■二つの民法改正に向けての研究会
2009年7月31日、東京の三弁護士会主催で、上智大学法科大学院の加藤雅信教授の講演を聞きました。
民法改正については、二つの研究会があります。内田貴教授(東京大学教授・法務省民事局参与)の「民法(債権法)改正検討委員会」(内田研究会)と加藤教授の「民法改正研究会」(加藤研究会)です。
内田研究会は、法務省の参事官らが事務局を担当しており、私的研究会と言いながらセミオフィシャルな研究会です。この内田研究会は、今年の4月29日に「債権法改正の基本方針」を発表しています(別冊NBL126号)。
加藤研究会は、判例タイムズで日本民法改正試案を昨年に発表しています。しかも、加藤教授は、内田研究会にも参加されています。
■民法改正の必要性
明治時代につくられた民法が現代に合致していないことは明白です。また、判例によって多くの部分が修正されており、判例を調べなければ民法だけを読んでもわかりません。また特別法によって民法が修正されています。一般の市民が民法を読んでも、民法を理解することはできず、かえって誤解することになりかねません。
ですから、民法典を改正する必要性があることは多くの法律家が認めるところでしょう。
■二つの研究会の改正の方向性について
二つの研究会は上記の民法改正の必要性については一致していると思いますが、その改正の方向性は異なるようです。加藤教授は、二つの研究会の改正についての基本的考え方の特徴を説明されています。
加藤研究会の改正方針を、内田研究会の基本方針と比較すると次のようになるのだそうです。
①簡明な法典 VS. 「多条文」化
②日本民法との連続性 VS.ヨーロッパの民法改正との同一化
③民法の簡明・単純化 VS. 規範の詳細化
④レファランス方式 VS.民法に一部を直接規定
■確かに
確かに内田研究会の債権法改正試案と、加藤研究会の改正案を比較すると加藤研究会の改正案とは考え方が違うかもしれません。
内田研究会の債権法改正の基本方針は、条文ではないということですが、詳細な条文となり、条文数も相当、増加するようです。
しかも、現行民法との連続性を意識せず、新たな概念を取り入れようとしてます。例えば、債務不履行についての「債権者の責めに帰すべき事由」という概念を放棄して、「債務を引き受けた」という概念で構成しようとしています。
また、消費者契約法を統合化しようとしており、民法内部に消費者契約法を入れ込もうとしています。
これに対して、加藤研究会は、現行民法との連続性を重視し、消費者法や労働契約法との関係では、次のようにレファランス方式をとることを提案してます。
消費者法との関係では、「変動が激しい消費者法をとりこむことにより、民法典の安定性をそこない、民事の基本法としての性格を失わせることをおそれたため」に、消費者法を直接とりこむことはしない。
雇用についても、同様の考えか方をとり、民法典の私法総合的性格(民法を見れば基本的に私法の全体像がわかる)を維持するために、解雇権濫用法理を民法にも定め、他方で、雇用については、労働契約法と労働基準法が適用されることをレファランス方式で明示することにするというものです。
特別法から民法に取り込むべきものは取り込みつつ、時代にあわせて改正が予想される消費者契約法や労働契約法については、レファランス方式が適切だと、私も思います。
■穂積陳重にかえれ
加藤教授は、明治民法典の制定に関わった穂積博士の論文を引用して次のように強調されています。
「難解の法文は専制の表徴である。平易なる法文は民権の保障である」(穂積陳重『法律進化論 第二冊』)
「法律の明確なるは、人民の権利の一大保障たるや知るべきのみ」とし、「民をして依らしむべし、知らしむべからず」とするのは古政策であり、法治の新主義のもとでは、「民をして知らしむべしよらしむべし」である旨を説いている(穂積陳重『法典論』)
確かに、現行民法との連続性を重視し、法的安定性を重視した民法改正を行うべきだと思います。秋からは法制審での議論が開始する予定と言われています。拙速でなく、より広く意見を聴取しながら4年程度の時間をかけて民法を改正すべきだと思いますね。
労働法からの視点からみた民法債権法改正の基本方針案についても注目していきたいと思います。
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