労働契約法,労基法改正の法律案要綱について①
2007年1月25日 第73回労働政策審議会労働条件分科会
■「労働契約法案要綱」と「労基法一部改正法案要綱」
労働政策審議会に厚労大臣から,「労働契約法案要綱」及び「労働基準法の一部を改正する法律案要綱」についての意見を求める(諮問)がなされました。
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「roudouzyoukenbunkakai070125.pdf」をダウンロード
■「労働契約法案要綱」について
①【違法な解雇の金銭解消制度】は撤回されています。
②【整理解雇の規制】がなくなっています。
③【就業規則による労働条件の変更】については次のとおりです。
二 労働契約の内容の変更
(一)労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができるものとすること。
(二)使用者,労働者と合意することなく,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないものとすること。ただし,(三)による場合は,この限りではないものとすること。
(三)使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとすること。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については三(一)に該当する場合を除き,この限りでないものとすること。
(四)就業規則の変更の手続に関しては,労働基準法第八九条及び第九〇条の定めるところによるものとすること。
■就業規則の変更の判例法理との関係
最高裁秋北バス事件判決の,「就業規則の作成または変更によって、労働者の既得の権利を奪いあるいは不利益な労働条件を一方的に課すことはできない。」という大原則を,上記(二)の「使用者,労働者と合意することなく,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないものとする」で明示したということですね。
合理性の判断要素として,上記(三)では,①労働者の不利益変更の程度,②労働条件の変更の必要性,③変更後の就業規則の内容の相当性,④労働組合等との交渉の状況その他があげられています。
しかし,裁判所の判例は,上記の4つの要素以外に「代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況」、「不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置」、「同種事項に関する我が国社会における一般的状況」も考慮しています。
また,「賃金等の重要な労働条件の不利益変更については,高度の経営上の必要性がなければならない」,「一部の労働者に特に不利益を課すことは許されない」という判断もしています。
これらの趣旨は法案要綱でも生かされることになるのでしょうか。
もし,上記の法案要綱が,従来の最高裁判例を変えるものではないということが立法者意思として明確(法文,附帯決議,国会審議での場の説明)にされれば判例に沿ったものと間違いなく理解することができます。
■一部の報道について
日経新聞は,1月24日で次のように報道しています。
「労働条件、就業規則で変更・労使交渉が不要に」
(インターネット版)「労働条件,就業規則で変更」「労使合意不要に」
「新法の目玉は就業規則を役割強化」
「就業規則に労働契約としての法的効力を持たせることで全従業員の労働契約をまとめて変更できるようになる。経営の機動性を増すため経済界が導入を求めていた」(日経朝刊)
「労使交渉不要」などは内容的には不正確です。また,この報道では,今まで就業規則による労働条件の不利益変更が許されず,この労働契約法にて初めて可能になると誤解するおそれがあります。
(逆に言えば,「就業規則による労働条件の不利益変更には合理性が必要である」という判例法理がいかに一般に知られていなかったということを示しているとも言えます。)
■中小企業の労働条件の不利益変更の実態
大企業は「就業規則の変更の判例法理」を踏まえて就業規則の変更による労働条件の不利益変更をしてきます。
しかし,中小企業は,就業規則の変更などという手続をすることなく,恣意的に労働者に労働条件の不利益変更を押しつけるというのが実態です。そもそも,多くの中小企業は就業規則を労働者に周知さえしていません(隠している)。
■就業規則変更の判例法理の実定法化は改良
ですから,使用者が就業規則によって労働条件を不利益に変更するには「周知性」や「合理性」の要件が必要であることを,労働契約法に明示するということは,現実の使用者の乱暴な不利益変更の押しつけから,労働者を保護することになります。
従来の最高裁判例法理が変更されないということが明らかにされるのであれば,この労働契約法は大いに意味があると思います。
一部に,「労働契約法に就業規則の変更のルールを定めることは,使用者が自由に労働条件を不利益変更することを認めることになる」という反対意見がありますが,それは誤解に基づく批判だと思います。判例法理の実定法化は歯止めの一つになると思います。
■問題点
もちろん,これで十分でないことも明白です。
①就業規則の周知性を要件としてますが,労基法上の手続を経ることが変更就業規則の効力発生要件としていない点が問題です。
②就業規則の変更手続には労働者代表の意見聴取が必要とされていますが,労働者代表の民主的選出のルールが整備されておらず,協議義務とされていない点も問題です。
少なくとも上記2点については,労政審労働条件分科会,国会審議で十分に検討すべきです。今後の労働契約法の重要な検討課題です。(今まで,就業規則の変更法理がそもそも反対であるという原理主義論が強くて,この大切な問題が議論されてこなかったのではないでしょうか? もっとも,民主的な労働者代表委員会に対しては,左右を問わず労組は反対するでしょう。)
■労基法一部改正法案要綱について
次の3点がフルセットで提案されています。
①【長時間時間外労働の割増賃金率の増加】
②【自己管理型労働制】(ホワイトカラー・エグゼンプション)
③【中小企業について,企画業務型裁量労働制の要件緩和】
経営側の巻き返しでしょうね。それとも,厚労省としては「行政として閣議決定に従いやることはやったから,あとは内閣の政治責任」という開き直りでしょうか。
今後,1ヶ月の間は大きな政治争点となりますね。
労働法改正問題が,こんなにマスコミに大きく取り上げられ,大きな政治争点となるのは,この20年くらいなかったことです。
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