共産党と社民党の「裁判員裁判」延期方針
■共産党の市田書記局長は、裁判員裁判の「延期」の方針を明確にした。
国民の間に合意がなく、法曹関係者の中にもさまざまな意見があります。こういう主張や現状を無視したまま制度を実施するなら、重大な禍根を残す結果にならざるを得ません。したがって、再検討をして実施の延期を求めるというのが、わが党の立場です。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-08-08/2008080804_02_0.html
■社民党も、実質延期提言
裁判員裁判の実施について、社民党は、奥歯に物を挟んだ言い回しだが、要するに「実施延期」を提言している。
制度の具体化にあたっては問題点を直視し、拙速に陥ることのないよう万全を期す必要があると考える。今後も是々非々の立場から、国会における議論を幅広く緻密に行ないながら、院内外を通じて国民各層とともに司法制度をめぐる論議をすすめていきたい。
http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/other/080807_law.htm
■共産党の見解への「?」
両党とも、裁判員裁判に賛成した政党です。両党のWEB上の見解を読むと、実施延期の主な理由の一つは「国民の負担」(守秘義務、出頭義務等)の重さのようです。共産党は、守秘義務違反に刑罰を課することや、3日や5日以上も拘束される国民の負担をあげています。同見解では次のように述べています。
裁判員になれば、最低でも三日間から五日間、場合によっては一週間や十日以上にもわたって、連続的に裁判員として裁判に参加しなければなりません。この間、どのような地域に住もうと、どんな職種であろうと「原則として裁判員を辞退できない」とされています。しかも、会社員の場合、それが「公休」扱いされるかどうかは、個々の企業の判断に委ねられることになっています。
会社員の場合には、労基法7条の公の職務の執行にあたり、使用者は労働者の裁判員裁判への参加を拒むことはできませんから、個々の企業の判断に委ねられるというのは間違いです。(この政党は、労働者政党を名乗りながら労基法も知らないのかしら?)
他方で、同党は、裁判員裁判が「新たな冤罪の舞台になる」として反対しています。その中で、「最初から三日ないし五日間程度で結審することを見込んでいる」として、また、短期裁判を実施するために「公判前整理手続」を行うことを批判しています。
上記のとおり共産党は「三日間から5日間、場合によっては一週間や十日以上」も長期間を裁判員を拘束するとして国民の負担の負担が重いからと実施を反対しています。他方、短期審理を実施する裁判員裁判の工夫を「新たな冤罪を生む舞台」と批判をしているわけです。これって矛盾じゃないでしょうか。冤罪防止のためには長期審理も辞さないのか(長期審理をしたからといって冤罪を防止することができるわけでもありませんが)、それとも国民の負担を軽減するために短期審理を目指すのか、共産党はどっちを言っているのでしょうか。支離滅裂です。
まあ、共産党って、昔から、ゴルバチョフ改革を「レーニン以後最大の誤り」と言ったと思えば、他方で「ソ連崩壊を諸手をあげて歓迎する」と言ったり、「冷戦は終結していない」と未だに言いつのったり、支離滅裂なところがあります。他にも、国旗・国歌を法律で定めることに賛成したり、マルクス主義政党のくせに「労働者は労働時間を売り渡すものではない」等と言ったり……。今さら、同党の支離滅裂な言説に驚くこともないかもしれません。
■野党の政治責任・政策責任について
両党とも、裁判員法に賛成した政党です。当時から、裁判員裁判の問題点は指摘されていました。しかし、両党とも、現状よりは一歩前進として賛成したそうです。
そうである以上、現時点で問題があると思うのであれば、裁判員裁判の実施延期ではなく、提言すべきは具体的な改善を含んだ立法提案だったと思います。民主党を含めた野党統一の「刑事訴訟法改正法案」を検討すべきだったのです。(これが1、2年前なら裁判員裁判実施延期とセットとした刑事司法改善案として出すと、私も「オッ!野党もやるなあ。」と思ったでしょうが、もはや「時、既に遅し」、「出し遅れの証文」です。何を今さら・・・)
陪審であろうと、参審であろうと、裁判員裁判であろうと、それだけでは冤罪を防止することはできません。では、現在の司法官僚の下での官僚裁判で良いのでしょうか。
野党が提言すべき具体的法案は、冤罪防止のために、「人質司法の廃止(権利保釈の拡充・要件の緩和」、「全取調の録画・録音制度の導入」、「取調受忍義務の明文による廃止」、「取調時間の制限」、「被疑者段階での公的刑事弁護の充実」、「全面的証拠開示制度の拡充」などの刑事訴訟法改正案です。
このような提言や立法提案をするのが責任ある政党の在り方だと思います。このままでは、社民党も共産党も、無責任な少数野党ということになるのではないでしょうか。
あるいは、本当の狙いは、近々ある総選挙を念頭において、「裁判員裁判に反対しておいたほうが票を多く集めることができる」という選挙戦術ということなのでしょう。民主党の中でも、裁判員裁判への消極意見が強いと聞いていますので、自公と対決路線の雰囲気の中で、裁判員裁判への反対で野党は歩調を合わせるのでしょう。
それも政党戦術としては当然のことなのかもしれません。法律実務家である私には理解しがたいです。一国の刑事裁判制度を総選挙向けの党利党略で考えるとはねえ。所詮、共産党も「普通の政党」になったということの証明です。
両党は、このような方針に転換するとしたら、裁判員裁判に賛成した当時の政策決定の誤りを認めて、国民の前に陳謝した上で、具体的な刑事訴訟法改正案をセットにして実施反対運動に取り組むのがスジだと思います。そうでなければ、政策責任を負わない万年野党の「犬の遠吠え」になっちゃいます。
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コメント
はじめまして。
ちょっと、一点気になるので・・・。
裁判員が「公休」扱いになるかどうかは企業次第と言う点は正しいのでは?これって、特別休暇を設けるかどうかが企業次第という意味のコメントですよね、多分。
各企業は裁判員への参加は拒めませんが、それを特別休暇とするか、或いは、年次有給休暇の枠内での対応とするかは任意性があると思います。また、特別休暇でも有給とするか、或いは、無給とするかも任意だと思います。
大企業だと、裁判員制度対応の為に、新制度を作る所もあるようですが、人数的には多数を占める中小企業では、特別休暇は導入しない所も稀じゃないと思います。
投稿: とおる | 2008年8月14日 (木) 02時08分
公休、休日、年次有給休暇などの概念が未整理のようです。公休は、労基法上の概念ではありません。通常の日常用語では、土、日、祝日の休みのことを言います。したがって公休は有給とは全然別の話です。
裁判員が労基法7条で必要な時間を請求し、使用者が拒めないということは、労働者が労働契約上の労働義務を免除されるということです。
これは使用者が休暇を認めるか否かとは関係はありません。使用者が休暇と認めなく立って裁判員の裁判の日は請求すれば労働義務は免除されます。
他方、その労働義務が免除された時間(日)については、使用者は当然のことながら、賃金の支払い義務はありません(ノーワーク・ノーペイ)。その代わり、裁判所から日当が支払われるはずです。(裁判の証人だって同じです)
また、労働者は年次有給休暇を請求する必要はありません。他方で、使用者が勝手に年休消化扱いにすることは許されません(労基法違反となります)。
有給の裁判員休暇を認めるかどうかは、これは当該企業の労使自治の問題です。しかし、これと公休を認めるかどうかは、前述のとおり、全然別問題です。
もし市田書記長が「公休=有給休暇」と理解しているとしたら、労働者の実態が全く判っておらず、労基法を全く理解していないということです。
裁判員と労基法7条の問題など、追ってブログで書いてみたいと思います。
投稿: 水口 | 2008年8月14日 (木) 12時00分
>また、労働者は年次有給休暇を請求する必要はありません。
>他方で、使用者が勝手に年休消化扱いにすることは許されません(労基法違反となります)。
勝手に年休消化扱いにする事は出来なくても、特別休暇の制度は無いので年休を申請してくださいと、強制的ではなく「自主的」な対応を求めることは出来ると思います。
そして、現実には、中小企業でその様に求められれば、労働者には拒否する余地はないと思います。
水口さんは、こういう事態は生じ得ないという実務感覚をお持ちなのでしょうか?
投稿: とおる | 2008年8月16日 (土) 22時08分
私が使用者なら、年次有給休暇扱いにはしません。なぜなら、有給扱いしなければならないからで、もったいないです。裁判所が日当を払うというのに、なんで使用者が有給にしなければならいのか?って言います。
使用者は「お上」に弱いですから、労働者が、「裁判員は義務だと通知が来ています。でも、裁判所に『社長が行くな』と言っていますから、行けませんと断ります。」と言うと、中小企業の社長は何も言えなくなるでしょう。
と考えるのが普通ですが、それでも中小企業の「社長は、裁判員裁判にいくなというといのが、「日本の風土」なんでしょうか。
といいつつ、「そんな法律知識も、自己主張もできないのが、日本の労働者というのが、実態」だと言われれば、返す言葉もありません。私は、そんなことも知らない弁護士なのですねえ。
でも、私は、そういう社会や意識を変えるようと努力をしたいと思っています。って言っても、日本じゃ、そんな努力は無駄だということでなのでしょうか・・・そうかもしれません・・・。
投稿: 水口 | 2008年8月25日 (月) 13時06分