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2007年4月 9日 (月)

「労働市場改革専門調査会」第一次報告(案)を読んで

■「総論」のまともさ

4月6日に労働市場改革専門調査会の第一次報告(案)が公表されました。題して,「働き方を変える,日本を変える」-<ワークライフバランス憲章>の策定-です。

一読して,「総論」のあまりの「まともさ」(?)にびっくりしました。次の文章からはじまります。

日本の労働市場の現状を見ると,様々な働き方の間に大きな「壁」が存在している。類似の仕事内容であっても,正社員と非正社員,男性と女性,若年労働者と高齢者の間に処遇の格差が存在し,労働の評価の仕方に十分な合意がみられない。また,正社員と非正社員に関して全体の平均像を比較すると,正社員については雇用が保障される一方で,長時間労働や配置転換・転勤といった無限定な働き方が求められることにより,生活面の充実と就業との両立が困難になっている場合もみられる。他方,非正社員については,制約の少ない働き方が実現される一方,雇用が不安定で賃金が相対的に低く,質の高い教育職業訓練の機会が得られず,正社員への道も制約されている場合が多い。

政府の調査会が,よくここまで書いたなあというのが正直な感想です。内閣は,一時は「格差」の存在自体を認めない発言を繰り返していたのですから。

■数値目標

労働時間について,10年後の数値目標を次のように掲げます。

完全週休二日制の100%実施,年次有給休暇の100%取得,残業時間の半減を通じてフルタイム労働者の年間労働時間を1割短縮することを目標に働き方の効率化を図る。

「そんなことに,10年もかけるのか」という批判はともかく,政府が数値目標を据えたこと自体が大きな進歩です。

 しかも,就業率の向上を年代ごとに数値目標をかかげています。若年者の就業率を15~34歳の男性については4%,同じく未婚女性については3%,25~44歳の既婚女性については14%に引き上げるとしています。

     日本型雇用システムからの脱却

「日本型雇用システム」(報告は,「新卒一括採用・終身雇用制と年功型賃金体系を組み合わせた『高度成長補完型雇用システム』であった」としています)は,経済環境の変化によって維持できなくなったと断定します。その上で,女性や若者にとっては桎梏であることを次のように指摘しています。

「さらに慢性的な長時間労働や頻繁な転勤等の労働慣行は,多くの女性に就業と家事・子育てとの両立を断念させる結果となる。このように,若年労働者数の供給源と女性労働者比率の高まりは,従来の長時間労働を前提とした働き方との矛盾を顕在化・拡大させている。」

日本の長時間労働が非関税障壁だと国際的に非難された当時,政府と経営者団体が,「日本経済の成功の秘訣は『ハードワーク・スピリット』だ。」とILOで開き直っていたと聞いたことがあります。その頃から比べると,隔世の感がありますな。

でも,・・・

■具体的政策提言について

具体的対応となると「?」が浮かびます。

○「合理的根拠のない賃金差」の解消

合理的根拠のない賃金差を解消するには,「外部労働市場の整備」「専門性を重視した職種別賃金の形成」とします。この結果,「同じ職場で働いていても,雇用主が異なっている派遣労働者や,請負労働者の処遇の不均衡も解消される」とします。(労働経済学から見れば常識なんでしょう。)しかし,パートなどの非正規労働者の「均等待遇」の法規制については,まったく検討されていません。市場に委ねたからといって,「正規と非正規」の壁(格差)が自動的に解消されるとは思えません。

○「生活充実のためのの労働時間短縮」

労働時間短縮の政策提言では,「責任や成果に基づく賃金制度」が一番目にあげられています。いやはや,「ホワイトカラー・エグゼンプション」の再登場です。他方,「完全週休二日制の定着を図るため,週休制の原則を週休二日制の原則に改める方策を講じる」と明記している点は期待できますが,「一日の残業規制」は政策提言にはありません。

○「横断的な共通原則」

「多様な働き方に対して横断的に適用される共通原則」が必要だとして,「労働市場においては,最低限の労働基準だけでなく,職種毎に決定される賃金等,働き方の違いを超えて横断的に適用される共通原則が確立し,また労働法制も一般にそれが反映されたものでなければならない。これによって,常用,パータイム,派遣等の働き方の違いによる制約や差異がなくなり,労働者の働き方の選択肢がより拡大することになる。」とします。しかし,その共通原則が具体的にどういうものかは見えません

■「裸の規制改革」の修正?
この専門調査会の報告案は,「規制改革」によって「格差」が生じたとする批判を意識しているように思います。八代流の「裸の規制改革」路線(正社員の既得権を破壊すると声高に主張する)を修正したようにも読めます

 でも,具体化の部分を見ると,どの程度が違うのか不明です。(同じなんでしょうね。きっと。)

■弊害重視派か,成長重視派か?

参議院選挙前という政治環境から,このような耳当たりの良い報告書案になったのでしょうか。

御手洗ビジョン(「希望の国 日本」2007年1月1日 日本経団連)は,この10年の構造改革の結果,現在,「弊害重視派」と「成長重視派」の対立があるとしました。また,経済同友会は,格差をめぐって「市場主義」と「社会民主主義」の原理的論争があるとしています(2007329日「これからの経済社会を展望した格差論議を」経済同友会)。この論争が背景にあるのでしょうか。専門調査会の報告も紆余曲折が予想されます。

これから,この議論がどう収斂していくのか注目です。

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