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2007年12月31日 (月)

品川正治氏・講演「戦争・人間・そして憲法9条」 自由と正義12月号

■「自由と正義」(日弁連会報)12月号 

品川正治氏は,1924年(大正13年)生まれ。日本興亜損保社長,経済同友会専務理事を努め,現在も経済同友会終身幹事です。旧制三高のときに徴兵され,中国にて従軍した戦中派です。

■「戦争・人間・そして憲法9条」講演

その品川氏は次のように語ります。

戦争を起こすのも人間です。それを許さず,止めることができるのも人間。おまえはどっちなんだ,それが私の基本的な戦争観としてはっきりと,あとの60年間は私の座標軸として,一度も揺らいでおりません。

個人に何ができるのかという無力感が支配する今の時代に,「あなたはどっちの側に立ちたいのか」という問いかけは貴重だと思います。特に,品川氏のような戦争体験をもった日本人からの問いは重いものがあります。(「戦争が希望だ」という若者・赤木智弘氏は,この問いにどう応答するのでしょうか? きっと,「そんなことより,経済人なら,おれに仕事をくれ。カネをくれ」というんでしょうね。)

品川氏は,中国の河南省で終戦を迎えたが,8月15日以降も国共内戦にまきこまれて,重慶政府から武器弾薬を供給され,戦闘態勢を継続していたそうです。そして,11月になり,ようやく武装解除され捕虜収容所に入れられ,ようやく翌年5月に帰国した。その帰国船の中で,日本国憲法草案が発表されている新聞を読んで全員が泣いたと言います。

「憲法9条が陸海空軍を持たない。国の交戦権を認めない」,そこまではっきり書かれている。それを知って,「これなら生きていける」「こらなら亡くなった戦友の魂も癒される」「よくぞここまで思い切ってくれた。これならアジアに対する贖罪もできる」,そいう気持ちを本当にはじめて現憲法と出会ったその日の感動というのを,到底忘れることができません。

■日本とアメリカは価値観を共有していない。

日本とアメリカが価値観を共有しているというのが政財界の主流だが,それに異を唱えます。

なぜ,「日本とアメリカは価値観が違う」と言えないのか。戦争を今を今やっている国と戦争はしないという国の価値観が一緒なんですか? 世界で原爆を落とした唯一の国はアメリカです。落とされたたった一つの国は日本です。その価値観が一緒だと言ってしまったら,歴史をどう解釈したらいいのですか。

私は外交官が集まった席でお話しをしたことがあります。「あなたちの力で日本とアメリカとは違うということを言い切れますか?納得させることができますか?」

「それは品川さん,無理なんです。できないのです。しかし,できる方法は一つあります。日本国民が言うことです」と言われました。

ある外交官は,次のように言ったそうです。

「あなたが問題にされるような事態を変えられるのは,国民の力だけなんだ。国民投票で,憲法9条を改正することに国民が「ノー」と言ってしまえば,アメリカと日本とは価値観が違うということを世界に宣言したことになる。それは単に日本のこれからのあり方だけの問題ではなくて,世界史も変えるだけの大きなことなんだ。それができるのは国民だけなんですよ。」そうおっしゃったんです。現役(外交官)の方から拍手がでました。

■戦中派・経済人の護憲派

日本の国民の出番が来ました。アメリカの世界戦略を変えることができるのも,日本国民の肩にかかっています。世界第二位の経済大国の国民が資本主義のあり方もこれで行きますよ」と言って堂々としていればそれでいいんです。日本の資本主義のやり方が間違っていたら,こんな世界二位になんてなるはずはないんです。

品川氏は,経済人でありながら憲法9条を擁護する方として有名です。日弁連の憲法60周年のシンポジウムで品川講演を聴いて涙する聴衆が多く,講演が終わった時には拍手が鳴りやまなかったと言います。

素晴らしい講演録です。全文を読みたい方は,各地の弁護士会か,霞ヶ関の弁護士会館の地下の書店に行けば手に入ると思います。高校生や大学生に読んで貰いたい内容です。

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2007年12月29日 (土)

政策形成型訴訟の時代

■4事件弁護団の「座談会」

12月28日午後,日本民主法律家協会の機関誌「法と民主主義」の「政策形成型訴訟」の座談会に出席しました。

座談会は,安原幸彦弁護士を司会者として,残留孤児訴訟弁護団の米倉洋子弁護士,原爆認定集団訴訟弁護団の宮原哲朗弁護士,薬害C型肝炎訴訟弁護団の野間啓弁護士と,トンネルじん肺根絶訴訟弁護団の私の4名です。

C型肝炎訴訟は,議員立法による一律救済を福田首相が表明した翌日ということで,グッドタイミングです。

詳細は「法と民主主義」の2008年1月号に掲載されるそうです。なお,同号には,小野寺利孝弁護士が「政策形成訴訟」について熱く語ったインタビューも掲載されるそうです。

■政策形成型訴訟とは

政策形成型訴訟とは,ある問題について政府の政策を変更させることを目的とした訴訟と運動です。

裁判の型式は,損害賠償請求訴訟,ないし行政処分の取消訴訟です。しかし,損害賠償請求などの訴訟を通じて,単に賠償金を獲得するだけでなく,社会運動として取り組み,政治への働きかけ(ロビー活動)を通じて,政府に政策を変更させ,あらたな政策を獲得することを目的とした社会運動です。

裁判で勝訴し,世論を動かし,議会と政府を動かすことが目的です。

■4事件の政策形成型訴訟

トンネルじん肺根絶訴訟は裁判勝利,世論と国会議員を動かして,トンネルじん肺根絶のための省令改正,積算基準の見直しの6月18日政府合意を獲得しました。

中国残留孤児訴訟は,判決は1勝7敗ですが,世論を動かし,中国残留孤児対策の法律を制定させました。

C型肝炎訴訟は4勝1敗で,首相と与党を動かして,肝炎対策法を制定させるところまでこぎつけています。

原爆訴訟も連戦連勝で,政府の原爆認定基準を大きくかえようとしています。

■具体的政策の要求を掲げて

裁判は,損害賠償請求をする形式でしか訴えられません。中心は損害賠償請求権の成否となり,それが訴訟の中心課題となります。

しかし,それにとどまらず,原告団と弁護団が,具体的な政策を要求(全面解決要求)をまとめることができれば,政策形成型訴訟となります。

ところで,裁判官は,このような訴訟を邪道とみがちです。所詮,当該事件について損害賠償請求権の成否のみを判断すれば良いと考えがちです。官僚裁判官の子役人的発想です。社会的な背景のある事件では,それでは本当の紛争解決になりません。特に,原告(集団原告)も被告(国)にも「役者」がそろっていても,裁判官が事件を矮小化すれば,社会的紛争を解決することができません。

今回のC型肝炎訴訟の大阪高裁の裁判長がまさにその典型です。国とC型肝炎訴訟原告団・弁護団の大きなたたかいに頭がついていけなかったのです。要するに,「器の小さい」官僚裁判官の出る幕ではなかったということです。

■大規模集団訴訟

具体的政策を掲げても,少人数の訴訟では政策形成訴訟にはなれません。100人規模の原告が結集しなければ迫力がありません。また,原告以外にも多くの被害者がいる社会的広がりがなければなりません。

多数の原告の組織と運営,意思統一,大衆的行動が必要不可欠であり,その組織と運営に関して経験と蓄積が厚くなっています。

■労働事件との比較

労働運動が強ければ,「訴訟」などに頼る必要もないのでしょうが。日本では裁判に依存する傾向が強いのです。というわけて,労働訴訟では,よく「大衆的裁判闘争の構築を」と言います。

しかし,どうしても当該企業の労使関係の枠内にとどまっています。大衆的裁判闘争といっても,企業内,せいぜい地域での広がりくらいしかありません。

個別企業の争議が,社会の支持を受けるという普遍的な課題へと高まることが少なくなっています。

企業規模や,業種,職種,正社員・非正社員ということで,雇用が多様化し,企業規模による労働者が「区分け」されている結果なのでしょうか。労働事件も,新しい政策形成型訴訟とその運動に学ぶべき点が多いように思います。

少人数の争議のたたかいも,今は社会的な普遍的な問題に高めることができるチャンスです。若者のユニオン運動に期待したいし,労働弁護士,特に若い弁護士らがそれに力を注ぐ好機だと思います。

■新たな政策形成型訴訟の動き

政策型形成訴訟によって政策実現した例が,ハンセン病国賠事件をはじめ,増えています(トンネルじん肺根絶訴訟,薬害肝炎訴訟,残留孤児国賠訴訟,原爆認定集団訴訟)。これからも,アスベストなどの大規模な政策形成型訴訟が続くことは間違いありません。

官僚裁判官や行政官僚は,「イヤな時代になった」と思っていることでしょう。若手の弁護士にとっては,新たなやりがいのある仕事がたくさんあるということです。

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2007年12月23日 (日)

誤解を解く  【中核】ではありません

■労働法律旬報1661号(2007.12.10号)の巻頭言での誤解

労働法律旬報の「労働と法-私の論点」に,中央大学教授の角田邦重先生が「労働契約法~ないよりましか,ないほうがましか?」と題する論考を掲載されています。

その中で,「日本労働弁護団で活動の中核を担っている水口洋介弁護士」として,このブログを紹介していただいています。(労弁の皆さんから,「おっと,そいつは違うぞ」という声が多くあがっていることでしょう。)

ブログをご紹介いただくのはありがたいのですが,私が「日本労働弁護団で活動の中核を担っている」というのは,角田先生の誤解です。(角田先生は私の母校の労働法の教授ですから,私の方は講演やお話しをお聞きしたり,論文を拝読させていただいています。でも,残念ながら,直接,お話しをさせていただく機会に恵まれていません。)

このブログに掲載している意見は,全くの個人的意見です。確かに,私は労働弁護団の全国常任幹事ですけど,最近は,とんと幹事会や事務局会議に参加できていません(スミマセン)。この問題については,労働弁護団の中でも私の意見と異なる人も多いと思います。自分の所属事務所(東京法律事務所)の意見でもありません。どちらかというと,東京法律事務所の多数派の意見とは対立するでしょう(私の意見の方が正しいと思っていますが)。

労働弁護団が労働契約法を,どう評価するかは,全国幹事会での議論,会員同士の意見交換を経て,確定することになります。たぶん,いま検討が進んでいると思います。幹事長の小島周一弁護士がとりまとめをされるでしょう。

なお,「ないよりもましか,ないほうがましか」という問いかけをされたのは,民主党の細川律夫議員の政策担当秘書の石原憲治さんでした。とても判りやすい表現なので,借用させてもらいました。

■民主党の労働契約法案の撤回について

また,角田先生は次のように述べていらっしゃいます。

(民主党が自らの労働契約法案を)あっさりと引っ込めてしまったのは,それを具体化する方法について十分な議論の用意がなかったか,使える法理であれば良いとする現実主義的な労働弁護団の判断があったからではないか。

民主党案の撤回は,民主党の独自の判断なのでしょうね。

ただ,はっきりしているのは,衆議院が自公が多数派。参議院は野党が多数派。そうである以上,民主党案を撤回して,自公と民主党が修正合意しないかぎり,政府案も民主党案も含めて「労働契約法」なるものは,まったく影も形も無くなるということです。(両方つっぱれば労働契約法自体が消える。)。そうなれば,判例法理が現実の実務を支配し,現実の雇用現場の現状は何も変わらないということになる。

そこで,「ないよりもましか,ないほうがましか」という問いかけの意味が出てきます。民主党は,「ないよりもまし」との<政治決断>をしたということだと思います。

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2007年12月15日 (土)

映画「日本の青空」盛会

■日本の青空

新宿地域の弁護士や労働組合が実行委員会をつくって映画「日本の青空」を上映しました。11月29日に一日3回の上映会を実施して,約1700人が上映会に参加しました(有料)。大盛会でした。

http://www.cinema-indies.co.jp/aozora/

日本国憲法の制定までを描く映画を初めて観ました。おそらく,映画では,初めてではないでしょうか。

■憲法研究会

メンバーは,高野岩三郎,室伏高信,森戸辰男,鈴木安蔵らが1945年12月27日「憲法改正案要綱」を発表した。この憲法研究会案は,GHQの民政局から注目されて,GHQ憲法草案起草メンバーのラウエルは,1946年1月11日の覚書にて高く評価した。特に,天皇の権限を国家的儀礼のみに制限した構想は,象徴天皇制につながったようです。

松本蒸治大臣を委員長とする保守的な改正案が準備されますが,GHQはこれを承認せず,GHQ草案(マッカーサー草案)が起草されます。

■あらすじ

映画の「あらすじ」は,民間グループ(憲法研究会)が作成した憲法案が,占領軍(GHQ)憲法案(マッカーサー草案)の基礎になったという事実を若い記者が追っていくというものです。つまり,押しつけ憲法ではないことを発見する,というストーリーです。

GHQ草案が1946年2月13日に日本政府に手交され,3月4日から5日かけて,徹夜で日本側の佐藤達夫らとGHQ民政局とが共同作業を行い,「憲法改正草案」が完成します。松本蒸治国務大臣,佐藤達夫内閣法制局第1部長,白州次郎終戦連絡事務局次長らと,GHQのホイットニー民政局長,ケーディス部長,ラウエル法規課長,ベアテ・シロタ民政局員らとの徹夜の作業を描いています。(ムチャと言えば,無茶苦茶ですね。これじゃあ,押しつけと言われても仕方がないよなあ。)。

映画のハイライトは,この30時間に及ぶ,逐条ごとの日米担当者間の交渉の場面です。憲法24条がベアテ・シロタ氏の熱意で削除されなかったことなどが描かれます(日本女性は,ベアテ氏に足を向けて眠れないですよ。ホント)。

■ラウエルの台詞

その交渉途中に,松本大臣が「押しつけだ」と抗議するのに対して,ラウエル法規課長が,「GHQ案は日本の憲法研究会案をもとにしており,日本の民主主義の伝統の復活だ」という趣旨を説明する場面があります。このシーンは,たまたま松本大臣とラウエルが二人っきりになった休憩時間のやりとりとして描かれています。

まあ,この場面は史実ではないでしょうね。脚本家が,ラウエルが憲法研究会案を高く評価した覚書を作成したことから思いついた場面でしょう。ただ,憲法研究会案が,GHQに大きな影響を与えたことは間違いない。

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2007年12月11日 (火)

女性への「ちゃん」づけはハラスメントか?

■女性の大学院生の名前を「ちゃん」づけでハラスメントかえ

しばらく前ですが,12月1日付のこんな記事がありました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071201-00000083-sph-soci

女性の下の名前に「ちゃん」を付けると、ハラスメント!? 山梨大(甲府市)は30日までに、女子学生を「ちゃん」付けで呼び、不快に感じさせたのはアカデミックハラスメント(アカハラ)に当たるとして、同大大学院の50代の男性教授を減給の懲戒処分にした。“ちゃん付け”の波紋の大きさに「厳し過ぎる」の声も出ているが…。

処分されたのは、山梨大大学院医学工学総合研究部の50代の男性教授。アカハラにより、減給1万704円(1回)の懲戒処分となった。

同大によると、教授は昨年の9月から11月にかけ、指導する研究室に所属していた女子学生に対し、名前に「ちゃん」を付けて呼ぶなどしたため、学生が不快に感じていたという。

しかし,・・・う~ん。世知辛い世の中になりましたねえ。

詳細な事実関係がわかりませんが,一般的にいって,「減給処分というのはちょっと重すぎないか。」と感じます。(また,こんなことを言うと,女性弁護士に怒られる・かも・・・)

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2007年12月 8日 (土)

マッスルミュージカル争議解決

■マッスル・ミュージカル争議

ミュージカル劇団員がラスベガス公演(1年間)を辞退したところギャラをおよそ半分に減額され,これを撤回させるために労組を結成したところ,使用者から労組脱退のプレッシャーを受けて多数の組合員が脱退させられた。しかも,委員長,副委員長,書記長はステージへの出演拒否するという扱いを受けた。また,出演中に怪我をした劇団員の労働者性を否定し,労災保険の適用も拒否したという事案でした。

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2007/07/post_cdaf.html

■争議解決-都労委での和解

今年4月23日の労組結成から,12月4日の解決まで,7か月のスピード解決でした。

http://www.ei-en.net/freeuni/m_071204_kaiketsu.html

  12月4日東京都労働委員会立ち会いのもと、㈱デジタルナイン(代表:樋口 潮)と組合との間で和解が成立しました。
  これをもって、一方的な賃金減額、5月9日以降の組合員3名に対する就労排除、昨年5月発生の労働災害などを争点としたマッスルミュージカルの労働争議は全面的に解決したことになります。およそ8ヶ月におよぶ本争議への篤いご支援・ご声援、誠にありがとうございました。
残念ながら組合員3名(磯前・深澤・Show)の職場復帰は叶いませんでしたが、不当労働行為と一方的な賃金減額に対する会社の陳謝、ラスベガス公演参加者への現地滞在手当の適切な支給、労働安全衛生の改善など、マッスルミュージカルの職場に働くルールを確立させる画期的な協定を勝ち取ることができたものと考えます。
 和解調印にあたって、公益委員の荒木氏(東大法学部教授)は「残念ながら3名の組合員の方は本日をもって会社との契約が終了することになるが、本和解協定は今後も残される方々について規定がなされるという異例のもの。組合員の心意気を感じるところ」と感想を述べました。

■労働者性について

組合員は,ギャラ(報酬)の減額について,東京地裁に賃金仮払い仮処分を申し立てていました(生活ができないほど減額されましたから)。裁判所は,労働者性を認め,賃金支払いの決定を出す寸前までいったのですが,決定の2,3日前に(それまで和解を拒否していたにもかかわらず)会社が差額分を全額支払ってきました。労働契約上の労働者性を認める裁判所の仮処分決定が出たはずだったのですが,これは少し残念でした。

労災については,労基署に申請しており,現在,中央労基署が調査中です。都労委に申し立てた不当労働行為救済で全面解決にいたったということです。

■復職しない解決について

マッスルミュージカル争議は,残念ながら,労組員が劇団に復職しない解決でした。しかし,これは,労組員の意思です。彼らは,彼らの意思と能力を生かして,他の場所で活躍してくれるにちがいありません。争議が解決しても,映演フリーユニオンのメンバーであり続けると言っています。

労働争議の解決は復職させるかどうかが重要です。それは今後も,変わらないとおもいます。労組に加盟して,たたかうと,辞めるしかないというのでは団結権の保障とはいえません。

他方で,有期契約や間接雇用,非正規雇用の層が増大しているなか,復職しない解決も,本人の意思に合致するかぎり,一つの大きな選択枝として位置づけて良いと思います。

会社が変わっても,ユニオンのメンバーであり,各業種や各地域の労働条件の向上を目指す活動が続けることが意味があるのだと思います。

少数であっても非正規労働者のユニオンがたたかい,その企業の残業代を支払わせる約束をさせる。ここが大切なのでしょう。都労委の荒木尚志公益委員の和解にあたってのコメントはこの点を指摘するものなのでしょう。

木下武男教授の言う,労働市場規制型労働運動の一つのあり方でもあると思います。

映演フリーユニオン,また,マッスルの元メンバーが今後,いっそう活躍することを応援したいと思います。

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2007年12月 5日 (水)

労使双方が反対の労働契約法・・・だったよね,やっぱ。

■労使双方が反対していた労働契約法・・・?

hamachan先生が丸尾弁護士の「労使双方が反対していた労働契約法」というコラムについて次のようにコメントしています。

日経BIZPLUSで、経営法曹の丸尾拓養氏が、「労使双方が反対していた労働契約法の成立と今後の労使関係」を書かれています。いささかミスリーディングな標題ではないでしょうか。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/jinji/rensai/maruo2.cfm?p=1

詳細は次をご覧下さい(hamachan先生と違って,私は「判例立法でいいじゃんか」派ですが。)
     ↓
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_151b.html

■しかし,やはり労使双方とも反対していたと思います

労政審労働条件分科会での労使委員の意見を傍聴して聞く限り,労働者側は就業規則法理の導入は絶対反対の原則論で突っ張っていました。他方で,使用者側は黙して語らず(一人,「裸の女王様」がウケ狙いで発言していましたが。)で,公益委員と労働者側委員の対決が目立っていました。途中から,労基法の割増の話が出てから,使用者側は俄然,労働契約法も新しい規制だと反発を強めたという感じでしたね。

就業規則論では,「入り口論」での労働側の反発が強かったです。そもそも労働契約法に就業規則法理を入れることは反対という労働法教科書的な原則的な対応が,連合の立場でした。

日弁連労働法制委員会で,就業規則不利益変更の法理(合理性の要件)を労働契約法に明文化することに「積極的な意義がある」と言ったら,労働側から大反発でしたからね。

民主党,共産党や社民党の皆さんに要請したとき,各政党の皆さん「40年間の判例をもとにした実務の重さ」は認識しているとおっしゃっていました。

でも,就業規則法理の導入自体に反対という対応をすることで,政府側の譲歩を引き出せるという政治的な感覚があったんだと思います。このヘンはやはり,政治的センスなのでは,と思っています(リーガル・マインドとは全く違いますし,官僚マインドとも違うんでしょうな。)。

この労働契約法の修正成立したという結果は,それが成功したのでしょうか・・・。
う~んどうかいな。

もっと正面から議論したほうが良かったのでは。

そして,就業規則の判例法理の立法化に反対の人たちは,ちゃんとこういう労働契約法をつくれという法案を提出したら,面白かったのに,と思います。(これってリーガルマインドじゃ。)

でも,連合試案以外には,成立する見込みのない法案まで作ろうというエネルギーをもった人たちがいなかったということでしょうね。

■素直でウブな法律家にはついていけません

素直でウブな法律家は,判例の就業規則変更法理を如何に,条文化するかをもっと議論した方が建設的だと思っていました。そんな意見は全く無視され,あくまで,労働契約法に就業規則法理を導入するのは理論的に誤っているとか,労基法を解体するための労働契約法であるとか,使用者やりたい放題法案なのだとか,「なんだかな~」というような イデオロギー論争的な「空中戦」になっちゃいました。(「ホンマに条文読んでいるのかいな?」って思うような突飛な意見も飛び出していましたなあ。)

この「労働契約法反対闘争」で,系統を超えた共同行動が進んだとして評価する人たちも結構います。

他方で,こういう原則論でぶちかましておいて,あるところで急転直下,話をつけるというのも政治的な腕力なのでしょう。

また,それを見越して,自己の立ち位置をはかって存在意義をアピールするという他の野党の政治的波乗りセンスは,「なるほどね。」って思います。(うがちすぎ?)

やはり,素直な法律家にはついていけません。経営法曹の丸尾先生と,私は全く立場は違いますけど,やはり途中までは労使双方,労働契約法に対する反対意見(消極姿勢)が強かったというのが,素直な現場感覚です。

もちろん,経営側が本気で反対したら,成立しなかったことは争いはない(労働側が本気で反対しても,成立しますけどねえ。)

このネタはもう止めようと思っていましたが・・・・・,hamachan先生のブログに刺激されてしまいました。

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2007年12月 3日 (月)

ラポール・サービス事件 派遣労働者の解雇

大阪の村田浩治先生から,派遣労働者の解雇事件(ラポール・サービス事件)の判決(名古屋地裁平成19年6月6日判決,名古屋高裁平成19年11月16日判決)を送ってもらいました。画期的な判決です。同事件の弁護団は村田先生のほか,名古屋の中谷雄二先生,田巻紘子先生です。大変に興味深い判決です。

■事案の概要
名古屋地裁判決が認定した事案の概要は次のとおりです。

原告Xは,平成19年9月20日頃,派遣会社である被告㈱ラポール・サービス(Y社)に期間の定めのない労働契約を締結して,平成16年9月20日頃から平成17年8月31日まで,Y社からM社に,派遣されて製造業に従事していた。Y社からM社にはXのほか約4,50名の社員が派遣されていた。

Y社は,平成15年12月設立以降,M社にしか労働者を派遣しておらず,M社も仕事に慣れた労働者を使用したいとの希望があった。Y社とM社は,同一の労働者を同一の職場で長期間稼働させながら労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備に関する法律に違反しないようにすべく,1年間の派遣期間の制限を超える前に,M社が同法に基づく指針による派遣中断期間である3ヶ月間直接雇用し,その後,さらにY社から派遣するという方法をとった。

Xは,平成17年9月1日から同年11月30日までは,他の派遣社員らとともに,M社に雇用されてそれまでと同一の業務に従事した。

X以外の派遣社員らは,同年12月1日以降,Y社と雇用契約を締結して業務に従事したが,Xについては雇用が継続されなかった。その理由は,M社がXの派遣受入れを拒否したため,Y社は他社での就労を勧めたが,Xがこれを拒否したため,解雇したと主張している。

■名古屋地裁判決
名古屋地裁判決(多見谷寿郎裁判官)は,次のように判断しました。

争点(1)【平成17年9月,XとM社との間で雇傭契約が締結される際に,本件雇傭契約が合意解約されたか。】

本件雇用契約(XとY社の雇傭契約)を解約する旨の明示的合意はなく,そのような黙示の合意があったとも認められない。…(中略)…このような実態にかんがみると,M社との雇用契約期間中は被告に在籍したまま出向しているに過ぎないというのが当事者の合理的な意思であると解することができる。

争点(2)【被告が平成17年12月にXの雇用継続を拒否したこと(解雇)が,解雇権の濫用にあたるか】

派遣先であるM社がXの受け入れを拒否したというだけでは,客観的に合理的な解雇の理由があるとはいえない。…(中略)… M社から原告の受け入れを拒否された際に,原告が自転車で転倒して負傷し仕事を休んだこと,残業の指示に従わなかったことを国利されたと指摘するが,…,これらおwもって客観的に合理的な解雇の理由に当たるとはいえない。また,Y社はXに対してA社での就労を勧めた旨主張するが,…就労場所や職務内容等を具体敵に特定して就労を指示したとまで認めることはできず,その他解雇を相当とする事情は認められない。

要するに,名古屋地裁は,XとM社との3ヶ月の雇用契約期間を,Y社からの在籍出向であったと認定して,Y社がXの雇用を継続しなかったことを解雇と評価して,XのY社に対する請求を認めた。

■名古屋高裁判決
名古屋高裁判決も,地裁判決を支持し,「M社との雇用契約が成立した実態を出向と評価した原判決に事実誤認はない」と判決しています。

■脱法行為
Y社は,労働者派遣法の規制を脱法するために,M社に3ヶ月だけ直接雇用として,その経過後,また派遣労働者として派遣するというやり方をしていたのです。期間の定めのない労働契約として,中断期間は,在籍出向だとして事案の解決をはかった判決です。アクロバティックな構成です。なるほど。という画期的な判決です。

もしY社がXとの間で有期雇用契約書(平成16年9月20日から同17年8月31日)を締結していた場合にはどうなるのでしょうか。

この場合には,Y社の有期雇用契約とM社の3ヶ月の雇用契約は脱法行為として無効として,Y社の1年有期雇用契約であり,M社への3ヶ月は出向扱いとして,恣意的な雇用継続拒否は解雇あるいは雇い止めと解するのでしょうね。

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