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2006年9月24日 (日)

「日の丸・君が代」予防訴訟東京地裁判決と米国憲法判例

■読売新聞等の曲解
9月21日の東京地裁判決ですが,読売新聞,産経新聞は判決の内容を良く吟味もしていない代物です。まるで,東京地裁が「日の丸・君が代」が「皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきた」から,原告ら教職員らに起立し,斉唱する義務やピアノ伴奏の義務がないなどと判断したかのように非難しています。しかし,東京地裁の論理はまったく違います。
東京地裁は,国旗掲揚,国歌斉唱を行うことの意義は認めています。ただ,それを拒否する者を懲戒処分などにより強制することは,教育基本法10条1項違反であり,思想良心の自由(憲法19条)があるから,許されないとしているのです。

■多様な意見の尊重こそ憲法的価値
東京地裁は,憲法が「相反する世界観,主義,主張を持つ者に対する相互の理解を求めている(憲法13条等参照)」として,少数者の思想信条を尊重すべきとバランスをとったのです。少数者も,国旗掲揚,国歌斉唱に対して,積極的な妨害をしてはならない。他方で,多数者の整然として卒業式等や国旗国歌を尊重したいという側の多数者も,起立・斉唱の拒否,ピアノ伴奏拒否する少数者の存在を許容すべきと言っているのです。

次の米国の憲法判決と同様の判断枠組みです(裁判の証拠に出した土屋英雄教授の意見書から)。

バーネット事件判決(1943年連邦最高裁),ティンカー事件判決(1969年連邦最高裁)
著名なバーネット事件判決は,生徒に国旗宣誓拒否の権利を認めました。
また,ティンカー事件判決は「憲法上の権利を生徒も教師も校門で捨てはしない」と述べて,また「学校は全体主義の飛び地ではない」との有名な判示をしています。

ラッソー事件(米国連邦巡回控訴裁判所判決 1972年11月14日)
NYの公立高校の見習い教師(ラッソー)が,毎朝行われる星条旗に対する忠誠の誓いを行わなかったことを理由に免職(契約更新拒否)された事件で,連邦裁判所は次のように判断して,その免職を違法無効とした。
控訴裁判所は次のように判断しています。
①「国旗敬礼のプログラムは正当である」
②「ラッソーは彼女のクラスを混乱させなかったし,生徒が誓いを唱えるのを妨害もしていない」
③「我々(裁判官)はラッソーの考えを共有しない。しかし,修正第1条は我々の憲法の権利のうち最も重要なものと位置づけられているが故に,自分にとって不快なものであっても,保護を要求することを我々は認識しなければならない。」
④「強制される愛国主義は,強制される忠誠が忠誠の反対物であるのと同様に,偽りの愛国主義である
」,

■揶揄を一言
以上は,読売新聞が大好きな自由主義の盟主「米国」の憲法判例です。他方,読売や産経が大嫌いな「中国」や「韓国」では学校での国旗尊重を義務づけています(文科省のHP参照)。

ねじれ現象ですな。

産経さんは,国粋主義(鬼畜米英・中韓必罰)でぶっ飛んでいるから矛盾だとも思わないでしょうけど。「親米」の読売さんは,さすがに「ねじれ現象」とは思うのでしょうね。どう答えるのでしょうか。

■東京地裁判決の論理
判決要旨を次ぎにアップしておきます。「hinokimiyoushi06921.doc」をダウンロード
以下,長文失礼。

【前提となる事実】
 10.23通達は,入学式,卒業式等の式典において,国旗の掲揚位置場所,式典の議事次第,フロア方式の禁止など事細かく細目の実施項目を定めて,校長に教職員への職務命令の発令を命じ,これに反する教職員には服務上の責任を問うことを周知させるものであること,式開始前の内心の自由の説明を禁止し,また,フロア方式の式典や三脚などに国旗を掲揚することも禁止するものでした。

そして,東京地裁は次のように判断しています。判決の争点(2)について判断の流れを論点として書いてみました。

(1)第1論点【卒業式,入学式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを命じることは,原告ら教職員の思想良心を制約するものであるかどうか。】

 東京地裁は,先ず,日の丸・君が代の過去の歴史的事実(皇国思想や軍国主義指導の精神的支柱として用いられてきた)から,入学式・卒業式等において,国旗掲揚,国歌斉唱することに反対するという「世界観,主義,主張を持つ者の思想・良心の自由も,他者の権利を侵害するなどの公共の福祉に反しない限り,憲法上,保護するに値する権利」とします。

 そして,「宗教上の信仰に準ずる世界観,主義,主張に基づいて,」起立し斉唱することを拒否する者,ピアノ伴奏を拒否する者らに対して,処分をもって上記行為を強制することは,結局,内心の思想に基づいてこのような思想を持っている者に対し不利益を課すに等しいということができる。」

 被告は,国旗掲揚国歌斉唱の際に,起立し斉唱すること,ピアノを伴奏することを命じることは「一定の外部的行為を命じるものであり,当該教職員の内心領域における精神的活動を制約するものではない」と主張しています。

 これに対して,東京地裁は,「人の内心領域の精神的活動は外部的行為と密接な関係を有するものであり,これを切り離して考えることは困難かつ不自然」であると判断しています。

問題はこれからです。

(2)第2論点【起立し斉唱することを拒否する行為,ピアノ伴奏を拒否することが思想良心の自由に含まれるとしても,思想,良心の自由といえどもそれが外部に対して積極的又は消極的な形で表されることにより,他者の基本的人権を侵害するなどの公共の福祉に反する場合には,必要かつ最小限度の制約に服するものである。本件の場合,原告らが教職員であることから,公共の福祉による必要かつ最小限度の制約又は教職員の地位に基づく制約として許されるかどうかが問題となる】

 東京地裁は「学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令により,原告ら教職員の思想,良心の自由を制約することは公共の福祉による必要かつ最小限の制約として許されるか」について,旭川学力テスト事件最高裁(大)判決,伝習館事件最高裁(一小)判決に従い,次のように検討しています。

「学習指導要領は,原則として法規としての性質を有する」とした上で,「もっとも,教育の自主性尊重の見地のほか,教育に関する地方自治の原則をも考慮すると,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止めるべき」とする。そして,「学習指導要領の個別の条項が,上記大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして,法規としての性質を否定するのが相当である」とする

 そして「(学習指導要領の国歌・国旗)「条項は,入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定するのみであって,それ以上に国旗,国歌についてどのような教育をするかについてはまでは定めていない。」として,「教職員に対して,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負わせているものとは解することは困難である。」と判示しています。

 本件10.23通達についても,「大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして違法となる」とします。
 東京地裁は,前提事実を踏まえて,10.23通達の内容は,「国旗掲揚,国歌斉唱の実施方法等については,各学校の裁量を認める余地はほとんどないほどの一義的な内容になっている。」「本件通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は,教育の自主性を侵害するうえ,教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく,教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を逸脱しているとの誹りを免れない」として,教育基本法10条1項違反だと判断しています。

(3)論点2【校長の職務命令に従う義務があるか否か。】
東京地裁は,「校長の職務命令については,一般論としては,原告ら教職員に対して職務命令をはすることができるが,職務命令に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,原告ら職員はこれに従う義務がない(最三小判昭和53年11月14日判タ375号73頁)」として,校長の本件職務命令に重大な瑕疵があるか否かを検討するとします。

 本件については,「原告ら教職員は,…(中略)…生徒に対して,一般的に言って,国旗掲揚,国歌斉唱に関する指導を行う義務を負うもとの解されるから,入学式,卒業式等の式典が円滑に進行するよう努力するべきであり,国旗掲揚,国歌斉唱を積極的に妨害するような行為に及ぶこと,生徒らに対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することの拒否を殊更に煽るような行為に及ぶことなどは」許されないとします。しかし,原告ら教職員は「思想,良心の自由に基づき,これらの行為を拒否する自由を有しているものと解するのが相当である」と明快に結論づけます。
 整然として厳粛な卒業式等の式典にて,原告らが「起立して国歌を斉唱させること,ピアノを伴奏することを拒否した場合に,これとは異なる世界観,主義,主張等を持つ者に対し,ある種の不快感を与えることがあるとしても,憲法は相反する世界観,主義,主張等を持つ者に対しても相互の理解を求めるものであって(憲法13条等参照),このような不快感等により原告ら教職員の基本的人権を制約することは相当と思われない」との見解を明らかにしています。

 この判断部分は,価値観の多様性を尊重する「立憲主義」の基本思想を押し出した判断であり,この判決の全体を貫く考え方だと思います。

【結論】:東京地裁は,「国旗・国歌を尊重させる態度を育てることは重要である」としつつ,本件通達及び各校長の本件職務命令は「少数者の思想良心の自由を侵害し,行き過ぎた措置であると思料する」とします。「国旗,国歌は,国民に対し強制するのではなく,自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり,学習指導要領の国旗・国歌の理念と考えられる。これらの国旗・国家法の制度趣旨等に照らすと,本件通達及びこれに基づく各校長の原告らに教職員に対する職務命令は違法であると判断した」としています。

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