから。
■均等待遇の法制化に向けて
有期契約労働者と正社員との均等待遇について、EU諸国のような「有期契約労働者であることを理由とした合理的な理由のない差別の禁止」のような一般的な規定を導入することについては次のように消極的です。
我が国においては、諸外国のように職務ごとに賃金が決定される職務給体系とはなっておらず、職務遂行能力という要素を中間に据え、職務のほか人材活用の仕組みや運用などを含めて待遇が決定され、正社員は長期間を見据えて賃金決定システムが設計されていることが一般的であることから、単に職務の内容が同じというだけでは正社員との比較は困難であり、民事裁判においても何が合理的理由がない差別に当たるかの判断を行うことが難しいことが懸念され、十分な検討が必要である。
しかし、パートタイム労働者法の枠組みを参考にした是正方策については積極的です。
職務の内容や人材活用の仕組みや運用などの面から正社員と同視し得る場合には厳格な均等待遇(差別的取り扱いの禁止)を導入しつつ、その他の有期契約労働者については、正社員との均衡を考慮しつつ、その職務の内容・成果、意欲、能力及び経験等を勘案して待遇を決定することを促す
という方向性を打ち出しています。
■均等待遇実現の具体的手法は
一般的な差別禁止の導入する際には、丸子警報器事件判決のように、8割の格差があれば、合理的でない差別であることを推定して、合理的な理由があることを使用者に立証責任を課すという案も考えられるでしょう。
また、パートタイム労働者の均等待遇調停会議による調停制度を一歩前進させて、有期労働契約均等待遇委員会をつくって、調停だけでなく、是正勧告ないし審判までできるようにする。これに不服のある当事者は、異議を申し立てて民事裁判で争うこととするという方法もあって良いのではないでしょうか。
この均等待遇委員会は、委員長としては法曹や行政官が座り、地域の労使から推薦された代表も委員として参加し、経営的観点からのアドバイスをする経営専門家も参与するようにしたらどうでしょうか。韓国にこのような制度があるようですが、韓国の実情は是非、調査をしてみたいところです。
■立法化への期待
最終報告では、立法化に向けた提言が出されるよう期待したいです。せめて、パートタイム労働者法の均等待遇程度は実現すべきでしょう。この場合には、労働契約法の改正ということになるはずです。
民主党のマニフェストに非正規労働者の格差是正と出ていましたし、また連立政権の政策合意書に、正規・非正規の格差是正と明記してありますから。
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