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2009年3月 1日 (日)

読書日記 「経済学と現代の諸問題」-置塩信雄のメッセージ 置塩信雄著

2004年8月初版、大月書店

■景気循環は不可避

置塩信雄教授の「経済学と現代の諸問題」(大月書店 2004年8月)を読んでいます。世界的な不況の中、「誰が痛みを分かつべきか」、「政府はどのような措置をとるべきなのか」を素人ながら考えてしまいます。なお、置塩教授は、当初、近代経済学を研究してからマルクス経済学も研究し、両分野で業績を残された学者だそうです(1927年~2003年)。

ケインズの有効需要政策について次のように述べています。

ケインズは資本主義のもとでは個々の私企業を自由放任すれば、景気循環は不可避であると考えていた。また、ケインズは個々の私企業を自由放任すれば、景気循環において、いくら景気がよくても(労働は完全雇用され、生産能力はフル稼働)、いずれは反転して悪くなるだろうと考える。また、いくら景気が悪くてもいずれは必ず反転すると考えていた。(置塩教授「経済学と現代の諸問題」94~95頁)

ケインズは、生産能力(それは生産設備、原料などの生産手段、労働力によって構成されている)が大量に遊休し失業があるとき、こらから抜け出すためには、政府が自ら需要を喚起すべきであると考えた。(置塩同書110頁)

置塩教授は、同書でケインズの有効需要政策を次のように批判されています。

ケインズは不況局面において、政府は需要注入を行うべきであるとするが、私的企業に対して、その私的利潤を制限するような規制を行うということは全く念頭になかった。

ケインズの「一般」理論の論理からしても、企業の生産・雇用の決定態度(利潤最大)に干渉して規制を加えれば、需要注入政策を取らなくても、雇用・生産水準を上昇させることができる。ところがケインズはこのような政策を一切検討しようともしていない。(置塩同書98頁)

この「企業の生産・雇用の決定態度」を規制を加えるとは、どのような規制や政策なのでしょうか。具体的には何も書かれていません。ちなみに、置塩・鶴田・米田教授共著「経済学」(1988年 大月書店)では次のことが書かれています。(なお、私が大学で経済原論(もちろん、「マル経」)を受講したときの教授は、この本の共著者の鶴田満彦教授だったと思います。)

労働者の消費需要増大→雇用増大→失業解消を実現するためには、資本家の生産決定態度に規制を加え、これを変化させることが絶対に必要なのである。ケインズが推奨する政策の中に、労働者の消費需要増大というメニューが含まれていない(「経済学」114頁)

この労働者の消費需要増大とは、私には、株主に対する配当を制限したり、企業の内部蓄積を吐き出させたり、役員の報酬を制限したりして、大量解雇や賃金切り下げを規制する方策なども含まれるように思えます。

■ケインズの「資本主義崩壊の恐れ」

置塩教授は、ケインズが有効需要政策として、「企業や資本家の利潤を制限する」規制を行うことを提言しない理由を次のように述べています。

ケインズが最も重視した不況局面のコストは資本主義が危うくなるというコストであった。このことについてケインズは他の経済学者に比べて比類のない感受性をもっていた。

彼は19世紀を回顧し、「当時は、労働組合は弱体であったし、経済のジャガーノートは別に妨害も受けず、むしろ喝采を浴びながら、進歩の大道をつきすすむことを許されたのである」(邦訳ケインズ全集第9巻、東洋経済新報社、367ページ)と言っている。(置塩同書96頁)

しかし、20世紀になると状況が変化したことをケインズは強い危機感をもって感じ取っていたと置塩教授は指摘されています。

・・・「それは労働者に貨幣賃金率引き下げのための失業を強要することであり、労働者は激しくそれに抵抗するであろう」と彼は激しく反対した。そして「労働組合は、供給と需要の力の自由な発揮を妨げることができるほどの十分に強力になっている」(全集第9巻、367ページ)と、労働者の力の過小評価を警告している。

ケインズは資本主義の維持に大変な決意をもっており、「生活面で優れた素質をもち、全人類の進歩の種子をたしかの携えているブルジョアジーやインテリゲンチアよりも、上位に粗野なプロレタリアートの地位を高めるような信条を、どうして私が採用できるだろうか(同書、306ページ)と彼の信条を吐露している。(置塩同書97頁)

ただ、ソ連型社会主義の崩壊後の今の世界では、もはや「労働者が強くなったために資本主義が崩壊する」などと恐れるひとは存在しないでしょうがね。

■置塩教授のケインズ批判の2点

置塩教授は、ケインズが資本主義では景気循環が不可避であること、総需要の大きさに新投資需要が主要な影響を与えること、新投資の決定が私企業に握られてることの重要性を指摘したことを評価しながら、次のようにケインズを批判しています。

ケインズは、私企業に委ねている結果生じる総需要の不足による遊休生産能力・労働者の失業(それは景気循環の下降局面の出来事である)を放置すれば、労働者をはじめとする人々の憤激をかい、資本性はその基礎を揺るがせられると考え、国家による需要注入によってこの危機をのりきろうとした。(置塩同書113頁)

私的企業、なかんずく大企業の生産・雇用の決定の仕方に介入し規制を行うならば、ケインズがいう総需要政策を行うことなしにでも、生産・雇用の総水準を引き上げることができる。このことはケインズが『一般理論』で展開している雇用理論からも導出される。(置塩同書115頁)。…(にもかかわらず、)この部分については、ケインズは一切政策的介入を拒んでいるのである。

どうやら、政府が、企業の雇用や生産決定に対して利潤や配当を規制して、労働者の消費を増大させる政策をとることは、ケインズの一般理論から見ても成り立つということかなと読みました。企業の株主への配当や内部留保を規制して、雇用維持のために使うべきか否かという論争にもかかわる論点のように思えます。

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