新国立劇場合唱団員事件の東京高裁判決-労組法上の労働者性を否定
新国立劇場合唱団員(不当労働行為)事件について、極めて残念なことに、東京高裁は、東京地裁と同じく、合唱団員の労組法上の労働者性を否定しました。
判決全文
「shikoukritukousai090325.pdf」をダウンロード
声明
■東京高裁判決の特徴
東京高裁の理由付けは、原審東京地裁判決とも異なります。抜粋を紹介します。以下のⅠ、Ⅱ…、①、②…の数字は引用者が付けました。
Ⅰ「①契約メンバーの歌唱技能という債務の提供はオペラ公演における各メ ンバーの持ち場(合唱団におけるパート等)が自ずと決まっており、被控訴人が契約メンバーの労働力を事業目的の下に配置利用する裁量の余地があるとは考えられないところである。そして、…、②契約メンバーが個別公演出演契約を締結してひとたび当該オペラ公演に参加することとした場合においては、オペラ公演のもつ集団的舞台芸術性に由来する諸制約が課せられるということ以外には、法的な指揮命令ないし支配監督関係の成立を差し挟む余地はない」
Ⅱ 「個別公演出演契約を締結した結果契約メンバーが受けることとなる種々の拘束はいずれも先述したオペラ公演の本質に由来する性質のものであること、②契約メンバーの被控訴人からの報酬等に対する収入の依存度といった経済的な側面についてみても、上述のとおり各契約メンバーがその自由な意思で個別公演出演契約の締結を判断する一要素にすぎないということができることなどを総体的に考慮すれば、③基本契約のみならこれを踏まえて締結される個別公演出演契約によって規律される法律関係を前提とし、労働組合法の制定目的等に照らして被控訴人と契約メンバーとの間の諸々の関係を広く考察してみても控訴人国が主張するような結論に至るものではない。」
Ⅲ「契約メンバーが被控訴人との間で基本契約を締結したからといって個々の公演について出演を法的に義務づけられるわけではない」
■原審東京地裁判決との比較
原審である東京地裁判決は、「個別出演契約を締結しない限り、出演義務生じないから諾否の自由がある」としました。また、「出演基本契約の締結段階では、指揮命令・支配監督関係は希薄であり、事実上のもににしかすぎない。法的な指揮命令・支配監督関係があるとは認められれない。実際上の場所的・時間的拘束は外部芸術家を招聘した場合と同じであり、これだけで指揮命令・支配監督関係があるとは言えない」としています。
つまり、あくまで出演基本契約と、個別出演契約の二段階となっており、基本契約だけの段階では法的な拘束力がないというのが基本でした。(集団的舞台芸術性も触れていましたが。)
ところが、上記の東京高裁判決は、出演基本契約と個別出演契約を総体として見ても、オペラ合唱団員は、オペラ公演という出演契約を締結することで、集団的舞台芸術性(オペラ公演の本質)によって諸制約(時間を決めた練習等への参加や本番公演の役割の指定)を受けることになるが、これは指揮命令、支配監督関係が成立する余地はないとしたのです。
これでは、オペラ合唱団員については、およそ労働者性を否定することになりかねません。この高裁判決の論理で言えば、オーケストラの楽団員についても、その集団的舞台芸術性によって、練習への参加や担当楽器などが自ずと決まっていることとなり、労組法上の労働者性を否定されることになります。また、プロ野球選手も同様ということになってしまいそうです。
東京地裁と比較しても、一段と悪い内容となってしまいました。
なお、東京地裁判決については下記の私のブログで判決全文とコメントをアップしています。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2008/07/post_05bf.html
■新宿労基署(映画撮影カメラマン)事件との比較
新宿労基署(映画撮影カメラマン)事件(東京高裁平成14年7月11日労判832号)では、労基法上の労働者性が東京高裁で認められましたが、その第1審東京地裁判決は、新国立劇場事件東京高裁判決と同様の論理を使っていました。
監督のイメージを把握して映像に具象化する立場にあったのだから具体的な個々の仕事を拒否する自由は制約されていた。しかしこうした制約は,主として映画製作の性質ないしは特殊性を理由とするもので「使用者」の指揮命令を理由とするものとは言い難い。
この「映画製作の性質ないし特殊性」による「制約」と上記高裁判決の「オペラ公演の本質」「集団的舞台芸術性に由来する諸制約」という論理は、共通しています。両者の契約によって決定されているから、指揮命令関係にはないというわけです。
この事件(瀬川労災事件)のWEBで高裁判決、地裁判決、最終準備書面などが読むことができます。
http://www15.ocn.ne.jp/~rousai/segawa1.htm
実は、このような「オペラ公演の本質」などという論点は、訴訟当事者間では主要な争点にはなっていませんでした。それよりも、二段階契約及び基本契約をどうみるか、という論点に集中していました。特に、放送局と自由出演契約を締結していたオーケストラ楽団員の労組法上の労働者性を認めた最高裁判決(CBC管弦楽団労組事件・最高裁昭和51年5月6日判決)を踏まえれば、まさかオペラ公演の本質から、合唱団員を事業目的の下に配置する裁量の余地はないとか、指揮命令関係の成立を差し挟む余地はないなどと判断されるとは予想していませでした。
当然のことながら、最高裁に上告することになります。
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