民主党の労働契約法案を読む(1)
今日,民主党の労働契約法案を通読しました。
参議院で,過半数を制した民主党の労働契約法案ですから重みがちがいます。
もはや,自民党も,日経連も,厚労省も,民主党が了承しない限り,労働法制の「規制緩和」を実現できません。他方,民主党の労働分野に対する姿勢は(疑似的?保守的?)「社会民主主義」政策になっています。民主党の労働契約法案は,まさに「社会民主主義」的な法律案です。
労働契約法案をめぐっては,労政審の動きと並行して,連合の検討と対案作成が先行してきました。少しおさらいします。
■連合の検討経過
先ず,2005年10月に連合総研の労働法契約法制研究委員会が「労働契約法試案」を発表しています。毛塚勝利教授が主査です。
http://www.rengo-soken.or.jp/houkoku/itaku/20051011_rodokeiyaku_hosei.htm
労働契約法試案の条文【連合試案】
↓
http://www.rengo-soken.or.jp/houkoku/itaku/sian_jobun.pdf
そして,2006年6月15日 連合は中央執行委員会にて,労働契約法案要綱骨子を確認しました。
↓
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/seido/roudoukeiyaku/houshin/keiyaku_houan.html
■民主党の労働契約法案の策定
民主党は2006年12月7日に「民主党のめざす労働契約法案と労働時間法制(案)」を発表してパブリックコメントを求めています【民主党の方向性案】。
↓
http://www.dpj.or.jp/news/files/roudou061206(2).pdf
そして,今回の民主党の労働契約法案にとりまとめました【民主党法案】。
↓
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=11890
■連合試案と民主党法案の特徴
(1)包括的な労働契約法の制定。
(2)有期労働契約を合理的な理由がある場合に限定。
(3)経済的理由による解雇について規制(整理解雇の要件)。
(4)労働条件変更のルール化
(5)パートや有期労働者の均等処遇
(6)準労働者(従属的自営業者)の労働契約法の適用
どれも長年にわたり,労働者・労働組合側が実現を求めてきた内容です。こんな労働契約法が具体化するなんて,ひょうたんからコマみたいですね。
■連合試案と民主党法案の違い
連合試案と民主党法案は基本的には同一と言って良いとは思いますが,子細に見ると,個別的には異なっているところがあります。
やはり「就業規則」を労働契約法の中にどう位置づけるかという点では重要な違いがあります。民主党法案は,パブリックコメントの段階では,連合試案と同じスタンスですが,民主党案になるときに変化しています。
■労働条件変更のルール
(1)連合試案
連合試案は,39条,40条,41条,42条で基本ルールを定めています。その特徴は,就業規則によって労働条件が決定される法制を抜本的に変更する枠組です。
(労働契約変更請求権)
第41条1項 当事者の一方が契約内容を維持することが困難な事情が生じ たために,相手方に契約の変更を申し入れた場合において,当事者間の協議が調わないときは,裁判所(労働審判委員会を含む。以下同じ)に契約内容の変更を請求することができる。(統一的労働条件の変更と労働契約)
第42条 使用者が当該事業場における労働者の全員又は一部に適用を予定する就業規則その他の統一的労働条件を変更する場合には,労働者代表と協議しなければならない。
2 使用者は,前項の協議を経て作成された統一的労働条件に基づき労働者の契約内容の申し入れを行う場合には,4週間を下回らない一定期間内に諾否の回答を求めることができる。右期間内に意思を表明しない者は承諾したものとみなす。承諾を拒否した労働者に対しては,前条に定めるところに従い,契約内容変更請求権を行使することができる。
要するに,連合試案は,就業規則を変更しても,労働者がその変更を承諾しない限り労働契約内容を変更することができない。承諾を拒否した者に対して,契約変更請求権を行使して裁判で決着つけなければならないということです。労政審労働契約法制在り方研究会の「契約変更請求権」と同じ構成です(裁判を起こす側は転換されていますが)。
民主党の方向性は,この連合試案の同じでした。
○労働契約とは合意のもとに成り立つものであり,使用者が一方的に作成する就業規則によって契約内容を一方的に決定したり変更することを自明のこととする労働契約法であってはならない。
2 労働契約変更請求権
○当事者の一方が,契約内容を維持することが困難な事情が生じたために,相手方に契約の変更を申し入れ,当事者間の協議が調わないときは,労働審判所を含む裁判所に契約内容の変更を請求することができる。3 統一的労働条件の変更
○使用者が当該事業場における労働者の全員又は一部に適用を予定する就業規則その他の統一的労働条件を変更する場合には,労働者代表と協議しなければならないこと。
○使用者は,労働条件の変更を拒否した労働者に対し,2に定めるところに従い,契約変更請求権を行使することができること
両者とも,現行の最高裁就業規則変更法理を踏まえた実務を大きく変更する内容です。
(2)民主党法案
民主党法案は,連合試案40条と同じく,24条で労働契約変更請求権を定めています。ところが,25条は次のように定めます。
(就業規則の作成又は変更と労働契約との関係)
第25条 第5条第1項に規定する使用者が,労働基準法第89条の規定により就業規則を新たに作成し,又は変更した場合(同条の規定により行政官庁に届けられ,かつ,同法第90条の規定により意見を聞いた場合に限る。)において,次のいずれにも該当するときは,当該作成され,又は変更された就業規則に基づいて労働契約の内容を変更することについて,使用者と労働者が合意したものと推定する。
1 使用者が当該就業規則の作成又は変更について,あらかじめ労働者代表と誠実に協議を行ったこと
2 当該作成又は変更の必要性があり,かつ,当該作成され,又は変更された労働条件の内容が合理的なものであること。
要するに,民主党案は,最高裁の就業規則変更の法理を,労働者代表との誠実協議義務を付け加えて法律条文とするものです。
「合意推定」ですから,労政審労働条件分科会の素案と似たような構造となっています。民主党法案5条を見ても,民主党法案の就業規則のルールは,現行の実務とほぼ同じです(協議義務を追加しているが)。
(3)政府案
ちなみに,政府案は次のとおりです。
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則の定めるところによるものとする。
■感想
民主党法案は,実際に就業規則が果たしている機能が大きい現状では,実務を大変更する必要はないと政治的に判断したのでしょう。就業規則の位置づけについては政府案と民主党法案は,ほぼ同一ということになります。
う~ん。この当たり,政府を法案修正路線に引き込む「入り口」というか,「呼び水」なのかしら? では,どこが「のりしろ」になるのでしょうかね?
政府の労働契約法案に対して,「就業規則万能法案だ」と反対した人たちは,この民主党法案25条には反対ということになるのでしょうね。政府案と民主党法案はそこは一致している。
政治的動きはともかく,個別論点では,いろいろ触れたいことが沢山あります。民主党法案23条(約定変更権の行使の制限),15条(労働者の就業環境の配慮)→パワハラ配慮義務,38条(有期労働契約の締結事由等),第39条(有期労働契約とパート労働者の差別的取り扱いの禁止),43条(役務提供契約への準用)などなど。
この民主党法案を全体として見れば,高く評価できます。衆議院で徹底的に審議がつくされて,労働契約法の重要性が国民の前に明らかになることを望みます。そして,以前にも書きましたが,来年に実施されるであろう,総選挙で決着をつけてほしいと思います。民主党が政権をとれなくても,参議院での過半数は変わらないから「法案」は修正調整できますからね。
もっとも,自民党が過半数確保すれば,政界再編必至でしょうね。
第二次小泉・新自由主義政権が成立しちゃうかも?
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