労働者性に関する紛争(2)-手間請け大工労災事件、新国立劇場合唱団員地位確認事件
以前のブログで紹介した労働者性に関する事件のその後です。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2006/09/post_e1fb.html
■手間請大工(佐藤)労災事件【敗訴】
6月28日、最高裁第一小法廷は上告棄却しました。
「satuurousaisaikousai07628.pdf」をダウンロード
原審が適法に確定した事実関係の下では、上告人は指揮監督下に労務を提供したものとはいえないとして、労働基準法上の労働者に該当せず、労働者災害補償保険法上の労働者にも該当しないとされました。 納得いかない判決です。 あくまで個別事案の事例判決なのですが、最高裁判決があると、「手間請け大工一般」」の労働者性が否定されたように下級審裁判が右へならえすることが心配です。
上告人は全建総連の労組員です。労組が組織上げての取り組みをしてきた事件です。最高裁に上告してから2年7ヶ月経過してからの上告棄却。上告棄却するなら、長すぎないか?
■新国立劇場地位確認請求事件【敗訴】
○新国立劇場のオペラ合唱団の合唱団員の地位確認請求事件について、労働契約関係にはあたらないと、東京高裁は、5月17日、第1審原告の控訴を棄却しました。これも納得がいきません。上告・上告受理申立をしました。
○東京高裁は、東京地裁判決と同じく、基本出演契約と個別出演契約の二段契約になっており、基本出演契約があっても、個別出演契約を締結するか否か、合唱団員に諾否の自由があったと判断して、労働契約関係がないとして、労働基準法も労働組合法の適用もないとして、労働者性を否定しました。あまりに形式的な法令解釈であり、まったくの事実誤認です。
○地裁判決時に労働法律旬報(1632号-2006年9月25日)に掲載した論稿は次のとおりです。
「shinkokurituroujun06910.jtd」をダウンロード
○不当労働行為事件(団交拒否)では、都労委、中労委は、「労使関係」を認めています。都労委はオーソドックスな使用従属関係の有無を判断して、労組法上の労働者性を肯定。中労委は、変わった理論枠組みです。合唱団員は労組法上の労働者であることは簡単に認定して、問題は新国立劇場との間で団交をさせるべき労使関係に該当するかどうかを問題とした上で、各要素を検討して結論的に肯定しています(担当は山口浩一郎教授)。現在、東京地裁民事第19部(中西茂裁判長)にて、行政訴訟が係属中です。
○なお、判例評釈では、「労基法上の労働者を争点にすることは適切ではない」との指摘がなされています(ジュリスト大内教授等)。しかし、新国立劇場側は、交渉段階から、「合唱団員との契約は雇用契約ではない」と主張をしていますから、訴訟上も労働契約関係であるか否か、労基法18条の2の適用の有無の前提として、労基法上の労働者であるか否かは必然的に争点にならざるをえません。
また、労基法上の労働者であるか否かは、契約書よりも事実関係が優先して検討されるというメリットもあると考えました。(ただ、労基法上の労働者でなく、労働契約上の労働者であるか否かが論点であり、労働契約上の労働者概念は労基法上の労働者よりも広いと強調した方が良かったかもしれません。)
原告(労働者)側が、「仮に労働者でなくとも、本件出演契約の契約解釈からみて、更新拒絶(不合格)は違法無効となる」と主張することは論理的には考えられます。しかし、その場合は労基法18条の2の類推適用があると裁判所が認める可能性は低いのではないでしょうか。(予備的主張はした方が良かった。ただし、高裁は「労働契約関係がると認められないから、労基法上、労組法上の労働関係があると言えない」としました)。
また、試聴会を経ての「不合格」が、当該契約解釈上、違法となることは難しいのではないでしょうか。(解雇権濫用なら可能性がある)。しかも、一般契約違反としての構成では、仮に不合格措置が違法だとしても、有期契約の地位確認が認められることは、理論的にも困難だと思っていました。有期労働契約の雇い止めが無効な場合に、地位確認が認められる根拠は民法629条があるから、と考えていました。
もっとも、読売新聞新聞販売店の更新拒絶事件では、損害賠償だけでなく、地位確認まで認めたようですね。継続的契約関係であることを根拠としているのでしょう。
関連ブログ http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_76b6.html
【余談】(この福岡高裁裁判長は西理裁判官。福島いわき支部の「常磐じん肺事件」で「会社の時効援用は正義に反して権利濫用」との判決を言い渡した合議体の右陪席でした。当時から、しっかりした見識を持ち、積極的な訴訟への関与ぶり(右陪席なのに)が際立っていました。)
■眼科医師損害賠償事件【和解成立】
千葉地裁の通常部で労働者性が認められて、和解で全面的勝利解決でした。
■業務委託労働者残業代請求労働審判事件【調停成立】
東京地裁労働審判委員会では労働者性を認め、残業代はほぼ要求どおり支払われました。
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コメント
水口先生、お久しぶりです。小俣です。10年位前、ドイツにご一緒した者です。ところで、今回労働判例研究会で、東洋の鎌田先生からの紹介で、新国立劇場事件を扱うことになり、またおそらく労旬になると思いますが評釈を行うことになりました。鎌田先生によると、この判決は契約メンバー出演基本契約を実際に見ないと評釈はかけない、とのことでした。また、個人的には当該シーズンの出演(公演)の一覧表、契約メンバーの人数等などが判決からは分からず、正確なところが分からない状況です。真に恐縮ですが、そのあたりについての情報が入手できるよう、お取り計らい願えますと幸甚なのですが。なにとぞよろしくお願い申し上げる次第です。小俣
投稿: 小俣勝治 | 2007年9月25日 (火) 07時27分
地裁の判決文を読みました(素人ながら・・・)。
労働者性について争う場合、①労基法上の労働者かということと、②労働契約法上の労働者か、さらには③労働組合法上の労働者であるか、という3つのカテゴリーがあるとされますが、これらは①より②が広義で、さらに③はもっと広義に解されていますから、この③についても否定するとは裁判所もずいぶんと労働者性を狭く解したものだと驚きました。なお③は雇用保険法・職業安定法上の労働者性とも合致していると考えます(政府見解=民法623条にいう「雇用」がその法源であって、「暗示の意思の合致」も含まれるため、形式上や実態というだけでなく認識・認容も含まれると私は思っています)。
政府解釈(労基法9条の「労働者」)http://www15.ocn.ne.jp/~rousai/sinhandan.htm によっても①にすら該当すると解される例だと考えます。
さて、フリー(個人請負や、日雇い)のタレントやエンジニアに日々降りかかっているのは、「労働者性の有無」だけでなく、所謂“飼い殺し”です。
これは、包括的な契約?(書面でなくとも、なんらなの意思の合致がある場合)でもって、1年や相当程度の期間、労務提供の相互の意思を確認しておきながら、別途に個別の現場や個々の業務の意思の確認を行う場合です。つまり二段契約ですね。
最初に交わしている・・とされる前者の包括的な期間契約は、契約内容が抽象的で日数や日時・業務内容といった民法上の契約の要件を満たしておらず、したがって民法上は無効とされる可能性が高いだろうと思われます。
後者の個別契約と相まってこそ民法上の「契約」であると言えると考えます。
しかしこの場合、前者の包括的契約が、後者の個別契約(実際に報酬にありつける)の条件なんですね。つまるところ、2つ契約をのまないと仕事にありつけない。
仕事を当てにする側(労働者や個人請負人)は、仕事の確保という、経済生活上の理由から、前者の包括的契約の合意しなければならず。この最初の段階で、専属的に「こちらの現場に優先的に行きますよ!」と言ってしまい、使用者側は「それでは仕事の本数や日程は後ほど言います。個別に断ってもいいですが、その場合はその後の仕事は保障しません」とくるのです。まさしく“行為支配”でしょうね。
画して、契約の条件がそろっていない第1次の包括的な意思の一部欠る合致(雇用・請負・委任何れの契約ともといえないような)段階で、仕事を求めるる側に対し一定期間“飼い殺し”の状態という不公正(労働市場をいったん閉じておいてから、この閉じた労働市場の独占)が生れると考えられます。
一般の商品であればストックや代替も可能ですが、労働力商品は自然人の一身専属の商品ですから、その日に売ると同時に生活(労働力の再生産)しなければならない訳です。食べなきゃ死んじゃいますから・・
本来、労働者性を認めてこの者を保護するという法益は、このような事情から生み出され制度化されているのであって、これを考慮しない労働者性云々という議論(本判決の要旨)は如何なものでしょうか。
かつての“コモンローの権利”にとって代わり、福祉の要請(行政国家化)によって“社会的・公共的利益”が個人の権利と共に正義となると考えられるにいたり、法律上保護される利益になったのに・・・です。我々は、この立法の際に如何なることに合意したのでしょうか。
本事件は労働組合法上保護されるべき利益を侵害していると考えます。
なお素人ゆえ誤りや早合点があるかもしれません。
投稿: えんどう | 2008年9月 8日 (月) 01時37分