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2008年8月23日 (土)

裁判員裁判と労働者の「公休」

■裁判員となった労働者の「公休」について

共産党の市田書記長は裁判員に選出されると裁判に拘束されるとして次のように裁判員制度の実施延期を求めています。

裁判員になれば、最低でも三日間から五日間、場合によっては一週間や十日以上にもわたって、連続的に裁判員として裁判に参加しなければなりません。…「原則として裁判員を辞退できない」とされています。しかも、会社員の場合、それが「公休」扱いされるかどうかは、個々の企業の判断に委ねられることになっています。

この公休扱いされるかどうかは、「個々の企業の判断に委ねられる」という発言は法律的には誤りです。

■労基法7条

「公休」とは、普通は、いわゆる「休み」(休日)を意味しています。労働法的に言うと労働義務を免除された日ということです。
労働基準法7条は次のように定めています。

労基法7条
使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての 権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げのない限り、請求された時刻を変更することができる。

しかも、この労基法7条に違反した使用者は、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられます(労基法119条1号)

「公の職務」とは、民事訴訟や刑事訴訟の証人、あるいは労働審判の労働審判員としての裁判所への出頭がこれにあたります。したがって、裁判員として裁判員裁判に参加することも「公の職務」になります。

ですから、労働者が、裁判員裁判に2日から3日かかることを理由に休日を請求すると、使用者はこれを拒むことができず、これを拒むと労基法違反として刑罰に処せられるのです。

■裁判員法100条

裁判員法は、労働者が裁判員に職務を行うために休みをとったことを理由に不利益取扱いをすることを禁止してます。

裁判員法100条
労働者が裁判員の職務を行うために休暇を取得したことその他裁判員、補充裁判員若しくは裁判員候補者であること又はこれらの者であったことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

また、裁判員には日当が支払われます(裁判員法11条)。日当は1万円以下の範囲で定められると言われています。使用者が有給を保障する必要はありません。

■裁判員制度の円滑な実施のための行動計画

平成17年8月、裁判員裁判関係省庁等連絡会議でも、上記のような労基法7条や裁判員法11条の趣旨を徹底する具体的施策をとることが確認されています。

この行動計画の実施状況について毎年、報告されてますが、厚労省が通達を出したことや法務省や最高裁が労使関係者を対象とするシンポジウムでパンフレットを配布していると報告されています。

この広報活動がまだまだ不十分であるということですね。共産党のような労働者政党でさえ、労基法7条の存在を知らないのか、それとも意図的なのかは判りませんが、「公休扱いにならない」などと喧伝するくらいですから。

■労基法7条等の労働者の参加保護が知られていないことが裁判員裁判の延期理由になるか。

答えは簡単です。上記のとおり、労基法や裁判員法は、裁判員裁判への参加をする時間の活動を保障しているのですから、この趣旨を徹底することで解決するべき問題であって、延期の理由にはならないということです。

共産党の上記市田書記長の発言は、労働者は企業が認めない限り、裁判員裁判に休みをとって参加できないとの誤解を広げることになり、極めて不適切・無責任は発言だと言えましょう。

■「建前だけだ」との批判について

これに対して、「実際の使用者や労働者は、このような法律知識もなく、裁判員裁判に参加すれば使用者に嫌がらせをされる」という批判があります。

確かに、年次有給休暇さえ申請すると嫌がらせをされるのが日本の中小企業の現実であり、妊娠したら他の事由をこじつけて退職させられる女性労働者も珍しくないのが日本社会です。

でも、だから裁判員裁判は、「日本人や日本社会には向かない。」「日本の風土にあわない」かのような主張は、本末転倒だと思います。努力する方向が逆さまだと思っています。

■小沢民主党「裁判員は日本の風土にあわない」

予想したとおり、民主党も、裁判員裁判の見直しを言い出しました。小沢党首が、裁判員裁判は「日本の風土にあわない」と発言しています。

小沢民主党にとっては、「面倒な刑事裁判は裁判官にまかせておけば良い。自分は死刑判決なんかに関与したくない。TVのワイドショーで犯罪報道を見て、『極悪人は死刑にしろ』と喚く」のが「日本の風土」ということなのでしょうね。

しかし、民主党は、自らは裁判員法に賛成しながら、今さらこんな低レベルの放言をするなんて、無責任な政党です。こういう3野党には政権担当能力はないと判断せざるをえません。もっとも選挙では、こんな些末なスジ論なんてどうでも良いのでしょうが。

予想したとおりの総選挙向けての民主、共産、社民の放言と党利党略の顛末はいかに。。。。。

10月15日には、裁判員候補者予定名簿が地裁に送付され、11月頃には30万人に一斉に裁判員候補者予定者名簿に掲載されたとの通知が届きます。これと前後して、マスコミは、日本風土に合致した「怒濤」の「過熱」報道をはじめることでしょう。マスコミの本音は、裁判員裁判に反対(有罪前提報道や過熱報道が抑制しようとするのが司法関係者だから)ですから、これらの野党と一緒に、反対のネガティブ・キャンペーンをはることでしょう。

お粗末なことです。

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2008年8月16日 (土)

労働審判と個別労働事件数が急増

■裁判所の労働審判を含めた個別労働事件数の増加

最高裁が個別労働紛争事件数の推移について、労働審判を含めた速報を発表しています(2008年6月30日)。これによると次のとおり、裁判所の労働審判を含めた個別労働事件数が4000件を超えました。

■掘り起こし効果

労働審判が施行され、減少気味であった事件数が3000件から4000件に急増しています。労働審判について、仮処分や本訴が労働審判に移行しているだけだとの指摘もあったようですが、この統計数値から見れば、労働審判の掘り起こし効果は明確になりました。使いやすい司法制度を導入すれば、司法も利用されるということが証明されたと思います。

(件数)
年 度  H15  H16  H17  H18  H19
本 訴 2433 2446 2317 2006 2150
仮処分 704 627 626 424 377
労働審判 0 0 0 1163 1563
合 計 3137 3073 2943 3593 4090

Toukei

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2008年8月11日 (月)

「労働契約」問題解決・労働法第1巻 旬報社

■問題解決・労働法シリーズ・第1巻「労働契約」

8月11日、旬報社から問題解決・労働法」シリーズ第1巻として、「労働契約」を出版します。私が書いた第1巻は、労働契約法の制定を念頭においた本で、労働契約の成立、変更を扱うものです。

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http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/467

このシリーズは、10巻物です。労働弁護団の弁護士が著者になっています。

http://www.junposha.com/catalog/news.php/news_id/15

労働契約法は、労働側でも賛否両論があった法律です。私は、公正な働くルールを形成する一歩として評価する立場から論じています。労働契約法は、即効性はないが、労働契約法理にボディーブローのような形でじんわり効いてくる法律ではないかと思います。労働契約法を生かすも殺すも、法律をいかに実践で活用できるかにかかっています。

■変更解約告知と「労使対等合意原則」(労働契約法3条1項)

労働契約法の活用例として、「変更解約告知」に影響をあたえる条文があると思います。労働契約法3条1項の労使対等合意原則(「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする」)が定められています。この規定は直接的な私法的効力はないとされており、解釈の指針となるにすぎないとされています。

でも、労働契約法3条1項の下で、変更解約告知はどう考えられるでしょうか。

変更解約告知とは、「使用者が労働条件を不利益に変更することを通知し、これを承諾しなければ解雇する旨を告知すること」とされています。社長が「来月からお前の賃金を3割下げる。これを承諾しないなら解雇する」との通告してきました。これを拒絶したら解雇されるのですが、このような通告が許されるのでしょうか。また、解雇が怖くて不本意ながら拒絶できませんでしたが、賃金切り下げを争えないのでしょうか。

東京高裁の裁判例(日本ヒルトン事件)は変更解約告知は日本でもできると判断しています。他方、大阪高裁(大阪労働衛生センター第一病院事件)では、留保付き承諾制度が整備されていない日本では、変更解約告知を独自の類型として認めることはできないとしています。このように高裁レベルでも解釈は分かれています。

「拒絶したら解雇する」と解雇を脅しにして労働条件の不利益変更の承諾を求めるやり方は、労使が対等の立場で労働契約を変更したとは到底、言えないのではないでしょうか。しかも、労働条件を不利益に変更することを拒絶したことを理由に解雇をすることはできません(労働契約法16条は「客観的で合理的な理由があり、社会通念上、相当である」場合に解雇が有効となると定める)。

そうである以上、変更解約告知は、労使対等合意原則に反して許されないと解釈するのが自然ではないでしょうか。少なくとも、労働条件の変更を争う余地を残した「留保付き承諾」を認めるべきです。

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2008年8月10日 (日)

共産党と社民党の「裁判員裁判」延期方針

■共産党の市田書記局長は、裁判員裁判の「延期」の方針を明確にした。

国民の間に合意がなく、法曹関係者の中にもさまざまな意見があります。こういう主張や現状を無視したまま制度を実施するなら、重大な禍根を残す結果にならざるを得ません。したがって、再検討をして実施の延期を求めるというのが、わが党の立場です。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-08-08/2008080804_02_0.html

■社民党も、実質延期提言

裁判員裁判の実施について、社民党は、奥歯に物を挟んだ言い回しだが、要するに「実施延期」を提言している。

制度の具体化にあたっては問題点を直視し、拙速に陥ることのないよう万全を期す必要があると考える。今後も是々非々の立場から、国会における議論を幅広く緻密に行ないながら、院内外を通じて国民各層とともに司法制度をめぐる論議をすすめていきたい。

http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/other/080807_law.htm

■共産党の見解への「?」

両党とも、裁判員裁判に賛成した政党です。両党のWEB上の見解を読むと、実施延期の主な理由の一つは「国民の負担」(守秘義務、出頭義務等)の重さのようです。共産党は、守秘義務違反に刑罰を課することや、3日や5日以上も拘束される国民の負担をあげています。同見解では次のように述べています。

裁判員になれば、最低でも三日間から五日間、場合によっては一週間や十日以上にもわたって、連続的に裁判員として裁判に参加しなければなりません。この間、どのような地域に住もうと、どんな職種であろうと「原則として裁判員を辞退できない」とされています。しかも、会社員の場合、それが「公休」扱いされるかどうかは、個々の企業の判断に委ねられることになっています。

会社員の場合には、労基法7条の公の職務の執行にあたり、使用者は労働者の裁判員裁判への参加を拒むことはできませんから、個々の企業の判断に委ねられるというのは間違いです。(この政党は、労働者政党を名乗りながら労基法も知らないのかしら?)

他方で、同党は、裁判員裁判が「新たな冤罪の舞台になる」として反対しています。その中で、「最初から三日ないし五日間程度で結審することを見込んでいる」として、また、短期裁判を実施するために「公判前整理手続」を行うことを批判しています。

上記のとおり共産党は「三日間から5日間、場合によっては一週間や十日以上」も長期間を裁判員を拘束するとして国民の負担の負担が重いからと実施を反対しています。他方、短期審理を実施する裁判員裁判の工夫を「新たな冤罪を生む舞台」と批判をしているわけです。これって矛盾じゃないでしょうか。冤罪防止のためには長期審理も辞さないのか(長期審理をしたからといって冤罪を防止することができるわけでもありませんが)、それとも国民の負担を軽減するために短期審理を目指すのか、共産党はどっちを言っているのでしょうか。支離滅裂です。

まあ、共産党って、昔から、ゴルバチョフ改革を「レーニン以後最大の誤り」と言ったと思えば、他方で「ソ連崩壊を諸手をあげて歓迎する」と言ったり、「冷戦は終結していない」と未だに言いつのったり、支離滅裂なところがあります。他にも、国旗・国歌を法律で定めることに賛成したり、マルクス主義政党のくせに「労働者は労働時間を売り渡すものではない」等と言ったり……。今さら、同党の支離滅裂な言説に驚くこともないかもしれません。

■野党の政治責任・政策責任について

両党とも、裁判員法に賛成した政党です。当時から、裁判員裁判の問題点は指摘されていました。しかし、両党とも、現状よりは一歩前進として賛成したそうです。

そうである以上、現時点で問題があると思うのであれば、裁判員裁判の実施延期ではなく、提言すべきは具体的な改善を含んだ立法提案だったと思います。民主党を含めた野党統一の「刑事訴訟法改正法案」を検討すべきだったのです。(これが1、2年前なら裁判員裁判実施延期とセットとした刑事司法改善案として出すと、私も「オッ!野党もやるなあ。」と思ったでしょうが、もはや「時、既に遅し」、「出し遅れの証文」です。何を今さら・・・)

陪審であろうと、参審であろうと、裁判員裁判であろうと、それだけでは冤罪を防止することはできません。では、現在の司法官僚の下での官僚裁判で良いのでしょうか。

野党が提言すべき具体的法案は、冤罪防止のために、「人質司法の廃止(権利保釈の拡充・要件の緩和」、「全取調の録画・録音制度の導入」、「取調受忍義務の明文による廃止」、「取調時間の制限」、「被疑者段階での公的刑事弁護の充実」、「全面的証拠開示制度の拡充」などの刑事訴訟法改正案です。

このような提言や立法提案をするのが責任ある政党の在り方だと思います。このままでは、社民党も共産党も、無責任な少数野党ということになるのではないでしょうか。

あるいは、本当の狙いは、近々ある総選挙を念頭において、「裁判員裁判に反対しておいたほうが票を多く集めることができる」という選挙戦術ということなのでしょう。民主党の中でも、裁判員裁判への消極意見が強いと聞いていますので、自公と対決路線の雰囲気の中で、裁判員裁判への反対で野党は歩調を合わせるのでしょう。

それも政党戦術としては当然のことなのかもしれません。法律実務家である私には理解しがたいです。一国の刑事裁判制度を総選挙向けの党利党略で考えるとはねえ。所詮、共産党も「普通の政党」になったということの証明です。

両党は、このような方針に転換するとしたら、裁判員裁判に賛成した当時の政策決定の誤りを認めて、国民の前に陳謝した上で、具体的な刑事訴訟法改正案をセットにして実施反対運動に取り組むのがスジだと思います。そうでなければ、政策責任を負わない万年野党の「犬の遠吠え」になっちゃいます。

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労働契約と家事使用人

■外国人家政婦は労働法で守られない?

今朝の朝日新聞で、フィリピン人家政婦を雇っていた米国人に対して、家政婦が加盟した労働組合が団体交渉を申し入れたら、米国人に「労基法で保護されていないのだから、交渉の必要はない」と交渉を拒絶されたと報道されています。そして、「実情にあった法改正が必要だ」と報じられています。

確かに、労基法は家事使用人には適用しないとしています(労基法116条2項)。しかし、労基法が適用されないからといって、団体交渉を拒絶することはできません。労組法は「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活をする者をいう」としていますから、外国人家政婦(家事使用人)であろうと、労組法上の労働者です。労基法の適用の有無にかかわりなく、団体交渉を申し入れることができ、使用者は団交応諾義務があります(労組法7条)。労基法が適用されなくとも、労組法が適用されます。また、労働契約法が適用されます。

■外国人家政婦と雇い主との関係は労働契約

家政婦と雇い主が締結する契約は労働契約です(労働契約法2条1項)。したがって、労基法が適用されなくとも、労働契約法が適用されます。ですから、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当で認められない」限り、解雇は無効となります(労働契約法16条)。雇い止めについても、雇用継続に合理的な期待があると認められる状況であれば、解雇の規制が類推適用されます。

労働契約法上の労働者は、「事業で使用される」という要件はありませんから、一般の家政婦も労働契約です。もっとも、労働契約法がない場合にも、民法の雇用契約でありました。

先日、朝日新聞の家庭・生活欄の「独立して働く」というシリーズで、一人親方の労働者性の問題について、訂正記事が掲載されていましたが、この当たりの労働法の知識は、わりと知られていませんね。新聞記者の皆さんも労働法を学生時代に勉強したことのあるひとは少ないでしょうから。

でも、新聞記者に判りにくい、労働法であることのほうが問題なのかもしれません。

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