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2007年5月 7日 (月)

大阪地判H19.4.26-枚方市「君が代」不起立調査事件

ピアノ最高裁判決の悪しき影響第1号です。

この事件は,一部勝訴と言われていますが,勝訴部分は,起立しなかったという個人情報の収集の際に,当該個人に目的も明示せず直接に収集しなかったことが枚方市個人情報保護条例8条に違反しており,手続上違法だとして金1万円の慰謝料請求を認容しただけです。大阪地裁判決は,入学式で「君が代」の起立斉唱を指示することは,思想・良心の自由の侵害にあたらない,と明言していますから,実質的には全面敗訴の内容です。

【事案の概要】
被告枚方(ひらかた)市教育委員会(市教委)が枚方市立各小中学校に対して,平成14年度入学式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名及びその理由等の調査を行いました。枚方市小中学校では,起立しなかった教職員の氏名及びその理由等を記載した文書を作成して保管していました。そこで,教員である原告らが市境に対して上記文書に記載された原告らの情報の削除を求めるとともに,上記情報の収集及び保管が憲法19条に反するとして慰謝料100万円の支払いを求めた事件です。

【原告の主張】
慰謝料請求について,「学習指導要領の国歌国旗条項が教基法10条違反であること,入学式の国歌斉唱時に教職員に対して起立して斉唱することを等を指導した市教委の7点指示が教基法10条違反であること,市教委の7点指示は憲法19条,20条,21条違反であり,校長の指示に基づき国歌を斉唱することを強制されたことにより精神的損害を被った。

【被告市教委の主張】
学習指導要領の国旗国歌条項は教職員に対する義務を規定したものであるから,市教委の指示は適法であり憲法に反しない。教員としての個人的な思想や好悪の感情にいかんにかかわらず学習指導要領による教育を行う立場にあるから,憲法19条に反しない。

【判決】国家賠償請求(慰謝料請求)の適否について

① 国歌斉唱の際に起立するという行為自体は, 小学校及び中学校の教員にとって通常想定されるものであって, その行為が, 客観的にみて, 特定の思想や信仰を有するということを外部に表明する行為であると評価することはできず, 原告らの内心における精神的活動を否定したり, 原告らの思想, 信仰に反する特定の精神的活動を強制するものではない。

② 儀式的行事の際, 国歌を起立して歌うことは, 原告らの世界観, 人生観及び宗教観に直ちに結び付くものとはいえない上, 本件では, 前記のとおり, 学校の方針として国歌斉唱時に起立することを求められているのであるから, 原告らが特定の思想や信仰を有するということを外部に表明する行為であると評価することはできない。

③ 原告らは, 「君が代」斉唱に際する不起立が, 沈黙の自由を侵害するとも主張するが, 「君が代」斉唱時に起立しない理由は様々であり, 「君が代」斉唱時に起立しないことによって, 必ずしも, 起立しない者の思想や信仰が推知されるとはいえない。しかも, 行政機関による一定の行為が憲法1 9 条で保障されている沈黙の自由を侵害するというためには, その行為が, その者の思想や信仰の内容を推知するためにされたものであることを要すると解すべきであるが, 本件においては, 儀式的場面における国歌斉唱の際の通常の行為として, 起立の指示がされたものであって, 教職員の思想や信仰の内容を推知する目的でされたものとはいえないから, 原告らの沈黙の自由を侵害するものとはいえない。

④ 憲法1 5 条2 項, 地方公務員法3 0 条が 「全体の奉仕者」として定め,同法3 2 条は「法令等に従い, かつ, 上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と定めており,そして,儀式的行事における国歌斉唱は,我が国に限らず, 起立して行うことが通例であり, 教員が, 国歌斉唱時に起立する行為は, 儀式的行事における通常の振る舞いを示すとともに入学式及び卒業式にふさわしい雰囲気を形成するものとして必要な行為であるといえる。

⑤ したがって, 国歌斉唱の際に起立することが指示されることにより, 原告らが自己の思想等に反する行為を強いられたと感じたり, 原告らの思想等の内容が推知され得ることがあるとしても, 原告らが地方公務員として上記各規定の適用を受けることからすれば, これをもって, 原告らの思想・良心の自由, 信仰の自由及び沈黙の自由が侵害されたと解することはできない。

この大阪地裁判決は,ピアノ最高裁判決のコピー判決です。なんとも「最判」は下級審の裁判官に絶大の威力をもっていますね。

【コメント】

■ピアノ最高裁判決のコピー

大阪地裁判決は,ピアノ伴奏拒否事件に関する最高裁第三小法廷判決(ピアノ伴奏最高裁判決)を,小中学校の入学式における国旗国歌斉唱にも機械的に適用して,起立し斉唱することを指示することは教職員の思想・良心の自由を侵害するものではないとしました。

■そもそも思想・良心の自由への侵害に該当しない

この判決の特徴は,入学式における国歌国旗斉唱時の教職員の起立斉唱について東京地裁予防訴訟判決を踏まえつつも(君が代が「皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として活用されてきた」と認定しています),ピアノ最高裁判決の多数意見を機械的に適用し,起立し斉唱することを指示することは,そもそも原告らの「思想・良心の自由」の侵害には該当しないとしている点です。(入り口で憲法19条違反の主張を排斥しています。)

■通常想定される行為

大阪地裁判決は,国歌斉唱時に起立するという行為自体は,「教員にとって通常想定されるものであって,その行為が,客観的にみて,特定の思想や信仰を有するということを外部に表明する行為と評価することができず,原告らの内心における精神的活動を否定したり,原告らの思想,信仰に反する特定の精神的活動を強制するものではない」としました。この判示は正にピアノ伴奏についての最高裁判決の判示と同一です。

しかし,原告らは,学校の行事で君が代を起立して斉唱することは原告らの思想・良心に反する行為を強制されることにほかなりません。これを「国歌を起立して歌うことは,原告らの世界観,人生観及び宗教観に直ちに結び付くものとはいえない」とするのは,原告らの「思想・良心」との関係で問題となっているのですから,説得力はありません。

また,「君が代斉唱時に起立しない理由はさまざまであり,君が代斉唱時に起立しないことによって,必ずしも,起立しない者の思想や信仰が推知されるとはいえない」とも言っています。しかし,これも非現実的です。実際上は,「君が代」斉唱時に起立しない者は,「君が代」に対して反対する思想を持っていると考えられるのが一般常識でしょう

例えば,東京都教育委員会の鳥海巌教育委員は,「ガン細胞を少しでも残すと,また直ぐ増殖する。…徹底的やる」と公式の場で述べている。起立しない教職員を厳しく処分することを明言しました。これは起立しない者は,特定の思想(ガン細胞のような悪い思想)を持っているもの把握されるのです。これが現実です。

枚方市の場合も,だからこそ起立しなかった教職員を調査して情報を収集して保管しているのでしょう。「起立しない者の思想や信仰が推知されるとはいえない」との判断は現実に目をつぶるもので非常識と言えましょう。

■沈黙の自由

さらに,大阪地裁判決は,行政機関による一定の行為が沈黙の自由を侵害するためには「その行為が,その者の思想や信仰の内容を推知するためにされたものであることを要する」とします。確かに,この場合には明白に「踏み絵」であり憲法違反でしょう。しかし,仮に行政機関の目的が思想や信仰の内容を推知するためでない場合であっても,行政機関の行為によって,結果的に一定の者の思想や信仰の内容が明らかになった場合,本件のように国歌斉唱時に起立できないために,「君が代」に対して否定的な思想や信仰を持っていることが明らかになってしまう場合には,「沈黙の自由」の侵害にあたるというべきではないでしょうか

■枚方市と東京都の事案の違い

枚方市の場合には,市教委は校長に対して入学式での「君が代」の教職員による起立斉唱の指示がなされましたが,これは職務命令としてなされたものではなく指導に止まること(よって,「不当な支配」にあたらないと判示しています)。また,起立しない教職員に対して戒告処分などの不利益処分はなされていないという点がと東京都の場合とは異なります。

枚方市の場合には,指示にとどまり,職務命令ではない。指示に反して起立しなかったことに対して処分は行われていないという点は東京都の事態とは決定的に違います。

■不利益取り扱いこそ問題-東京都の場合

都教委は10.23通達により校長に対して職務命令を発して,国旗(「日の丸」)の掲揚,国歌(「君が代」)の起立斉唱の職務命令を出させました。また,起立しなかった教職員を戒告処分をし,また,再雇用職員については採用ないし更新の合格を取り消すという不利益を課しています。

枚方市の場合には,専ら「沈黙の自由」を侵害する場合にあたるかどうかだけが論点となっています。しかし,東京都の場合には,思想・良心による不利益取り扱いであるか否か,特定の思想を強制し,特定の思想を禁止するか否かどうかこそ判断されるべきでしょう。

■最高裁判決を活用するなら弁論再開すべき

大阪地裁-枚方「君が代」思想調査裁判は,2007(平成19)年2月6日に結審しています。その直後,同月27日にピアノ最高裁判決が言い渡されました。ところが,大阪地裁は弁論を再開することもなく,ピアノ最高判決に機械的に従って判決をしています。ピアノ伴奏という音楽専門教員の伴奏行為の強制と,教員の「君が代」の起立斉唱の強制が同じ行為といえるか否かについては慎重に判断すべきではないでしょうか。本来は,弁論再開して,当事者に主張をさせるべきでしょう。

東京都「君が代」強制解雇事件は2006年12月27日結審ですが,未だ,判決言い渡し日は指定されていません。大阪枚方市「君が代」思想調査事件とは上記のとおり事案が異なります。しかし,地裁の裁判官がいかに最高裁判決の影響を受けるかを目の当たりにするととても楽観はできませんね。

大阪地裁民事第7部(裁判長廣谷章雄,森鍵一,森永亜湖)の抜粋
 平成19年4月26日判決言渡
 平成17年(行ウ)第21,25号非削除決定取消等請求事件
大阪地裁判決の全文・要旨は下のWEBで。
  ↓
http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/suminuri025-070426kyouinhen-hanketsu.htm

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