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2006年12月31日 (日)

読書日記「脱格差社会と雇用法制」福井秀夫・大竹文雄編著

読書日記「脱格差社会と雇用法制」福井秀夫・大竹文雄編著
     2006年12月25日  第1版 日本評論社

解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる

     大竹文雄,奥平寛子著

■「労働ビッグバン」本の登場

「労働ビッグバン」の理論的正当性を論証しようとする書物が出版されました。
10人の学者と1人弁護士が雇用法制について論じています。中でも注目されるのは,大竹文雄教授(阪大教授)と奥平寛子氏(阪大院生)の同著の第7章の論文です。

■解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる

この章で論者たちは次のように論じています。

一度雇用すれば簡単には解雇できないという解雇規制の強化を求めるのは,労働者の自然な要求である。ところが,経済学的に考えてみると,皮肉なことに解雇規制の強化は,目的とは逆に不安定雇用や失業を増やす原因になってしまうのである。
 …
不況期に解雇を抑制するために作られた解雇規制は,好況期になっても正社員の増加に結びつかないという後遺症をもたらす。それだけでなく,正社員の長時間労働の一方で非正社員比率の上昇という雇用の二極化を招くのである。
  …
それでは,非正社員についても解雇規制を強化すれば,この問題は解決するのだろか。非正社員の解雇も規制が強化されれば,企業は,正社員や非正社員以外の生産要素である機械や設備を使う比率を高めて,労働者を使わないようにすることで対応できる。どうしても,労働投入が必要であれば,企業は労働契約という形ではなく,人々を雇用者(被雇用者の意味-*引用者)としてではなく,独立した自営業者として請負契約を結ぶことで対応することになる。結果的に,労働法の対象外という意味で,契約社員や派遣社員よりもさらに不安定な立場に労働者が置かれることになる。

以上の議論は,「標準的な経済学による考え方」だそうです。確かに,八代尚宏教授も「雇用改革の時代」(1999年・中公新書)で強調していましたから,この一見,筋の通った理屈自体は目新しいものではありません。(でも,世の中,そんな単純なわけないじゃん!?)

ところが,大竹・奥平論文で注目すべきは,1950年から2001年までの整理解雇判例の260件(判例体系CD-ROM)を分析して日本各都道府県の雇用率に与える影響を分析して事実を確認した,としている点です。

■統計的分析による判決の就業率に与える影響

分析の方法は,解雇有効の判決を使用者寄りとして,「-1」,解雇無効判決が出れば,労働者よりで「1」と数値化する。地裁判決は各都道府県,高裁判決は管内の都道府県に,最高裁判決は全国に割り振る。同じ年の判決を全て足して,正であれば「1」,負であれば「-1」,該当する判例がなければ「0」と入力する。これを労働判決変数と定義しています。

その結果,東京は使用者寄りで,大阪は労働者寄りという結果が出るそうです。全国各都道府県毎の労働者寄り,使用者寄りの地図ができあがっています。

そして,「他の条件を一定としたときに,1単位の労働者寄りの判決ショックが就業率をどれほど変化させるかを示している」として「表1 解雇無効判決が就業率に与える影響」を掲載しています(177頁)。これによると次のように労働者寄りの判決(解雇無効判決)は就業率を切り下げるというのです。

1単位の労働者りの判決ショックは就業率を約0.16%低下させる

論者たちは,「解雇規制の強化が,企業行動を変化させることを通じて,雇用率を低下させたり不安定雇用を増加させることを理論的に議論し,それが統計的に確認されることを示した」と述べて,次のように宣言します。

雇用不安を解決するために,解雇規制を厳しくするという労働組合の要求や裁判官の判断が,格差社会を発生させる原因となっている。

統計的に確認されたと言われるとなかなかショッキングですな。

■疑問点

しかし,その統計の詳細ないしプロセスが,この論文には書かれておらず,にわかに措信し難い。(といっても,論者らは統計処理のプロだからデタラメを言っているわけではないでしょうが。)

就業率や失業率は,偶然的な要素が強い判決よりも,全国や地域の景気動向や当該地方の立地条件等の方が大きな影響を与えるでしょう。これらの影響を統計的に排除して,純粋に判決ショックの影響だけを抽出することなんてできるのでしょうか?

また,整理解雇事件が,訴訟になるか否か,訴訟になっても判決まで至るか否かは,極めて偶然的な要素に左右されます。解雇事件が訴訟まで持ち込まれる確率は極めて低い。当然勝てそうな事件も応援する組合もなく,担当する弁護士もいないというケースが極めて多い。
他方,労働者が勝つのが困難な事件でも応援する組合が強硬で,労組の顧問弁護士もいて費用を度外視して,労働運動強化のために提訴するケースもあります。また,このような整理解雇ケースでも和解決着は4割はあるでしょう。
このような偶然的な要素が多い,判決が果たしてどの程度,企業の行動に影響を与えるのか疑問です。
当該企業の顧問弁護士(労働専門の経営法曹)のアドバイスの方が企業行動に影響を与えるように思えます。そして,この経営法曹は東京を中心とした労働判例で思考していると思います。経営法曹以外の企業の顧問弁護士はほとんど労働判例を知りません。

■JIRRAのシンポに同席したとき
2005年,JIRRAのシンポジウムにパネリストとして出席したときに,大竹教授の報告を聞きました。このときに,判例の就業率に対する影響が統計的に確認できるというお話を聞きました。そのとき,私は「信じられない」と発言し,同席していた経営側の弁護士さんも「そんなことがあるわけがない」と断言されていました。

そのとき,大竹教授は,「労働弁護団所属の弁護士の数と失業率の関係も調査しましたよ」と自信満々でした。そして,「論文が完成したら送ります」とおっしゃていましたが,奥平氏の2006年「解雇判決の経済効果」がその論文なんですね。

2007年「労働ビッグバン」元年に向けた,それこそ「爆弾」書物になるかもしれませんね。八代教授も,労政審の労働契約法制及び労働時間法制の在り方に関する論議に対抗する論文を掲載しています(第9章)。
きっと,日経新聞が大々的に宣伝するでしょうな。

労働側としては,倫理的・道義的反論のほかに,どのような反論が出来るのでしょうか。正月に考えてみます。

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コメント

専門が経済学の者ですが、この実証結果をはじめて読んだときには直感的におかしいと思いました。そもそも、奥平論文が正しいならば、企業が新規に工場等を立地するときに、その都道府県の地裁の判決傾向を考えて立地を決めることになるはずですが、日本ではそのようなことは聞いたことがありません。
 大竹・奥平氏の使ってるデータは整理解雇判例の260件(判例体系CD-ROM)を数値化したものですが、これは判例として収録する価値がある
もの「だけ」を集めたもので、各裁判所の判決の全傾向を集めたものとは言いがたいものです。正しい「労働判決変数」は、各裁判所の整理解雇についての全判決から作成されねばなりません。
そのような分析を行っている論文  
http://jlea.jp/ZR06-0062.pdf
では、「労働判決変数」と失業率の間には目立った関係がないという結論になっています。
 おそらく、奥平氏等の「労働判決変数」は、産業構造などの失業率に影響を与える要因と相関が
高いために、見かけ上そのような結果が出てのではと思われます。(大竹・奥平論文では、内生性
や除外されている変数を考慮しても、結果は頑健であると主張していますが、私はそれには若干の疑義を持ています。)

投稿: 通りすがり | 2007年1月21日 (日) 13時16分

通りすがりさまへ

コメントとご教示ありがとうございます。早速,ご紹介の論文を読んでみます。
奥平氏からも,当該論文を送っていただきました。経済学や統計に門外漢にどこまで理解できるか不安ですが,勉強させてもらいます。

投稿: 水口 | 2007年1月22日 (月) 13時43分

専門が社会学の者ですが

>解雇有効の判決を使用者寄りとして,「-1」,解雇無効判決が出れば,労働者よりで「1」と数値化する。地裁判決は各都道府県,高裁判決は管内の都道府県に,最高裁判決は全国に割り振る。同じ年の判決を全て足して,正であれば「1」,負であれば「-1」,該当する判例がなければ「0」と入力する。
>...
>1単位の労働者〔よ〕りの判決ショックは就業率を約0.16%低下させる
 原文は読んでいないのですが、この引用をみるかぎり、すべての裁判で解雇無効の場合と逆にすべての裁判で解雇有効の場合で、就業率の差は0.32%ということのように読めます。そうだとすれば、ほぼ効果ゼロといってよいのではないでしょうか。

>1950年から2001年までの整理解雇判例の260件
 分析のケース数は (2001-1950)×47=2397 のはずですが……。ここまですくないと、高裁・最高裁判決の水増し処理がすごくききそうな気がします。1年あたり5件程度しかないのに、最高裁判決は47倍のあつかいになりますから。水増しされた判決があまりなければ、9割がたは 0 でのこりが -1 と +1 という、パラメトリックな分析には到底つかえない変数になりますね。

投稿: 田中@東北大 | 2007年2月22日 (木) 09時08分

大竹先生の「経済学的思考のセンス・中公新書」という本を読んだことがあります。読んで驚いたことは金銭的インセンティブをくすぐりさえすれば、世の中をいくらでも動かすことができるかのような印象を受けたことです。インセンティブとの因果関係を見る経済学がそんなに万能なのかしらという疑問です。今回話題の労働判決と失業動向というのも労働寄り-使用者寄り+という評価は、単純に過ぎないかということです。不法解雇横行の地域では-判決増加は当然ということですし、失業多発という社会緊張の結果でもあるわけで、他にもたくさんの要素が絡むのであってそんな評価が成り立つのかということです。そもそも判決動向を軸にした因果関係論そのものがおかしいと思うのですが、こういう手法の経済学が、社会に何かの影響を及ぼすことは薄気味の悪い話です。

投稿: 寄り道 | 2007年3月 5日 (月) 00時32分

経済学者です。普通の経済学の論理にしたがうと大竹・奥平の言うことは非常にまっとうです。実証もわざわざ変なことはしないでしょうから、そこを突っ込んでも決定的な反論にはなりえないでしょう。要は同じ土俵で議論をしていても仕方ないのです。

私は労働規制の緩和について基本的には賛成なのですが、唯一心配しているのは、人的資本の蓄積への影響です。これは大竹・奥平が完全に無視しているが、経済学的にも現実にも非常に大事な論点です。

解雇しにくいのであれば、企業は当然一旦雇えばその人の生産性を上げるべく、教育投資をするでしょう。しかし、解雇が簡単であれば、出来の悪い人をどんどんクビにするだけなので、当然ながら人的資本の蓄積はなされにくいといえます。

とはいえ、大竹・奥平のロジックはこの点を除けば極めて真っ当なものなであり、その効果の方が人的資本への影響よりもずっと大きいと考えるのが普通かも知れません。

最後に「労働側としては,倫理的・道義的反論のほかに,どのような反論が出来るのでしょうか。」という発想があまり私にはしっくり来ません。労働側というのは既に雇われている既得権のある人の側ということであれば分りますが、これから労働市場に出る人や失業者の側からすれば、「労働側」というのは既得権にしがみついて害を与える側であり、企業側よりもはるかにタチの悪い集団ということになるのではないでしょうか。

投稿: an economist | 2007年3月10日 (土) 04時35分

超遅レスですが、大竹・奥平論文はかなりアヤシイ、ということを言いたくて敢えて書き込み。
一見してアヤシイとは思ったが、上に引用されている今井他論文のデータと比べてみると、論文のキモである「労働判決変数」そのものの信頼性が疑われる。

大竹論文は、労働判決変数の表を示さず、日本地図上に網掛けの濃淡で労働者寄りか経営者寄りかを示しているが、今井他論文12頁にある地裁別の労働側勝訴率と大竹論文の労働側勝訴率を比べると、明確な違いがある。

今井論文によると解雇事件の6割は東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松に集中しているから、8地裁の勝訴率と同裁判所を含む大竹論文の8都道府県を比較すれば十分だろう。

地裁・都道府県 今井労勝訴率 大竹労働・使用者寄度
               (労寄り 1~ 3)
               (使寄り-1~-3)
札幌・北海道   61.1   -1
仙台・宮城県   52.9   +1
東京・東京都   40.9   -2
名古屋・愛知県  50.9 +1
大阪        57.4   +3
高松・香川県   47.6   +1or2 
広島・広島県   42.3 +2   
福岡・福岡県   57.2   -1

明確に一致しているのは東京、大阪、仙台・宮城県だが、札幌・北海道、高松・香川県、広島、福岡の4地裁・道県については、労寄・使寄の判定自体が逆になっている。
データとしての信頼性は、最高裁事件表が包括的で2000件を越えるデータであること、判決だけでなく仮処分命令を含むことからして、掲載基準が曖昧または不明な判例雑誌の僅か260件の判決に依拠した大竹・奥平論文より今井他論文のほうが遙かに高いことは明確である。実は、大竹・奥平の労働判例変数地図を今井他論文の地裁別と詳しく比較すると、不一致はさらに広がる。

大竹・奥平は、「解雇規制は労働者の雇用率を低下させる」というそれ自体は実に見事な分析結果を出しているのだが、元になる変数自体がアヤシイのでは分析結果そのものを言う以前の問題なのだと思う。こういう論文が一人歩きしてはいけない。今井論文のようなより信頼性の高いデータに基づいた分析がさらに進められるべきだと思う。

投稿: ひだまりくん | 2007年6月19日 (火) 09時23分

大竹文雄氏は、正直なところ評価に迷う人だ。単なる勘違い「学者」(規制改革会議福井委員)とは違い、立派な経済学理論を身につけた当世まぎれもない学識者のひとりだ(という扱いを大手新聞・出版では勝ち取っている)。

しかし、大竹文雄・奥平寛子「解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる」(福井・大竹編著「脱格差社会と解雇規制」)は実にいただけない。

その最たる理由は直上のコメントに書いた通りだが、同論文でもうひとつ疑問なのは「労働裁判変数」のもとになった都道府県別の労働寄・使用者寄度の指数表・都道府県別判決件数を示さずに、日本地図上の濃淡で「ごまかした」ことだ。

モトネタは50年間という長期間で、わずか260例しかない解雇事件判例だ。単純に47都道府県で割っても、5.5件/都道府県、これだけでも変数の信頼性を疑いたくなる。しかも、解雇事件の6割は東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松の8地裁に集中していること(1984~2004最高裁データ、直上のコメントにある今井他論文、労働政策研究・研修機構報告書)を考えると、260件という決して多いと言えないデータのうち156件は8地裁・都道府県のものという推測になる。

では、260-156=104が残る39道県のデータということだが、これは、1道県に平均したら2.7件にすぎない。しかも、大竹・奥平が拾った判例の期間は50年の長期。大竹先生は、にもかかわらず日本地図上の残る39道県にも、労働寄りか・使用者寄りかの濃淡の色分けをしたのだ。50年間で平均2.7件しか裁判例がない道県にも、むりやり労働寄・使用者寄の色分けをしたのは承認されるやり方なのだろうか。わたしは、承伏できない。

論文には、47都道府県別の判例数を明記し、そのうえで判例が労働寄・使用者寄のいずれだったのかの実点数を示すべきなのだ。それを日本地図の色分けとは・・・。私にはごまかしとみえる。

an economist氏(07年3月10日(土)04時35分)
はどうお考えだろう。わたしも、大竹先生の先行研究の要約の見事さ、分析結果の見事さには感心している。

投稿: ひだまりくん | 2007年6月19日 (火) 12時03分

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