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2008年11月30日 (日)

読書日記 「なぜ富と貧困は広がるのか」後藤道夫、木下武男共著 旬報社

■「なぜ富と貧困は広がるのか」
--サブタイトル「格差社会を変えるチカラをつけよう」
  旬報社 2008年6月発行 2008年11月読了

後藤道夫教授、木下武男教授の新著です。両教授の著作は、常に読んできました。後藤教授の格差社会についての講演を二度ほど聞き、その実態を踏まえた熱意ある講演に感銘を受けたことがあります。さて、本書は、著者が現代の若者に向けて、社会のあり方への批判とそれを克服する道への呼びかけです。

■初歩的なマルクス主義解説本

マルクス主義の初歩的な解説があります(労働価値説、搾取理論、階級、生産力と生産様式、階級闘争、階級国家論など)。工夫はされていますが、ちょと古めかしい。いまどきの若者たちは、これを読んでどう感じるのでしょうか。おそらく今時の大学生には理解できないでしょう(森永卓郎氏は、講演で「大学で3ヶ月、マルクス経済を論じたが、学生は全く理解できなかった」って言っていました)。でも、ワーキング・プアの境遇で働かされている若者にとっては、腑に落ちるかもしれません。若者に是非、感想を聞いてみたいです。

■労働組合運動について

本書は労働組合運動について詳細に書かれているのが特徴です。木下教授(「格差社会にいどむユニオン」花伝社)が執筆されています。著者は次のような労働組合改革は次の三つです。

①組織を改革する-組織論
企業別組合の外に、個人加盟ユニオンを創造し巨大化していこうと提唱しています。「産別全国組織や地域組織のなかに、個人でも入れる受け皿として個人加盟組織をつくり、そこに組織の大きなリソース(資源)を投入し、組織化にあたることです。」

②新しいユニオン運動を展開する-運動論
職種別賃金の設定(同一価値労働同一賃金の原則)と企業横断的な団体交渉の設定に向けての取り組み

③福祉国家を戦略として掲げる-政策論
「日本の労働組合は、労働社会の構造転換に対応して、これまでの日本型雇用と年功賃金を前提とした企業内の賃金・雇用の運動から完全に脱却し、「制度的方法」を飛躍的に発展させることが求められている」
「今後、政策的には、終身雇用でもなく、有期雇用でもない、第3の道を模索すべきでしょう。それは、一つの企業に縛られず転職しても不利にならない正社員の制度です。ヨーロッパ型の国家に規制された横断的労働市場とそれを支える政策を構想すべきでしょう」

労働運動に夢を語ることが重要なのでしょうね。大企業の基軸ホワイトカラーに「労働運動の変革」を求めるのは到底、無理ですから、やはり周辺の労働者に期待するしかないでしょう。

■社会民主主義と共産主義の分裂の歴史環境は消失した

著者らは、従来の左派が規定していた社会民主主義論、福祉国家の理解を大きく修正します。結構、思い切った提言です(まあ、何を今さら・・・とも言えますが)。

従来の左派の社会民主主義や福祉国家に対する理解は次のようなものでした。

これまでの福祉国家は、労働者の生活を大きく改善し、資本主義経済を規制する手段・方法を発達させましたが、同時に労働組合の多くの労使協調派にかえ、社会民主主義政党から社会変革の牙をぬく役割をはたしました。階級闘争という観点からみれば、福祉国家は、資本家階級と労働者階級の「階級妥協」といって良いでしょう。共産主義を含む左派は、階級妥協の妨害物として抑圧されることが普通でした。・・・福祉国家群も、第3世界から種々の収奪体制を維持しようとする帝国主義陣営の一部という位置をもちました。

しかし、著者らは、新自由主義改革が世界的に行われた結果、事態は大きく変化したとして次のように述べます。

激しいグローバル競争は、労働組合の力を弱め、規制撤廃と社会保障の削減もあいまって、先進資本主義国でも貧富の差は急速に拡大していきました。福祉国家は、先進資本主義諸国の支配階級から敵視されるようになり、100年近くつづいた、帝国主義と福祉国家の蜜月時代は終わりをつげます。・・・社会主義運動を社会民主主義と共産主義へと分裂させていた歴史環境は大きく変わったのです

新たな歴史環境のもとで旧来の社会民主主義派と共産主義派、それに「市場の暴力」とたたかわざるえない様々な立場の人が共同して、福祉国家を再建し高度化することが求められています。

要するに、社会民主義だ、シャミンだとか、共産主義、アカだとかの対立はもはや無意味になったというのです。もっともなことです。

■日本の場合

日本の場合には、悲しいかな「社会民主主義」があまりに「脆弱」でした(渡辺治教授「基軸と周辺」)。日本のパターナリズム的福祉を支えてきた中道保守との連携ということになるのでしょうね。

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2008年11月23日 (日)

アスベスト補償・救済制度の国際比較 立命館大学シンポ

■立命館大学の国際シンポ

11月22日、立命館大学「アスベスト災害・公害の政策科学」研究プロジェクトとして標記シンポジウムが開催され、秋の京都に行ってきました。残念ながら、日帰りのため観光はまったくできでませんでしたが。

P1000008



創思館









「ritsumeiasubesuto081122.pdf」をダウンロード

ステファン・レビン氏(アメリカ・マントサイト医科大学准教授)
ベネデッド・テラッチーニ氏(イタリア・元トリノ大学教授)
ジャン・ポール・テソニエール氏(フランス・弁護士)
カン・トンムク氏(韓国・釜山国立大学医学部予防・労働医学科准教授)
森永謙二氏(日本・前独立行政法人労働安全衛生総合研究部長)

コーディネーター 森裕之(立命館大学政策科学部准教授)
コメンテーター 宮本憲一(立命館大学政策科学部客員教授)

レビン氏は、あのセリコフ教授の弟子で、セリコフ・センター医長です。

大変に勉強になったシンポジウムでした。各国とも、アスベスト被災者の多くが建設労働者であることが報告されていました。首都圏建設アスベスト訴訟は東京地裁、横浜地裁ではじまっています。

特に、レビン氏と、フランスの弁護士のテソニエール氏の話が印象に残りました。

■レビン氏の話し

レビン氏は、アメリカでも建設労働者に多くにアスベスト被災者がいること、9.11のワールドトレードセンターの被災により、レスキュー隊の多くがアスベストによる呼吸系疾患に苦しんでいることなどがデータとともに報告されました。アメリカでは、周知のとおりアスベスト訴訟が大規模に起こされ、アスベスト被害の補償制度がすすんでいるかと思いきや、公正な被害補償制度はないとそうです。

次の二つの話が印象的でした。

(1)アメリカの訴訟による解決のゆがみ

アメリカでは、訴訟による解決が大規模に行われたが、訴訟では被災者には十分で公正な補償がなされていない。特に、弁護士が金儲けにはしり、被災者に十分な補償がなされていないということです。弁護士が金儲けのために、法律事務所が医学検査もして、原告を募り提訴するが、被災者救済のシステムをつくらず放置しているそうです。アスベスト企業の方の弁護士も、企業を破産させて巨額の損害賠償請求から逃げるように指導し、企業側の弁護士も多額の報酬を得てもうけている。

アメリカでもアスベスト被害補償法制度がつくられようとしているが、政治的にはなかなか進まず、国民皆保険もないアメリカでは、オバマ政権になったからといって、実現は楽観できない。

アメリカの弁護士はとんでもない金の亡者です・・・。

(2)アメリカ民主主義

レビン氏は、セリコフ教授が常に言っていたこととして次のように語っていました。

セリコフは、政治をよく理解していた。彼は、科学的所見や医学的所見だけでは物事は解決しない。医学者や科学者は情報を得たら、それを労働組合に知らせ、マスコミに提供し、幅広く広めて、政府と行政を動かすよう政治的影響力を行使することを重視していた。

アスベスト問題を解決するためには、このような取り組みを強めていくしかない。その結果、一つ一つ改善ができる。

アメリカ民主主義の真骨頂ですね。労働組合とマスコミと共同していくというのですが、弁護士が入っていないのは仕方がないでしょうねえ。

■フランスのアスベスト基金-仏弁護士テソニエール氏の話

アメリカの弁護士の悪辣さを聞いて落ち込んだのですが、フランスのテソニエール弁護士の発言には勇気づけられ励まされました。

フランスでは、1995年にアスベスト被害者団体(ANDEVA)が結成され、1996年にアスベスト禁止する法律が制定された。2002年2月28日、破棄院・社会法部(最高裁にあたる)が、使用者の労働者に対する安全張り世義務の内容を、従来のように手続を踏んだか(手段債務)、というものでなく、結果の問題となった(結果債務)。この安全配慮義務を尊重せず、危険性を認識していた場合、使用者は「許されない過失」があったとして責任を認められた。

フランスでは、1995年から数万件近いアスベスト訴訟が提起され、この動きが裁判所の判例を変更させ、アスベスト被害者の全面的救済が一般化した。判例変更まで、1%程度の勝訴率が、判例変更後は99%勝訴するようになった。

2000年12月23日、法律によってアスベスト被害者賠償基金(FIVA)が創設された。労災職業病であろうとうなかろうと、あらゆるアスベスト被災者と遺族に賠償金を支払う基金である。この基金は社会保障制度から拠出されている。補償は2万~2万5千ユーロの年金。基金にアスベスト被災の申請をして、審査期間は約6ヶ月。もし却下されれば、その認定を訴訟で争う。

基金が出来てからは、被災者の4分の3は、基金への申請を選び、他の4分の1は訴訟を提起している。基金を選択しないで提訴する原告の動機は、金額について不満であるから。

フランスでは、被害者が団結して訴訟を提起し、労働組合の力、マスコミの力で、法律を作った。FIVA(基金)の理事会には、被災者の代表、労働組合の代表、使用者の代表が入っている。

■森永賢二氏の話

日本では、疫学調査が行われていない。厚生労働省は即刻、疫学調査を行うべきだが、逃げているとしか思えないと述べられていました。

■首都圏建設アスベスト訴訟の目標

東京地裁と横浜地裁で提訴された首都圏建設アスベストのたたかいが目指す構想と、フランスのFIVAは共通性があります。フランスのアスベスト訴訟と基金創設へのたたかいについて、是非、詳細に知りたいものです。

トンネルじん肺弁護団で、基金の内容及び経過を調べるために、フランスに是非、行きたいものです。アメリカは遠慮しておきましょう・・・。

蛇足

・・・はやく、こういう弁護士活動に完全復帰したい今日この頃です。

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2008年11月17日 (月)

読書日記 「間違いだらけの経済政策」榊原英資著 日経新書

元大蔵相国際局長、財務官で、現在、早稲大学教授。

■デフレ不況でなかった

21世紀になってのデフレ(ディスインフレーション)は、グローバリゼーション、経済統合の結果であり、デフレスパイラルと言われた不況ではなかったというのです。「2002年以降、物価安定の下での好景気が続いた」と。

日本のデフレの正体は、東アジアでの経済統合・生産ネットワークの進化による商品価格の下落であった(価格革命)。輸入の相手先は、80年代には5%前後であった中国のシェアが、2006年には21%になっている。逆に、アメリカの輸入シェアは85年の20%から、2006年には12%にまで下がっている。

東アジア諸国を結ぶ生産ネットワーク、サプライチェーン・ネットワークが形成されていくにつれ、自動車や機械部品などのシェアが圧倒的に増え、東アジアはハイテク製品の輸出国に変貌しています。

つまり、生産ネットワークの形成は日本の素材産業や部品製造業の輸出を急速に活性化させ、その結果、鉄鋼や自動車部品などの産業が日本の景気拡大のエンジンになっていったのです。他方、中国、香港、台湾など東アジア諸国からの輸入は日本の物価を押し下げ、物価が安定するなかでの景気回復を可能していいったのです。

竹中平蔵をはじめとしたエコノミストは、この新しい事態を理解できなかったので、デフレ脱却という誤った経済政策をとったといいます。このデフレは構造デフレだということです。

このような構造デフレ(好況下の物価安定)は、歴史上繰り返されていると言います。

1870年~1913年のいわゆるパックス・ブリタニカの次代にも怒っています。この時期は第二次産業革命とグローバリゼーションの時代とも言われ、世界の一人当たり実質GDPは平均1.3%成長しており、第二次世界大戦後の1950年~73年の2.9%に次ぐ高さでした。

■資源インフレ

他方で、資源・エネルギーは稀少となり、インフレとなっている。ハイテク商品がコモディティ化し、資源・エネルギーが稀少化するという事態が同時に進行していると言います。

この資源・エネルギーの高騰は、資源が稀少となり、中国・インドの経済発展により、大量消費することになり、あともどりしないだろう。

■アメリカの金融システム崩壊

アメリカの投資銀行を中心とした金融構造が崩壊し、世界の金融システムが商業銀行モデルにもどっていき、金融構造と金融監督が大きくかわり、実物経済を離れて肥大化した金融が、より実物に近いところに、おそらく戻ってくるのでしょう。

「ともかく、アングロサクソンに従っていれば間違いない」という岡崎久彦(元外交官)流のアメリカ原理主義や、「アメリカの市場主義が正しく遅れている日本」という竹中平蔵流の市場原理主義から脱却すべきとも言っています。

■新たな公的セクターを

で、著者は、資源・エネルギー省を創設して、公的セクターの役割を高めなければならないとしています。マクロ経済では、近代資本主義の構造の大変化の時代には対応できないというわけです。

■東アジアの経済統合と日本経済

これを読んでいて、企業主導の東アジアの経済統合、生産ネットワークが日本経済の構造までかえる状態になっているということが解りました。それを主導してきたのは民間企業だということも。

これからの世界同時不況の中で、どうなっていくのでしょうか。日本の労働者の賃金の低下は経済的には不可避のようです。

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2008年11月11日 (火)

読書日記 「合衆国再生」 バラク・オバマ著 

2007年12月発行、2008年1月読了 棚橋志行訳 ダイヤモンド社

合衆国再生―大いなる希望を抱いて

■オバマ新米合衆国大統領

今年の正月に読んだ本です。民主党大統領候補を目指しており、シカゴの貧困地域で活動する黒人弁護士。これを購入したときには、まさか本当に大統領になるとは思いも寄りませんでした。

■印象に残ったエピソード-イリノイ州の死刑事件の自白ビデオ録画法案

オバマがイリノイ州の議員のとき、死刑事件の取調と自白にビデオ録画を課す法案の発起人になったとして次のようにことを書いています。

死刑制度はほとんど犯罪の抑止力にならないとわたしは思っているが、そのいっぽうで犯罪のなかにはあまりに極悪で常軌を逸していて、極刑を与えることで地域社会が最大限に憤怒を表現してしかるべきものもあると考えている。だが、当時のイリノイ州の死刑事件の裁きには、過失や警察のいかがわしい戦術や人種的偏見や不誠実な法の実務がはびこっていて、13人の死刑囚が容疑を晴らして釈放され・・・たほどであった。

死刑に反対する人々は人種差別や警察の職権濫用を繰り返し口にし、法を執行する側はわたしの法案は犯罪者を甘やかすことになるのではないかと言う。

話し合いのテーブルで、わたしは深刻な意見の相違には焦点を定めず、全員が共有しているはずの共通の価値観について話をした。つまり、無実の人はけっして死刑囚監房にいるべきではなく、死刑に相当する罪を犯した人は決して自由の身になるべきではないということだ。警察の代表からこの法案のどこが彼らの捜査の妨げになるのか具体的に指摘がなされたとき、わたしたちは法案を修正した。警察の代表から、録画するのは自白のところだけにしてはどうかと提案されたときには、この法案の目的は強要されて自白したのではないという確信を一般市民に与えることにあるのだと指摘し、断固譲らなかった。こういう過程を経て、最終的にこの法案は関係するすべての陣営の支持を得た。法案はイリノイ州上院を全員一致で通過し、署名を受けて成立した。

日本でも、現在、取調過程の可視化(録画)の法制化を日弁連が取り組んでいます。イリノイ州と同様に、警察・検察は反対しており、また、裁判員裁判反対勢力は取調の可視化の取り組みを批判しています。オバマ氏が直面した状況と似通っています。

■貧困弁護士(貧困者のための弁護士)

オバマ氏は、シカゴの市民権専門の小さな弁護士事務所で仕事をしていたようです。貧困者のための弁護士=貧困弁護士だったのでしょう。

ジョン・グリシャムの「路上の弁護士」という小説がありました。オバマは、このようなストリ-ト・ロイヤーズ(町弁)だったのでしょうか。

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あるいは、アメリカの著名な労働弁護士のアーサー・キノイ(「ある民衆の弁護士の物語」菅野昭夫訳)の末裔なのかもしれません。http://www.amazon.co.jp/%E8%A9%A6%E7%B7%B4%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A4%E6%A8%A9%E5%88%A9%E2%80%95%E3%81%82%E3%82%8B%E6%B0%91%E8%A1%86%E3%81%AE%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC-%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%82%A4/dp/4535579458/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1226417556&sr=1-1

■人間も、少しは進歩しているんだなあ

オバマ氏が大統領になっても、すべてがよくなるわけはありません。そうはいえども、あのアメリカで、黒人が、しかもビジネス・ロイヤーでない人権派弁護士が大統領になるなんて。人間も少し進歩するんだと久しぶりに感銘をうけました。アメリカでのお話しであって日本ではないのが、少し残念ですが。

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2008年11月 2日 (日)

韓国 国民参与裁判について

■韓国 ソウル訪問

P1000015 ソウル中央地方法院

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先日、第二東京弁護士会の会務にて韓国のソウル弁護士会を訪問しました。その機会に、ソウル中央地方法院(=ソウル中央地裁)に訪問して、法院長(地裁所長)、刑事部の主任法官(裁判官)や、韓国の弁護士から韓国の国民参与裁判の実施状況をお聞きする機会を得ました。

■韓国の国民参与裁判

ノ・ムヒョン大統領の下での司法改革作業で施行された陪審制に似た制度です。

9人の陪審員が一般国民から選出されて有罪・無罪を評議した上で、評決する。
裁判官(法官)は、この評議に関与しない。ただし、陪審員が全員一致に至らない場合には、裁判官の意見を聞いた後に、多数決により評決する。
・陪審員は量刑についても評議して意見を述べる。
陪審員の評決(有罪・無罪、量刑)は裁判所を拘束しない。
・裁判所は陪審員の評決と異なる判決をする場合には理由を述べなければならない。
被告人は国民参与裁判か、通常の裁判官裁判を選択することができる。
・参与裁判対象事件は、殺人、強盗、強姦などの重大暴力犯罪と収賄事件等。

陪審員制度に近いですが、評決に拘束力なく、被告人に参与裁判か通常裁判かの選択権が認められることが特徴です。

日本の裁判員裁判は、裁判官と裁判員がともに合議体をつくり評議し評決をします。被告人に選択権がありません。

■韓国国民参与裁判の運用について

ソウル中央地方法院で、法官から次のような説明を受けました。

・韓国では、10月までに全国で46件の参与裁判の判決が出された。
・参与裁判を選択する率は非常に少ない。
・実際には、200件の参与裁判申立がなされ50件が参与裁判となっている(対象外事件の申立だったり、排除されている)。
・今までの46件のうち2件が裁判官が陪審員の評決と異なる判決を下した。
・その2件のうち1件は、陪審員は、3訴因のうち、2訴因を有罪、1訴因を無罪としたが、無罪について、法律の解釈を誤ったとして有罪とした。もう1件は、量刑が重すぎるので、量刑を軽くした。
・控訴率は80%で、破棄率は25%。

■ソウル各裁判所での参与裁判

ソウルは人口約1000万人(韓国の人口は約4800万人)。ところが、ソウルの裁判所(中央、東西南北の5地裁がある)では2件しか参与裁判がない。他の地裁に比較しても、参与裁判率は異常に低い。裁判官は、その原因について、次のように説明していた。

①弁護士は参与裁判について否定的である。弁護士が被告人に参与裁判でないほうが良いと説得して取りさげたケースがある。

②弁護士が参与裁判を嫌う理由としては、手間がかかるからということがある。

③被告人が参与裁判を躊躇する理由としては、量刑が重くなると危惧していると思われる。

■韓国弁護士の意見

ソウル弁護士会の弁護士に、国民参与裁判を被告人が選択しない理由を聞いたところ、次のような感想を聞かせてくれました。

「量刑が重いという不安が大きいために被告人が参与裁判を選択しないのが真相」「弁護士が非協力的なのではない。」そうです。

陪審員の量刑は、それまでの裁判官の量刑よりも重くなることは、裁判所も弁護士も指摘していた。

韓国の弁護士の一人は、「韓国の司法改革は、アメリカ一辺倒で短絡的だ。日本の裁判員裁判は実施まで長期間議論されたが、韓国ではアメリカが陪審制であるということで、一挙に議論もなく導入された。僕は何でもアメリカが良いという改革は反対だ。僕はアメリカは嫌いなんだ」と言っていました。日本の裁判員裁判反対派と同じことを言うので、笑っちゃいました。民族主義者は、どこの国でも一緒じゃあ。

■ソウルの裁判所宣伝ビデオ

ソウル中央法院で、裁判所の宣伝ビデオ(DVD)を見せて貰いました(日本語版)。

国民の皆さま、どうぞ、裁判所にお越し下さい。けっして無駄足だとは感じさせません。心配事を解決する道を提供します。がっかりさせません。

まるで、証券会社か農協の宣伝のようでした。

■日本の最高裁と対称的

以前、労働審判施行にあたって、日弁連が最高裁と協議をしたとき、「裁判員裁判に膨大な宣伝費を投入するのであれば、労働審判ももっと裁判所が宣伝して欲しい」と要請したことがあります。

すると、日本の最高裁担当課長は、「裁判員は裁判所に強制的に来て貰うのであるから理解を促進するために宣伝をする。他方、労働審判は紛争事件であるから、労働審判を宣伝するということは、事件を起こして裁判所に来てくれと言うことになるから、そのような宣伝はいかがなものか。」という旨を答えていました。

「お客さまに満足していただきます。」という感じの韓国の裁判所と、日本の裁判所とは対照的です。ちなみに、今は最高裁は労働審判を注目しているそうです。この手法を一般民事にも導入できないかと考えているのかもしれません。

■韓国の司法試験とサッカー事情

私は、2002年の日韓ワールドカップて韓国で試合を観たことがあります。ちょうど、光州市で、韓国対スペイン戦を観ました。ホン・ミョンボのPKをこの目で観たと、話したところ、韓国の弁護士とサッカー談義と司法試験の話になりました。

今年、「韓国では裁判官任官の7割が女性」であったとのこと。成績順に任官者が採用されるから女性の方が成績は良いから、任官者の7割が女性となるということです。2008年の任官者は、2006年のドイツワールドカップ年の司法試験合格者だとのことです。

韓国の弁護士は、「韓国ではサッカーのワールドカップがあると、男は試験勉強をせずに酒ばっかり飲み、サッカー応援にあけくれる。だから、ワールドカップイヤーは、女性が大量に合格し、必然的に任官者も女性が多くなる」と説明してくらました。

さらに、その弁護士は、「ワールドカップイヤーに司法試験に合格した男はダメだ」というのです。なぜかと問うと、「男の癖に、サッカーを応援しないで、司法試験の勉強をやっているようなヤツはダメ男だ」というのです。(笑い)

やはり、韓国人のサッカー熱はあついです。

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