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2009年3月20日 (金)

法曹増員問題 - ムラの外から見ると

■外から見ると

先日のブログで、平成22年に3000人増員(司法試験合格者数)を決めた閣議決定を巡っての、日弁連の3月18日提言と弁護士会内の反対意見を紹介しました。

でも、客観的に見ると、つまり「弁護士ムラの外」から見たら、結局、両者の違いは、次のとおり、「数の問題」ということになります。

○日弁連執行部は、条件未整備を理由として、2100~2200人程度に増員をペースダウンする。

○弁護士会内反対派は、増員ペースを500~1000人程度にもっと減らすべきとする。

これを「ムラの外」から見ると、「弁護士は大幅増員をすれば弁護士の質の低下をまねき、また弁護士の経営基盤を危うくするので大幅増員に反対している」ということになります。ムラ内部の対立は増員をどこまで抑えるべきかというだけの量に関する対立であって、外から見ると、両者に本質的な違いはないということになります。

ということで、弁護士ムラの中での対立は、弁護士会内反対論者が唱えるほど、大きな対立でなく、コップの中の争いでしかないといえましょう。

■外からの批判に対して

ところで、市民やマスコミからは、このような増員ペースダウン方針に対して、「弁護士エゴ」「業界エゴ」とする批判があります。

これに対しては、次のように反論することが考えられます。

①弁護士を無制限増員すれば、弁護士の質の低下をもたらし、依頼者となる市民に対するサービス低下になる。

②弁護士の無制限な増員は、弁護士同士の競争を激しくして、虚偽や誇大な広告をするような弁護士があらわれる。日本がアメリカのように何でも訴訟に持ち込むような訴訟社会になってしまう。

③弁護士の経済的基盤が低下すると、ボランティア的な人権擁護や冤罪救援活動などに弁護士が労力を割く余裕がなくなる。

①は、一般論としては説得力があると思います。なぜなら、医師不足であったとしても、基本的な医療技術を持たない医師を大量に生み出せとは市民は誰も思わないでしょう。特に、弁護士は実務についてからのOJTにより鍛えられますから、法律事務所に採用されない弁護士が多数に増えることは「質」の問題につながります。ただし、2000人程度増員になって本当に質が低下したのかどうかが実証的に明らかにされているとは言い難い。また、本当に全国の法律事務所に2000人程度を吸収する力がないのでしょうか。特に、地方にはまだまだ吸収力があるように思えます。

②は、アピール力はあると思います。もっとも、いきなり日本がアメリカ的な訴訟社会になるとは思いませんが、生活に困った弁護士が大量に生まれれば問題を起こす弁護士が増加することになるでしょう。このようなことは、人間である以上、弁護士にかぎらず、どの職業(警察官、公務員、銀行員等)でも同様でしょう。「貧すれば鈍する」「悪貨は良貨を駆逐する」

③は、俗耳に入りやすいかもしれない。お金の余裕がないと人権擁護活動や冤罪救援活動もやりにくくなりそうです。でも、市民からの共感を得ることはとてもできないでしょう。また、事実としても間違っています。 昭和30~50年代の古い弁護士の話しを聞くと、冤罪に取り組んだ弁護士、公害裁判をたたかった弁護士、労働争議に関わった労働弁護士は、皆おしなべて貧しかったようです。お金に余裕があるから人権擁護などをやるという弁護士に、今まで会ったことがありません。お金に余裕があるから人権擁護活動でもやろうなんて人は、絶対、長続きしません。小金持ちのブル弁は人権擁護活動に興味ありません。企業側や権力側に立つ弁護士も、そもそも人権擁護活動なんかに興味をもちません。したがって、③は事実としてまったく間違っています(弁護士を自ら貶めることになります)。カネがあろうと、なかろうと、やる弁護士はやるし、やらない弁護士はやらない。カネがあるなしは無関係です。

■検討

客観的に考えれば、弁護士を何人まで増員すれば、市民にとって、「弁護士の適正な競争を通じて、より良い法律サービスを受けることができる」というメリットが最大になり、「弁護士の質の低下や競争による弊害」というデメリットが最少になるか、という問題でしょう。弁護士のデメリットなんかをあまり声高にいうのは得策ではないのです。

さらに、司法の力を強くし、「法の支配」を確立するためには、司法制度をどう強化すべきなのかを検討し、それを支える法曹人口をどの規模まで増やすべきなのか。このような司法政策を策定することこそが本当は重要なのでしょう。

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コメント

 久しぶりにコメントさせて頂きます。竜の子と申します。

 現在法科大学院2年生(4月から3年生)である
私としては、先生のご意見に賛成致します。

 先生が言われるように、『弁護士を何人まで増員すれば、市民にとって、「弁護士の適正な競争を通じて、より良い法律サービスを受けることができる」というメリットが最大になり、「弁護士の質の低下や競争による弊害」というデメリットが最少になるか』ということが問題の本質であり、これについて議論を尽くすことで、はじめて、客観的な司法試験合格者数が決定できると感じるからです。


 また、先生が言われるように、『司法の力を強くし、「法の支配」を確立するためには、司法制度をどう強化すべきなのかを検討し、それを支える法曹人口をどの規模まで増やすべきなのか。このような司法政策を策定すること』、そして、実行していくことで、「司法分野が日本社会に占める役割を強化していくこと」こそが本当は重要なのでしょう。

 そこで、まずは、大学院の先生が授業で言われておりましたが、欧米諸国のように、国家予算の1%ぐらい司法予算が組まれるようにしていくことが、必要と感じます。そうすれば、法テラス等で、新人弁護士が医師のインターン研修のように、生まれ故郷等で1年間司法修習を受けられるようになり、新人弁護士の円滑な法曹キャリア開始をサポートできると思います。そして、全国津々浦々に法曹がいる状態を生み出すことができると思います。


 ですが、私は、今は、閣議決定の合格者数に変化がないことを願いつつ、来年度司法試験合格を目指し、学習に励もうと思います。
 それでは、失礼致します。

投稿: 竜の子 | 2009年3月22日 (日) 10時45分

日弁連も司法試験の合格水準に達していれば合格させることまでも否定しているわけではありません。

また、幸か不幸か、日弁連の意見は、閣議決定を覆すだけの力、影響力を持っているわけではありません。

司法試験委員としては、成績が悪いのに合格点をあげなければいけないかなあという悩みを軽減するくらいの力しかないということです。

心配せずに、司法試験勉強に邁進下さい。

投稿: 水口 | 2009年3月24日 (火) 12時00分

中途半端に増員するより、一定のレベルに達したものに対して上限無く弁護士の資格を与え、自己啓発資格の一種レベルにまで資格の価値を落とすことが必要だと思います。

一番いけないのは、中途半端に増員して弁護士として独立できるが競争だけは激しくなったという状況。今でさえ、裁判に勝って成功報酬をもらうために、クライアントの名声まで失わせてしまうような書面を出すアホ弁護士が目立ちすぎます。相手にその書面を公表されたらどうするつもりなんでしょう?クライアントが恥をかいても裁判で勝って成功報酬さえもらえればという低モラルの弁護士はすべての関係者にとって害悪です。

通常の資格保有者では独立はおろか弁護士と言う資格だけで食っていけないほど増員して、企業の法務部門に吸収してもらうことを目指したほうが日本のためになります。

投稿: 山田 | 2009年5月20日 (水) 07時47分

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