「新しい労働社会」-雇用システムの再構築
2009年7月 発行 岩波新書
2009年9月 読了
■現実的・漸進的な改革
著者の基本的スタンスは、本書の「はじめに」に端的に記述されています。「現実的なバランス感覚」で本書は書かれています。
本書は、日本の労働社会全体をうまく機能させるためには、どこをどのように変えていくべきかについて、過度に保守的にならず、過度に急進的にならず、現実的で漸進的な改革の方向を示そうとしたものです。
■非正規労働者の本当の問題は何か?
著者は第2章で持論を展開しています。
○「偽装請負は本当にいけないのか?」という「刺激的」な見出しのもと、請負労働や派遣労働は「労働力需給システム」の問題だとして、二つに整理して提言しています。
「労働者が請負元=派遣元の常用労働者である三者間労務供給システムについては、雇用契約関係が請負元=派遣元との間に常時存在することから、このような就労形態それ自体に対して規制を行う必要性はそもそもあまりないと思います。」(78頁)
「これに対して、請負元=派遣先=供給先=紹介先での就労が開始されるまでにおいて、当該労働者と請負元=派遣先=供給先=紹介先の間に雇用関係が存在せず、登録という一定のメンバーシップが存在するだけの三者間労務供給システムについては、…供給契約の存在する限りで存続する特異な使用関係が請負先=派遣先との間で成立すると構成すべきでしょう」(79頁)この場合、「基本的にすべて(雇用終了に係る部分を除き)請負先=派遣先=供給先~紹介先が使用者としての責任を持つと考えるべき」とし、ただし「この使用関係は請負契約=派遣契約=供給契約=紹介契約が存在する限りで存続する特異なものですから、解雇保護(雇止め規制)はここでの労働者保護には含まれません」(80頁)
著者は、派遣労働法制の方向性をEUの派遣労働指令を紹介しつつ、業務限定や製造業務派遣禁止論に与せず派遣労働者の均等待遇を条件とすることで現行法を基本的に容認するようです。(このあたりは労働側としては、戸惑い反発するところでしょう。)
○そして、著者は「偽装有期労働にこそ問題がある」とします。EUの有期雇用規制を紹介した上で、日本の法制度について次のような提案をします。
一定の労働法上の制度の適用において一定の要件を充たす有期契約を期間の定めのなき契約とみなすという制度を導入するべきではないでしょうか。
一定の期間を超えた有期契約の雇止めという事態に対して、勤続期間の金銭の支払いといった法的効果を与える法制度を作ってしまう方が、曖昧模糊とした判例法理に依存し続けるよりもはるかに有期労働者の救済に資するのではないでしょうか。
つまり、著者の提案する有期労働規制は、雇用を保障する(雇止め無効・地位確認)の現行法理ではなく、金銭的に補償するということです。その代わりに、次の均衡処遇を適用するという方向にいくのです。
○均衡処遇がつくる本当の多様就業社会
著者は、EUの非正規労働規制の焦点は均等待遇原則にあるとして、日本型雇用システムにおいて均等待遇原則をどう妥当させるかを検討しています。
・均衡原則
職能資格制度を採用している企業では、「職務の内容、職務の成果、意欲、能力または経験を勘案し、その賃金を決定する」(改正パート法)をパート労働者やフルタイムの有期労働者や派遣労働者にも適用するとの方向を提示しています。
・期間比例原則
職能資格制度を採用していない場合には、「期間比例原則」の考え方を日本に適用することができるとします。この考え方について、次のようにわかりやすく提案しています。
いわば正社員について制度上、想定しうる最低レベルの処遇を非正規労働者に確保しようという発想です。具体的には、非正規労働者が就労を開始したときの水準は正社員の初任教を下回らないものとし、その後は定期昇給の最低ラインを下回らないものとするという形になるでしょう(103頁)。
著者は、日本において賃金制度を短期的に職務給とすることは事実上不可能であることを前提として、何も変えられないよりも、「現行の賃金制度を前提にした改革の道」をさぐり「実施可能な政策を提起すべき」とします(105頁)。期間比例原則として、均衡処遇を広く適用することは魅力的です。(丸子警報器パート事件での和解基準は同じ発想だったと思います。)
■格差解消のために
著者は、非正規労働者の低賃金や劣悪な労働条件を改善するためには「社会保障制度総体」を改善すること(第3章)と、「産業民主主義の再構築」(第4章)が必要だとします。
「重要なのは正社員と非正規労働者の間で賃金原資をどのように再配分し、両者に納得できるような共通の賃金制度を構築していくかという問題」であるとし、そのためには「現在の企業別組合をベースに正社員も非正規労働者もすべての労働者が加入する代表組織を構築していくことが唯一の可能性がある」とします。その理由を次のように述べています。
この問題は、白地に絵を描くことができるのであれば話しは簡単なのですが、現に企業別組合が正社員に限ってではあっても労働者代表組織としての性格をもって存在している以上、その存在意義を否定する方向への改革は事実上不可能です。
…
労働者間の利害調整などでは問題は解決しないという諦めであり、「正しい」賃金制度を組合の抵抗を押し切って労働者に強制するしか道はないという一種の「啓蒙専制主義」であり、つまり産業民主主義の否定です。(187頁)
労働者全体が加入した労働者代表機関を創設して、労使の集団的合意を形成していこうとう提案です。これは大企業の職場を想定しているのでしょうが、「そりゃ無理でしょう」というのが素直な感想です。正社員が自らの賃金を任意に削って非正規労働者の労働条件をあげることは普通あり得ないでしょう。法的に「規制」する方が現実的のように思います。
■疑問
戦後日本社会で形成された「日本型雇用システム」は変容しました。一方では、「左右」を問わず「労使」を問わず、「終身雇用、年功序列賃金、企業内組合の『日本型雇用システム』が良い」という人々がいます。他方で、社畜を作り出した「日本型雇用システム」を克服したいと考え、「同一価値労働同一賃金の原則」に基づいた「新しい公正な雇用システムの構築」を主張する人々もいます。著者は、後者の論者として、八代尚宏教授だけでなく、後藤道夫教授や木下武男教授も発想は同じだと位置づけているようです。
著者は、上記のどちらでもなく、EUの労働規制を念頭におきながら、現実を踏まえた実施可能な制度を模索すべきだとしています。そして、派遣労働を禁止しても、派遣労働者は現状の不安定で低賃金の有期労働契約になるだけだと指摘し、有期労働契約の規制こそが必要だと提案します。もっともです。
有期労働者に均等待遇原則を適用することは大いに賛同できますが、しかし、雇用保障の部分は現状の規制よりも後退させて雇用終了(解雇・雇止めを含めて)については金銭的調整で処理しようことは賛同できません。
何故、金銭調整でなければならないのでしょうか。有期労働に雇用保障をすると、経営者は労働者を有期であってさえ雇わなくなるという「経済学」の影響でしょうか。それとも、均等待遇原則の導入のひきかえに、金銭調整を導入しないと経営者が譲歩しない現実論なのでしょうか。この点は著者には明確に理由が書かれていないように思います。
そういえば、厚労省に有期労働契約の研究会が昨年立ち上がりました。そして、民主党政権になりました。有期労働契約が労働法制(労働契約法の改正)の問題として、近い将来、浮上してくるかもしれません。
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